スキル世直し名器で世界を救え!

朝顔

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第二陣

①ソレを所望する

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「おいっ、遅いぞ三番!」

「はいはーい、今すぐに!」

 厨房とはまたの名を戦場というらしい。

 俺はクライスラー邸で下働きとして働くことになった。
 そりゃそうだ。
 奴隷として買われて優雅に食っちゃ寝る生活なんて待っているわけがない。

 朝早くから叩き起こされて、厨房の手伝い。
 掃除に洗濯、動物の世話、簡単な補修工事まで。
 立派な下働き=雑用係に任命された。

 主人は一人しかいないが、邸では多くの人間が働いている。
 メイドや執事に侍従、庭師に厩番に、騎士団の連中。
 全員に毎食提供しなくてはいけないので、戦場さながら、終わった後は屍でも転がっているんじゃないかという大騒ぎだ。
 食事を作って運んで片付けて、合間に他の仕事を手伝うという全く休む暇のない超ブラックな職場だ。

 俺は厨房では三番目に若いという理由で、三番と呼ばれて、鬼の大将にこき使われている。
 一番と二番がまだ十歳の男の子と女の子、俺の上が六十近いオバちゃんなので、まともに動けるのが俺しかいないという無理のある布陣で、槍一本持たされて戦場を走り回らされている気分だ。

「鍋は? 空になったのか?」

「空だよ。あっという間になくなった。洗い物だろ、今やるから……」

「いや、それは俺がやる。お前はこれをエリザベスにやってこい。……余ったら食っていいぞ」

 俺の腕にボンとバスケットが置かれた。
 中には美味しそうな食べ物がごろごろ入っていた。
 俺が目を輝かせてありがとうと言うと、料理長のボイドはピンと丸まった口髭を自慢げに見せながら、歯を出してニカっと笑った。
 元騎士だったボイドは突然料理に目覚めて引退してコックになったそうだ。
 両腕の筋肉が盛り上がって、俺の顔よりデカいくらいのマッチョマンだ。
 人を散々こき使うが、時々優しさを見せてくるので、ツンデレマッスル野郎と頭の中で呼んでいる。



 俺は早速バスケットに入っていた果物を頬張りながら外廊下を走った。
 空が青くて空気は澄んでいて気持ちがいい。
 中庭の芝生まで来たら、ピュュウと口笛を吹いた。

 ワンッ! と大きな声がして、草むらから毛むくじゃらの巨体が飛び出してきた。

「エリザベス、エリー、女王様、飯の時間だぞー!」

 ドンっとのし掛かられて、俺は芝生の上に転がった。そんな俺の顔をベロベロと舐めてくるのは、この邸で飼っている犬のエリザベス。
 犬種は詳しくないので分からないが、白と茶が入り混じった毛色で、フサフサの長毛でかなり大きい犬だ。
 性格は人懐っこくて温厚、誰とでも仲良くなれるらしく、突然担当になった俺にも、もうすっかり慣れて懐いてくれた。

「はははっ、そんなガッつくなって。ほら、たくさんあるから、ゆっくり食べろ」

 エリザベスは食事中に撫でられてもまったく気にしない。口元を舐めるついでに俺の手まで舐めるというサービスまでしてくれる。
 その度に可愛すぎてキュンとしてしまう。

「お前は可愛いなぁ。みんなのアイドルだもんな」

 エリザベスはみんなに愛されている。
 羨ましいなと思いながら眺めていたら、頬をベロリと舐められた。
 はずみでかぶっているハンチング帽が浮き上がって外れそうになったので、手でグッと押し込んだ。
 危ない危ない。
 レインズとアダムには知られているが、他の者達の混乱を招かないように、帽子をかぶるように言われていた。

 俺は美味しそうにエサを頬張るエリザベスの横に転がって空を眺めた。
 犬を飼うのは夢だった。
 一人っ子だったし、両親は忙しかったから、動物を飼うなんて絶対ダメだと言われて許してもらえなかった。
 犬を散歩する親子を見ると、羨ましくてたまらなかったのを思い出した。

「あーーー、空が青くて気持ちいいなぁ。林檎も美味しいし、なんてしあわ……」

 ん?

 俺は今……何を言おうと……

「おいおい……、やべ……すっかり忘れてた……」

 これぞ異世界マジック。
 平和過ぎて本来の目的がすっかり頭から抜けて、下働き生活を楽しんでいた。

 ここは殺伐とした悪人だらけの世界で、生きるか死ぬかの生活をしてきたのに、今までと百八十度違う生活に、俺は完全に平和ボケしてしまった。

 何のためにケツの奥に最終兵器を装備してこの世界に降り立ったのか……。

 今すぐにでも、悪人野郎のマグナムをここにぶち込んで、王女様のスプーンに変えてやろうと目論んでいるのに、それが上手くいかない。

 なぜなら、その大本命のターゲットとは、ここに来て以来、ほとんど会えないからだ。

 ワーカーホリックとは異世界の言葉ではないはずだ。
 ヤツはまさにそのもので、朝から晩まで悪事をしているのか知らないが、忙しそうに出かけたり部屋にこもったりして、ちっとも、チラリと顔すら見る暇がない。

「クソぉ……早くアレが欲しいのに……」

「何が欲しいんだ?」

「だから、チン……」

 ハッとして目を開けると、太陽の光が遮られて、空の間に黒い影ができていた。

「話は聞いている。ずいぶんと頑張っているらしいな」

「へっ………レ……インズ様?」

 腹に響く声が耳に入って、ようやく目が覚めた俺は飛び起きた。

 一週間? 二週間ぶりくらいだ。
 今日も爽やかな午後の外の景色に似合わない、全身黒でかためた夜の化身が俺を見下ろして立っていた。

「俺は自分が手に入れたものは大切にする性分だ。言ってみろ、欲しいものなら何でも手に入れてやる」

「え……と……」

 ちょうど顔を上げた位置にレインズの股間があるので、意識しなくても見てしまった。
 あの向こうに俺の野望を叶える安住の地が……

「どうした? 何か下に……」

「なっななななんでもないです!! ボケっとしちゃって……」

「……仕事が辛いなら配置換えをしよう」

「いえ、そ…そんな、大丈夫…です」

 そこで今までムシャムシャとエサを食べていたエリザベスが顔を上げて、レインズの横に座って頭を足にこすりつけた。
 レインズは悪人らしからぬ、動物に優しい精神を持っているらしく、エリザベスの頭を慣れた手つきで優しく撫でた。

 レインズの顔は一切変わらない。
 表情筋が死んでいるのか、笑顔がプログラムされていないのではないのかと思うくらい、いつも無の表情だ。
 それでもエリザベスが目を輝かしながらレインズを見つめたら、フっと笑ったような気がした。

「え………」

「ん? どうした?」

 思わず口から驚きの声が漏れてしまった。
 目を擦ってみたが、いつもの無表情だったので、俺の目はついにどうかしてしまったらしい。
 慌てて首を振って何でもないですと言った。

「リヒトに聞きたいことがあって来たんだ。お前の調査を行なっているのだが、どうにも全くと言っていいほど何も痕跡がない。本当にゴルテン出身で間違いないのか?」

 痛いところを突かれてしまった。
 そもそも悪人が俺の素性に興味を持つなんて考えていなかった。というより、会ってすぐ成敗してきたから、こんな風に素性まで調べられる関係を持ったことがなかった。

「そ……そうですけど、もともと地方の村に住んでいて……両親とともに奴隷として連れてこられたのですが、両親も亡くなって……その後は、誰も頼らずにひっそりと……見た目がアレなので、隠れながら生きてきました」

 この男の前ではどうにも上手く嘘がつけない。
 これもまた苦しすぎる作り話だったが、やはりレインズの顔は少しも変わらず、何を考えているのかまったく分からなかったが、そうかと一言返された。

 悪人相手に嘘をつくなんて何の感情もないはずなのに、なぜだか胸が痛くてたまらなかった。

「仕事でもいいし、個人的なことでもいい。何か要望があれば受け付けるぞ」

 レインズの手が伸びてきた俺の手を掴んだ。
 俺は地面に座り込んでいたが、レインズに引き上げられて立ち上がった。

 これはチャンスだ。
 このままだと、この男のソコを掌握するまでに果てしない時間がかかってしまいそうだ。
 もしくは、主人とただの使用人として終わってしまう。

「な…何でも、俺、何でもやります。レインズ様が……俺を買ってくださったので、レインズ様の役に立ちたくて……」

「気にする必要はない。俺の気まぐれだし、大した額じゃない」

「どうか……、俺を側に……もっと側に置いてもらえませんか?」

 これは賭けだ。
 ターゲットに近づくための過程にすぎない。
 それなのに、俺の心臓はバクバクと飛び出しそうなくらい揺れていた。

 もし……もし断られてしまったら……

 そう思うと胸がキュッと縮んで痛くなった。

「………分かった」

「ほ……本当ですか!? 嬉しい!!」

 低い声が俺の全身を包んだ時、溢れてきたのは純粋な喜びだった。
 その感情に背中を押されるまま、俺は飛び上がって喜びを表してしまった。

 着地してからハッとして頭が真っ白になった。
 こんな……これは演技ではない。
 こんなバカみたいな演技なんて……俺がするはずない。

 きっとうるさい男だと冷たい視線が飛んでくると思って恐る恐るレインズの方を見たら、レインズはわずかに口角を上げていた。
 陽の光を浴びながら、いつも凍っているようにしか見えない男が……

 まるで……微笑んだように見えた。

「侍従長に話をつけておこう。休憩を取ったら部屋に来るように」

 バサッとマントをカッコよく翻しながら、レインズはエリザベスを撫でた後、邸の中へ戻って行ってしまった。

 その間、俺は口を開けたまま固まっていて、一歩も動くことができなかった。

「……マジか……あんなのっ……反則だって」

 気がついたら口に手を当てて座り込んでいた。
 心臓がずっと激しく音を鳴らしたままで、とてもすぐには治ってくれそうになかった。






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