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⑧ ときめく胸と鼓動。

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「前から思っていたけどさ、陽太、その服のセンスは何かこだわりがあるの?」

 待ち合わせ場所に現れた香坂は、納見のことをしばらくじっと見つめた後、気まずそうに口を開いた。
 ダサいと直接生徒から言われることもあったので、今までよく口に出さなかったなと、納見は逆に感心してしまった。

「あ……ええと、服のセンスとかよく分からなくて、今住んでるアパートの大家さんが息子さんが昔着ていた服の処分に困ってるって言うから貰ったんだ。それが段ボール何箱もあって、そこから適当に取り出して……着てる……けど」

 仕事が休みの土曜日、街中で待ち合わせて、一緒に買い出しをして、宅飲みをしようと香坂の家に向かうはずだった。
 今日も適当に引っ張り出した服は、上がストライプのシャツで下が膝が破れたジーパンだった。
 サイズは息子さんの方が小さいらしく、やけに手足が出てしまうが気にせず着ていた。

「なるほど、全部古着だったのか」

 納見の答えに香坂は顔に手を当てて、そんなことだと思ったと言って大きなため息をついた。

「とりあえず、行こう!」

「えっえっ、どこに……」

 すぐにスーパーに行くつもりだったのに、香坂は納見の腕を掴んでズンズン歩きだしてしまった。

 納見が連れてこられたのは、メンズのアパレルブランドのショップだった。
 高級そうな店構えに、入り口で軽く抵抗したが、背中に回った香坂に押し入れられてしまった。

「普段使いできるようなもので、ベーシックに何にでも合わせられる系を上下セットで何組かよろしく」

 入店するなり香坂は迎えてくれた店員に、納見を紹介して服を選んでくるように注文した。
 店員もとくに慌てる様子もなく、はいはいと言いながら服をかき集め始めた。

「仁、ちょっ、ここ、いくらなんでも俺の給与じゃ……」

「ああ、そっちは心配しないで。モデルやってた母親の繋がりで、俺がここのカタログのモデルをやったんだ。報酬はもらわない代わりに、来たら好きな服持って行っていいからって言われてるからさ」

 財布の中にカードが入っていただろうかと慌てる納見に、香坂は自分もジャケットを選びながら軽く答えてきた。

(スタイルがいいなと思っていたけど、まさか本当にモデルをやっていたなんて……)

 目元が手で隠れていて分からなかったが、よく見たら店内にデカデカと飾られているポスターに写っているのは香坂だった。
 一気に興味が湧いて、他の写真も見たいと思ったがそんな暇はなく、あっという間に目の前に服が並べられて、香坂が慣れた様子でチェックして梱包されてしまった。

「とりあえずTシャツは、着回せるようにシンプルなやつを多めに選んだからな。首のよれているやつは捨てなよ。パンツは長さを合わせて送ってもらうから。シャツは似合いそうな柄のものも入れたし、小物も入れたな……よし、このくらい揃えれば一週間コーデはイケるだろう」

「こ……こんなに、本当に一円も払わなくていいの?」

「いいって、お弁当のお礼。それに俺が選んだ服着ている陽太の姿、見てみたいなって思っていたから」

 自分がこんなお洒落な服を着こなせるか不安だったが、香坂の後光が溢れる笑顔にクラリとしてしまった。
 店内には美容室もあって、香坂が声をかけた美容師が出てきて、簡単な髪のアレンジ方法まで教わってしまった。
 納見は視力が悪いわけではないが、昔、目が変だと揶揄われたことがあってから、眼鏡をかけ続けてきた。
 香坂は今の眼鏡と同じ黒縁だが100倍くらいカッコいいお洒落眼鏡を選んでくれた。

「嫌だったら付けなくてもいいし、休日だけでもいいから、好きに使って。でも、絶対似合うと思うけど」

(……すごい、流れるように自然にプレゼントされてしまった……仁って、誰にでもこうなの? 見た目だけじゃなくて、これは勘違いされるよ)

「ありがとう、本当……仁って、王子様って呼ばれてるけど、納得。まるでお姫様になった気分」

「はははっ、服選んだくらいで王子様じゃなぁ……。褒め言葉として受け取っておく。じゃ、そろそろうちに行こうか」

 店を出た香坂が自然に手を差し出したので、納見は一瞬迷ってしまった。
 いつもの夜の暗がりではなく、ここは真っ昼間の街中だ。
 学園からは離れているが、誰に見られているか分からない。
 自分のような男と手を繋いで歩いているところを見られたら、香坂に迷惑がかかってしまう。

 動揺する納見の心を見透かしたのか、香坂からそっと納見の手を掴んできた。

「行こう、陽太」

「……うん」

 香坂の迷いのない目に見つめられて、納見の心臓はトクンと跳ねた。
 揺らいだ想いも不安も消し飛んでしまった。

 この人を守りたい。

 納見の中で初めて強い感情が生まれた。











「すごっ、やればこれだけできるもんなんだな……」

 テーブルの上に所狭しと並んだ料理を見て、香坂は感動してしまった。
 宅飲みだから乾き物でも買って、後は適当に惣菜でも買おうかと思っていたのに、納見がせっかくだから一緒に作ろうと言ってきて大量に買い込むことになった。

 香坂は切って焼くだけとかの簡単な物なら作れるが、本格的なものは未経験だった。
 まず出汁から作り始めた納見に、テキパキと指導されて、気がついたら男二人では食べきれない量の豪華な料理が出来上がってしまった。

「サラダに煮付け、炒め物、和え物、揚げ物、おひたし、煮物、炊き込みご飯に手作りプリンまで……美味そうだけど腹が……」

「今日全部食べるわけじゃないよ。タッパーを持ってきたから、冷凍しておこう。帰宅が夜になっても、サッと温めるだけで、すぐ食べられるでしょう」

 納見はリュックの中から次々とタッパーを出してきて、あっという間に詰めてしまった。
 調味料まで持参するという準備と調理の手際の良さと、プロ並みの腕前に唸り声すら上がらなかった。

「本当、陽太すごすぎ……。どうしてこんなに料理ができるんだよ」

「うちは共働きだったから、小学生から包丁持って作ってたんだ。最初は失敗したけど、両親は美味しいって食べてくれて、それから頑張って色々作るように練習して、今に至るって感じかな」

 自宅に来る前に、どうしても納見の服装が気になってしまった香坂は、母親の友人がやっているアパレルブランドのショップに納見を連れて行った。
 自分の趣味を押し付けたくはなかったが、穴の開いた服を着ている納見を見たら、それはマズいだろうと思ってしまったのだ。
 趣味ではないかもしれないが、選ぶ手間がなく着回せるような、シンプルなトップスやボトムスを選んであげることにした。
 納見は予想以上に喜んでくれて、役に立てたかなと嬉しく思っていた。

 夕飯には少し早いが、缶ビールを開けて乾杯して、料理をつまみ始めた。
 男二人で料理を囲んで、他愛もない話をして盛り上がる。
 今までほとんど会話すらしなかった関係なのに、ずっと前から一緒に育ったみたいなくらい、ぴったり合って居心地がいい。
 なぜもっと早く声をかけなかったのか、香坂はそう思って少し悔しくなるほどだった。

 一通り美味しくいただいて、酒も入ったところで、香坂は気になったことを聞いてみることにした。

「陽太は親孝行で優しくて、いい息子に育ったよ。教師になったのは親御さんの影響とか?」

「それは……、恥ずかしながら就職で躓いちゃって。大学の教授に紹介してもらって今の職場に……。正直なところ、学校っていい思い出がなかったから、あまり好きじゃなかったけど、食べていくには仕方なく。でも今は、生徒に教えることは楽しいし、なって良かったなと思ってるよ」

 そうかと言いながら香坂は思い出した。
 実は納見の授業を見てみたいと、普段行かない化学教室がある旧校舎に足を運んでいたのだ。
 もちろん真剣に授業をする納見の邪魔をしないように、廊下の小窓からそっと見させてもらった。

「この前、授業を少し覗かせてもらったよ。どんな感じなのかと思ったけど、普段より、ずっと堂々としていてハッキリ喋っているし、驚いたよ。分かりやすいって評判は聞いてたけど、納得だったわ」

 こっそり授業を見学した話をしたら、納見は真っ赤になってしまった。
 教師をやっていれば、研修もあるので、人に見られる機会は多い筈だが、納見は恥ずかしいと言って口元を押さえた。

「仁は憧れだったから、他の人とは違うんだ。俺は、仁に、か……カッコよく思われたい」

 ちょっと揶揄ってやるつもりが、とんでもない直球で返されてしまい、今度は香坂の顔が熱くなった。

 納見の眼鏡の奥にある目はギラギラと光っていて、視線だけで痺れてしまった。Dom性が濃い者は視線だけでSubの動きを止めることができると聞いたことがある。
 まさにその通り、香坂は一気に体の温度が上がってトロけた目になって納見をうっとりと見つめた。

「……陽太はカッコいいよ。すごく……カッコいい」

 一気に甘いSubモードに入った香坂を見て、納見も急速に熱が上がったようにDomモードに入ったのか、より強い視線と存在感を放ってきた。
 ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった納見は、前回と同じくソファーに座って、香坂に向けて手を伸ばした。

Comeおいで

 ぴりり。
 耳が痺れて、香坂は恍惚の息を漏らした。

 香坂は立ち上がった後、床に四つん這いになって、猫のように進んで納見の元へやってきた。
 伸ばされた納見の手に頬を擦り付けて、ペロリと舐めた。

Kneelおすわり、しばらく忙しかったけど、寂しくなかった?」

「うぅ……寂しかった」

「寂しい時はどうしてるの?」

「ひ……一人で、陽太のこと考えて……」

「へぇ、一人で俺のこと考えてシテいるなんて嬉しい。可愛い仁のこと見てみたいな。Present見せて

 本能がどくどくと脈打って体が熱くなっていく。
 その言葉を言われたら、見せたくてたまらなくなってしまう。
 香坂は着ていたシャツの前を開き、ズボンをくつろげて下着の中から自身を取り出した。
 片手で乳首を弄りながら陰茎を掴めば、目の前で納見に見られていると思うだけで、簡単に勃ち上がってしまった。

「んっ……ふっ……ふ……んんっ……ぁぁ……んっ」

「ああ……いいね、感じている仁、すごく可愛いよ」

「つっ、んんんっ……ぁ」

 納見に褒められるだけで、快感が体を突き抜ける。
 香坂はすぐに達したいくらい感じてしまって、先っぽからトロトロと蜜が溢れてしまった。

「すごい出てる。そんなに気持ちいい?」

「はぁ、は、んんっ、んぁ……きもち……い」

「可愛いからご褒美にキスしてあげる。ほら、擦りながら舌を出して」

 香坂は言われた通りに、自身を擦って弄りながら、べっと舌を出した。
 ソファーを降りた納見は、香坂の出している舌に自分の舌を絡ませて、深く口付けてきた。

「んっ……ふっ、んんっ、はぁ、ハァハァ……んんっ」

「甘い、なんでだろう。同じものを食べたのに、仁の舌はどうしていつも甘いんだろう。時々、思い出しちゃうんだよ、俺を寂しくさせるなんて、わるいこ」

「うんんっ」

 納見は香坂の唇ごと、じゅっと吸い付いてパッと離した。間を空けず、すぐに歯列をなぞるように舌がぬるりと入ってきて、上と下からの快感で香坂は限界を感じて震えた。
 ガシガシと擦るスピードが速くなって、イキたくてたまらなくなってしまった。

「よう、ようた……でちゃ……お願い」

「いいよ。仁がイクところ俺に見せて、Cumイって

「あっ……でる……ん、っっ!」

 びゅうっと飛んだ白濁は自身の胸を濡らした。熱い息を漏らしながら、納見を物欲しそうな目で見つめると、納見の喉元が大きく上下したのが見えた。

「なんて……可愛すぎる、仁……今日は触れ合うだけじゃ止まりそうにない。もっと奥まで仁の中も全部俺のものにしたい」

「い……いよ、これ……準備、してきた」

 香坂はテーブルの上に置いていた包みから、Sub用の潤滑ジェルとゴムを取り出した。

Stay待って、それは俺がやりたい。ベッドに行こう」

 ネットでやり方は調べておいたので、香坂が自分で解そうとしたら、納見に止められてしまった。
 目が合うとフッと笑った納見は、眼鏡を外して机の上に置いた。
 直に見る大きな黒目の奥に、燃え上がる火が見えた気がして、思わず吸い込まれてしまいそうだった。

 期待と不安が渦巻く胸に鼓動が鳴り響いていた。
 納見に手を引かれて立ち上がった香坂は、どくどくと揺れる胸を押さえながら寝室へと向かった。






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