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第三陣

⑥暗闇に生まれし希望の光

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 真っ暗だった。
 真っ暗なのに、俺はひたすら走り続けていた。

 どこに向かっているのか。
 ただ逃げているのか。

 はぁはぁと息を吸っては吐いて、ひたすら足を動かしていた。

「りひと、頑張れ。もうすぐだよ」

 懐かしい人の声が聞こえてきて、俺は足を止めた。

「よく頑張ったね。りひとは立派だ」

 違うんだ。
 俺は全然だめなんだ。

 救うと約束したのに、俺は途中で……

「そんなことない。りひとが撒いた種はどんどん育っているよ。りひとには人を変える力がある。すきる、なんちゃら? を使わなくても、りひとなら大丈夫」

 どういうこと?
 何を言っているの?

 何で、あなたが何でそのことを……

「大きくなったね。もう、私が探しに行かなくても大丈夫だ。自分で大切な人の元へ歩いていけるだろう……」

 何も見えない。
 暗闇の中で俺は叫んだ。







「ばーちゃん!!」

 静かな空間に俺の声が響いて目を開けると、そこは見知らぬ部屋の中で、俺はベッドの上に寝ていた。
 天蓋付きのベッドに高そうな金の調度品、真っ赤な絨毯が敷かれた広い部屋だった。

 ここはどこで、俺はなぜここにと、しばらく頭がぼっーとしてしまい目をパチパチさせながら、周りを見渡した。

 その時、カチャリと音がして部屋のドアが開いた。
 中に入ってきた人物を見て、今までふわふわしていた頭に、水をかけられたみたいに記憶が降ってきて俺は飛び起きた。

「ずいぶんと大きな声が聞こえたから、どうしたのかと思いました。どうやら、元気そうですね。手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

 にこにこしながらこちらに近づいてきたのは、金髪の美青年で大悪人のガルデオンだった。
 あの広場での記憶の最後に見えた金の髪はやはりこの男だったようだ。

「な……なぜ、なんで、こんな事を……」

「ああ、こちらも色々と事情がありまして、あんまり遅いので迎えに行ったのですよ。いくら待ってもこちらに来てくださらないので、私の誘いに乗らない方など初めてです」

「まさか、あの……試すとかいう話ですか?」

「ええ、ぜひ。魔力溜まりであったなら、一生困らない暮らしを用意しますよ」

「そんなのはどうでもいいです! スネイクは? もしかしてアイツの妹を殺したんですか?」

 ガルデオンが邸に突撃してきた時から確かに時間が経ってしまった。
 あれから俺の警備は強化されたので、古典的で簡単な連絡魔法で網を掻い潜ったらしい。
 誘き出すのにスネイクを利用した、ということは俺が平民街で暮らしていた頃を探ったのだろう。
 成敗したヤツらは情報を漏らさないはずだが、スネイクの妹とは確かに素顔の状態で顔を合わせたことはあった。
 レインズが掴めなかったので安心していた。
 もしかしたら、過去は問わないと積極的に動かなかったのかもしれない。

「殺してはいません。利用はさせてもらいました。ただあの二人をどう処分するかは貴方次第、というところでしょうか」

 いかにも悪役がやりそうなこと、言いそうな台詞にため息をつきたい気分だった。

「残念です。あなたがもっと欲深い男であったなら、話はもっと早くて、手荒な真似はしなくてもすんだのに」

 簡単なことだ。
 この男はやる気満々だし、このまま誘って成敗してしまえばいい。
 そう答えは出ているのに、俺は中指にはまっている指輪を無意識に触っていた。
 この指輪をはめてくれた時のレインズの顔を思い出した。
 俺を大切だという目で見てくれた。
 その気持ちを裏切ることはできない。

 とにかく俺ができることを、やれるだけやるしかない。
 ばーちゃんが背中を押してくれたから。
 俺は意を決して顔を上げて、ガルデオンの目をしっかりと見据えて口を開いた。


「……ガルデオン、なぜそんなに魔力溜まりにこだわるんだ?」

「ああ、雰囲気が変わりましたね。ようやく、本当の貴方に会えた気がします」

「お前は王族だし、金を積めばいくらでも純度の高い魔石が手に入るだろう。魔力が欲しければそれで十分なはずだ」

 俺がそう言うとガルデオンは不敵に笑った。

「そうであれば、よかったのですけどね」

 どこか遠くを見たガルデオンの目は青く澄んでいたが、冷たくて悲しげな色をしていた。

「いいでしょう。時間もありますし、少しお話でもしましょうか」






 ガルデオンに連れられた俺は寝ていた部屋から出て、長い廊下を歩いた。
 ここはどこだという質問には答えてくれなかったが、窓から見える景色は両側が木々に囲まれていて、森の中にある家なのだと分かった。

 それなりにデカい邸だが、使用人にも誰一人会うことはない。
 そのまま階段を上って最上階にある一室の前でガルデオンは足を止めた。

 ノックをしたガルデオンがゆっくり扉を開けると、そこは日当たりの良い一室だった。
 中には家具の類は一切ないが、一つだけ大きな肖像画が壁一面にデカデカと飾られていた。
 金色の髪をした美しい女性の肖像画だった。

「これは母です。現王の側妃として十六歳で王家に入り、十八の時に子を産みました。三番目の王子誕生に当時は国中で歓迎の宴が開かれたと言います。しかし、誕生から間も無くして、三番目の王子については緘口令が敷かれました。それは呪われた子だったから、です」

 不遇の王子、悪人リストにはガルデオンの説明にそう記載されていたのを思い出した。
 俺はガルデオンの目を見て続きを促した。

「かつての戦争で僧院を燃やしたことが原因と言われていますが、何代かに一人、王の後継者で一番資質のあるものに宿るという呪い。生まれつき極端に魔力が少なくて、やがて魔欠病となり魔獣に変わって死ぬという呪いです。多くが子供のうちに亡くなるというものでした」

 ガルデオンから語られたのは、この王国に王子として生まれながら、死に至る呪いを持って生まれたことで、王族としての籍を外され侯爵家に預けられた悲しい子供の話だった。
 すぐに死ぬ運命が決まっている不吉な子を、王子として育てることはできないと、側妃である母とともに見放されたのだ。

 しかし、幸か不幸か、ガルデオンはもう一つの能力を持って生まれていた。

「見える眼です。聞いたことはありませんか?」

「あっ……レインズも……、確か人の魔力が見えるんだったよな」

「そうです。滅多にいませんが、持っている者はお互い同士分かります。なぜ人の魔力が見えるのか、それは……誰からでも奪うことができるからです。そのため、人々からは恐れられたり忌み嫌われる力なのです」

「奪う?」

「ええ、目を合わせた相手から魔力を奪い取ることができる。クライスラー公爵は、有り余るほどお持ちのようなので使うことがなかったのでしょう。私がここまで生きてこられたのはそのおかげです」

 そんな話は初めてだった。単純に相手の魔力量が見えるだけの話だと思っていたが、そんな機能があるなんて驚いた。
 確かにレインズなら使う必要などなかったのだろう。

「初めは……小動物からでした」

「えっ………」

「魔力がなくて生まれてから寝たきりだった私は、ある日母の魔力の色の話をしました。その時の母は、飛び上がって喜びましたよ。魔石から取れる魔力は純粋ではないため効果がないのです。見える眼によって息子が死なずにすむのだと分かったから母は大喜びでした。小動物を連れてこられて、魔力を奪うように言われました。本能的にできましたが、加減が分からず力を奪うと動物はすぐ死にました」

 小さな動物の魔力を奪うようになったガルデオンは、みるみる回復してあっという間に歩けるようになったそうだ。
 しかし体が大きくなるに連れて、問題が出てきた。

「だんだん大きな動物を連れてくることになりましたが、それでもすぐに足りなくなってしまうのです。自分の息子が魔獣に変わってしまうことを恐れた母は気が狂ってしまいました。やはり一番純度が高く体に適しているのは同じ人間だと……罪人を連れてきたのです」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。
 何という話なのだ。
 その先はどう考えても辛い話になると思った。

「それだけは……それだけはだめだと抵抗しました。しかし、何日も食事を与えられず、飢えた状態で縛られた罪人と二人部屋に閉じ込められて……。初めて人から奪った時、心は壊れてしまいましたが、生まれて初めて生きているのだという実感が湧くほど力がみなぎってくるのが分かりました。それからはずっと……。この体は人間を食べて生きてきた化け物なのです」

 息子を助けたかった母、抵抗する術のなかった幼きガルデオン、そして犠牲になった者達。
 狂ってしまったのは母とガルデオン、いや、この国全体がすでに狂っていたのだろう。

「罪人だからと正気を保とうとしましたが、その頃ついに狂った母は自ら死を選びました。罪人も調達できないようになり、ついには奴隷を連れてくるようになりました。奴隷を殺し合わせて遊ぶのは兄の趣味でしたが、調達を手伝いそこで負傷した者からもらうように……」

 もう限界でしたと、ガルデオンは母の肖像画を見ながら小さくつぶやいた。
 幼いガルデオンにとって母は絶対的な存在だったのだろう。
 きっと死んではいけない、死なないでと、そう言われ続けてきたに違いない。
 その悲しい呪縛によってガルデオンは母の死の後も、力を奪いながら生きてきたのだろう。

「魔力溜まりを探していたのは、繰り返し奪っても枯れない泉だと聞いていたからです。ここまで来ると色々と奪うことも調整できるようになりましたから、魔力溜まりだからといって酷使し過ぎることもないかと思います」

「そうか……そういうことだったんだな。ん? 調整? もしかして、近頃、魔欠病が問題になってるのって……」

「鋭いですね。全部奪えば死にますが、魔力を奪う時に少しだけ残すと、急速に魔力を欲する体と生産が間に合わなくて魔欠病になるのです。ただ、魔力溜まりはその心配はないですから」

 これであの狩り大会の時に魔獣が現れたのが、ガルデオンの仕業だということが分かった。騒ぎを起こして、レインズと俺を引き離して、魔力を奪おうとしていたのだろう。

「しかし、困りましたね……。お金も権力も必要ないなんて……、どうしたら貴方を手に入れられるのでしょうか。欲しいものがあれば何でも言ってください」

「俺が……俺が欲しいのは平和だ。この王国を平和でみんなが幸せに暮らせるような国にして欲しい。それができたら魔力でも何でもお前に全部やるよ」

 そうだそういう事だったのかと俺の中で線が繋がった。
 本当に魔力溜まりかは不明だが、奪う行為が目を通じて、という事なら渡すことには問題ない。
 そしてこの男は、悪人だらけのこの世界を変えることができる立場にあるのだ。

「平和、ですか。面白いことを言いますね。……ちょうど風が吹いてきたので静観しようと思っていましたが、貴方がそう言うなら、それに乗ってみるのもいいかもしれないですね」

 ガルデオンが意味深なことを言って、俺を見て微笑んだ。

 その時、俺の足元が光った。
 まるであのスキルを授けてもらった時みたいに、体に力が溢れてきて、出してもいないのに手元に悪人リストの紙が出現した。

「うわっ…、えっなっなんだ!?」

 リストの俺が成敗してきた悪人達の名前がぶるぶると揺れて光っていて周りの名前もつられるように揺れて光だした。

 改心した悪人達が善行を行った時に表示される項目が、たくさんの文字で埋め尽くされて表示できないくらいになっていた。

「これは……いったい……」

 コンコンとノックの音が響いて、執事服を着た初老の男が入ってきた。

「始まったようです」

 その男が機械のように報告すると、ガルデオンはそうかと言って窓の外を見た。

 窓の外は穏やかな風に揺れる木々しか見えない。
 だが、遠くで熱風のようなたくさんの声が聞こえてきたような気がして、俺も窓の外を見続けた。





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