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2章・間諜員としての一歩

暴君との邂逅

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 隣国では借金で首が回らなくなってきた伯爵の娘で、花嫁修業も兼ねた王城の下働きとしてきたこととして検問を通った。
 ミカエラの処刑の日から一年以上が経ち、隣国ということで名前はそのままミカエラでミカエラ・ヒューシャとされた。実際にロセウス国では、ヒューシャ家は借金で爵位と家名を担保にしていた者の名なので探られても問題ない。

 そのままいくつか検問を通って数日で王城へたどり着く。
 貴族の娘が王城で働くことは珍しいことではないので、証明書と一緒に審査も通った。
 エゼキエル王子の住まいへの配属先は不人気らしく希望をすれば、驚かれこそすれ反対はなかった。給料も他の配属先より安く、人も少ないそうだ。
 安いと言っても市民からすれば破格なのだが。

(さて…ちょうどいいなぁ。)

 簡単な面接のような、歓談をしただけのようなものを行う相手は、都合よくメイド長と副官だった。




 呼吸を1つ。包帯をまいた腕でカーテンを握る。
 勢いよくカーテンを開けた。

「エゼキエルさまぁ。おはようございますー。あーさでーすよー?」

 できるだけ甘えた声を出して部屋に光を満たす。
 苛立った顔の主がミカエラに向いた。
 成人したかどうかの位の整った顔の相手はミカエラと陽光を睨んでいる。

 今日も彼女は睨まれた。
 それでも朝食も届け、ワゴンを蹴飛ばされても掃除をした。

 任務として隣国にきて1週間。
 エゼキエルという人物は、魅了の魔法が聞かない人物だった。

(さすが勇者の子孫の家系なだけあるわ。)

 エゼキエル以外の周囲はもう彼女の掌の中にあった。
 何なら、エゼキエルの姉を処刑に追いやった第一王子とやらは、魅了の魔法が効いた手ごたえすら感じている。
 参謀が得意なタイプのようだが、もしかしたら王家の血を継いでいないのかもしれない。

「あっは、だとしたら凄い醜聞ね…。」

 ミカエラの魅了の魔法でお人形になったメイドたちが、無言で怪我をした腕の手当てをしていく。

(暴君こそが本当の勇者の血筋で、聡明で次期王の第一王子は勇者の血をひかぬ何者か、…あははは。どこの国も汚いわ。)

 ミカエラに今回与えられたもう1つの任務は、可能な限り勇者の国の傀儡化だ。
 実際に伝手で入れた王城勤めの者の大半は、もうミカエラと会った時点で堕ちている。

 他にも何か狙っているものがあるらしいが、そこは連絡待ちの状態だ。

(実際に当時の傾国の悪女とやらの事件は、お酒に酔わせた彼女を第一王子が襲って自分が襲われたって朝に騒いだのが真相らしいのよね。聞き出した限り…)

 一応、どこまで情報が聞き出せるのか実験するために魅了したメイド長から話を聞きだしてみたところ、ぽろっと当時の話までしてくれたのだ。

(当時、エゼキエル王子は土下座までして姉を助けようとしたらしいし、ギリギリまで処刑じゃなくて謹慎だったらしいからそりゃ今も荒れるわよね。)

 なんでも、エゼキエル王子は王に土下座、第一王子に土下座して足までなめさせられて姉は謹慎で済む話になったらしい。
 だが、最後の最後でもしも姉が妊娠していたら国家の危機ではないかと「とある」貴族が言い出して判決は覆った。
 エゼキエル王子が第一王子の代わりの視察の仕事をこなしにでかけている間の急に、処刑されてしまったそうだ。


 それ以降は、魔物討伐から書類仕事もできて多少わがままでも王の補佐としてやっていけるだろうとまで言われていた優秀なエゼキエル王子はいなくなった。
 仕事をせず、酒におぼれ、暴力と破壊を繰り返す暴君になってしまったのだ。
 周囲の人間が悪かったのか、かつての彼ですら慕う人物は誰もでてこなかった。皆が口を揃えて、優秀でもそうでなくなっても「所詮は妾の子」と下にみた発言をしていた。

(ここまで城内で色んな情報を聞き出せるようになるのに一週間かぁ。勇者の国、エゼキエル王子以外ちょろすぎないかしら?いえ、まだ貴族に会ってないからなんとも断言はできないのだけど…前回の任務のことを考えてもそこまで苦労するのってエゼキエル王子だけじゃないかしら…まぁ、会った限りではエゼキエル王子もあれよね、誤解されやすいタイプよね…)

 王城のメイドになり初日でエゼキエル王子付になり、一週間経った。いまだ仲良く会話とはいっていない。

(いや、今日は目が合ったわね。魅了は効かなかったけど…)

 彼女は配属された1週間を思い出していた。





エゼキエルとの接触
初日

「初めまして。ミカエラ・ヒューシャと申します。隣国より紹介で参りました。」

 エゼキエルは勇者の子孫の象徴である星が入った深い緑の瞳を持ち、整った顔をしていた。
 その顔をしかめて彼女をみている。
 ミカエラはその瞳に見惚れることなく、自分の瞳に魔力をこめて魅了の魔法を使った。
 おそらく彼女の目は濃いピンクになっているだろう。

しかしー

「無礼な!何をジロジロみている。持ち場にいけ!!」
「えっ。」

 何も起こらなかった。
 思わず瞬きをしたり、最大級の魅了魔法を出したが広範囲の人間がうつろになっただけだった。

「う、嘘…なんで…」

 呆然とする彼女の人の周りに人が集まってくる。

「なんて可愛い子」
「あの王子物怖じしないなんんて素晴らしい。」
「完璧な挨拶だったのに、あの堕落ものは。」
「貴方は素晴らしい。だから気を落とさないで。」

 ハッと魔法を押さえたミカエラの前で、エゼキエルの部屋の扉が閉じた。

「かわいそうに、気にしなくていいですよ。」
「新人なのに、貧乏くじをひかされたねぇ。」

 彼に渋々仕えている、と何人もの人間が彼女に好かれたくて話しかけてくるだけだ。

「うそ、魅了の魔法が効かない??」

 その場にミカエラは取り残され初日は終わった。


二日目

「え、エゼキエル殿下…」
「…」

 目は合っているが無言で睨まれた。ニコッと笑った鼻先で扉が閉まる

三日目

「で、殿下―!」
「ここはいらん。」
「そこをなんとか!!」

 足をねじ込めば、その足を蹴飛ばされて扉は閉じる。

「いたた…今日もダメか…。」

 尻餅をついた彼女にメイドが駆け寄ってくる。

「大丈夫?」
「えぇ、ありがとう」

 ありがたく差し伸べらた手を借りて、起き上がる。
 今回の仕事の大変さをミカエラは実感していた。

 こうして初日から三日間は、門前払いだった。




 四日目

「殿下!!今日は私がご飯をお持ちしましたぁ。えへ」
「…」
「よければ配膳の準備までさせていただけませ…。あっ」

 朝は出てこないのがわかり、昼頃を狙って匂いの強めの食事をカートに乗せて扉の前にいれば、案の定エゼキエルはでてきた。
 無言でカートの上のカゴのパンだけ抜かれる。
 ミカエラは咄嗟にその手をつかんだ。

「それだけじゃお腹すきますよ。もっと食べな、きゃっ…」

 乱暴に手をはたかれて、振り払われた。

「俺にかまうな。仕事だけしろ。」
「ま、待っ…」

 止める間もなくまた扉は閉じる。

五日目

「殿下―!今日の配膳係も私です。えいっ」
「おい、こら!」

 この日は扉が開くのと同時にカートをねじ込む。
 舌打ちと同時にその室内に入ることができた。
 中は雑然としていて汚い。

 ささっと見渡して机を探し、作業にかかる。
 苛立っている相手に対してやることが解っている以上、何か言われる前にやるのがこつだ。
 並べながら口上を言う。

「今日のメニューは沢山の色どり野菜を使ったテリーヌに小鴨のローストと…」
「早くしろ!」

 酒瓶だらけの机をなんとか綺麗にして急いで料理を並べていると、カートを乱暴に蹴られた。

「あつっ…う…」

 スープ皿が大きく揺れる。
 左手に違和感を感じたミカエラだったが、そこまで熱さを感じたわけではなかった。
 本来なら訓練を受けているので顔に出すことすらない。
 大げさに演技して気をひき、罪悪感を植えるためにやった。

「すみません。急ぎますね!」

(資料にあった本来の人物ならこれで多少はこちらを気にするはず…)

 苦痛の顔から無理に笑顔を作って作業を再開すれば、複雑そうな顔でこちらをみるエゼキエルの顔が視界に入った。

(思ったよりあっさり中に人を入れてくれるし、人を意識してるのね。)

 一年の訓練により教育を受けたメイド変わりなく素早く作業して、残りは金属台に氷とフルーツを盛れば給仕は終わりという時だった。

「待て、氷はお前が手に使え。」
「そ、それではフルーツが美味しくなりません。」
「うるさい、命令だ。」

 何かミカエラが言おうとするよりも先に、フルーツをまとめてわしづかみでエゼキエルが持って行く。

「何をしている、さっさと下がれ。」
「はい…。」

(む、難しい…)

 一礼をして部屋を出る。
 彼の目線はスープでぬれて火傷しただろう場所にあったのを、ミカエラは確認していた。

(手当てしてくれるとは思っていなかったけれど、意外と心配するタイプなの?この氷は気遣いとかそういう類で良いのかしら?)

 元から姉想いと聞いていたが、人を気遣う人だと思っていなかった。気を少し引くための様子見でしかなかったのだが、思ったより相手が反応を返してきたことに彼女は作戦を変更した。
 死体と言えど蘇生されている体はしっかりと機能して、赤く腫れはれあがってきていた。


(そうだ。こういうのはおおげさな方がいい。)

 3日目に仲良くなったメイドのケニアが駆け寄ってくるのが見えた。すでに仲良くなり、魅了魔法もかけてある。ミカエラを見ると走って傍にくる可愛い少女だ。彼女が傍に来るなり、小声でお願い・・・した。

「私の腕の怪我について大きな反応をしてくれる?」

 大げさな声を上げてもらおうと、腫れた腕を見せると予想より大きな反応を見せてくれた。

「まぁ、ミカエラ!その腕どうしたの!?」
「ちょっと配膳でミスをしてしまったの。そんなことよりも、みてみて!殿下に傷を心配して氷を下さったわ。」
「えっ」

 同僚たちが集まってくるのを確認して、嬉しそうに傷に当てる氷を見せる。氷を貰ったと聞いて意外そうにケニアが声を上げる。

「ミカエラが怪我をしたって!?」
「殿下が心配したそうだぞ??」

 ざわざわと部屋の前で話が大きくなっていくのが見える。

(うん、良い調子。まずは噂だけでも良いものを流していかなきゃ)

 しばらく騒がしくしていれば、部屋の扉が開きエルキランドが顔を出した。その場の空気が凍り皆が蜘蛛の子を散らしたようにいなくなる。

「うるさい、さっさと手当でも何でもいけ!!」

 そう怒鳴る彼の姿に、逃げ去っていこうとする城の者が驚く。ミカエラはその場で思わず笑いそうになった。

(あらあら、資料より暴君ではないのかしら。)

ひっそりと蒔く種は上手くいきそうだ。




六日目

 ミカエラは掃除用ワゴンを押して今度は部屋に入った。
 五日目のことがあったからか、部屋の前で声をかければ、嫌そうに扉があいた。

「掃除はいらん。お前が休め。」
「早く休みたいんですが、ここの掃除をしないと休めないんです…」
「…っち、ごみだけ回収して出ていけ。」

 相変わらずごみとほこりと酒瓶で雑多になった部屋だった。なんのごみを回収すればいいのかと、考えながらミカエラは部屋に入った。

(せっかく入れたんだから、床が見えるくらい掃除していきたいわ。)

 育ちが使用人の子だった彼女はワゴンから手早くごみ袋を出して、明らかに踏まれて使われていないごみや食べかすを回収していく。
 粗方回収が終われば、ほうきを履こうとした。
 しかし、ほうきの先を蹴飛ばされる。
 バランスをくずして前のめりになり、踏ん張りながら蹴飛ばしてきた相手を見つめる。

「あの…。」
「ごみだけ回収しろと言っただろ。これで掃除の形はとれたはずだ。」
「で、ですが…。」

 エゼキエルが扉をさしている。これ以上掃除をさせる気はなさそうだ。

「出ていけ、用は済んだだろう?」
「わかりました!ありがとうございます。」
「なんだ、調子が狂う奴だな…。」

 ニコニコしつつも少しだけ汚い床を見つめて、一瞬だけ肩を落とした演技をした後は背筋を伸ばして出口に向かう。

「おい!」
「はい!なんでしょう?」

 急に呼び止められた彼女は元気よく返事を返す。バツが悪そうな顔をしたエゼキエルが数秒迷ったような沈黙の後に口を開いた。

「俺の部屋付きを希望したと聞いた」
「えへへ、そうです。」
「これからは部屋付きの鍵を使って入ってきていいぞ。」

 エゼキエルの提案にミカエラはどう返そうか逡巡して、返事が遅れた。

「な、な、なんとか言えよ!あ、もちろんだが、ノックはしろよ!?」
「もちろんです!ご厚意感謝いたします。」

 耳を赤らめたエゼキエルにさっさと出ていけと再度言われ、ミカエラは今度こそ部屋の外に向かう。
 扉の向こうで誰か様子を伺っていたようだが、あえて気にしないでいた。


(後のバンドワゴン効果を狙って気をひければ良かったのに、大きな収穫ができたわ。それにしても本当にごみ回収だけさせてくれるあたり律儀なんだか、優しい人なんだか…)

 新しく見えた一面に内心は感心しながら、今日もエゼキエルの観察を行う。彼は今日もミカエラの怪我をした腕を気にして見つめていた。
 彼女の腕は、メイド服の袖から少しだけ包帯が見えるようになっている。

(いい人…かしら…?)



 一礼して、エゼキエルの部屋の扉を閉じる。
 エゼキエルが奥へ向かう気配を感じて、ため息を吐いた。

「まだ、わからないわ…。」
「何がわからないんです?」

 聞かせるように一人で呟けば、返事は思っていたより耳元で返ってきた。
 顔を上げれば、目と鼻の先に薄緑の瞳と目があった。

「きゃあっ。」

(気配は感じていたけれど、近い近い。)

 白髪に近い金髪に薄緑の瞳の人物。肌も白いと言うより青白い病弱そうな青年が、扉の前にいるミカエラに寄り掛かるように立っていた。

 ミカエラが上げた悲鳴により、背後の扉でエゼキエルが近寄ってくる音がするが、青年が先に両手で扉のノッカーを固定してしまった。
 その意図を察して、ミカエラは青年を見つめる

「おい、メイド!何があった!?」
「何も…、何もありません!掃除道具を倒しただけです。水をこぼしたので扉を開けないでください!!」
「賢明な判断ですねぇ。僕のせいで扉が開かないことが解ったら、あいつならまた暴れるでしょう。掃除の手間が増えてしまいます。」

(そういう問題じゃないんだけど??)

 耳もとで囁いてくる青年をそっと腕でおして、横にずれながら背後の扉からエゼキエルが離れていくのを感じ胸を下ろした。

「なぜこのような場所にいるんですか、第一王子殿下??」
「おや、ばれてしまいましたか。」

 エゼキエルの部屋から離れた廊下に移動しながら、ミカエラは寄り掛かってきた青年にそう質問した。

 第一王子は、今度は背の高い浅黒い肌の護衛らしき男に寄り掛かっていた。具合が悪そうだ。
 ミカエラの質問に特に驚かずに青年、第一王子は笑った。

「僕だってこんな汚いところ来たくありませんでした。でも、あの男付きになりたいと言った変わった異国の子がいるって聞いたので見に来たんです。」
「なるほど…」

 予想していたよりも早く自分の行動が第一王子まで耳に入ったことに、冷やりとミカエラはしていた。
 視界の端に幾分か離れたエゼキエルの部屋がある方角をみる。

(だからってわざわざ第一王子が自ら来るとは思わなかったわ…)

 遠巻きながら、メイドや侍従たちが羨ましそうにこちらを見ているのがわかった。いつもの憐みの視線と真逆のものに呆れそうになる。

(嫉妬や羨望は後々やりにくい…)

「ら、楽ができるって聞いたんです。」
「こき使われる上に、給料は安いでしょう??」
「とんでもない!!お仕事少ないですし、給料がでるだけでありがたいですよ!?」

 これは本心だ。
 使用人の母と一緒にただ働きさせられてきたミカエラにとっては、貴族の妾の子であるが価値観は安い。給料が安いのは貴族の子としての価値観だ。

「あ、すみません。いままで働いたことがないので、自分でお金を手にするのが嬉しくて…。」
「…。」

 第一王子は目を瞬かせて、護衛の男に寄り掛かったままぽかんとしていた。そこから笑い出した。ミカエラが困惑する中で上品に笑う彼は、ひきつけをおこしてむせるまで止まらなかった。

「君、面白いね。」

 目に涙を浮かべて笑う彼に、ミカエラは隙を見た。

(エゼキエル王子には効かなかったけれど、第一王子にもかけてみよう!)

「そうでしょうか。楽しんでいただけたなら、良かったです?」

 瞳に魔力をこめて返す。
 その返答にまた笑い出す彼の目に、ハートが一瞬浮かぶ。
 アーヴィングの瞳に浮かぶ、ミカエラの瞳はしっかりピンク色だった。

(かかった…??いえ、どっち??)

 笑う彼の気配は、手ごたえがあったように感じた。護衛を見つめれば、頬を赤く染めて見つめ返してくるのでこちらも手中にあるように感じる。

「面白いメイドさん、名前で呼んでいいかな??」
「どうぞ…」
「僕のことも僕のことも名前で呼んで良いですよ。嬉しいでしょう?」
「あ、はい。」

 ニコニコと傲慢な王子様が笑う。それにつられて傲慢な魔女も嗤った。

「呼んでみて?」
「アーヴィング殿下。」
「だめ、アーヴィング。」
「アーヴィング様。」
「ふむ、それでいいか。またね、ミカエラ嬢。」

 ひとしきり笑った第一王子・アーヴィングは護衛に支えられて回廊を歩いていった。
 張り付けた笑顔でミカエラはそれを見送る。名乗らずとも名前をしっかり把握しているあたりが、流石は第一王子といったところだ。先ほどメイドと呼んだエゼキエルと違う。

(これは幸運だわ。第一王子と側近を落とせる機会に恵まれるなんて。情報が色々抜けそう。)

 遠くなったので笑顔を消してそんなことを考えていると、アーヴィングを支柱において護衛が戻ってきた。 
 咄嗟に彼女は身構えて笑顔を作る。

「どうされました?」
「じ、自分も名前で…」
「名前を教えて下さいな。」

 護衛は無口な男だったようで数秒してから、「ウィリー」と言った。

「ウィリー様」
「うん。」

 それだけ言って、護衛の男は支柱にもたれたまま崩れ落ちていくアーヴィングを回収しに戻っていった。

「あぶない、あぶない。」

笑顔は人に好意を抱かせるのだ。




こうして4日から6日が終わった。



 そして7日目の今日が終わる。

「潜入して一週間。対人トラブルもなくエゼキエル王子以外は順調ね。」


(魅了の魔法が効かない時用の訓練も受けてきてよかった。すぐに効かない相手でもいくらで気をひく方法はあるもの。)

 気をひいて心を許し、好意を抱かせてしまえば魔法の効果は出せる。 

(そもそも今回は恋人におさまって情報を抜くことが目的だから、最初から上手くいくなら蘇生魔法の補助用のキメラなんかつけて長期任務にしたりしないはずなのよ。)

 モノクルの男は今回の魅了の魔法が効かないことを予想していたのだろう。

(さてさて魅了魔法を使うためにどの方法で気をひいていこうかしら…、使い方は違うかもしれないけど周囲の人間にはエゼキエルが実は“良い人”だったと思わせるウィンザー効果を、エゼキエル王子自身には私が明るく前向きな女の子と思わせるバンドワゴン効果を…)

 他にも第一王子の初対面では笑顔で楽しい雰囲気づくりを行った。
 これもすべては愛されるための訓練を受けたが故のたまものだ。

(これから毎日昼食と掃除、できれば夕食やお風呂なんかも担当させてもらえれば単純接触効果も狙えるけど…できれば運命や奇跡を感じさせるシンクロニシティ効果が一番効果が大きそうね。うーん。いっそ不利な立場とかいじめられてるような立場を応援したり、守りくなるアンダードック効果を狙う??いえ、暴君付きになったのに今さらだれかに、私をいじめてもうらのって不自然に見えないかしら…?)

 魅了の魔法が効かないことで単純に間諜員として王子を落とさなければいけない面が出てきた以上、ミカエラは色んな策略をねった。

「単純接触効果が刷り込みもかねているから効果的かしら。…今のところ順調だしこのままいきましょう。」


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