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参 悔恨
第23話 蒼月
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御影は見ればわかると言ったが、何がわかるのだろう?
馬屋で御影を待ちながら、由良はぼんやり考えていた。
御影も案外、悪い人ではないのかもしれない。
あんなに手酷く無視したり、強引に世話役を降ろしたりした由良に、文句の一つもつけずに優しい。
……意地悪だけれど……。
「由良!」
ふいに御影の声がした。来てくれたらしい。ふっと顔を上げ、由良は息を呑んだ。
「し、紫苑さ……」
御影が連れてきたのは、あろうことか紫苑だったのだ。
どうして?
蒼月という人は、都合が悪くなったのだろうか。
「何驚いてんの? こっちが話しといた蒼月。美人だろ?」
「え……ええっ!?」
言われてよく見ると、確かに女性だった。
遠目には紫苑に見えたものの、間近に見るとずっと優しい顔立ちで、どきどきするほど綺麗な人だった。
化粧もほとんどしていないのに、目の上に引いた影だけで、ひどく艶やかなのだ。
本当にもとが綺麗なんだなと、由良はただただ感嘆した。
「従姉妹なんだけど、見ての通り兄上に良く似てるから、兄上の影武者やってる」
「――こんにちは」
蒼月が挨拶してきた。
声も女性の割には低くて、親戚だけあって紫苑のものに似ていた。なるほど、これで男装したら、知らない人が見たら紫苑と見分けがつかないかもしれない。
紫苑くらいスマートで美形だと、影武者が女性になってしまうんですねと、由良は妙に感心した。誰が最初に提案したのか。この人に男装させようなんて。
「あの……こんにちは」
緊張しながら由良が答えると、蒼月が優しく笑いかけてくれた。本当に綺麗だ。
あまりにも綺麗な人に笑ってもらえて、由良は嬉しくて仕方なかった。幸せだ。
「馬に乗りたいの?」
蒼月が問いかけてきた。
由良はうんうん、と頷き、やはり緊張しながら問い返した。
「あの、蒼月様はどうして馬に乗れるんですか?」
途端、御影が遠慮もなく由良を笑い飛ばした。
「由良って、ほんっと間抜けだよなー! 当たり前だろ? 馬にも乗れなくて、兄上の影武者が務まるかよ。影武者が決まった時に練習したの。由良の三倍は飲み込み良くて、あっさり乗りこなしたけどな」
「ひ……」
あんまりですと由良が抗議する前に、蒼月がぴしゃりと言った。
「御影様、次の長にもなろうかという方が、そのように言われるものではありません」
「……」
蒼月には弱いのか、うんざりした顔で黙り込む御影。
それを見て、由良は自分でやっつけたのでもないのに、やったやったと、ひどく嬉しそうな顔をした。
いつも言い負かされて悔しかったから。
そして、ますます羨望の眼差しで蒼月を見た。
綺麗で優しくて頼りがいがあって、本当に素敵な人だ。
「由良?」
その視線に気付き、蒼月がわずかに首を傾げて由良を見る。
「あ、あの……私、蒼月様が好きです!」
またしても蒼月ではなく、御影がむせた。
「な、何言ってんだよ、由良! 兄上は!? おまえ、ついこの間、兄上に冷たくされてさんざん泣いて……」
「か、関係ないでしょう!」
由良は真っ赤になって抗議した。
何も、彼女の前でそんなことを言わなくても……!
だいたい、御影が変なことを言うから、思い出してしまった。
「紫苑様なんて、紫苑様なんて、大嫌いです!!」
どうしよう、泣きそうだ。
もう半月近く口をきいていないのだ。何度すれ違っても無視されて……。
「――由良」
唇をわななかせていた由良の口許に、蒼月が軽く指を当てた。
何だろう。急に安心して……。
「ありがとう」
穏やかな声でそう言われ、優しく微笑みかけてもらって。
由良はすっかり安心してしまい、不思議な気持ちで蒼月を見た。
不思議な人。
いてくれるだけで、ひどく安心する。
「……」
由良が黙って彼女を見上げていると、蒼月はくるりと身を翻し、ひらりと馬に跨った。
かっこいい。
「おいで。教えてあげる」
由良はもちろん頷いて、差し出された蒼月の手につかまった。
馬屋で御影を待ちながら、由良はぼんやり考えていた。
御影も案外、悪い人ではないのかもしれない。
あんなに手酷く無視したり、強引に世話役を降ろしたりした由良に、文句の一つもつけずに優しい。
……意地悪だけれど……。
「由良!」
ふいに御影の声がした。来てくれたらしい。ふっと顔を上げ、由良は息を呑んだ。
「し、紫苑さ……」
御影が連れてきたのは、あろうことか紫苑だったのだ。
どうして?
蒼月という人は、都合が悪くなったのだろうか。
「何驚いてんの? こっちが話しといた蒼月。美人だろ?」
「え……ええっ!?」
言われてよく見ると、確かに女性だった。
遠目には紫苑に見えたものの、間近に見るとずっと優しい顔立ちで、どきどきするほど綺麗な人だった。
化粧もほとんどしていないのに、目の上に引いた影だけで、ひどく艶やかなのだ。
本当にもとが綺麗なんだなと、由良はただただ感嘆した。
「従姉妹なんだけど、見ての通り兄上に良く似てるから、兄上の影武者やってる」
「――こんにちは」
蒼月が挨拶してきた。
声も女性の割には低くて、親戚だけあって紫苑のものに似ていた。なるほど、これで男装したら、知らない人が見たら紫苑と見分けがつかないかもしれない。
紫苑くらいスマートで美形だと、影武者が女性になってしまうんですねと、由良は妙に感心した。誰が最初に提案したのか。この人に男装させようなんて。
「あの……こんにちは」
緊張しながら由良が答えると、蒼月が優しく笑いかけてくれた。本当に綺麗だ。
あまりにも綺麗な人に笑ってもらえて、由良は嬉しくて仕方なかった。幸せだ。
「馬に乗りたいの?」
蒼月が問いかけてきた。
由良はうんうん、と頷き、やはり緊張しながら問い返した。
「あの、蒼月様はどうして馬に乗れるんですか?」
途端、御影が遠慮もなく由良を笑い飛ばした。
「由良って、ほんっと間抜けだよなー! 当たり前だろ? 馬にも乗れなくて、兄上の影武者が務まるかよ。影武者が決まった時に練習したの。由良の三倍は飲み込み良くて、あっさり乗りこなしたけどな」
「ひ……」
あんまりですと由良が抗議する前に、蒼月がぴしゃりと言った。
「御影様、次の長にもなろうかという方が、そのように言われるものではありません」
「……」
蒼月には弱いのか、うんざりした顔で黙り込む御影。
それを見て、由良は自分でやっつけたのでもないのに、やったやったと、ひどく嬉しそうな顔をした。
いつも言い負かされて悔しかったから。
そして、ますます羨望の眼差しで蒼月を見た。
綺麗で優しくて頼りがいがあって、本当に素敵な人だ。
「由良?」
その視線に気付き、蒼月がわずかに首を傾げて由良を見る。
「あ、あの……私、蒼月様が好きです!」
またしても蒼月ではなく、御影がむせた。
「な、何言ってんだよ、由良! 兄上は!? おまえ、ついこの間、兄上に冷たくされてさんざん泣いて……」
「か、関係ないでしょう!」
由良は真っ赤になって抗議した。
何も、彼女の前でそんなことを言わなくても……!
だいたい、御影が変なことを言うから、思い出してしまった。
「紫苑様なんて、紫苑様なんて、大嫌いです!!」
どうしよう、泣きそうだ。
もう半月近く口をきいていないのだ。何度すれ違っても無視されて……。
「――由良」
唇をわななかせていた由良の口許に、蒼月が軽く指を当てた。
何だろう。急に安心して……。
「ありがとう」
穏やかな声でそう言われ、優しく微笑みかけてもらって。
由良はすっかり安心してしまい、不思議な気持ちで蒼月を見た。
不思議な人。
いてくれるだけで、ひどく安心する。
「……」
由良が黙って彼女を見上げていると、蒼月はくるりと身を翻し、ひらりと馬に跨った。
かっこいい。
「おいで。教えてあげる」
由良はもちろん頷いて、差し出された蒼月の手につかまった。
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