四角い世界に赤を塗る

朝顔

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㉒ 復讐の終わり

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 その人が立ち上がると、会場中の視線が集まって、やがて辺りは静まり返った。

「長くなりますので、どうかお座りください」

 カツカツと靴音を鳴らして証言台に立ったのは、ダーレンだった。
 ピンと伸びた背すじ、引き締まった口元、眉はキリッと上がっていて、どう見ても立派な青年に見えた。

「お集まりいただきありがとうございます。まずは、今日までみなさんを欺いていたことをお許しください。私はすでに年齢相当の思考力を得ております」

「なっ! そんな! 嘘よ……いつの間に……」

 叫んだのはベロニカで、グローブ医師はポカンと口を開けた状態で固まっていた。

「偽って生きる選択をしたのは、その時、まだ私は成人しておらず、力がなかったからです。自分の身を守り、いつか反撃する機会を得る為に、今日まで生きてきました。私を苦しめたあの女を倒すために……」

 そう言ってダーレンが指を差したのはベロニカだった。
 ベロニカは口元に両手を当てて、嘘よと言いながら、床に座り込んだ。

「父の後妻として、あの女がホルヴェイン家にやって来てから、まともな扱いを受けたことがありません。父から離されて、邪魔者と呼ばれ続けました。父は関係を改善しようとしたのでしょう。ある時、あの女に、ホルヴェイン家の人魚の血の秘密を話してしまった」

「や………いや、…やめて……」

「人魚の血、それを見た者の心を奪い、人を意のままに操ることができると言われています。そしてもう一つ、人魚の血を飲んだ者は、若返ることができて、一定期間、老いることがなくなります」

「だめ……だめ、それ以上は……」

「それを知ったあの女は、幼い私に、お前は病気だと言って、検査のためと言い、私の手を傷つけて血を奪った。父に病気のことが知られると、もっと嫌われると言われて、誰にも言わないようにと脅された。愛情に飢えていた私は、父に嫌われたくなくて、あの女に大人しく血を抜かれるようになった……」

 衝撃の事実に場内は騒然となり、誰もが言葉を失った。ベロニカだけは、頭を掻きむしりながら、やめてやめてと呟いていた。

「血の効果は強く、外見だけではなく、飲んだ者にもある程度の、洗脳の力が使えるようになり、父はすっかりあの女の言いなりになってしまった。十八の時、私はやっと自分を取り戻して、長い間、囚われていた闇から抜け出しました。それと同時に、あの女が何をしてきたのか、ようやく頭で理解できるようになった。その頃、父が自分の部下だったルーラーを別邸に寄越してくれたことで、状況は変わりました。幼いフリをしつつ、ルーラーと共に、証拠を集めていた矢先、父が倒れました。邪魔なルーラーを殺そうとして失敗し、次に選んだのが、父を殺すことだとすぐに分かりました。自分の子を後継にして、私を病院に送ろうとしたのは、いつでも血を摂取できる環境と、少しでも長く生かす必要があった。違いますか?」

 ベロニカは口元に手を当てたまま、ガタガタと震えていて、何も答えなかった。
 しかし、その沈黙が答えであることを、全員悟った。
 なぜなら、四十を超えているというのに、まるで十代のような美しさを保ち続けるベロニカの外見は、ダーレンの話が本当だということを物語っていた。

「……ダーレン様、詳細な説明をありがとうございます。驚くべき事態になってしまい、私の手に負えるのか、正直なところ悩ましい状況になってきました。ベロニカ氏が夫の殺害と、ダーレン様に対する長年の虐待行為があったこと。これは十分に極刑に値するでしょう。それはそれとして、この場は後継者を決める場です。ダーレン様が完全体になられたら王家からの監視も必要ありません。そして、後継としての資格も十分にあると言うことです」

「まっ、待ってくれ、俺はどうなる? 奥様に利用されただけだ。確かに公爵の死因は詳しく調べるなと言われたし、ダーレン様を幼いままだと言えと言われていたが、俺も脅されていたからで……」

 ウェンディ侯爵が話を進めようとすると、悪あがきなのか、グローブ医師が声を上げた。
 ダーレンに訴えようとしてきたが、その前に立ちはだかったのは、ベネットだった。

「往生際が悪いわ、グローブさん。貴方が医学院の研究費を若い娼婦に注ぎ込んでいたのは分かっているのよ。奥様とも、ずいぶん仲が良かったようね。ホルヴェイン家の財産でも約束されたのかしら。同じ医師として恥ずかしいわ。審議は法廷で行われるでしょうけど、貴方も同罪よ」

 ベネットに胸を押されたグローブは、唸り声を上げながらベロニカの横に崩れ落ちた。
 しかし、その様子を見て勢いを取り戻したのはベロニカだった。
 急に立ち上がり、ダーレンを睨みつけた。

「この悪魔め! 会った時から、気味の悪い子だったわ。私を罪に陥れたと思ったら大間違いよ。このままになんてさせないわ! みなさん! この男はホルヴェイン家の後継として相応しくありません! なぜなら……」

「もうやめてくれ!!」

 ここで意外な人物が立ち上がり声を上げた。
 ベロニカの息子、ブライアンだった。

「僕は……僕は、後継ぎになんて相応しくない」

「何を言うの!? ブライアン!!」

「ずっと……お母様の言いなりで、少しでも間違えれば折檻を……、恐怖から逃げたくて、賭博場に通っているんだ。お父様のお金を……たくさん……金庫から盗んで……たくさん使ってきた」

「……な、何ですって!?」

「ダーレンお兄様が言うことは間違っていません。お母様が恐くて言えなかったけど、お母様は、お兄様から奪った血を、ワインに入れて飲んでいました」

「リアンナ! あなたまで……」

「ずっと、苦しんできました。どこへ行ってもお母様と比較されて、娘より若くて綺麗だと言われる度に、お母様は笑って喜んでいた。私がその隣にいてどんな思いでいたか……。自分が美しくあり続けるために、お父様まで殺した! この人は化け物です! もう人間ではありません!」

 息子と娘に否定されたベロニカは、歯を食いしばって怒りに震えていた。
 そこで扉が開いて、槍を持った兵士がゾロゾロと入ってきた。
 薬師サイモンの供述によって、ベロニカは収監されることになったようだ。
 兵士に槍を向けられて、ベロニカは両腕を捕えられた。

「と……賭博なんて、大したことではないわ! あの男は男色よ! 男が好きで、至る所であそこにいる教師とヤリまくって……。何人もの使用人が見ている。ダーレンが後継ならホルヴェイン家は子は望めない! 終わりよ!」

 最後の抵抗だと、ベロニカが言い放った言葉が響き渡った。
 一人で沈んでなるものかと、地獄まで道連れにするつもりで、口の端を上げてベロニカは勝ち誇った顔をしていた。

 人々は困惑の顔でどう反応していいのか辺りを見回していた。
 ホルヴェイン家一族の席からも、どうしたものかという空気が流れてきて、ロランは心を決めた。
 やっと自分の出番が来たと、その場で立ち上がった。

「私は美術の教師でロランと申します。発言をいいでしょうか」

「貴方が……はい、構いません。どうぞ」

 ウェンディ侯爵に手で促されて、ロランは顔を上げて息を大きく吸い込んだ。

「ダーレン様は男色……ではありません。彼は被害者です」

「なんですと……?」

「ダーレン様を襲うように仕向けられました。私は嫌がるダーレン様を無理やり……、ですから、彼は被害者で、私は罪を犯しました」

「貴方にそれを命じたのは……」

 ロランは真っ直ぐに手を伸ばして、ベロニカを指差した。
 最後の抵抗が虚しく終わったからか、ベロニカは完全に力を失い、倒れそうになったところを兵士達に押さえられた。

「もう一度聞きます。貴方がダーレン氏に近づいたのは、ベロニカ氏に依頼されたからですか?」

「はい、たくさんお金がもらえると聞いて……。借金で困っておりましたので」

 ザワザワと声が広がって、冷たい視線が自分に注がれるのを感じた。
 これでいい
 これで……
 その通りなのだから……

「なるほど……、せっかく声を上げていただきましたが、返答次第では貴方も収監されることになります。二人は恋人ではなかった。貴方はダーレン氏に恋愛感情はなく、ただお金のために襲ったということですね」

 恐い
 ここまできて恐くて言葉が喉に詰まってしまう。
 だけど、もう逃げないと決めたはずだ。
 たとえ嘘をついてでも……
 ダーレンを助けるために……

「……はい。愛してなど……おりません」

 感情を必死に殺して言葉にしたが、声が震えてしまった。
 だけど意味は伝わったようで、ウェンディ侯爵はそうですかと言って、近くの兵士に声をかけた。
 兵士が槍を手にこちらに向かってくる間、ロランの胸には複雑な思いが渦巻いていた。
 ダーレンの顔は恐くて見ることができない。
 きっと失望して、憎しみのこもった目で見ているのだろう。
 ごめんなさいと小さく呟いた時、目の前に来た兵士に腕を掴まれた。
 ベロニカとは別の出口から連行されたが、背中からダーレンの声が聞こえてきた。

「ベロニカ、俺は完全体になった。それが、どういう意味か……すぐに気がつくことになる」

「完全体……なぜ……? どうして? いつの間に……、ということは力が……、まさか……本当に……」

 会場の中からベロニカの絶叫が聞こえてきた。
 ダーレンの復讐が終わったようだ。
 すでに外へ出ていたロランは、絶望の声を背中で聞きながら、目を閉じた。

「ゔぅ……」

 今まで我慢していた思いが込み上げてきて、ロランの胸を熱く揺らした。
 後ろ手に縛られて、槍で押されながら歩かされている今なら、誰にも聞かれることはない。
 ダーレンに優しく包まれる感覚を思い出して、目頭が熱くなった。

「好き……、ダーレン……愛してる」

 ポロリとこぼれ落ちた涙が地面を濡らした。
 その上を自分の足で踏んで、誰にも気づかれないように、ロランはまた愛していると呟いて、歩き続けた。
 
 

 
 

 
(続)
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