ハコ入りオメガの結婚

朝顔

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 鳴り止まない電話。

 それが嬉しい悲鳴に聞こえて、電話を受けながら俺は満足げに指で鼻を掻いた。

「申し訳ございません。今月の受付分は全て予約がうまっております。ご好評いただいたので、来月からディナーだけでなく、ランチも始める予定なので、お時間がありましたらぜひそちらの方に……、はい、……はい、そうです、お昼は予約不要となりますので……ありがとうございます。では、お待ちしております」

 相手が切るのを待って、丁寧に電話を置いたら、また入れ替わるタイミングで電話が鳴った。
 社員はみんな電話対応に追われている。
 次の電話に出ようと手を伸ばしたら、別の社員から休んでくださいと声がかかった。
 気がつけば正午を過ぎているが、午前中からずっとこの調子だった。
 他のみんなが休みを取ったことを確認して、時計を見た俺はありがとうと言って席を立った。



 この不景気に新店舗の出店などと、最初は失敗するだろうと言われていた。
 それがここまで忙しくなるとは想像もしていなかった。

 俺、白奥諒の父親は会社を経営しているが、一時期、資金難に陥って薄氷を踏むような状態が続いていた。
 そこに救いの主として現れたのが、俺の結婚相手であり、夫の君塚佳純だ。
 縁があり結婚の話がきて、最初は会社を立て直すための結婚だと考えていたが、紆余曲折あり、お互い好きになって無事入籍を果たした。

 君塚陶器との業務提携も大々的に発表されて、下がり続けていた業績はようやく上向いた。

 そして起死回生を狙って始まったのが、レストランの出店だ。
 料理は無農薬で育てた旬の食材を使い、食器は全て君塚陶器を使用している。
 当初はディナータイムのみ営業で少人数予約制をとったが、宣伝効果があり開店前から数ヶ月分の予約は満員となってしまった。
 今後の展開としてランチも始める予定であるので、ますます利益が見込まれている。

 ちなみに、野菜の仕入れ先には佳純の幼馴染の椎崎農園、店の内装は妹の玲香が手がけている。
 身内に協力してもらい、抑えることができた。
 玲香はいつの間にか海外セレブも御用達のアーティストとして有名になっていて、RayCAというブランドを立ち上げて、そのグッズを店内で販売している。
 それがおかしいだろという値段設定なのだが、飛ぶように売れていて、それ目当てで来店されるお客様もいるくらいだ。
 玲香からは、利益は会社に全部入れてと言われているので、それが経営に大きくプラスになっている。

 もちろんこのおかげで、本業の方も勢いを取り戻した。
 もう、何をとっても良いことしかなくて、白奥側の担当責任者として動いている俺にとっては、ありがたい話ばかりだった。

 そしてもう一つ、レストランが有名になることに花を添えてくれているのが……


「今、奥で取材されていますよ」

 休憩時間を利用して会社を出た俺は、レストランに向かった。
 入ってすぐに、スタッフに声をかけると、中にいるという話を聞いて、ワクワクしながらそっと店の奥まで進んだ。


 カシャカシャと写真を撮る音がして、談笑する声が聞こえてきた。
 覗いてみるとそこに、俺の夫である佳純の姿があった。
 今日は薄紫の和装、襟足まで伸びた髪を綺麗に結んでいる。
 照明を当てられていて、いつもより輝いているので、眩し過ぎて目が眩んでしまう。
 陶器のような白い肌に、西洋人形のような美しさ。
 佳純は魅惑的な色の瞳をカメラに向けて微笑んでいた。
 華やかな美しさを前にして、取材の担当者が目をハートにしているのが分かった。

「ありがとうございます。これで最後の一枚です」

 テーブルに並べられたコース料理の前で、佳純が微笑むと、そこをチャンスだとばかりにシャッターの音が鳴り響いた。

 思わず拍手したくなる見事な仕事っぷりに感動してしまった。

 佳純は祖母から会社を引き継いだが、今まで表に出ることはあまりなくて、取材も断ってきた。
 だが、今回のレストラン出店のために、NGなしでどこの依頼でもどんどん取材を受けている。
 学生時代、友人に頼まれてモデルをやっていた経験があるので、撮影には慣れている。
 何しろあの容姿なので、佳純が取材を受けた雑誌は飛ぶように売れて、あっという間に有名人になってしまった。
 佳純のおかげで出店ができて、宣伝までバッチリしてもらえて、白奥の方としたらもう足をむけて寝ることなんてできない。


「それにしても、君塚さんはご結婚されているんですよね。独身勢にイケメン好きの奥様達まで、みんな残念だって言ってるんですよ。こんなに素敵な方なんて、お相手の方が羨ましいです」

 担当者の女性が頬を赤くしながら、テンション高く話しかけていた。
 離れていたので、佳純は何を言っているのか分からなかったが、落ち着いた大人の対応をしているように見えた。

 写真をチェックをしているところで、上役の人に覗いているのがバレてしまった。
 挨拶だけはしていたので、どうぞどうぞと言われてしまい、頭を下げながら終わりかけた撮影現場に入れさせてもらった。

「諒さっ……、いつから見ていたんですか?」

「さっき来たばかりです」

 こっそり入ったつもりが、ぱっと振り返った佳純に、すぐにバレてしまった。
 周りにいた撮影スタッフの人にも挨拶をして、最終チェックの様子を近くで見させてもらった。

「あのぉ、もしかして、貴方が君塚さんのご結婚相手の……」

「え? ああ、そうです」

 横から話しかけられたので見ると、先ほどのテンションの高い担当者の女の子だった。
 直接挨拶したことはなかったので、名刺を出そうとしたら、上から下までじっと見られてしまった。

「あ……あの……」

「いい………」

「はい?」

「奥様! 今私、完璧な絵が見えました! よかったら君塚さんと写真を撮りませんか?」

「ええ!?」

「白奥の担当の方なんですよね? 最後の方に小さく載せさせていただくだけで構わないので! ぜひぜひぜひ!」

 こんなに人にぜひぜひ言われたことなんてないので、俺はポカンとしてしまった。
 レストランの件で佳純は積極的に看板になってくれているが、俺はもともとの目立つのが苦手なので、ほとんど表に顔を出すことはなかった。

 どう断ればいいのか考えていると、そこに佳純が助けに入ってくれた。

「河野さん、諒は恥ずかしがり屋なので、こういう場は緊張してしまうと思いますので……」

「大丈夫です! カメラマンだけでプライベートな感じで撮りますので! これはいい宣伝になると思いますよ!」

「宣伝……」

 それを聞いて俺の耳はピクッと動いてしまった。佳純だってマスコミは苦手なはずだ。俺のために動いてくれているのは分かっている。
 佳純だけに任せているのが少し申し訳ない気持ちがあった。
 それに、宣伝効果が高まるなら、白奥側の人間としてもやるべきだと思い始めた。

「……ええと、それはですね。諒さんの顔出しについては、白奥の社長や役員上層部、弁護士と相談して、協議を重ねた上で決定される重大事項なもので……」

 恥ずかしがり屋で押し切られたからか、佳純は会社を取り出して説得を始めてしまったので、そんな大したものではないと笑ってしまった。

「分かりました。宣伝になるならいいですよ」

「本当ですか!! では早速、機材セッティングします!」

「諒さん!」

 片付け始めていた機材をもう一度直すために、担当の女性は走って行った。
 なぜか佳純が慌てた様子で俺の腕を掴んできた。きっと緊張して体調を崩さないか心配してくれているのだろう。

「大丈夫ですよ。佳純さんのおかげで、強い薬を飲まなくなってから、体調も安定していますし、撮影くらい……」

「そういうことではなっ……、まぁ、それもありますけど、諒さんの顔が全国に……」

「きっと最後のページの撮影を終えてのところに入るのでしょう。宣伝になるのなら、俺も協力しないと」

 心配そうな目で俺を見てくる佳純が、耳が垂れているワンちゃんのように見えてしまい、クスクスと笑ってしまった。
 安心させるように頭を撫でて、頬に手を滑らせたところで名前を呼ばれてしまった。
 見つめ合ってすっかり二人の世界に入っていたが、二人同時にビクッと肩を揺らして、慌てて返事をした。









「驚きました。今日は来られないと聞いていたので」

「そのつもりだったんですけど、会議が二つなくなって時間が空いたんです。驚かせてごめんなさい」

「そんなっ、嬉しかったです。諒さんと一緒に撮影なんて、夢のようでした」

 無事二人での撮影が終わり、会社に戻る俺を佳純が車で送ってくれた。
 佳純は運転する姿も優雅で、流れるようなドライビングテクニックに惚れ惚れとしてしまう。
 うっとりと見つめていたら、運転中なのであまり見ないでくださいと怒られてしまった。

「俺も免許を取ろうかな……、休日は二人で交代で運転してキャンプとかどうですか?」

「いいですね。川で釣りをして、釣った魚をその場で焼いて食べたり、夜はお酒を飲みながら、ゆっくり星を眺めたり。想像するだけで楽しそうです」

 ここしばらく、出店準備から開店後のサポートで、土日も仕事になってバタバタ終わってしまうことが多かった。
 忙しいのは嬉しいことでもあるのだが、二人の時間というのがそろそろ欲しかった。

「あ……の、佳純さん?」

「はい、なんでしょう」

 もうすぐ会社の入っている建物が見えてくるところまで来たので、お別れだと思うと寂しくなってしまった。
 一緒に住んでいるわけだが、佳純は地方や海外へ行くことも多い。
 今は窯元が動く繁忙期ではないが、その代わりにレストランの方で忙しくなってしまった。

 いつ取れるかわからないキャンプな休日に夢を馳せるのもいいが、現実問題として佳純が足りていなかった。

「……今日は、早く帰って来られそうですか?」

「ええ、この後は展示会の打ち合わせくらいなので……」

 何も返さずに、熱のこもった目で佳純見つめてみたら、セーフティードライブを絵に描いたような佳純が、ぐわんと車体を揺らしながら車を止めた。

「着きました……。着きましたけど……心臓が……」

「だっ大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないです……。運転中に心臓を鷲掴みにされたような……」

「痛みですか!? 病院に……」

 顔に手を当てて苦しそうにしている佳純を見て、頭が真っ白になってしまった。
 慌てながら鞄からスマホを取り出そうとしたら、その手をぎゅっと掴まれた。

「諒さんのせいですよ」

「へ? お、俺………?」

「昼間から運転中の私をこんなにドキドキさせて……、責任とってください」

「ドキドキって……あ、確かにすごい、見てしまいました」

 二人きりでいると、つい佳純を見つめてしまう。
 自分に置き換えたら、そんなに見られたら恥ずかしいなと思ってしまった。

「ど、どうしましょう? 心臓をなでなでしましょうか?」

「くぅぅーー! いちいち可愛い! それもいいですけど、ここに……」

 悶えるような声を上げて、手をプルプルさせていた佳純は、俺の頭を撫でた後、自分の口元を指で示した。

「また後でのキスをくれたら嬉しいです」

「え!? い、今!? ここでですか?」

 外から見えづらい車の中とはいえ、会社のあるビルの真ん前だ。
 見知った顔がチラチラ見える中でキスなんてと、一気に心臓がドクドクと鳴り出した。

 佳純とはもちろんキスよりもっと深い関係ではあるが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 それに、いつもリードしてくれるのは佳純の方なので、俺からキスなんてと緊張してしまった。

「目を閉じてください」

 ぶんぶん首を回して、辺りに人気がなくなったことを確認したら、佳純の肩に手を置いてゆっくり顔を近づけた。

 目を閉じだ佳純の顔が美しくて、吸い込まれるように唇を重ねた。
 しっとり重なった後、チュッと高い音を立てて、ゆっくり顔を離した。

 足りない。
 こんなキスじゃ……

「諒さん、もっと……」

 薄く目を開けた佳純が、ペロリと自分の唇を舐めた。
 俺と同じ、佳純ももっと熱を欲しているのだと分かったら、体がカッと熱くなって、もう恥ずかしいなんて気持ちは飛んでいってしまった。

 俺は佳純に飛びつくようにしがみついて、さっきよりもっと深く唇を重ねた。

「……んっ……んふっ……ぁ……ハァ、……ハァ……んぁ……っっ」

 お互い舌を絡め合って、ぐりぐりと口内を刺激し合う、まるで情事の始まりみたいな激しいキスだ。
 俺が主導権を握って佳純の舌を吸っていたが、いつのまにか頭の後ろを掴まれて、じゅるじゅると唇ごと吸われてしまった。

 どう考えてもまた後でのキスのレベルではなくて、佳純の唇が離れたら、完全に頭が茹で上がっていた。

「しまったっ、諒さん? 大丈夫ですか? つい調子に乗ってしまいました」

「んんっ……じょうぶ……、いかないと」

 意識がトロンとしかけたが、このまま帰るわけにいかないので、急いで佳純が差し出してくれた水を飲んで気持ちを落ち着かせた。


 服を直して外へ出る準備をしていたら、佳純が話しかけてきた。

「来週中頃、諒さんはお休みでしたよね?」

「え、はい。久々に連休を……佳純さんは確か、地方出張では?」

「よかったら、なんですけど。一緒に行きませんか? 向こうでの仕事は簡単なものなのですぐに終わります。キャンプとはいかないですけど、温泉地の観光はできるかと……」

「行きます!」

 佳純と二人での旅行なんて嬉しすぎてたまらない。即答でオーケーした。
 俺が飛び上がりそうに喜んでいるからか、佳純にクスクス笑われてしまった。

「よかった、では楽しみにしています」

 思いがけず、二人の時間、それも温泉旅行なんて素敵な時間が過ごせると分かって、今すぐ羽が生えて飛んでいきそうだった。

 車から降りて、笑顔で手を振って別れたが、当然その後の仕事は妙に力が入って、みんなから何か良いことがあったでしょうと、聞かれることになってしまった。





 □続□
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