ハコ入りオメガの結婚

朝顔

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番外編

ハコ入りオメガの結婚【番外編②】

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【二回目のプロポーズ】




「ぷにぷにだー。ツンツンしていい?」

 その子がそう言って笑った時、全身から何かが込み上げてきた。
 誰かに触れられるなんて、今まで嫌な思いばかりしてきたのに、そんな気持ちは何一つなかった。

「い……いいよ」

「うわぁ、本当にふわふわだ」

 頬を両方の人差し指でツンツンされたが、まるで風が吹いたくらい優しい触り方だった。

「僕、ふわふわしているもの大好きなんだ」

 大好き、という言葉に胸が躍った。

 今日会ったばかりの子。
 名前すらちゃんと聞いていなかった。

 あっちに行きたい、こっちに行きたいと散々連れ回されたけど、その子と歩いているといつもモヤモヤしている気持ちや寂しいことは忘れていて、楽しくてたまらなかった。

 もっと一緒にいたい。
 でも俺はここに住んでいるわけじゃないから、帰らないといけない。
 この子とずっと一緒にいられるにはどうしたらいいのだろうか。

「僕はアルファなんだ。大きくなったら海外を飛び回って、将来は父の会社を大きくするつもりだよ。君はオメガなんだろう、だったら、僕が戻ってきたら結婚してあげるよ」

 嬉しかった。
 結婚したらずっと一緒にいられるんだ。

 学校の授業でアルファとオメガは相性が良くて、子供を作ることもできると聞いた。
 自分がオメガだと判定されてから、嫌なことばかりだったけれど、初めて心から嬉しいと思った。

 その子は自分よりも小さい子だったけど、すごく綺麗な子だった。
 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。
 苺みたいに赤い唇が印象的だった。
 走り回ったら頬が赤くなって、まるで美味しそうな林檎に見えた。

 欲しくて欲しくて。
 そこばかりずっと見てしまった。


 ある夏の日、初めて会った子にプロポーズされた。
 嬉しかったから、すぐに分かったと返事をした。

 約束だよ、待っていてねと言われたから、ずっと待つことにした。

 途中、バース性の再検査があったが、それで今度はアルファだと判定が変わってしまった。
 でも大丈夫。
 その子は、玲香という名前の女の子だった。
 同じアルファでも、きっと玲香なら、それでもいいよと言ってくれるに違いない。

 ただ、彼女を守る男になりたいと思ったら、自分の体がひどく重くて動けなくて、これではダメだと頑張ることにした。

 全ては玲香のために。

 彼女が海外から帰国して、俺に会いに来てくれた時、しっかりと完璧な男になって迎えたい。
 カッコいいと言ってもらえるのが理想だ。
 そのために、努力を重ねてきた。

 初めての恋はずっと俺の中にあって、炎は消えることなく、やがて生きる原動力になっていった。

 月日は経ち、約束は果たされることになった。
 その人はまた再び俺の前に現れて、二回目のプロポーズをしてくれた。








「えっ、カッコいい……、モデルさんですか?」
「すごく。綺麗ー、よかったら一緒に……」

「すみません、人と待ち合わせをしておりますので」

 さっきから何回声をかけられて、何回同じセリフを返したか分からない。
 愛しい人のためとはいえ、立っているだけでこれだから、少し疲れてきてしまった。

 アルファの自分の容姿が目立つことは自覚している。
 運動で体を作った頃から、声をかけられ始めて、どこへ行っても何をしていても注目を浴びるようになってしまった。

 学生時代はうんざりしていたが、仕事を始めたらそれなりに使えることに気がついて、今まで上手いこと利用はしてきた。
 だけど、いつだって見て欲しかったのは一人だけだった。
 その相手、諒とは色々と回り道してしまったが、ようやく結ばれて、念願叶って今は幸せになった。

 そして今日は、諒の可愛いお願いを叶えるために、初めて外で待ち合わせてデートに行く予定だった。
 この日のために、色々と下調べはしてきたが、諒が待ち合わせ場所に指定してきたのは、大都会の待ち合わせスポットとして有名すぎる場所だった。

 晴れて入籍して夫婦になった俺達だったが、甘い恋人期間をすっ飛ばして結婚してしまったので、これからそういう時間をどんどん作っていきたいと思っている。
 まずは諒のリクエストで、外で待ち合わせから始まることにした。
 一緒に住み始めたが、このために諒は前日は実家にお泊まりして、デートの雰囲気作りは完璧だった。
 しかし、諒を待たせたらいけないと一時間も早く着いてしまったので、次々と声をかけられる事態になってしまった。

 俺自身も、心に決めた人がいるからと様々な誘いを断り続けて、今までちゃんとしたデートの経験はない。
 仲間内で大人数で出かけることはあったが、待ち合わせというものはいつも面倒であまり好きではなかった。

 諒は何かに魅力を感じていて、夢だったと言っていたが、正直わざわざ外で会わなくても、という気持ちは少しだけ胸の中にある。
 でも仕方がない。
 可愛い妻のためなら、一肌でも二肌でも脱ぐつもりだ。


「ねー、ねー、待ち合わせって、彼女? 私、芸能の仕事もしてて、ミスの大会とかでも優勝してるんだけど」

 長い髪をふわっとかき上げて、自信たっぷりな女性が話しかけてきた。
 どうやらオメガのようで、甘ったるいフェロモンの匂いが鼻についた。
 迷惑以外の何ものでもない。
 コントロールできるとはいえ、諒の匂い以外、鼻に入れたくもなかった。

 女性は馴れ馴れしく俺の腕に触れて、胸を当ててきたのでため息をついた。

「離していただけませんか? どれだけ自信があるのか知らないですけど……」

「佳純っっ、佳純さんーーー!」

 少しキツイ言い方で突き放そうとしていたら、そこに諒の声が聞こえてきた。
 待ち合わせ時間まではまだある。
 やはり諒も自分と同じで早く着いてしまったのかと、嬉しくなった。

 諒の姿を探すと、諒はなんとスーツ姿だった。
 色白の肌には濃い色が良く似合う。
 今日は濃紺のスーツに、涼しげな水色のネクタイをしていた。
 休日なのでてっきり私服で来るかと思っていたので、自分はラフなシャツとパンツだった。

 どこから駆けてきたのだろうか。
 息を切らしながら近づいて来た諒は、気のせいかちょっと泣きそうな顔をしていた。

「あ……あのっ、その手を……離してくださいませんか?」

「えっ……?」

 諒は俺ではなく、すっかり忘れていたが俺の腕を掴んでいる女性に声をかけた。
 そして、俺の反対側の腕を掴んで少しだけ自分の方に引き寄せた。

「私の……大切な人なんです」

 諒が頬を赤らめて小さくこぼして来た言葉に心臓が鷲掴みにされた。

「……すみませんー。カッコ良かったからつい、失礼しました」

 パッと手を離した女性は気まずそうな顔をして、そそくさと人混みの中に消えていってしまった。

 それもそうだろう。
 芸能人だとかミスだとか言って胸を張っていたが、待ち合わせに現れた諒の圧倒的な美貌に完全に負けを認めるしかなかったのだろう。

 黒髪で黒目の大きな諒は、確かに整った目鼻立ちをしているので綺麗であるが、同時に、本人の性格を表しているような可憐で可愛らしい雰囲気もある。
 この絶妙なバランスが本人のオメガ性と混じって、匂い立つような色香を放っている。
 走ってきた諒の姿を見て、俺の周りに集まっていた子達が波が引くように消えていったのがいい証拠だ。

 諒の両親に感謝だが、今まで箱入り息子として生きてきてくれたおかげで、誰にも触れられることなく俺の前に戻ってきてくれた。

 待ち合わせなんて、面倒なだけだと思っていた俺の気持ちは完全に吹き飛んでいた。
 俺に会いたくて、走ってくる諒の姿が見れた。
 絡んでいた女性に嫉妬して、大胆な嬉しすぎる発言。
 そんなものが見れるなんて……、なんて最高なんだと興奮で胸が熱くなってきてしまった。

「こんな格好ですみません。ちょっと、引き継ぎで会社の方に顔を出さないといけなくて寄ってきたんです。着替える時間がなくて………」

 諒は今まで白奥の会社でシステム系の仕事をしていたが、俺との結婚を機に新しく業務提携した分野の仕事に移ることになった。
 君塚の仕事も手伝ってくれることになり、ますます忙しくなったが、本人は絶好調のようだ。

 オメガ性が濃いという諒は、薬での発情期の周期管理に苦労していた。
 だが、俺という相性良いパートナーを得て、番ができたことで、体調は安定して熱を出すことがなくなった。
 薬を飲んで眠くなることもなくなり、本人は水の中に戻った魚のように喜んで泳ぎ回っている。

 そんな楽しそうな諒の姿を隣で見て、支えていく今は本当に幸せだと感じている。

「いえ、全然構いませんよ。それより、走ってきて大丈夫ですか? 疲れていませんか?」

「大丈夫です。最近、自分でもびっくりするくらい体調が良くて、佳純さんのおかげです。今日のデート、ずっと楽しみにしていたんです。楽しみましょうね」

 そうですね、と言って落ち着いて笑って見せたが、心はどうしようかと落ち着きなく騒いでいた。
 何しろ、待ち合わせに現れた諒を見ただけで、もう連れて帰りたくてたまらない。
 最後まで自制心が持つかなと心配になりながら、手を繋いで街デートが始まった。




「見てください、この子、佳純さんに似てます」

 玲香の誕生日に送るプレゼントが買いたいと、まずは雑貨屋に入ったが、そこに並んでいた動物のぬいぐるみが付いたキーホルダーを手に取った諒はそんなことを言ってきた。
 俺に似てると言って見せてきたのは、ウサギのぬいぐるみだった。
 白くて赤い目をしていて、可愛らしかった。

「ふんわりした優しい雰囲気がそっくりです。あっ、これは藤野さんで、槙田くんはこれ、これは椎崎さんかな」

 諒が似ていると選んだのは、藤野がクロヒョウ、槙田はトラで椎崎がリスだった。
 まさかこれをという絶妙なセンスに大笑いしてしまった。

「はははっ、おかし……、それじゃ、諒さんは、これですね。すぐ赤くなるので……」

 ちょっと困らせてみようかなと、俺はタコのぬいぐるみを持ち上げて見せた。
 こんなのやだーという反応を期待したのだが、諒は嬉しそうな顔になって目元を赤らめた。

「俺がタコですかー。佳純さんが選んでくれるなんて……」

 そのままタコを顔の近くまで持っていった諒は、へへへっと笑いながら俺に見せてきた。

「似てますか? ふふっ、嬉しいな。これ買っちゃおう」

 あまりの可愛さにのけ反って倒れそうになった。
 鼻血が出なかったことを誰かに褒めて欲しいくらいだ。

「買います」

「え?」

「今言ったものを全部買いましょう。みんなにプレゼントしたくなってしまいました。玲香さんのも選んでください、全部私が買います」

「佳純さん……」

 さすが優しいですねという諒の目線を受けて、ほっと胸を撫で下ろした。
 こんなところで興奮してしまったなんて知られたら、諒にドン引きされてしまう。
 紳士の仮面をかぶって、何とかやりすごすことに成功した。

 次に向かったのは映画館だった。
 諒の夢だったというカップルシートに、ポップコーンやらジュースを買い込んで座った。
 諒は恋愛ドラマには詳しいけど、映画といえば白黒の名作しか見たことがないらしい。
 ここはこれだろうと俺はホラー映画を選択した。
 上映中、俺が選んだのが怖い映画だったので、時々諒は腕を掴んできて、俺の肩に顔を隠してくるので、胸がキュンとしてしまった。
 それでも見ようとして、肩口からチラ見しているので、いちいち可愛くて仕方がない。
 俺にとってはホラー映画の恐怖より、別の意味で忍耐を試される時間だった。

 映画館を出た後は、近くのカフェに入って、諒はパフェ、俺はコーヒーを頼んだ。

「ホラーって初めて見ましたけど、びっくりしました。でも、慣れてきたら、どこからゾンビが出てくるのか分かったし、そんなに怖くなかったですね」

 あんなにビクビクしながら見ていたのに、怖くなかったと言い張る諒が可愛くてときめいてしまう。
 こんなところでダメだと平静を保ってコーヒーを流し込んだ。

 しかもパフェを美味しそうに食べた諒は、口の端にクリームを付けていて、そんなところもかと思いながらクラクラしてしまう。

 しょうがないなと、さりげなく指を伸ばして、諒の口に付いたクリームをすくった後、パクッと食べた。

「甘いですね」

 大胆なことをしたからか、諒は真っ赤になって俺の口を見つめていた。
 諒も俺を見てドキドキしてくれたら最高なのにと思いながらニコッと笑って見せた。

「……困ります」

「えっ……」

 いかにもカップルっぽいなと思ったのだが、さすがにやりすぎてしまったのかと焦った。
 悪かったと言おうとしたら、顔を赤くした諒は、うっとりとしたような目で俺を見つめてきた。

「今日の佳純さん、カッコ良すぎて……。そんなことされたら、……キスしたくなっちゃうから」

 俺をトロンとした目で見つめてくる諒を見たら、もう限界だと俺の中の鐘が鳴り響いた。

「そろそろ、帰りましょう」

「えっ、この後、港の見える公園で散歩して、ビリヤードができるバーで飲む予定じゃ……」

「無理です。そこまで辿り着けません……」

「大丈夫ですか? 体調でも………」

「大丈夫じゃないです、今すぐ貴方をめちゃめちゃに抱きたい」

「めっ……ええっ!」

 熱でも測ろうとしたのか、諒は俺に向かって手を伸ばしてきたが、抱きたい宣言に驚いて手がピクンと大きく揺れて止まった。

 その手をパッと掴んで立ち上がった。

 他の誰に言われても、雑音にしか聞こえないのに、諒にカッコイイと言われると、それだけで好きが爆発しそうになる。

 諒が自分のことをちゃんと好きになってくれているのか不安で、なかなか好きだと言えなかった頃もあった。
 普段から言いまくるのは重いと思われると控えていたが、もう我慢できないと体から溢れてきた。

「諒さん、好きです。もう待ち合わせの時点で抱きたくてたまらなかったので、好きです、もう限界です」

「佳純さん……」

 せっかくのデートなのに語彙のおかしいワガママを言い出した俺に、諒は呆れてしまうかと思った。
 俺に合わせて立ち上がった諒は、片方の手の人差し指を伸ばして俺の頬をツンツンと押してきた。

「頬が膨らんで可愛いから触りたくなっちゃいました。佳純さん、大好き。私も早く帰りたいです」

 諒はニコッと笑って行きましょうと言って、手を引いてきた。可愛すぎて心臓まで溶けそうになってぶるっと震えた。



 カフェを出たところで小さな子供が二人楽しそうに手を繋いで走っていく姿が見えた。

 その光景にいつかの自分達を重ね合わせてしまったら、諒も同じだったのだろう。
 繋いだ手がわずかに揺れた。
 目が合ったら、懐かしいですねと言って諒はふわりと笑った。

 あの幼い夏の出会いが、今の二人に繋がっている。
 人がなんと言うかなんてしらないが、俺には運命の出会いだったように思える。
 目を細めて笑っている諒もきっと、そう思ってくれているだろう。




「諒さんは明日も休みですよね。久々にゆっくり二人で過ごせますね」

 これから諒と濃厚な時間を過ごすのだと思うと、今から体が熱くなってしまい、全く思春期に戻ったようだと心の中で笑ってしまった。

「佳純さん、ちょっと言いたいことが……」

 手を上げてタクシーを止めたところで、諒が頬を赤くしながら俺のシャツを軽く引いてきた。
 何かと思って耳を近づけたら、諒は口を寄せてきた。

「今夜は寝かせませんよ」

 一瞬何を言われたのかと目を見開いて固まってしまった。

「ふふふ、これ、言ってみたかったんです」

 いししと悪戯っ子みたいな顔になった諒は、ちょうどドアが開いたので先にタクシーに乗り込んでしまった。

「佳純さん、行きますよー」

 楽しそうな諒の声に促されて、フラフラとしながら俺もタクシーに乗り込んだ。

「諒さん、しばらく口を閉じていてください」

「ええっ、なんでですか」

「お腹いっぱいで倒れそうです」

 意味が分からなかったのかポカンとした顔の諒だったが、言われた通りきゅっと口を結んだ。

 その顔があまりに可愛くて、少し膨らんだ頬にキスをした。





 □終□
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