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第三章 入学編(十八歳)
6、目覚めのキス
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アスランと、ベッドの上でキスをしている。
自分でも何でこんな事をしているんだろうと、頭の端で考えていた。
仕方ないんだ、アスランの不安を取り除くためだからという言葉が生まれてきて、本当にそれだけ? と、もう一人の自分が問いかけてくる。
本当は分かっているだろう?
自分は関係ないって顔をして、いつまで否定しているの?
……だって俺はゲーム世界のシリウスというキャラクターだ。
自分自身の気持ちなんかより、いつだってそのことが前に出てきてしまった。
自分の気持ちも、人から向けられる気持ちにも、目をつぶらないといけないと思ってこれまでやってきた。
何も考えてはいけない。
喜んではいけない。
誰も、好きになってはいけない。
だって俺はゲームの途中で消えてしまうから。
そんな人間が何を望んでいいというのだろうか……
それなのに、ガチガチの檻で囲まれた俺の気持ちが、ポロポロと崩れていく気がする。
体の奥から熱が生まれてきて、それが頭の中まで広がってきたら、細かい事なんて何も考えられなくなった。
ただ気持ちいい。
重なった唇の柔らかさ。
アスランの鼻からこぼれた息が、自分の肌に当たるのがたまらなく嬉しくなってしまった。
「シリウス……口、開いて」
どのくらい時間が経ったのだろうか。
夢中で唇を合わせていたが、アスランに言われるままに、俺はゆっくりと口を開いた。
ぬるりと濡れて温かいものが俺の口の中に入ってきたので、ああ、これがアスランの舌なんだと思うと、また体の芯が熱くなった。
「分かる? これが俺の舌だよ」
「うん……」
「こうやって唇のまわりを舐めたら、口を開けてね」
「分かっ……んんっ」
アスランは丁寧に、大切なものを扱うみたいに、俺の口の中をゆっくりと舐めていく。
そんなに優しく舐められたら、くすぐったいし、むずむずとする何かがじんわりと体に広がっていった。
「アスラン……、息が、ハァハァ……」
「我慢しないで。鼻でも口でも苦しくないようにしていいから」
「う……うん」
「シリウスも舌を出して、……そう上手だよ」
俺が遠慮がちに出した舌を、アスランが絡めるように舐めて、じゅっと唾液を吸い取る音が響いた。
おかしい。
性的なことの経験がなくて不安なアスランを、慰めるというか、練習台にでもなってやるつもりだった。
それが不安だと言っていたくせに、アスランの舌使いはやけに上手くて、最初からずっと俺が教えてもらっているみたいだった。
いや、お互い慣れていないのだから、どちらかがリードすべきなのだが、自分がそのつもりだったのに、すっかりアスランに主導権を握られている気がする。
でも、もう、お口の中が気持ちが良くて、何も考えられない。
こんなに気持ちがいいのなんて初めてだった。
いつの間にか、俺は夢中になって、アスランの舌を自分から奥へ誘い込むように口を大きく開けた。
キスがこんなに気持ちのいいものなら、この先に何があるのだろう。
知りたい。
もっと気持ちいいことを知りたい。
アスランと……一緒に……
アスランの手が肌の上をつたって俺の背中を撫でた。
そのまま、お尻の上に乗せられて優しく掴まれた。
「……んんっ」
嫌な気分がしない。
あのカジノでイゼルに触られた時は嫌悪感しかなかったが、アスランに触れられてると熱くて、そこからどくどくと血が流れてくる。
「もう、他人に触らせちゃダメだよ」
「うん……」
「柔らかいのだって、俺が毎日……」
「毎日?」
「えっ、あ、何でもない」
アスランは俺の思考を奪うようにキスをしてきた。
トロけるような甘いキスに、何も考えられなくなってアスランの腕にしがみつきながら、息を漏らしてキスを続けた。
「はぁはぁ……アス…ラ……きもち……い」
「俺……も、……やばい」
舌先から溶けてしまいそうなくらい熱くて、もっと奥までアスランを感じたくて、アスランの頭に手を回した。
一度唇が離れたら唾液が銀糸のようにお互いの唇に繋がっていて、その光景に頭がもっと熱くなった。
まだまだ足りないと唇を寄せた瞬間、部屋の中にコンコンとノックの音が響いた。
「シリウスお坊ちゃま、お帰りになられたのでしょうか……」
執事のランドンの声だった。
そういえば出迎えに姿がなかったで、もしかしたら帰りの遅い俺を探してくれていたのかもしれない。
こんなところを見られたら大変だと俺は一気に夢から覚めた。
「あ……大丈夫、もう帰ってき……んっむっんんんっ」
返事をしようと起き上がろうとしたら、アスランに腕を引っ張られて、またベッドに引き込まれた。
おまけに開いた口にまた舌をねじ込まれたので、まともに喋られなくなってしまった。
「シリウス様? 大丈夫ですか? どこかお怪我でも……!?」
「んっはぁ……いじ……ぶっ、ぁっ、だめっ……離せって……んっ」
ランドンは職務に忠実な人だ。
大丈夫そうですねと、適当に帰る男ではない。
俺の口に吸い付いてるアスランを蹴り飛ばしたところで、ドアがカチャンと音を立てて開いた。
「ラ……ランドン、すまない。先に休んでいたんだ。特に怪我もないし、元気だから」
自分にこんな怪力があったのかとびっくりした。よくあの筋肉の巨体を蹴り落とせたなと驚いた。
急いで服を直して、今起きたという風に装って声を絞り出した。
「ほっ……、良かったです。突然誰も付けずに外出されたので心配いたしました。ん? あそこに転がっているのは……」
「あー、あれは大丈夫、気にしないでくれ。悪かったね、今度帰りが遅くなる時は事前に伝えるよ」
俺の部屋にアスランが遊びに来るのはよくある事なので、ランプ片手に恐る恐る顔を覗かせた執事は、悟ったような顔になって分かりましたと言って一礼してからドアを閉めた。
「ううぅぅ、ひどいよぉ。シリウス」
執事が歩いて帰っていく足音が消えてから、アスランはむくりと起き上がった。
「だめだって言ったのに離れないからだろう。……もう遅いし、自分の部屋に帰れ」
「ええっ、やだよ。一緒に寝たい……」
アスランが捨てられた子犬のような目をして俺を見てきた。体はゴツいが、アスランの潤んだ瞳の破壊力はは抜群だ。
込み上げてきた熱いものに背中を揺らされて、結局俺はただ寝るだけならと言ってしまった。
「よかったぁー、大好きー! シリウス!」
「ぐわっっ、苦し……っっ」
俺はベッドの端に逃げたのに、飛び込んできたアスランに捕まって、また腕の中に収められてしまった。
先ほどの口付けが嘘だったかのように、程なくしてアスランの寝息の音が聞こえてきた。
いつもは安心できるその音が、今日はよけいに心臓を揺らしてしまい、すっかり眠気は消えてとても眠れそうになかった。
窓から見える月を見て、俺は深いため息をついた。
アスランとキスをして、途中から我を忘れて夢中になった。
このままずっとこうしていたいという気持ちが湧き出してきて、俺は何を考えてしまったのかと両手で顔を覆った。
アスランの不安を取り除くための行為、そう思って受け入れたのに、待っていたのはどっぷりと深い沼だった。
今だって胸のドキドキが止まらない。
それに……。
熱を持ち始めた下半身の違和感に、よけいに重いため息がこぼれた。
単純な欲望の熱なら、時間が経てば静まるだろう。
だけど、それだけではないと訴えてくる心臓の音に、ますます目は冴えてしまった。
この高鳴りに身を任せてはいけない。
自分が何者だか思い出せ。
アスランとのキスが頭の中から離れない。
抱いてはいけない感情が胸を埋め尽くしていくのを必死で抑え込んだ。
まだ間に合う。
こんな感情は間違いだ。
夜通しそう考えながら、目をつぶって朝を待ったのだった。
「嬉しーー! 学校でもシリウスと同じクラスになれるなんて。ねっね、運命感じちゃう」
翌日、学校に登校してクラスに入ると、早速俺の姿を見つけたイクシオが早足で駆け寄ってきた。
婚約者候補レッスンでも机を並べていたイクシオとまた同じクラスになった。
候補者レッスンはすでに終了したが、イクシオはカフェにも来てくれていたので、リカード達より顔を合わせていたかもしれない。
「もう、トムはやめちゃったの? あそこの甘ったるいミルクティー、たまに飲みたくなるんだよね」
「ああ……、うん。学校の方が忙しいから……」
イクシオの言葉で一気に現実に引き戻された。
三年間、汗水流して貯めたバイト代を、金の亡者の溜まり場に置いてきてしまった。
思い出すだけで頭が痛くなって項垂れた。
「えっ、どうしたの? ちょっと、なんでいきなり暗くなってるの?」
「いや、ちょっと、寝不足なんだ」
「あーっ、それ例の話だね……もう僕の耳に入ってるよ」
力なく椅子に座ったらイクシオの方は、珍しくドカンと音を立てて荒々しく俺の隣の椅子に座ってきた。
ご機嫌斜めですという顔のイクシオは、頬をぷくっと膨らませた。
「昨日の夜、カジノに行ったでしょう! 初めては僕と行くって言ってたのにぃ!」
「そんな約束なんて……、えっ!? なっ、なんで知ってるんだよ!? え? イクシオもいたの?」
人が多すぎたし、イゼルの姿を探していたから周りが目に入っていなかった。もしかしてイクシオとすれ違ったのだろうか。
「僕は行ってないけど、もう……、若い貴族の溜まり場だって言ったでしょう。この学校の連中も大勢遊びに行ってて、シリウスを見かけたってヤツがさっき話してたよ」
「ぬぁっっ」
目立たないようにカジノで声をかけるを選んだはずが、結局学校の生徒の目があったとは全然意味がなかった。
買収には失敗したし、変なところを見られたしで、全然良いことがない。
またもや項垂れた俺にイクシオが耳を寄せて小声で話しかけてきた。
「派手な服を着て、男を引っ掛けてたって噂になってるけど、あれ嘘だよね?」
「ぅええ!?」
「しかも美女の取り合いをして、美女をお持ち帰りしたって……それが本当ならめちゃくちゃだよ」
もうその噂の時点で色々とこんがらがっている。
俺にはひどい夜だったのに、ウハウハしている噂にイラっとした。
「……服は確かにアレだったけど、他は違うよ」
ズキズキと本当に頭痛がしてきたので頭に手を当てた。なんてことになったのかと、もう帰りたくなってきた。
「おい、このクラスにシリウスってやついるか?」
その時耳に飛び込んできた声に、体がビクッとして反射的にイクシオの後ろに隠れた。
恐る恐る顔を覗かせると、教室の入り口にはあのイゼルの姿があった。
キョロキョロと教室内を見渡している。
「……あいつ。シリウス、知り合いなの?」
「いっ……いないって。俺はいないって言って」
イゼルを動かす買収資金がなくなってしまった今、彼と関わるのはマズい気がする。
「いないよ。何か用?」
イクシオが機転を利かせて俺を隠しながら、冷たく言い放つと、イゼルはすぐに無言で去って行った。
ホッとしたが、度重なる失態続きに気持ちは落ちていくし、なぜか近づいてきたイゼルに、嫌な予感ばかりが浮かんできてしまった。
□□□
自分でも何でこんな事をしているんだろうと、頭の端で考えていた。
仕方ないんだ、アスランの不安を取り除くためだからという言葉が生まれてきて、本当にそれだけ? と、もう一人の自分が問いかけてくる。
本当は分かっているだろう?
自分は関係ないって顔をして、いつまで否定しているの?
……だって俺はゲーム世界のシリウスというキャラクターだ。
自分自身の気持ちなんかより、いつだってそのことが前に出てきてしまった。
自分の気持ちも、人から向けられる気持ちにも、目をつぶらないといけないと思ってこれまでやってきた。
何も考えてはいけない。
喜んではいけない。
誰も、好きになってはいけない。
だって俺はゲームの途中で消えてしまうから。
そんな人間が何を望んでいいというのだろうか……
それなのに、ガチガチの檻で囲まれた俺の気持ちが、ポロポロと崩れていく気がする。
体の奥から熱が生まれてきて、それが頭の中まで広がってきたら、細かい事なんて何も考えられなくなった。
ただ気持ちいい。
重なった唇の柔らかさ。
アスランの鼻からこぼれた息が、自分の肌に当たるのがたまらなく嬉しくなってしまった。
「シリウス……口、開いて」
どのくらい時間が経ったのだろうか。
夢中で唇を合わせていたが、アスランに言われるままに、俺はゆっくりと口を開いた。
ぬるりと濡れて温かいものが俺の口の中に入ってきたので、ああ、これがアスランの舌なんだと思うと、また体の芯が熱くなった。
「分かる? これが俺の舌だよ」
「うん……」
「こうやって唇のまわりを舐めたら、口を開けてね」
「分かっ……んんっ」
アスランは丁寧に、大切なものを扱うみたいに、俺の口の中をゆっくりと舐めていく。
そんなに優しく舐められたら、くすぐったいし、むずむずとする何かがじんわりと体に広がっていった。
「アスラン……、息が、ハァハァ……」
「我慢しないで。鼻でも口でも苦しくないようにしていいから」
「う……うん」
「シリウスも舌を出して、……そう上手だよ」
俺が遠慮がちに出した舌を、アスランが絡めるように舐めて、じゅっと唾液を吸い取る音が響いた。
おかしい。
性的なことの経験がなくて不安なアスランを、慰めるというか、練習台にでもなってやるつもりだった。
それが不安だと言っていたくせに、アスランの舌使いはやけに上手くて、最初からずっと俺が教えてもらっているみたいだった。
いや、お互い慣れていないのだから、どちらかがリードすべきなのだが、自分がそのつもりだったのに、すっかりアスランに主導権を握られている気がする。
でも、もう、お口の中が気持ちが良くて、何も考えられない。
こんなに気持ちがいいのなんて初めてだった。
いつの間にか、俺は夢中になって、アスランの舌を自分から奥へ誘い込むように口を大きく開けた。
キスがこんなに気持ちのいいものなら、この先に何があるのだろう。
知りたい。
もっと気持ちいいことを知りたい。
アスランと……一緒に……
アスランの手が肌の上をつたって俺の背中を撫でた。
そのまま、お尻の上に乗せられて優しく掴まれた。
「……んんっ」
嫌な気分がしない。
あのカジノでイゼルに触られた時は嫌悪感しかなかったが、アスランに触れられてると熱くて、そこからどくどくと血が流れてくる。
「もう、他人に触らせちゃダメだよ」
「うん……」
「柔らかいのだって、俺が毎日……」
「毎日?」
「えっ、あ、何でもない」
アスランは俺の思考を奪うようにキスをしてきた。
トロけるような甘いキスに、何も考えられなくなってアスランの腕にしがみつきながら、息を漏らしてキスを続けた。
「はぁはぁ……アス…ラ……きもち……い」
「俺……も、……やばい」
舌先から溶けてしまいそうなくらい熱くて、もっと奥までアスランを感じたくて、アスランの頭に手を回した。
一度唇が離れたら唾液が銀糸のようにお互いの唇に繋がっていて、その光景に頭がもっと熱くなった。
まだまだ足りないと唇を寄せた瞬間、部屋の中にコンコンとノックの音が響いた。
「シリウスお坊ちゃま、お帰りになられたのでしょうか……」
執事のランドンの声だった。
そういえば出迎えに姿がなかったで、もしかしたら帰りの遅い俺を探してくれていたのかもしれない。
こんなところを見られたら大変だと俺は一気に夢から覚めた。
「あ……大丈夫、もう帰ってき……んっむっんんんっ」
返事をしようと起き上がろうとしたら、アスランに腕を引っ張られて、またベッドに引き込まれた。
おまけに開いた口にまた舌をねじ込まれたので、まともに喋られなくなってしまった。
「シリウス様? 大丈夫ですか? どこかお怪我でも……!?」
「んっはぁ……いじ……ぶっ、ぁっ、だめっ……離せって……んっ」
ランドンは職務に忠実な人だ。
大丈夫そうですねと、適当に帰る男ではない。
俺の口に吸い付いてるアスランを蹴り飛ばしたところで、ドアがカチャンと音を立てて開いた。
「ラ……ランドン、すまない。先に休んでいたんだ。特に怪我もないし、元気だから」
自分にこんな怪力があったのかとびっくりした。よくあの筋肉の巨体を蹴り落とせたなと驚いた。
急いで服を直して、今起きたという風に装って声を絞り出した。
「ほっ……、良かったです。突然誰も付けずに外出されたので心配いたしました。ん? あそこに転がっているのは……」
「あー、あれは大丈夫、気にしないでくれ。悪かったね、今度帰りが遅くなる時は事前に伝えるよ」
俺の部屋にアスランが遊びに来るのはよくある事なので、ランプ片手に恐る恐る顔を覗かせた執事は、悟ったような顔になって分かりましたと言って一礼してからドアを閉めた。
「ううぅぅ、ひどいよぉ。シリウス」
執事が歩いて帰っていく足音が消えてから、アスランはむくりと起き上がった。
「だめだって言ったのに離れないからだろう。……もう遅いし、自分の部屋に帰れ」
「ええっ、やだよ。一緒に寝たい……」
アスランが捨てられた子犬のような目をして俺を見てきた。体はゴツいが、アスランの潤んだ瞳の破壊力はは抜群だ。
込み上げてきた熱いものに背中を揺らされて、結局俺はただ寝るだけならと言ってしまった。
「よかったぁー、大好きー! シリウス!」
「ぐわっっ、苦し……っっ」
俺はベッドの端に逃げたのに、飛び込んできたアスランに捕まって、また腕の中に収められてしまった。
先ほどの口付けが嘘だったかのように、程なくしてアスランの寝息の音が聞こえてきた。
いつもは安心できるその音が、今日はよけいに心臓を揺らしてしまい、すっかり眠気は消えてとても眠れそうになかった。
窓から見える月を見て、俺は深いため息をついた。
アスランとキスをして、途中から我を忘れて夢中になった。
このままずっとこうしていたいという気持ちが湧き出してきて、俺は何を考えてしまったのかと両手で顔を覆った。
アスランの不安を取り除くための行為、そう思って受け入れたのに、待っていたのはどっぷりと深い沼だった。
今だって胸のドキドキが止まらない。
それに……。
熱を持ち始めた下半身の違和感に、よけいに重いため息がこぼれた。
単純な欲望の熱なら、時間が経てば静まるだろう。
だけど、それだけではないと訴えてくる心臓の音に、ますます目は冴えてしまった。
この高鳴りに身を任せてはいけない。
自分が何者だか思い出せ。
アスランとのキスが頭の中から離れない。
抱いてはいけない感情が胸を埋め尽くしていくのを必死で抑え込んだ。
まだ間に合う。
こんな感情は間違いだ。
夜通しそう考えながら、目をつぶって朝を待ったのだった。
「嬉しーー! 学校でもシリウスと同じクラスになれるなんて。ねっね、運命感じちゃう」
翌日、学校に登校してクラスに入ると、早速俺の姿を見つけたイクシオが早足で駆け寄ってきた。
婚約者候補レッスンでも机を並べていたイクシオとまた同じクラスになった。
候補者レッスンはすでに終了したが、イクシオはカフェにも来てくれていたので、リカード達より顔を合わせていたかもしれない。
「もう、トムはやめちゃったの? あそこの甘ったるいミルクティー、たまに飲みたくなるんだよね」
「ああ……、うん。学校の方が忙しいから……」
イクシオの言葉で一気に現実に引き戻された。
三年間、汗水流して貯めたバイト代を、金の亡者の溜まり場に置いてきてしまった。
思い出すだけで頭が痛くなって項垂れた。
「えっ、どうしたの? ちょっと、なんでいきなり暗くなってるの?」
「いや、ちょっと、寝不足なんだ」
「あーっ、それ例の話だね……もう僕の耳に入ってるよ」
力なく椅子に座ったらイクシオの方は、珍しくドカンと音を立てて荒々しく俺の隣の椅子に座ってきた。
ご機嫌斜めですという顔のイクシオは、頬をぷくっと膨らませた。
「昨日の夜、カジノに行ったでしょう! 初めては僕と行くって言ってたのにぃ!」
「そんな約束なんて……、えっ!? なっ、なんで知ってるんだよ!? え? イクシオもいたの?」
人が多すぎたし、イゼルの姿を探していたから周りが目に入っていなかった。もしかしてイクシオとすれ違ったのだろうか。
「僕は行ってないけど、もう……、若い貴族の溜まり場だって言ったでしょう。この学校の連中も大勢遊びに行ってて、シリウスを見かけたってヤツがさっき話してたよ」
「ぬぁっっ」
目立たないようにカジノで声をかけるを選んだはずが、結局学校の生徒の目があったとは全然意味がなかった。
買収には失敗したし、変なところを見られたしで、全然良いことがない。
またもや項垂れた俺にイクシオが耳を寄せて小声で話しかけてきた。
「派手な服を着て、男を引っ掛けてたって噂になってるけど、あれ嘘だよね?」
「ぅええ!?」
「しかも美女の取り合いをして、美女をお持ち帰りしたって……それが本当ならめちゃくちゃだよ」
もうその噂の時点で色々とこんがらがっている。
俺にはひどい夜だったのに、ウハウハしている噂にイラっとした。
「……服は確かにアレだったけど、他は違うよ」
ズキズキと本当に頭痛がしてきたので頭に手を当てた。なんてことになったのかと、もう帰りたくなってきた。
「おい、このクラスにシリウスってやついるか?」
その時耳に飛び込んできた声に、体がビクッとして反射的にイクシオの後ろに隠れた。
恐る恐る顔を覗かせると、教室の入り口にはあのイゼルの姿があった。
キョロキョロと教室内を見渡している。
「……あいつ。シリウス、知り合いなの?」
「いっ……いないって。俺はいないって言って」
イゼルを動かす買収資金がなくなってしまった今、彼と関わるのはマズい気がする。
「いないよ。何か用?」
イクシオが機転を利かせて俺を隠しながら、冷たく言い放つと、イゼルはすぐに無言で去って行った。
ホッとしたが、度重なる失態続きに気持ちは落ちていくし、なぜか近づいてきたイゼルに、嫌な予感ばかりが浮かんできてしまった。
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