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12月◎日、獣神王、そして狸親父と狐と鼓

59.描々懇々、想いにフケる。

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 ――また夢を見ている。

『陽子、アナタは今幸せですか?』
『幸せだよ、母ちゃん!』
『良かった、アタシは嬉しいよ……』

 アタシを産んでくれた母さんの声が聞こえて返事をする……


『ん、陽子くん? 今は稽古中だって分ぁってるかぃ?』


 制服から稽古着に着替えた色白の男が、張り扇を持ちながらアタシを怒る。
 アタシは母ちゃんの形見である小鼓を持ちながら、うたた寝をしてしまっていた。

『あ、ごめん、煌兄こうにぃちゃん……』
『んー、六歳の六月六日にお稽古を始める仕来しきたりに、無理に付き合わなくてもいいんだよ?』

 アタシは絵世界で何年生きたか分からなかったが、この世界では三歳児の人間姿で生き長らえた。
 産んでくれた狐の母ちゃんが、今の人間の母ちゃんに頼んで今のアタシがある。


 今見ている夢は、
 人間になってから三年後の世界。


『ううん! おいらはオケイコしたいっす!』
『あたしの稽古の時は、わたしと言いな』
は稽古がしたい!』

 色白の兄ちゃんに自分の意志を伝えると、隣で一緒に稽古してる女の子が……

『ようこちゃん、一緒にお稽古張ろうねッ!』
『おぅ! かりんちゃんとガンバルー!』

 六個上の虎之助の母ちゃん『獅子玉花梨』と、稽古をしている日の記憶だった。
 高校三年生の色白の兄ちゃんは『鳳煌おおとりこう』と言って、未来の双子の実父じっぷだ。

『あはぁー、未来の芸術家が生まれる瞬間を見れて嬉しいなぁー』 

 花梨ちゃんの隣に座って一緒に小鼓の稽古をしている小太りの高校生。

『あなたも無理に付き合わなくてもいいんだよ、茉里まつり
『いや、ボクはこういう文化をイチから学ぶのが好きだからぁー』

 のんびりと話す茉里という人は、

 『 亀鶴茉里きかくまつり

 ジュラの父ちゃんだ。

『未来の超獣流を守る為に、ミンナでがんばろー! おー!』
『『おーッ!』』

 のんびりとしてつ不思議なテンションにペースを奪われ、アタシと花梨ちゃんは声を揃えて二人で鼓舞する。

 すると、夢かうつつか鼓を打つと……


『ボクの娘を頼むよ、ヨウコ先生……』

 
 小太りな男の顔がタヌキの顔に変わり、アタシのことをさげすんでいた――


 冷や汗をかいて目を覚ます。

 いけない、また夢を見ていた。
 人間としての時間が長くけると、夜更けに寝てしまうものなのか……?

 そう思いふけっていると、監視をしていたジュラの目の前に、なんだか声を荒げる虎之助がいた。

「ジュラ! どうして学校に来ないんだッ‼︎」
「……ふぇ⁉︎ ……しぇ、しぇんぱいッ……⁉︎」


 あれ、あんにゃろぉ……
 櫻とデートでもしてやがったのか?
 アタシだって死ぬ前に、デートの一つでもしたいってぇのに、ムカつくなー。


 ここ最近のアタシは、就活する生徒を放っておいて、終活に追われていた……


 神社で牛丼を漁られた時、その荒らし方をアタシは知っていた……

『あいつらの仕業だ……』

 そう、アタシ達を絵世界追放どころか、家族をアノ世へ送ったタヌキ族がこの世界にきやがった……

 アタシは決意した。

 無惨に肉片を散らかした、この牛丼の様になってしまう前になんとかせねばと。


 先ずは第一に虎之助。
 第二に可愛い教え子たち。
 第三は……アタシの終活だ。


 一二三、全てを達成する為に鳳家の稽古場に集合させる。


「慶! アタシと連獅子の稽古だ!」
「師匠! いくら師匠でも、それは絵世界の師匠であって、歌舞伎の師匠じゃ……」
「あぁん、オメェの親父に仕込まれた連獅子を伝えるのがアタシの役目でもあるんだよ! いいからやりやがれ!」

 なかば強制的に、慶と稽古を始める。

 死んだ煌兄の気持ちを考えて悔やまれるのは、こいつが役者を辞めようとしていることだ。
 アタシがトヤコウ言ったところで、本人が芝居を好きでなくっちゃァいけない。

 まぁ、実際アタシも動物達の供養をしたかったし、煌兄の教えを自分自身がさらいたかった終活でもある。

 猫皮、犬皮の三味線。
 形見の小鼓と馬皮の鼓たち。
 カノ子と櫻たちと奏でる音楽。

 そして、慶との舞踊。

 ……楽しいなァ

 前ジテ、獅子の子落としのくだりで這い上がってくる姿は、本当の仔獅子……
 いや。育てのアイツみたいな顔しやがって笑っちまう。


 途中、露ノ拍子。
 テンテンとアタシの分身が締め太鼓を叩いた時、
 
『ようこ、とらのすけがきたにゃー!』
『うるさい!』

 トラとミィに邪魔され怒鳴る。
 第一に虎之助と思っていたが、遅刻してくるトラは二の次、三の次。


 今は集中してぇ。 


 慶相手に心と身体と魂のぶつかり稽古。
 初めて親獅子を踊ったら、楽しくて堪らなかった。

 親の気持ちってぇなァ、こんな感じなのかな。

 ……慶。

 オメェは、
 役者をやめちゃァいけねぇよ


 終活の一つを終えて仕事に戻る。
 トラ達を絵世界。
 カノ子達は花梨ちゃんの治癒だ。


 絵世界で呪われ眠っている花梨ちゃんのところにカノ子を案内する。
 虎之助達を呼ばなかったのは、状態があまりかんばしくなかったからだ。

 天性の力の持ち主であるカノ子の治癒能力でも治せない呪いに悩んだ挙句、カノ子の母親である京子ちゃんに助けを求めた。

 京子ちゃんとの話はまた追々……

 それから仕事は分身に任せて、ジュラの父親である茉兄とタヌキの情報を追っていたら、まさかのジュラが面倒を起こしていやがった。


 ……あ?
 なんだこの、お花畑は……?


 ジュラと櫻が、トラの取り合いで喧嘩を始めている……

 お前たち、どうした!
 そんなにトラって魅力的なのかッ⁉︎

 ……あ、違う違う、そこじゃねぇや。
 他の人間様に迷惑をかけちゃいけないぞ?


 アタシは二人を止めることにした――
 
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