愛とか恋とかのゲームは苦手です

朝顔

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本編

14、強敵

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「我が校に新しく赴任することになった、イザベラ先生です」

 スキンヘッドのファンキーな校長から紹介を受けたのは、新しい保健医の女性だった。

「イザベラ・ウィンストンです。隣国で働いていましたが、縁あって国に戻りました。どうぞよろしく」

 週始まりの気だるい朝礼は、彼女の登場で男達の野太い歓声に包まれた。

 波打つハニーブロンドの長い髪に、蠱惑的な紫の瞳、白磁のような肌に高い鼻梁、薔薇色の厚い唇、口許には黒子が付いてそれが彼女の色気をいっそう引き立てている。
 長い白衣から、飛び出した豊満な胸と、こちらも柔らかそうなお尻。タイトなミニスカートからは、すらり綺麗な足がのびていて、赤いハイヒールが壇上でカツカツと良い音を響かせている。

 正真正銘の、まさにセクシー保健医だ。これがレナールの言っていたライバルなのかと、その迫力にキースはすでに完全な降伏状態になっていた。

 挨拶を終えたイザベラは、颯爽と壇上から降りて、生徒達の中をかき分けるようにして、カツカツと進んでいく。

 そして、ルーファスの前まで来ると、薔薇の唇を綺麗に持ち上げて、にっこりと微笑んだ。

「久しぶりだな、イザベラ」

「殿下、大きくなられましたね。またご一緒できるのが嬉しいですわ。ふふふっ」

 そう言ってイザベラは、ルーファスの頬をふわりと撫でた。
 ルーファスも顔色を変えることなく、それを許している。
 その親しげな様子を見て、キースの胸は切なく痛んだ。

 そこだけ明らかに違う空気だった。皆の視線を集める中、イザベラはこれまた魅力的な後ろ姿を披露しながら、カツカツとヒールを鳴らして退場していった。

 なんだか、胸騒ぎがしてキースは落ち着かなかった。あれがルーファスの元カノだ。自分とは次元の違う強敵の登場に、ただ呆然と震えるしかなかった。

 教室へ戻る途中、ルーファスが追いかけてきた。

「キース、顔色があまり良くないな。体の方はもう大丈夫?」

 ルーファスが気づかってくれる優しさに、キースの心はすっと温かくなった。
 さりげなく、腰に手を回してお尻に触れられた気もするがこれも優しさなのだろう。

「無理はよくない。辛かったらすぐ休むようにね」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 キースが微笑むと、ルーファスも嬉しそうな顔をして微笑んだ。

「今日はキースの顔だけ見に来たんだ。これからまた戻らないといけないから……」

 少しの時間でも自分を心配して会いに来てくれたことに、キースは嬉しくなった。

「ルーファス…、あの、おっ俺……」

 今伝えてしまおうと、ルーファスを見上げたが、頭のなかに先ほど見たイザベラとルーファスの見つめ合う姿が思い浮かんだ。
 なんだか自分だけ、すごく場違いな気持ちになってしまい、その先が言えなくなってしまった。

「キース、大丈夫?保健医のイザベラは俺もよく知っているから、辛かったら診てもらったほうがいい。腕は確かだから」

 話を通しておこうと、早速動き出そうとしたルーファスを慌てて止めて、とりあえず様子をみたいからと、なんとか平静を取り繕った。

 ルーファスはキースの髪をしばらく撫でた後、軽く髪に唇を落として、そのまま帰っていってしまった。

 後に残されたキースは、震える手で自分の髪に触れた。
 分かっている。こんな人目のつくところで、王子ともあろう方に失礼なことはできない。
 けれど、本当はしがみついてキスをしたかった。
 こんな気持ちになるなんて、恋とはなんて苦しいものだろうとキースはため息をついて、目を伏せたのであった。


 □□


「あれはまるで、砲弾だな。シャツから飛び出しそうだったな。いやー、男なら一戦交えてみたいね」

 いつもよりテンションが高いキーランが楽しそうに語っているのを、キースとエヴァンが呆れた目で見ていた。

「……キーランって、意外と下品だよね」

「そうそう、こいつ涼しい顔して、かなりのムッツリだから。付き合いが長くなればわかるけど、興味が出たらしつこくてウザいよー」

 エヴァンがバッサリと斬っても、キーランは全くめげることなく、目を輝かせている。

「あれを見て心が踊らないなら、男じゃない。触り心地は良さそうだ。あんなもの一度味わったら忘れられないな」

 キーランの意見にキースの心臓はドキッと揺れた。忘れられないというのは、どういうことだろう。

「……それって……、他のものでは満足できないってこと……?」

「そーゆーこと。特に薄っぺらい胸なんか最悪だな」

 キーランの追い込みに、キースはショックを受けてふらふらと椅子に座り込んだ。

「そういえば、さっきの体育館での二人、良い感じだったよね。あの噂はやっぱり本当だったんだ。昔、王宮にいた女医がルーファス様の恋人だったってやつ。今でもお互い未練があるとか……」

 項垂れているキースには、気がつかずにエヴァンも話に乗ってきた。

「ああ、これで証明されたな」

「……なんだよ。証明って……」

 キーランの意味ありげな言葉が気になって、よせばいいのにキースは聞いてしまった。

「ルーファス殿下は巨乳好きってことだ」

 ハンマーで殴られたような衝撃を受けて、キースは机に突っ伏した。これはしばらく立ち直れそうにない、かなりの重傷だった。本当にそうなら、キースの勝ち目はないに等しい。悔しくて、涙が溢れてきそうになって、キースは手で顔を覆った。

「……もうやだ…。これなら巨根のほうがまだよかったのに…」

 ぼそりと呟いた言葉に自分でもビックリしたが、それよりやばいと思って二人を見ると完全に聞かれてしまったようで、キースのまさかの発言に二人とも口を開けて唖然とした顔をしている。

「……え?キースは巨乳じゃなくて、巨根の方が好きだって?」

 しかも、間違った方向に解釈されていて、キースは真っ赤になって慌てて否定した。

「ちっ…違う!!俺の話じゃなくて…!」

「そうかー。やっぱりキースはそっちだったか。いや、いいよ。そっちの方が似合っているし、俺も全然あり」

 エヴァンが嬉しそうに腕を絡めてくるが、全然キースの話を聞いてくれない。

「そうか。まぁ、俺もぶっちゃけ、どっちもイケるから、試してくれてもいいぜ。でも、キースがそこにこだわるなら自信はないなぁ」

 キーランまで訳の分からないことを言い出して、違う違うと連呼するが、こちらもポンポン背中を叩かれて話をちっとも聞かない。

 二人が男もイケることなんて、ゲームのキャラなんだから、最初から知ってるよと怒鳴りたいが、よけいおかしなことになってしまう。恋愛の対象とかの話は間違っていないが、あの部分だけ独り歩きしてしまい、キースはその誤解をどう解けばいいのか頭が痛くなった。



 □□

 翌日も相変わらず誤解は解けないまま、結局、諦めてキースはもうそういうことにしておいた。
 本当なら、ルーファスとのことを打ち明けて、それを筋立てて説明すればいいのだろう。だが、自分がルーファスにとって何かと聞かれたときに、二人になんと説明したらいいのか分からなくなってしまったのだ。
 レナールには素直に話せても、二人に話すのはなんとなく気が引けた。

 エヴァンとキーランといえば、態度こそ変わらず接してくれるものの、会話の中に時々、巨大とか巨悪とか巨シリーズをぶち込んでくるので、その度にキースがビクッとするのを楽しんでいるみたいだ。こういうことは優しくスルーしてくれそうなエヴァンがノリノリでからかってくる。しかもキースが睨みつけると、とても嬉しそう顔をするので、キースは怒るのにも疲れてしまいもう二人を放置している状態だ。

 休み時間、教室にいるのすら疲れて、昇降口まで下りてきたキースは遅れて登校してきたルーファスを見つけた。もやもやは吹き飛んで、すぐに駆け寄って声をかけようとしたが、ルーファスは教室とは逆方向へ歩いて行ってしまった。
 不思議に思って後をつけると、ルーファスが足を止めたのは保健室の前、ノックをしてすぐにドアが開いてイザベラが出てきた。

 今日の白衣の中は胸がこぼれ落ちそうなキャミソールのトップスを着ている。さすがによくないのではと、キースは胸がムカムカとして見ていられなかった。

 声は聞こえないが、しばらく話した後、イザベラはルーファスに抱きつくようにして、そのまま保健室の中へ押し入れた。
 そして、ドアはピシャリと閉められてしまった。

 廊下の柱に隠れたまま、それを見ていたキースは、愕然としてその場に立ち尽くしてしまった。

 イザベラがルーファスの背中を押す際、一瞬だけ目が合ったのだ。
 その時、確かにイザベラは妖しく微笑んでキースを見てきた。
 これは、完全にライバルとして認識されて、見せつけるように、こちらに向けて笑ったのだろう。

 ルーファスが出てくるまで、とてもこのまま待っていられなかった。
 激しく痛む胸を押さえながら、キースはその場から走り出したのだった。



 □□□
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