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第三章 入学編(十八歳)
1、舞台の始まり
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白いシャツに紺のベスト、紺のブレザーに紺のズボン、首元の赤いリボンタイが全体的に大人しい雰囲気の中で映えている。
これがグランドオール帝国貴族学校の制服だ。
俺は姿見に制服を着た自分の姿を映した。
いよいよここまできたかと実感して、映し出された自分の顔に触れた。
儚き薔薇は黒く染まるの悪役令息シリウス・ブラッドフォードがそこにはちゃんと映し出されていた。
手元にある概要本にも、鮮明なイラストで今と変わらない姿が描かれている。
少しタイの位置が緩いかなと直した。わざわざイラストに寄せておくことも忘れていない。
キリッと目つきの悪い顔をすれば、ほら完璧な悪役令息になった。
俺は十八歳になり、ついにゲームの舞台となる貴族学校の入学の日を迎えた。
ここまでくるのに色々とあったが、なかなか充実した人生だった。
家族や友人に恵まれて、楽しい思い出ばかりが頭に浮かんでくる。
皇子の婚約者(仮)だったこともあり、可愛い女の子との恋愛、なんてものは結局できなかったが、ここまで生きてきて楽しいと思わせてくれたゾウさんの神様には感謝している。
ここから先はもう、逃れられない。
概要本に書かれていない過去は終わってしまった。
俺は本を鞄に忍ばせていつでもチェックできるようにして準備を終えた。
コンコンとノックの音がして、執事が時間ですと告げてきた。
「よし、行くか」
鏡の中の自分に語りかけてから、俺は鞄を持って立ち上がった。
今日は貴族学校の入学式。
桜の舞い散る中での最初のイベントが始まる。
今日のために様々なシミュレーションを重ねてきた。
俺は気合を入れながら、一歩を踏み出したのだった。
邸に止まっている馬車の中にはすでに待ち人の姿があった。
彼こそがこのゲームの世界の主人公である、アスラン・エルフレイム。
父が将来性を見込んで孤児院から連れてきた少年。
ゲームでは色白で細っそりとした儚げな美人として描かれていた。
窓から見える横顔には確かにその面影があった。
銀糸のような髪は年々輝きを増して、赤いルージュのような瞳も憂いを帯びて、すでに叶わぬ恋に身を焦がしているような雰囲気すらある。
「シリウス! 早く早くー」
玄関から出てきた俺を見つけたアスランの顔は一気に春が来たみたいに明るくなった。
アスランの後ろに様々な花が咲き誇っているような眩しさがある。
音楽が流れ、花びらが舞い散る映像が見えている中、しかし馬車のドアが開けられると、今まで膨らんでいた妄想が一気に萎んでしまった。
なぜなら、四人乗りの座席をほぼアスランの体が占領してしまっているからだ。
アスランは窮屈そうな顔をしながら馬車から出てきて、俺に手を伸ばしてきた。
途中で止まった俺とは違い、アスランの身長は伸びに伸びて、もう頭ひとつ分以上の差ができてしまった。
立っている時は見上げないとアスランの顔が見れない。
「どうぞ。シリウス」
「あ……ああ」
まるでお姫様のようにエスコートされて馬車に入れられてしまった。
同じく騎士団候補生のカノアはムキムキのバキバキになって、もはや俺には肉の塊が動いているようにしか見えない。
その点、アスランは一見服を着ているとそれほど筋肉マッチョには見えないが、脱ぐと彫刻の如き筋肉のパレードがお見えする。
体全体にしっかりと付いた筋肉は硬くて岩のようだし、腹はボコボコに割れていて、目のやり場に困るくらいだ。
騎士団候補生は貴族学校を卒業すると、即本部隊への所属が決まる。
アスランもカノアも、まさにエリート騎士に相応しい逞しい体になっている。
やはりどう見ても、あのイラストのアスランとは似ても似つかない別人になってしまった。
父から聞いた話だと、聖力のある者は才能を伸ばそうと努力すればするほど、どんどん良く伸びるのだそうだ。
つまり、設定でのアスランは剣なんて握れないような細腕だったが、実際のアスランは剣に興味を持ってしまい、方向性が変わってしまったということだろう。
はたして本当にゲーム通り進むのか、とりあえず俺は馬車の中で端に寄せられて小さくなりながら、到着するのを待つしかなかった。
到着次第、校門で最初のイベントととなる、オズワルドとの接触があるはずだ。
まずはそれを見届けなくてはいけない。
「……なんか、シリウス、今日は大人しいね」
窓の外を見ながら今か今かと緊張していたら、アスランがいつもと違う俺の様子に気がついて話しかけてきた。
かつてひどい言葉を浴びせていた時期もあったが、アスランとは仲良くなり、関係はすっかり変わったものになってしまった。
そこを今さら戻したとしても、アスランは全く動じないと思うのでこれ以上どうしようもない。
とりあえず、ゲームの中でシリウスが直接アスランにひどいことを仕掛ける場面はない。
婚約者候補として、直接表立って嫌がらせするのは避けていた。
アスランとの関係はそのままにしつつ、俺は俺の方で影で動く必要があると作戦を立てていた。
「シリウスー、聞いてる?」
「ん? あっ……ああ、聞いて……うわっ!」
俺があまりに物思いに耽っていたからか、アスランは対面に座っていた俺をひょいっと持ち上げて、自分の膝の上に乗せてしまった。
「緊張してるの? 真剣な顔しちゃって……」
「ばっ、ばかっ、降ろせって」
俺的には必死に殴っているつもりだが、アスランの胸板はぴくりとも動かず俺のパンチを吸収して、ぽかぽかという可愛い音しか鳴らなかった、
こんな体格差なんて聞いていない。
「こら、暴れないの。せっかく可愛い制服が乱れちゃうよ」
「はぁはぁ、だっ誰のせいで……」
俺だけ息が上がって疲れてしまい、ぐったりとした俺は結局大人しくアスランの膝の上に座ることになった。
まったく、太ももは岩みたいに硬くて、座り心地の悪い椅子だった。
同じところに向かうのだから仕方がないが、馬車の渋滞になった。
特に入学式は招待客も多くて混雑すると言われていたがその通りだった。
学校へ向かう坂でなかなか進まなくなってしまった。
「ん……まだ、つかないのか?」
「まだかかりそうだね。ほら、学校はあそこに小さく見えてるけど、ずっと車列が繋がってる」
昨日から緊張して一睡もできなかった俺は、眠気が限界に来てしまい、ついにウトウトしてしまった。
アスランは岩のような体だが、温もりはちゃんとあった。それが気持ち良くなってきて、アスランの胸に背中を預けてコクリコクリと船を漕ぎ出した。
「シリウス、シリウス? 眠いの?」
「んんっ、少しだけ。着いたら……起こして……れ」
俺が寒くならないようにか、アスランが後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
ますます温もりに包まれて気持ち良くなって眠気が増していった。
「シリウス……………き」
耳元でアスランが何か言って、目の辺りに柔らかい感触がした。
ほとんど夢の中に入っていた俺は、ただ気持ちいいなと思いながら意識を手放した。
ピンクの花びらが風に舞って青い空に浮かんでいる。
ああ、懐かしい。
かつては馴染みのあったこの花だが、見る機会がなくてその美しさをすっかり忘れていた。
こんなに綺麗だったんだなと思いながら、手を伸ばして掴み取りたい気持ちになった。
ガヤガヤとする音が聞こえてきて、やけにリアルな夢だなと思いながらまた目をつぶった。
ん?
目をつぶる
なんで夢で目をつぶるんだと思って、目を開けたらまた青い空が見えた。
これはどういうこと? と思いながら恐る恐る周りを見渡したら、目の前にどかんと大きな桜の木があって、その横をすり抜けるように制服を着た生徒らしき人達がこちらをチラチラと見ながら歩いている姿が見えた。
やはり、どういうこと? と状況が理解できなくて目線を変えると、そこにはアスランの顔があった。
そこでやっと状況を飲み込んだ。
俺はまず自分の足で立っていない。アスランに抱き上げられている状態だった。
いや、ここどこ? と思ったが、桜が舞っている場所なんて一つしかない。
「結構です」
アスランが低い声を出した。
結構ですって何のことだと思ったら、それに続く声にまた驚いた。
「いや、君は式があるだろう。彼は私が責任を持って保健室へ連れて行く」
何度も聞いたことがあるこの声は間違いない。
もしかしてこの二人が揃っているということはここは……。
恐る恐る顔を傾けると、そこにはオズワルドが立っていた。
オズワルドの左腕には救護係という緑の腕章が付いていた。
「彼を、シリウスを渡してくれないか?」
そしてオズワルドの肩越しに、学校の校門が見えた。
これは明らかにアスランとオズワルドの出会いのイベントシーンだ。
それなのに……
俺は大事なシーンのど真ん中にいて、アスランに抱っこされている状態だ。
おそらく寝過ごして、そのまま馬車から降ろされて運ばれたとしか思えない。
嘘だろと思いながら、なんとか持ち直す方法はないか、頭が真っ白な状態で頭を巡らせた。
□□□
これがグランドオール帝国貴族学校の制服だ。
俺は姿見に制服を着た自分の姿を映した。
いよいよここまできたかと実感して、映し出された自分の顔に触れた。
儚き薔薇は黒く染まるの悪役令息シリウス・ブラッドフォードがそこにはちゃんと映し出されていた。
手元にある概要本にも、鮮明なイラストで今と変わらない姿が描かれている。
少しタイの位置が緩いかなと直した。わざわざイラストに寄せておくことも忘れていない。
キリッと目つきの悪い顔をすれば、ほら完璧な悪役令息になった。
俺は十八歳になり、ついにゲームの舞台となる貴族学校の入学の日を迎えた。
ここまでくるのに色々とあったが、なかなか充実した人生だった。
家族や友人に恵まれて、楽しい思い出ばかりが頭に浮かんでくる。
皇子の婚約者(仮)だったこともあり、可愛い女の子との恋愛、なんてものは結局できなかったが、ここまで生きてきて楽しいと思わせてくれたゾウさんの神様には感謝している。
ここから先はもう、逃れられない。
概要本に書かれていない過去は終わってしまった。
俺は本を鞄に忍ばせていつでもチェックできるようにして準備を終えた。
コンコンとノックの音がして、執事が時間ですと告げてきた。
「よし、行くか」
鏡の中の自分に語りかけてから、俺は鞄を持って立ち上がった。
今日は貴族学校の入学式。
桜の舞い散る中での最初のイベントが始まる。
今日のために様々なシミュレーションを重ねてきた。
俺は気合を入れながら、一歩を踏み出したのだった。
邸に止まっている馬車の中にはすでに待ち人の姿があった。
彼こそがこのゲームの世界の主人公である、アスラン・エルフレイム。
父が将来性を見込んで孤児院から連れてきた少年。
ゲームでは色白で細っそりとした儚げな美人として描かれていた。
窓から見える横顔には確かにその面影があった。
銀糸のような髪は年々輝きを増して、赤いルージュのような瞳も憂いを帯びて、すでに叶わぬ恋に身を焦がしているような雰囲気すらある。
「シリウス! 早く早くー」
玄関から出てきた俺を見つけたアスランの顔は一気に春が来たみたいに明るくなった。
アスランの後ろに様々な花が咲き誇っているような眩しさがある。
音楽が流れ、花びらが舞い散る映像が見えている中、しかし馬車のドアが開けられると、今まで膨らんでいた妄想が一気に萎んでしまった。
なぜなら、四人乗りの座席をほぼアスランの体が占領してしまっているからだ。
アスランは窮屈そうな顔をしながら馬車から出てきて、俺に手を伸ばしてきた。
途中で止まった俺とは違い、アスランの身長は伸びに伸びて、もう頭ひとつ分以上の差ができてしまった。
立っている時は見上げないとアスランの顔が見れない。
「どうぞ。シリウス」
「あ……ああ」
まるでお姫様のようにエスコートされて馬車に入れられてしまった。
同じく騎士団候補生のカノアはムキムキのバキバキになって、もはや俺には肉の塊が動いているようにしか見えない。
その点、アスランは一見服を着ているとそれほど筋肉マッチョには見えないが、脱ぐと彫刻の如き筋肉のパレードがお見えする。
体全体にしっかりと付いた筋肉は硬くて岩のようだし、腹はボコボコに割れていて、目のやり場に困るくらいだ。
騎士団候補生は貴族学校を卒業すると、即本部隊への所属が決まる。
アスランもカノアも、まさにエリート騎士に相応しい逞しい体になっている。
やはりどう見ても、あのイラストのアスランとは似ても似つかない別人になってしまった。
父から聞いた話だと、聖力のある者は才能を伸ばそうと努力すればするほど、どんどん良く伸びるのだそうだ。
つまり、設定でのアスランは剣なんて握れないような細腕だったが、実際のアスランは剣に興味を持ってしまい、方向性が変わってしまったということだろう。
はたして本当にゲーム通り進むのか、とりあえず俺は馬車の中で端に寄せられて小さくなりながら、到着するのを待つしかなかった。
到着次第、校門で最初のイベントととなる、オズワルドとの接触があるはずだ。
まずはそれを見届けなくてはいけない。
「……なんか、シリウス、今日は大人しいね」
窓の外を見ながら今か今かと緊張していたら、アスランがいつもと違う俺の様子に気がついて話しかけてきた。
かつてひどい言葉を浴びせていた時期もあったが、アスランとは仲良くなり、関係はすっかり変わったものになってしまった。
そこを今さら戻したとしても、アスランは全く動じないと思うのでこれ以上どうしようもない。
とりあえず、ゲームの中でシリウスが直接アスランにひどいことを仕掛ける場面はない。
婚約者候補として、直接表立って嫌がらせするのは避けていた。
アスランとの関係はそのままにしつつ、俺は俺の方で影で動く必要があると作戦を立てていた。
「シリウスー、聞いてる?」
「ん? あっ……ああ、聞いて……うわっ!」
俺があまりに物思いに耽っていたからか、アスランは対面に座っていた俺をひょいっと持ち上げて、自分の膝の上に乗せてしまった。
「緊張してるの? 真剣な顔しちゃって……」
「ばっ、ばかっ、降ろせって」
俺的には必死に殴っているつもりだが、アスランの胸板はぴくりとも動かず俺のパンチを吸収して、ぽかぽかという可愛い音しか鳴らなかった、
こんな体格差なんて聞いていない。
「こら、暴れないの。せっかく可愛い制服が乱れちゃうよ」
「はぁはぁ、だっ誰のせいで……」
俺だけ息が上がって疲れてしまい、ぐったりとした俺は結局大人しくアスランの膝の上に座ることになった。
まったく、太ももは岩みたいに硬くて、座り心地の悪い椅子だった。
同じところに向かうのだから仕方がないが、馬車の渋滞になった。
特に入学式は招待客も多くて混雑すると言われていたがその通りだった。
学校へ向かう坂でなかなか進まなくなってしまった。
「ん……まだ、つかないのか?」
「まだかかりそうだね。ほら、学校はあそこに小さく見えてるけど、ずっと車列が繋がってる」
昨日から緊張して一睡もできなかった俺は、眠気が限界に来てしまい、ついにウトウトしてしまった。
アスランは岩のような体だが、温もりはちゃんとあった。それが気持ち良くなってきて、アスランの胸に背中を預けてコクリコクリと船を漕ぎ出した。
「シリウス、シリウス? 眠いの?」
「んんっ、少しだけ。着いたら……起こして……れ」
俺が寒くならないようにか、アスランが後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
ますます温もりに包まれて気持ち良くなって眠気が増していった。
「シリウス……………き」
耳元でアスランが何か言って、目の辺りに柔らかい感触がした。
ほとんど夢の中に入っていた俺は、ただ気持ちいいなと思いながら意識を手放した。
ピンクの花びらが風に舞って青い空に浮かんでいる。
ああ、懐かしい。
かつては馴染みのあったこの花だが、見る機会がなくてその美しさをすっかり忘れていた。
こんなに綺麗だったんだなと思いながら、手を伸ばして掴み取りたい気持ちになった。
ガヤガヤとする音が聞こえてきて、やけにリアルな夢だなと思いながらまた目をつぶった。
ん?
目をつぶる
なんで夢で目をつぶるんだと思って、目を開けたらまた青い空が見えた。
これはどういうこと? と思いながら恐る恐る周りを見渡したら、目の前にどかんと大きな桜の木があって、その横をすり抜けるように制服を着た生徒らしき人達がこちらをチラチラと見ながら歩いている姿が見えた。
やはり、どういうこと? と状況が理解できなくて目線を変えると、そこにはアスランの顔があった。
そこでやっと状況を飲み込んだ。
俺はまず自分の足で立っていない。アスランに抱き上げられている状態だった。
いや、ここどこ? と思ったが、桜が舞っている場所なんて一つしかない。
「結構です」
アスランが低い声を出した。
結構ですって何のことだと思ったら、それに続く声にまた驚いた。
「いや、君は式があるだろう。彼は私が責任を持って保健室へ連れて行く」
何度も聞いたことがあるこの声は間違いない。
もしかしてこの二人が揃っているということはここは……。
恐る恐る顔を傾けると、そこにはオズワルドが立っていた。
オズワルドの左腕には救護係という緑の腕章が付いていた。
「彼を、シリウスを渡してくれないか?」
そしてオズワルドの肩越しに、学校の校門が見えた。
これは明らかにアスランとオズワルドの出会いのイベントシーンだ。
それなのに……
俺は大事なシーンのど真ん中にいて、アスランに抱っこされている状態だ。
おそらく寝過ごして、そのまま馬車から降ろされて運ばれたとしか思えない。
嘘だろと思いながら、なんとか持ち直す方法はないか、頭が真っ白な状態で頭を巡らせた。
□□□
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