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1月○日、千両役者、そして狛と朱雀の番

65.描々猫々、初春前に初舞台でして!

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 ――描々猫々、色々ありましたにゃ!

 ようこが、にゅーいんしてますにゃ。
 あの大きらいな鹿女のびょーいんにゃ。
 そしたら、亀男もいましたにゃ。

 亀は見ない間に、より大きくなってたにゃ。

 んー、それから

 それから……描々……猫々……

 
 ……本当に色々とありまして。
 最近汚い字の後でごめん。
 獣神王としての仕事や文化祭の準備、陽子先生のお見舞いとかでバタバタしてて、日記を疎かにしてました。

 でも嬉しいことに、陽子先生が退院しました。
 
 ホッとしたのも束の間、幸か不幸か、その退院の日は……文化祭当日。
 
 父さんと母さんも文化祭をしたって言うけど、本当なのかな?

 獣神王を祝す『文化祭』という文化を残してくれて、お陰様というか恨めしいというか、それはそれは大変な日々でした――


「先生、そんな退院の日に無理しなくても……」
「あっはっは! せっかく可愛い教え子たちが舞台に立つんだ! 観に行かない訳ないだろう!」

 クリスマスの早朝。
 先生は病室の片付けをしながら、文化祭前に駆けつけた俺とミィに向かって笑い掛ける。
 他のみんなは、開会式前の最終準備をしてもらっている。

 の中には、以前お世話になったメイド喫茶で働く、演劇部の『神馬芽衣』さんとその仲間達も含まれている。
 絵世界の文化祭では、演劇の出し物を獣神王が直々にやらねばならないということで、櫻さんと一緒に作った『竹盗物語』上演の助っ人として声を掛けた。

 驚いたことに、メイド喫茶の学生たちは櫻さんに教わり雅号までも持っていた。

 俺は未だに雅号がないって言うのに……

 更に驚いたことと言えば、超獣流の人気だ。
 カノ子ちゃんの父である、辰之助しんのすけおじさんがメディアに出る度に、超獣流の知名度が爆上がりしているらしい。

 ここ最近、テレビの無い先生の部屋に住んでいた為か、かなり世間に疎くなっている。
 まぁ、テレビでもスマホでも、アニメやゲーム実況とかしか観ないから、元から疎いんだけどさ。
 このメディア進出も、辰之助おじさんの計画の一つだったりするのだろうか……

 なにはともあれ、神馬さん達を絵世界へと案内し、門を通じて動物姿になったみんなを人間姿へと戻して、文化祭を手伝ってもらう事になった。

「オメェの初舞台が今から楽しみだねぇ」
「やめてくださいよ、緊張してるんですから」
「なんて名前の役だっけか?」
「す、助兵衛すけべえです……」

 俺と櫻さんで作った話だが、まさか自分がこの役をやるとは思わなかった。
 そもそも俺は脚本を書いて、出演しないはずだったのだが、神馬さんの強い押しによって、脇役での出演を強制された。

「あっはっは! オメェにピッタリの名前じゃァねぇか!」

 先生は、貸切の病室に響く大声で笑った。
 するとその声に釣られてか、病室の扉が開く。

「こらっ、陽子! 一応ここは病院なんだから静かにしなさい!」

 先生よりも大きな声で部屋に入ってきた年齢不詳の綺麗な女性。

 その人の名前は『たつみ京子』

 カノ子ちゃんの母親であり、この病院の院長を務めている。
 優しそうな顔とは裏腹に、大きな声で先生を叱る声によって、先生のベットで寝ていたミィが跳び起きる。

「ふにゃっ、にゃごとにゃ⁉︎ ……にゃっ、鹿女‼︎ 陽子に近づくにゃ!」
「近づくなって……私がいなかったら、陽子は死んじゃってたかもしれないのよ?」
「ふにゃぁ……、とにかくみぃはオマエが嫌いだにゃーッ‼︎」
「あらぁ、私は猫大好きよ? そんな悪い事言うとペット禁止の病院だから、お外に出しちゃうぞー?」
「にゃー! みぃはもう立派な獣神だにゃー! そんなこといったら、よーこも狐だにゃー!」

 うるさいミィは放っておいて、陽子先生の元の姿は狐だった事実を最近知ったばかり。
 絵世界で狐の一家に生まれ、この世界に迷い込み、俺の婆ちゃんが助けたらしい。

「あっはっは! アタシもミィも立派なレディーだよなァー! あっはっはー!」
「まったく……そんなに笑って傷が開いても知らないわよ?」

 溜息混じりにカノ子ちゃんのお母さんが呟くと、またしても病室の扉が開いた。

「廊下まで声が響いちゃって、本当に陽子くんもミィくんも元気で良いねぇー、ボクは嬉しいヨォ」

 のんびりとした口調で話しながら部屋に入ってきたのは、ジュラのお父さんの『亀鶴茉里まつり』さんだ。

「元気が無くなったのは、元はと言えば茉兄のせいなんだからな? なんで日本に帰ってきてるのに、すぐ助けてくれなかったんだよ。お陰様で、こちとらァあの化け狸が本物の茉兄だと疑っちまったじゃァねぇか」

 数日前、ジュラのお父さんに化けた狸のせいで、陽子先生は深手を負った。

「ごめんねぇ。でもボクはこれでも超獣国立研究所の所長であり、絵世界の右大臣でもあり、亀鶴派の家元なんだよねぇ。ボクが動くとすぐ巽くんに尻尾を掴まれちゃうからなぁー」
「へいへい、分ァーってるけどよー」
「それに……」

 ジュラのお父さんは、優しそうな顔を一瞬で別人かと思う表情になり、

「いくら血が繋がってない娘とは言え、あんな仕打ちを受けてる姿を間近で見たら……あの狸を消しちゃう……かもだからねぇ」

 こえぇーーーー‼︎
 このおじさん恐い、恐いよッ‼︎
 優しそうな人が怒ると恐いパターンだよ‼︎
 ……って、ジュラとは血が繋がってないの?

「まぁ、まさかジュラが茉兄の差金だとは思わなかったよ。でもあんな危険な目を娘に遭わせるなんて、茉兄らしくねぇからビックリしたぜ」
「そりゃあ勿論、ボクもママも止めたヨォ? でもねぇ『大切な友達を護る為に、ワタシはやりたい。ワタシは自分で決めたことは、すぐに実行したいんデス!』って電話で言われちゃってねぇ、さすがに止められなかったヨォ」

 大切な友達……

「小さい時、父親に虐待されて塞ぎ込んでいた子が、自分の意志で大切な仲間を護りたいと思うだなんて、ほんと子どもの成長って早いよねぇー。……ぐすっ」

 虐待……塞ぎ込む……あっ。
 昔、新年会で部屋の隅で一人でいたのはそれも関係してたのか……

「それとボクの見立てでは、その友達って虎之助くんのことだと思うんだけどぉ……」

 ジュラのお父さんは、俺に顔を近づけてまじまじと覗いてくる。
 すると唇辺りに視線を感じて、俺はつい目も口も逸らす。

「ははぁーん、なるほどねぇ。そー言うことかぁー。ほーん」

 ジュラのお父さんは、俺の部屋で起きた事件に察した様で、俺の耳元でこう囁いた。

「ボクの娘を泣かせたら……キミも巻物の中に入れるからね?」


 ……はい。
 おしっこちびりそうになりました。


「おっといけないいけない。ボクはこれでも絵世界の右大臣だ、新たな獣神王様に向かってとんだ非礼を。申し訳ない」
「あ、いえ……だ、だいじょーぶで、す」

 震えている俺を見て、釘を刺せたと満足したジュラのお父さんは、妖術で巻物を召喚し俺に差し出す。

「これはボクが長年の研究で創り上げた『絵世界の門』となる巻物だよ」
「絵世界の門……」
「まぁ所詮紛い物だけどねぇ、ここには真っ白な白紙の絵世界があると思ってもらえたらいいかなぁ。……あ、それよりもこれを見せた方が早いかー」

 そう言って以前狸を封じ込めた、川に溺れている狸の絵巻物を見せてくる。
 すると何やら念じた瞬間、巻物に描かれた狸の絵だけが抜け出して、本物の狸に具現化した。

「……ぶはぁっ‼︎ ……や、やっと外に戻れた! これで辰之助様に……」
「誰が助けてあげるって言ったかなぁー」
「ぎゃっ、お前は……!」
「反省したら、また出してあげるねぇー」

 ジュラのお父さんは、巻物に再度狸の絵を描き、そこに具現化された狸は絵の元へ吸い込まれた。
 色々と恐ろしい……

「……とまぁ、本物の絵世界の門とはいかないけど、描いた絵の中に対象物を新たな絵世界に送り込むことができる」


 描いた絵に、送り込む……
 新たな絵世界……

 
 なんやら解らぬ話に、陽子先生は合点がいったそうで、

「成程、新たな絵世界への片道切符ってことか。辰兄しんにぃの思惑が何となく読めてきたよ」
「まだ完璧とは言えないけれど、鬼が出るか邪が出るか、はたまた仏が出るかを……虎之助くん。キミに委ねてみようと思うんだ」
「俺に……」

 いつもなら即答で断るところだが、ジュラのお父さんの真剣な眼差しから目をそらすことなく、俺は不思議と手を差し出していた。

「頼みました、獣神王よ」
「はい……」

 巻物を受け取ると、優しい顔つきに戻ったジュラのお父さんは……

「さぁ、今日の主人公が遅刻したらまずいからねぇー、陽子くん絵世界に転送をお願いー」
「あっはっは! 治ったばかりのやつを随分荒く使いやがるなァー! まっ、トラの晴れ舞台だ、一丁いっちょ行きますか!」
「えっ、いや、俺は舞台では主役じゃない!」
「なぁーに言ってるんだ、トラ! 開会式の宣言は獣神王の役目だろ?」

 
 あ。
 開会式の宣言を忘れてた。
 舞台での台詞ばかりに頭がいって、肝心なことを忘れていたと気づいたら、目の前が真っ白になった。

 先生の転送術のせいなのか、緊張のせいなのか、目の前が白紙と化した世界で拍手が起こり、俺はどうやら文化祭を乗り切った。……らしい。


 12月31日、雪
 斯々猫々、色々とあった一年を終え。
 新しい年を迎えます!――
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