悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第三章 入学編(十八歳)

7、変わった関係

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 貴族学校に入学して三週間。
 悪役として初日から失敗続きの俺だったが、学校ではすっかり有名人になってしまった。
 考えれば分かることだったが、友人達は貴族の中でも錚々たるメンバーが揃っている。
 まずそこで浮いているし、それでいてあの校門でのひと騒動で、俺にはまずアスランをこき使っているイメージが付いたらしい。
 つまり、自分で歩かずに抱っこされていたことで、普段からアスランに命令して酷使しているのではと噂された。
 いかにも悪役っぽい噂だった。
 その次が、カジノでの一件だ。
 婚約者候補でありながら、男女構わず漁りに行っているとこれまた過激な噂が流れた。
 オズワルドから相手にされていない婚約者候補、ということでよけいに信憑性が増したらしい。

 というわけで総じていい噂はほとんどない。
 おそらくリカード達に近づきたいヤツらからの、嫉妬ややっかみが入っていると思われる。
 アスランやリカード達は、ひどい噂だと怒ってくれているが、俺としてはまずまずの滑り出しだ。
 組織作りには失敗したが、イメージ戦略は成功した、ということだろう。

 悪役令息のイメージはできた。
 となれば、あとは実行するのみだ。
 恋愛イベントにおいては、自ら動かなければいけなくなった。
 ゲームのシリウスは細かい計算で人を操るのが上手いのかもしれないが、よく考えたら俺はそういうのが苦手だ。
 もしイゼルを雇っていても、意思疎通が上手くいかなくて苦労しそうな気がした。
 そういう意味では直接動くことが俺には一番合っているのかもしれない。

 だが、準備をすることに集中したいのに、ある男の存在が非常にやっかいなことになっていた。

 それは他でもない。
 俺が買収に失敗したイゼルだ。

 あれからなぜか俺に接触しようとしてきて、逃げ回っているのだが、全然諦めてくれないのだ。

 イクシオにはカジノで一悶着あったとだけ説明して、近くに来たら教えてもらうようにしている。
 間に入ろうかと言ってくれたが、イクシオにこれ以上迷惑をかけたくない。
 かと言って、対峙するには怖くて逃げ回っている始末だった。

 クラスが違うと時間割も違うので顔を合わせる機会は少ない。
 なんとか逃げてきたが、毎日校門のところで待たれているので、さすがにもうごまかせないなと思い始めていた。
 そもそもなぜヤツは俺を探しているのか、何か言いたいことがあるのかもしれない。
 こんなことに時間を取られている場合ではないので、ハッキリしようとやっと決心した。

 今日はみんな用事があって、自由なのは俺だけだったのでちょうどいい。
 校門前で立っているイゼルはさすがの不良くんらしく、制服を着崩して派手なアクセサリーを付けていた。
 普段ならお近づきになりたくはない方面の方だった。

 ゆっくりと近づいてきた俺を見つけたイゼルは、すぐに分かったのだろう、よおと言って軽く手を上げた。

「ようやくお出ましか、婚約者候補のシリウス。まさか同じ年で同じ学校だったとはな。ずいぶん探したぞ」

「ハァ……、諦めてくれるかと思ったのに、俺に何の用?」

「ここじゃなんだから、場所変えようぜ」

 当然のごとく、校門で話している俺達は注目の的だった。帰っていく生徒達がチラチラと見てくる。
 あまり目立ちたくないと思ったので、素直頷いた俺はイゼルに促されるまま校舎の中に戻った。






「用件を手短に言ってくれ」

 こういう怖い人には、弱い部分を見せたらだめだと、俺は警戒しながらギロっとイゼルを睨むように見た。

 今は物置になっている使われていない教室に俺を連れてきたイゼルは、俺の顔を見てニヤッと笑った。


「ほらよっ、忘れモンだ」

 ぽいっと投げられた物は、俺の胸に真っ直ぐ飛び込んで来たので慌てて手を伸ばして受け取った。
 ズッシリとした重みを感じて見てみると、それはあのカジノで俺が置いてきてしまったバッグだった。

「えっ……これ…………」

「いちおう中身は確認させてもらったが、使ってないからな。ったく、なんでそんな大金持ち歩いてるんだよ。初心者丸出しだぞ」

 言われたままにカバンを開けてみたが、中身は俺が確認したそのままの金が入っていた。

「えっ……その、ずっと、これを俺に渡すために……」

「ったく、毎日どこに行ってんだよ。何回クラスに顔を出したんだか。重いし、ちゃんと毎日持ってきた俺を少しは褒めてくれ」

「えっ…ええ!? 毎日持ち歩いてたのか?」

 イゼルは渡そうと思ったんだから当たり前だろうと、とても真面目なことを言ってきた。
 設定と違う人物過ぎて頭が付いていかない。

「なっ、なんで。わざわざ……忘れたのは俺だし……、使ってしまっても分からなかったのに……」

「は!? ふざけんじゃねーぞ! 俺だって貴族の端くれだ。人のモンを盗むほど、腐ってねーし、金に困ってねーよ」

「わ……悪い、失礼だった」

 おかしい……。
 イゼルの設定は、悪い遊びをし過ぎて常に金欠、金になることなら何でもやるという不良くんだったはずだ。
 それが、俺の解釈が間違っていなければ、とっても良いやつにしか見えない。しかも、一生懸命忘れ物を渡そうとしてくれたなんて、良い人すぎて後光まで見えてきてしまった。

「あのさ、俺、お前に聞きたいことがあってさ……。お前さ、アスラン様と一緒に暮らしているのか?」

「えっ、アスラン……? う……うん、そうだけど」

 なぜ急に命令してもいないのに、この男の口からアスランの名前が出てきたのか耳を疑った。
 確か設定ではアスランのことを嫌っているはず……

「俺、ふっ……ファン、なんだ」

「え? 誰の?」

「おまっ、聞いてなかったのか!? アスラン様のファンなんだよっ」

「ええっ!!」

 また変なことになっている。
 何がどうしてそうなったのか、誰が説明してくれと頭から煙が出そうになっていると、頬を赤くしたイゼルは突き合わせた指同士をぐるぐる回しながら、恥ずかしそうに話し始めた。









「それでさ、聖力検査の時、バケモンみたいに体はデカいし、めちゃめちゃ目立ってて、子供の時に夢中で読んだ絵本に出てくるドラゴンを倒して町を救う勇者にそっくりでさっ、もう興奮して目が離せなくて……」

「なるほど……」

 空き教室の椅子を並べて、俺とイゼルはすっかり話し込んでいた。
 イゼルの話をまとめると、イゼルは入学前の聖力検査は不適格の判定を受けた。
 落ち込んでいるところに現れたのが、筋骨隆々のアスランで、その姿が憧れの勇者にそっくりだった。そのことで、落ち込んでいた気持ちはすっかり消えてしまったそうなのだ。

「俺さ、体の弱い弟や妹がいて、子供の時からアイツらを守ってやらないとと思ってきたんだ。聖力があれば、俺は何でもやれるって思ってた。だけどさ、開花は無理だろうって言われて、一人でみんなの期待を背負っていたつもりだったから、ショックで……。でもさ、アスラン様は同じ開花前なのに、もうすごい強そうでカッコ良くてさ……」

「あ、分かる。横顔だろう? 眉間の辺りに影ができて、あれはシビれるよなっ」

「そう! それだよっ、横顔にさ、男として惚れたっていうか……。すげーカッコいいーーって。それでさ、話しかけたんだよ」

「うんうん」

 アスランのことを嬉しそうに語るイゼルを見て、俺もつられて嬉しくなってしまった。
 逞しくなったアスランのことは、口には出さなかったが、常々カッコいいと思っていた。
 憧れ、という意味ではイゼルと近い気持ちがあってすっかり距離が近くなった。

「なんで聖力が開花もしていないのに、そんなにカッコいいんですかって……。そしたら、守りたい人がいるからって言われて……。俺なんて聖力に頼っていて、全然まだ努力が足りなかったって思い知ったんだ」

 いつだったがバーロック卿から、アスランが騎士を目指したのは、俺を守りたいからだと聞いたことを思い出した。
 その時は単純に、アスランには頼る人が俺しかいなかったからだろうと思った。もし、イゼルにも語ったその守りたい人が俺だったなら、そうだったらどんなにいいだろうと胸に熱いものが込み上げてきた。

「ちゃんと生きようって思ったんだ。アスラン様みたいに、弟や妹からカッコいいって思ってもらえるような兄になりたいって……」

 目をキラキラさせながら語るイゼルの姿は、どう見ても自暴自棄になって荒れている不良息子ではなかった。

「だったら、なんであんなところに出入りして……」

「あ? カジノのことか? 週末くらいだよ。ダチと適当に遊んでるだけだ。俺はもともと平民だったから、あそこで働いているヤツとも顔見知りで仲がいいし。まあ、ソッチの方は来るもの拒まずっていうか、適当に遊んでるからやめないとなとはわかってるんだけどよぉ」

 俺はモテるからなぁと言いながら、イゼルはニカっと笑って頭をかいた。
 その姿はただモテ自慢をする青年くらいにしか見えなかった。

 なんということだ。
 アスランが変わったことが、先回りしてイゼルにも影響を与えていた。
 こんな状態ではいくらお金が戻ってきても、俺の手下になんて絶対なってくれそうにない。

「良かったよ。アスラン様のこと、話を聞いてくれる人が欲しかったんだ。シリウスも俺と同じ、ファンだったんだな。気持ちを分かってくれる人がいて嬉しい」

「えっ……」

「えっ、だってさ、アスラン様のこと話す時、シリウス、すげー嬉しそうじゃん。俺とここに来てずっと強張った顔をしていたのに、笑顔になったの、その時だけだぞ」

「わっ、えっ、だっ……ええ!?」

 そんなことを指摘されるとは思わなくて、顔から火が出たみたいに熱くなった。
 嬉しい?
 アスランの話が出て?
 確かに……嬉しかったけど……

「あーー、分かった。そうかそうか、お前の場合、ただのファンじゃないな。なるほどなぁ、何かあって思い詰めたのか知らないが、ヤケになって勢いに任せてなんて後悔するからやめておけ」

「え? なっ、なにが?」

「そうだ! 今度、アスラン様の姿絵を描いてもらおうと思ってるんだ。ファンとして姿絵を部屋に飾りたいからさ。協力してくれよ、もちろんシリウスの分も注文するからさ」

 イゼルは興奮すると喋り倒すタイプらしい。話が目まぐるしく変わって、また頭が付いていけない。
 だが、アスランの姿絵と聞いて想像したら、どうしても欲しくなってしまった。

「欲しい……、俺も欲しい!」

「よし! ファン同士の約束な!」

 イゼルとなぜか熱い握手を交わしてしまってから、あれ? と頭の中で首を傾げた。

 もともと、悪役とその手下である俺達はこの日、アスランのファン一号二号として、仲良くなってしまったのだった。






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