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2章・間諜員としての一歩

ハプニングを呼ぶお茶会・後編(流血、ざまぁ描写あり)

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 エゼキエルの部屋でミカエラは三つ目の酒瓶を割った。配属されてきた頃よりも生傷があちこちに増えており、可愛らしい顔にすら擦り傷ができている。

「おい、お前…大丈夫なのか?」

 うなされてから半月でやっと昼過ぎに動けるようになったエゼキエルは、床の酒と破片を片付けている彼女にためらいがちに声をかけた。

「…え?何か言いました?」
「な、なんでもねぇよ…バカ。もう下がれ、酒はいいから…」

 もちろん聞こえていたが、聞き返した。
 モノクルの男との通信が原因で仕事に集中できておらず酒瓶を割ったのは事実だが、割った直後に我帰り聞こえていた。
 せっかくなのでアンダードック効果をミカエラは狙っていただけだ。

 彼に心配させるための手段として聞き返したすぎない。
 元気だった人間が急に元気がなくなり声も届いてないとなれば、普通の人間なら心配する。ましてや一週間ばかり働くメイドにもすぐに気を許す男なら、気になるだろう。

(いじめてくるメンバーの顔を覚えてメイド長に呼び出してもらえば、いくらでも魅了魔法にかかっていない人間を落とせる。ついでにエゼキエル王子の気も引ける。一石二鳥だわ。)

 いじめを自作せずとも自然に向こうから飛び込んできて、いじめられても仕事を頑張る少女の演出ができる都合がいい状況を作ってくれた第一王子様に大感謝だ。

「こちらを片付けたら下がりますね!申し訳ございません。」
「お前…。」

 無理に笑顔を作って、声をはる。健気を演出した。
 何かを言いかけて、せわしなくエゼキエルの目が動く。彼女に伸ばしかけた手が降りた。そこからは最初のような拒絶する気配は感じない。

(これは少し友好的になっているのでは?)

 再び最大まで魅了の魔法を使う。桃色の目が濃いピンクに変わり、エゼキエルという存在を捕らえようとした。

火花が散った。

「きゃあっ!!」

 ミカエラの瞳からでた魔法が、エゼキエルにはっきりと弾かれた。
 もっと言うなら、彼女は彼の深い緑の瞳が点滅して中で浮かぶ星が回転して防いだようにみえた。
 ミカエラの魅了魔法とエゼキエルの中の何かの魔法が反発して火花が散ったのだ。

 床に倒れ込んだミカエラには空気が呼吸しずらいものなり、それでいてピンクめいた部屋が澄んだように感じた。

「なんだ、何が起きた??メイド、しっかりしろ!!」

 状況がわかっていないエゼキエルが目をこすって駆け寄ってくる姿が見える。彼の周りに光の粒子が輝いていて、自分の魔法が消されていく状況を理解した。

(苦しい、眩しい…。)

 首元で肉が千切れていく嫌な音を聞いた。
 本能的にここにいてはいけないと、脳が警鐘をならす。
 ベラドンナの時もみた光の粒子だが、そのレベルは格段上だ。

(浄化?神の守護?私とは正反対の魔法だわ…。)

 死に物狂いで彼女は起き上がった。血が溢れだす首を押さえて、後ずさる。

「何でもありません。近づかないでください。」
「なぜ急に…お前も俺が嫌いになったのか…?」

 彼女に近づこうとしていたエゼキエルがあと数歩で止まった。笑顔を作っている余裕はない。
 彼から出る光の粒子は確実に部屋の中を正常に戻し、死体である魔女を追い詰めてくる。

「違います、あなたが綺麗すぎるから!!」
「は??」

(このままでは彼の魔法で死体に戻る!魔法も打ち消されているし、引くしかない!!)

「エゼキエル王子が眩しすぎるのがいけないんです!!胸が苦しくなる!」

 まるで愛の告白のようだが、事実をいっているだけだ。
 千切れていく喉から空気がもれて、上手く呼吸できない。このままだと、血を吐くか首が落ちるのが先か。
 切羽詰まった彼女に対して、動揺して真っ赤になったエゼキエルは棒立ちになった。

「な、何を言い出すんだか。その言い方じゃまるで…」
「今日は失礼します!!」

 呼び止める彼の声を無視して部屋を飛び出した。そのまま死体に戻ろうとする体の進行が止まるまで距離をとろうと、走り続ける。
 廊下には血の跡が点々と付き、メイド服が真っ赤に染まる。誰かの悲鳴が聞こえたが、確認している余裕はない。

(失敗した!!任務失敗した!!私はこれで死ぬの?)

 両手で首元を押さえて、首元から離れていく体を固定しようとする。
 誰もいない屋根裏まで逃げ込んだ頃には、分離が治まっていた。

「ゴボッ…。」

 大量の血を口から吐いて倒れ込む。ぐらつく首元を押さえようとして態勢を何度も変えるが、くっつかない。

「いや…死にたくない…。」

 死を身近に感じ、彼女は両足をばたつかせた。泣いてもどうにもならない。

『楽しみにしていたけれど、こうなったか!!』

 あがく彼女の耳に嫌になるほど聞き覚えのある声が聞こえた。覗き込むように猫がみている。

(ここまでか…)

 通信を勝手にキメラが行っている。ミカエラは任務失敗による死を覚悟した。

『君の能力が勝つか、勇者の光の力が勝つか気になっていたんだ!まだまだ改良が必要だね!!』
「…サ…ダ…ン?」

 ついモノクルの男の本名の一部を口にしてしまった。
 ころりっと千切れだしていた首が体から離れて転がる。屋根裏は血が噴き出した体により、真っ赤になった。

『しょうがないお人形さんだね。もう諦めるのかい??』
「…だって、じっばいしました…。」

 口の中の血のせいで声が濁る。泣きだした彼女の耳をキメラが噛んだ。

『僕は終わりなんて言ってないよ。まだ使える状況だろう?』
「それは…」
『最後の言葉の選び方もよかった、でも逃げ方がよくないね。目撃者は君の支配下以外にもいた。』

 彼女の耳を噛んで引きずり、血が噴き出す死体にできるだけくっつくようにキメラが動く。
 魔法陣が動き出し、屋根裏いっぱいに広がり、首だけのミカエラと体、屋根裏に飛び散った血を1つになるようにしていく。

『早急に城の人間を魅了魔法で満たすんだ。目撃者の記憶を全員改ざんすること!!』

 先ほどみた光の粒子と異なり、不気味に輝く魔法陣がミカエラを包んでいく。

(まだチャンスをもらえた…使えるって…)

 血を集めきった体がミカエラの頭部を持ち、立ち上がる。
 切断面がくっつき、再び死体がミカエラとして動き出した。回収されずに顔に後を残した涙を両手でふく。

『君はいきたい。そうだろう?』
「はい!」

 生き返ったことに安堵し、決意で大きく開いたミカエラの瞳にハート模様が浮かび、魅了魔法が進化したことをモノクルの男は喜んだ。

『ははは、やった!!僕のお人形さんがまた可愛くなった。無理してでも遠距離の蘇生を試みた甲斐があったよ!!』
「…。」

 笑い声をあげるキメラを見つめて、彼女は首元を押さえた。
 もう違和感はない。

(今度こそ焦らず着実にエゼキエル王子をおとす!!その前にまずは指示通り目撃者をやらなくちゃ…悠長にいじめてくる人間を覚えていく時間もいらない!!)





その夜
 メイド長による小規模な取り調べが行われた。対象は血まみれの少女を目撃した者。

(私が堕としたメンバーにはメイド長の呼び出しに応えない様にした。だから来るのは堕ちていない人間。勿論、来ない者もいるでしょう。でも来ないようなものは、わざと話しを広げるようなことをする人間は少ないはず…)

 話したくてたまらない人間かミカエラの様子が気になって仕方ない人間を集めて操ることが目的だった。それだけも噂話が進むのを押さえられるし、いじめ加担者はくるだろう。
 エゼキエルのところには、怪我で半月休むことを通知してもらった。

 メイド長の後ろに十数人ものメイドを待機させ、その中の後方に隠れるように混ざる。物陰に隠れるよりも、その方が効果を出すには良いと考えたのだ。勿論、全員堕ちたメイドで固めている。その方が近くて認識されるほうが手っ取り早い上に、魅了魔法を無駄遣いしないからだ。

「あなたは血まみれの少女をみたのね?」
「はい!!第二王子殿下の宮の中を走っていくのをみました。いい気味…彼女はどうなりましたか!?」

 目撃者がこぼす言葉と顔をみてミカエラは納得した

(この人は私のいじめに加担する人だったか…)

 嫉妬、罪悪感、高揚感と、感情が入り交じったハート型の心がみえる。
 レベルアップした彼女には、堕ちていない人間でも集中すれば、心に触れることができるようになっていた。
 例えミカエラに負の感情をもっていてもミカエラという存在を認識していれば、そこに魔法を加えられるようになった。
 魅了魔法を発動させてピンク色の魔法が相手にちゃんとかかれば、歪んだように心が桃色に染まる。

(よし…これでこの人の記憶を変えられる。)

「あ…あれ??」
「もう一度聞くわね?あなたはについて聞きにきたのよね?」

指示通りにメイド長が確認の質問をする。

「そ、そうです!!あの子に…会い、たくて…来ました??」
「そう…知っていると思うけどあの子は今とても大変な目にあっているのよ。協力するわね?」
「…はい!!勿論です!!」

(これでよし…次は…)

 メイド長に確認した王城で働く人間は百数十人、その中で堕ちているのは半数ほどで堕ちていない目撃者は十数人。
 まずはそこを徹底的に潰す為にミカエラは動いた。彼女に操られた十数人はミカエラ狂信者となり、本来のアーヴィング王子への恋心や王家への忠誠心なども消されてしまった。
 魔女の本当の姿をみてしまった代償としてはましな方だろう。

(ほぼ全員がいじめ加担者である第一王子付きだった…。それはそうか…だれも近づかない第二王子の宮にわざといる人間なんて私のいじめ関連者だわ。本当は共犯者の妃宮付きに私の生死の報告に行く予定だったみたいだし、ちょうどいいか。)

 その後は繋がっている加担者を芋づる式に理由をつけて呼び出してもらって、そちらも堕としていった。

「疑われないように城下町へ遊びにいったのが災いしたわね?」

 クラーク公爵令嬢も狙っていたのだが、初めてミカエラに会いにいった直後に、城下町へ隠れたらしい。
 いじめの指示だけだして自分が疑われないよう工作していたようだ。1カ月もいじめ抜けばミカエラが隣国に逃げ帰ると予想していたようだ。
 いじめが始まってから三週間目、ベラドンナ以外のいじめ加担者が堕ちた状況になった。
 そこからさらに案内の下で一週間も王城内全てを顔を確認しながら練り歩けば、出入りする人間も含めて本当に城で働く人間は全員ミカエラに好感を抱くようになった。把握ミスはない。

(不安要素もなくなった…今度こそ慎重にエゼキエル王子を堕としてみせる!!)

 残すはクラーク公爵令嬢と一緒に離れたもの、エゼキエルのみになった。





 久しぶりのエゼキエルの配膳の仕事は一段と容姿に磨きを入れて、意気揚々と部屋に入ったはずだった。

「お久しぶりです!!怪我も治ったので、今日からまた私が配膳します…よぅ…?」

 その視線が酒瓶を片手に睨みつけてくる相手とぶつかるまでは。

「あの…」
「半月だ!あんなことを俺に言ってからお前は半月も俺の下へ来なかった!!」
「あ…え?」

 早足で近づいてきたエゼキエルに酒瓶でグリグリと頬を押される。逃げようとする前に腕を掴まれた。

「べ、別に心配したわけじゃねぇけど!?」
「その…。」
「メイドルーム行けば全員逃げていきやがって!お前のこと何にもわからねぇし!!」

(これは気にかけて頂いている??)

 魅了魔法はレベルアップしたはずだが、エゼキエルの心の形すら見えない。

「お前、名前は??」
「み、ミカエラ・ヒューシャです…」
「ミカエラ!!俺に心配させたんだから、酒に付き合うくらいできるよな?」

(言っていることが滅茶苦茶よ…何この人…)

 腕を掴まれてそのまま無理やり席に着かされる。グラスを押し付けられて酒を注がれた。

「ほら、のめ!酒が入れば俺にも愚痴ぐらい言えるだろ!?」
「殿下、困ります…」
「そうだろ?困ってるだろ?し、仕方ないから対処をしてやろうと、思ってだな!お前のためじゃないからな?メイドが来なくなると俺が困るからであって…」
「で、でで殿下ぁ?仕事中なので今は嫌です。終わってから来ちゃダメですか?」
「…。」

 何となく彼がミカエラの身を案じて、いじめによる愚痴を聞こうとしているのは理解ができた。もう遅いが、何かいじめに対応して動いてくれるつもりだったのかもしれない。

(嬉しいけれど困るわ…ちょっとでも時間を稼いでこの人からのお酒を受け取れる環境にしなきゃ!!この体の持ち主がお酒に弱いことは死因からしてわかりきっている!!)

 この体の持ち主は酔いつぶされて既成事実の虚言で殺されている。酒に強いとは思えなかった。
 ミカエラは受け取った酒をテーブルにおいて、上目遣いでエゼキエルを見つめた。相手の目を見つめて、仕事中の嫌なことだと伝える。

「…し、しょうがねぇな。お前が嫌でないなら、後で部屋に来ることを許可してやる。」
「ありがとうございます!!」

(やっと仕事以外で部屋に入ることを許可された…。良い経過ね。せっかくだからある程度準備してから挑みたいものだわ。上手く酔い潰して同じように既成事実の関係を彼だけに植え付けられれば、この王子なら処刑や大事には絶対にしないし意識をするはず…少しかわいそうかしら?)

 いくつかの根回しを考えながら酒で満たされたグラスを彼に返せば、それを一気飲みされた。酒豪に酒で付き合うには、軽い気持ちではいけない。

「また夜にいきますねー!!」
「あぁ…また、来いよ。」

笑顔で部屋を出たタイミングで、メイドに呼ばれた。

「いじめからもう一か月。こんなにも任務に協力して下さった彼女には感謝しなくてはいけないわね。」

その呼び出し内容に、ミカエラは嗤った。





 呼び出してきたメイドと一緒に向かう先はメイド長と副官、王城の宮の管理者とこれまでいじめてきた者が揃う控室だった。

 そこには縄で縛られたベラドンナがいる。
 まだメイド服にも着替えていない彼女は、綺麗なドレスを着て着飾ったまま床に転がされていた。一緒にまだ堕ちていなかった最後の者たちも転がっている。

「待っていましたよ。クラーク公爵令嬢様?」
「あなたの仕業ね!?私にこんなことして無事に済むと思っているの?」

 ミカエラを見つけるなり、彼女は睨んでくる。彼女の青みがかった緑の瞳とぶつかる。公爵家にはこれまでの歴史で嫁いできたり、婿にきた王家の血筋の者が多くいるのだろう。

(エゼキエル様の前に良い訓練相手になってくれそう…)

 ミカエラは心を揺さぶる言葉を探して、選びながら喋った。

「そうです。私がお願いしました。」
「…っ、切りつけた者がいたのはやり過ぎたと思うわ。だからってこんな…。」
「上手く誤情報が伝わったんですね。よかった…。」

 焦ったような顔のベラドンナに安堵の笑みを魔女は向ける。

”第二王子付きのメイドが公爵令嬢の指示で切り付けられた”

 すでに広がってしまった血まみれの少女の情報は、すり替わるように命令してわざと拡散するようにしていた。

「何を言って…。」
「最後の確認もとれましたし、仕上げに入らせてもらいますね。」

 ミカエラが瞳に力を込めて魔力を放出すれば、気の毒そうな顔をしていた床に転がる者たちから表情が抜けて恍惚となった。

「お嬢様が悪いんです!あなたを傷つけるように命令してきました!」
「自分もこんなことやりたくなかった!あなたには死んでほしくないと思いました!」
「やめなさい、貴方たち!?公爵家がこのメイドを許さないわ!」

 ベラドンナに忠誠を誓っているメイドらしき者だけ抵抗してくる気配を感じて、更に瞳に力を入れれば動揺するハート型の心が見えた。
 声を荒げたメイドを見て、ベラドンナが得意げな顔で縄を解くように催促してくる。

「今ならこの無礼を見逃してあげましょう。」
「…もう逃がせないんですよねぇ。」

 ハート型の心に更に魅了の魔法をねじ込めばベラドンナへの憧れ、羨望、少しの嫉妬の心が見える。

「あなたも彼女と本当の意味で一緒に働く環境が欲しくないですか?第一王子に呼ばれるクラーク公爵令嬢を見たくないですか?」
「それは見たいですが…あなたが邪魔で…」
「うまくいく方法があるんですよ。」

 操られるままにメイドの本心が口からこぼれ、ミカエラを見つめる瞳が剣呑な眼差しから変わる。点滅し出した心に囁きながら更に魔力を流し込めば桃色に変わり、相手の全てが消えた。 

「これでよし…」
「ミカエラ・ヒューシャ!!何をしたの!?」

 残りは1人。
 味方だと思った者の様子がおかしくなり、流れがわからないベラドンナが声をあげる。

「クラーク公爵令嬢様。私が欲しいのはエゼキエル王子様の心なんです。」
「え?」
「私は、彼の下へ毎日通える体でありたい。こういうことをされるのは困るんです。」
「紛らわしいことをしたのはあなたじゃない!あんな男が好きなんて頭がおかしいわ!?」

 ベラドンナは貴族の娘らしく縛られたまま、艶やかな黒髪がほつれ、メイクが崩れてきてもその毅然とした態度は揺るがない。
 彼女もかなり王家の血筋が入っているのか、部屋の魅了魔法の濃度が上がっても様子は変わらなかった。

「この人数であなたのことを裏切ったら、いくらあなたでも無事ではすまないと思いません?」
「何を言いたいのよ!?」

 ここでやっとミカエラの瞳にベラドンナのハート型の心が映った。嫉妬、自信、恋心、少しの恐怖。
 彼女の心をどう動かせるか言葉を探していたミカエラはそこで、ベラドンナ個人に魅了の魔法を付け入る隙をみつけた。

(この量なら私の魔法で打ち消せる!申し訳ないけれど、追い打ちを心に与えよう…)


 かなり微量の光の粒子がベラドンナの体からこぼれていたが、心の形が見えたミカエラは慎重に周囲を操った。

「私はクラーク公爵令嬢様の指示で王家の床を油で汚しました。」
「私もクラーク公爵令嬢様の指示で王家の第二王子の宮の配給を減らし、横領しました。」
「私もクラーク公爵令嬢様の指示で―」

私も私も私も、一斉にそこにいた者たちが罪を認めた。

「ひっ!?あなた達、一体どうしたの!?」

 その異様な様にベラドンナが悲鳴を上げる。

「これは公爵令嬢だからと見逃せませんよね。」
「このまま何もしないわけにはいきません。せめて仕事を解任するしかないでしょう。」

 宮の責任者たちが言いだせば、総括のメイド長が頷いてみせた。床に転がった彼女が驚いたように顔を向ける。

「そんなバカな。たかがメイド1人よ!?殺して、もみ消してもよかったのよ!?」
「それでもあなたは公爵令嬢である前に王家の使用人。第一王子付きのメイドでした。第一王子の名を汚すようないじめをするべきでは無かった。」

 その言い方をされたベラドンナは口を開口して、仲良かっただろう者や、自分に忠誠を誓っていただろう者に視線を送る。皆がミカエラを見ていてベラドンナを見ていない。

「あ…あぁ…何…この状況。」
「あなたには感謝しているんです。だから協力し合いませんか?」
「いや、来ないで!!」

(恐怖によるときめきを恋心と勘違いする吊り橋効果もよくある手法。)

 ベラドンナを守るように、空間を正常化するようにわずかに光り輝いていた光の粒子がピンクの魔力に飲み込まれて消えていく。

 ベラドンナの青みがかった緑の瞳に、ミカエラだけが恐怖の対象として映り込んだのがみえた。

 特に親しかっただろう者たちに縛られたベラドンナを起き上がらせてもらって、瞳と瞳が向き合うようにする。

(魔法は目を合わせなくてもかけられるけれど、やっぱり直接目を合わせた方が威力はあがるはず。)

 ミカエラがこれまで以上に魔力を瞳にこめれば、一瞬だけ桃色の光が輝く。彼女の濃いピンクの瞳にハートマークが大きく輝いて、ベラドンナの恐怖に染まる瞳の色を塗りつぶしていった。彼女の瞳に星のマークは現れず、光の粒子が消えていった。
 途端に彼女の心にあった感情がミカエラに見えだした。

(よし、これなら私に敵意しかなかった人だけどいける!)

 王家の血筋の者が堕ちたこともミカエラに自信を与えた。そうして更に威力があがる。

「消える…私の中のアーヴィング様が…消えていく…」
「振り向いてもらえないの、辛かったんですね。慣れない仕事も頑張ったのに…。」
「そう…よ…。」

 ベラドンナが涙をこぼし心が数秒だけ抵抗したが、ミカエラは容赦なく魅了の魔法で自身に塗りつぶした。
 流石に両目に激痛が走ったが、魔法は弾かれることはなかった。

(レベルアップした魅了の魔法の効果も確認できた。しっかり城の中の人間も掌握できたし、今回の騒動で私個人へのエゼキエル王子の気も十分引けている。)

 お茶会騒動は一石二鳥どころか一石三鳥の成果となった。






 魔法を使い過ぎたミカエラは、急ぎモノクルの男と通信を行っていた。

『順調なようだね。良い子だ。』

 褒めの言葉と褒美の魔力が補充されていく。それに安堵を感じながらミカエラは、首元をなぞった。補充の間の無言がたまらず彼女は口を開いた。

「ずっと気になっていたのですが、王や王妃を狙わないのはどうしてですか?」
『玉座とそこに並ぶ席には特別に防御の魔法がかかっている。君の正体はすぐに暴かれるよ。』
「それは次期王候補も同じでは?」
『ちゃんと自分で考えているね。えらいえらい。例の王子たちの事件は知っているね?』

 王子たちが殺し合った事件。病弱な第一王子と平民の血をひくエゼキエルが生き残った現状。その資料を思い出して彼女は頷いた。

『今、ヴェルデ国は手薄になっているのさ。王も王妃も公務でほとんど城にいない。影で王たちの手足となる者すら出払っていて、いまは使用人がほとんだ。王城のことは第一王子と第二王子が回していたのに、今や第一王子…と宰相だけ。』
「宰相は気にしなくて良いのですか?」

 十分に魔力を回復してもらい、ミカエラの血色がよくなった。血走っていた瞳にも潤いがある。

『あの男こそ激務で動けないだろうよ。愛娘がやらかしても放置していたんだから。』
「それって…」
『君がさっき堕としたクラーク公爵令嬢だよ。宰相はクラーク公爵だ。』


 先ほどのやりとりを思い出して彼女は罪悪感に襲われた。
 もうベラドンナは第一王子への愛を抱けない。ミカエラに一番強い魅了の魔法をかけられたせいで魔法をといてもその心は埋まらない。とけば永遠の孤独に襲われるだろう。

「未熟な私でも情報を抜ける…今がチャンスなんですね。」
『そうだよ!これからエゼキエル王子のところに行くんだろう?良い報告を待っているからね。』

 通信は彼女の予想よりも早く切れてくれた。


 お茶会の影響は2ケ月で終わりを告げ、もうすぐ酒宴が始まろうとしている。


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