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10月◯日 現実世界、そして異世界ならぬ絵世界

1.斯々然々、龍に襲われまして!

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 ――父さん、母さん。そして婆ちゃん。
 天国そっちの世界はどうですか?
 俺は、斯々然々かくかくしかじか色々ありまして……

 めちゃくちゃデカい龍に襲われています!
 
 ……浅草の電波塔くらいあるぞ!
 黄金に輝く巨龍は、逃げ惑う俺に目がけて大きな爆炎を放った、その時ッ……‼︎

 目覚ましの爆音で、
 現実世界に吹き飛ばされた――


 薄目で携帯のアラームを止め、重たい目蓋を開けると、机に重なるフィギュアと漫画と自分。
 倒れたフィギュアと目が合い、モテない俺に最高の目覚めをもてなしてくれた。

「みゃぁー」

 立て直した猫耳フィギュアの前に登ってきた猫。

「ミィー、おはよう。……むふぅ、今日もモフモフしてふなぁ……」

 二十二歳の老猫ろうびょうとは思えない綺麗な黄色がかったキジトラの毛に顔を埋めうずめ、猫を吸う。
 ミィは机の上で寝転び腹を見せ、ごろごろと喉を鳴らしてから、足元へ降りてきた。
 このは、俺が生まれる前に拾われ、我が家に招かれた。

 まぁここはもう我が家じゃないけど……

 広大な敷地に建つ古民家の母屋おもやから離れの部屋へと都落ちした俺は、毎日やり場のない皮肉を考え、ミィの皮肉を掻いてやる。

「ごろごろごろごろ……」
「へへ、喉鳴らしやがって。ミィは今日も可愛いなぁ」

 足に擦りつくミィを抱こうとしゃがむ。
 すると夢で抱きしめてくれた猫耳美少女が脳裏をよぎり、イチャイチャしたいと儚い夢をいだく。

「ミィも擬人化して、俺と結婚してくれねぇかなぁ」
「みゃぁあ」

 誰かに聞かれたら恥ずかしい言葉を、ミィはまん丸な瞳で返事をしてくれた。

「可愛いやつめ、ミィは俺のお嫁さんだぁー!」
「ふみゃぁあ」

 でもミィが擬人化したら何歳の姿になるんだ? 
 ……と疑問を抱きつつ、ミィを抱き上げ振り向くと、開けっぱなしのカーテンから差し込む光と古びたテレビが煌々と輝いていた。


「本日のゲストは、超獣流宗家ちょうじゅうりゅうそうけ代理の超獣辰之助しんのすけさんです!」


 そうか。
 夜遅くまで漫画を描いていたから、点けっぱなしで寝ちゃったのか。
 ……にしても、辰之助おじさんは、今日もテレビに引っ張りだこだな。


 テレビに映っている黒紋付袴に羽織を着こなす、ダンディなおじさん。
 捨て猫ならぬ捨て人間の俺を拾ってくれた絵師の師匠。

 さすがは俺たちの母屋を奪っただけはある。
 一寸の隙も見せない完璧さというか図々しさというか、よく分からないオーラを纏っている。

「超獣辰之助です。私たち超獣流の作品をご覧下さり大変嬉しいです」
「辰之助先生は、国宝である『超獣神物戯画ちょうじゅうじんぶつぎが』を基に社会風刺、そしてユーモアに溢れた作品が多く、海外からも注目を集めておられます!」

 へぇー。
 超獣流って、そんなに人気なんだ……

「私の父は『芸術は爆炎』という言葉が大好きでした。ですが師である『獅幸先生』は……」

 嗚呼、また獅幸か……
 その名前を聞くだけで複雑な気持ちになる。

 チャンネルを変えようとするが、フィギュアと漫画で溢れかえった部屋からリモコンを探すのに手間取った。

「正統な血筋ではない分家でありながら、今では御宗家代理となられ、いつの日か人間国宝になられる日が楽しみです!」


 人間国宝こと『重要無形文化財保持者』

 俺の婆ちゃんがそうだった。
 超獣流宗家。


 九代目くだいめ超獣獅幸ちょうじゅうしこう


 先祖代々立派な純血種である俺は、自分の雑種な趣味部屋を見回し、溜息をついた。

「溜息をつくと、幸せが逃げちゃうよ?」
「うわッ⁉︎」
「トラくん、おはよう!」

 声の主は、ポスターから飛び出たような美少女。
 俺と同じ学校の制服を身に纏い、白い肌に黒い前髪を整えた大和撫子の……
 

 たつみカノ子ちゃん。


 辰之助おじさんの娘で、幼馴染。
 そして俺の、許嫁いいなずけ……。


「あ、このフィギュアもう買ったんだ!」
「お嬢様! 勝手にボクのへやに入っちぇッ!」

 衝撃のあまり噛んでしまった!
 ……てか、さっきの独り言聞いてないよね⁉︎

「もおーっ、お嬢様って呼ぶのはやめてってば! やめてくれないなら今日のお弁当はお預けだよ?」

 頬を膨らますカノ子ちゃん。
 天使だ。
 噛んだ恥ずかしさを忘れるほど可愛らしい……。


「あ、お父様!」


 あ、天使様!
 猫の威嚇の如く、四つん這いになって、お尻を突き出されましては!

 俺をオーバーキルするように、テレビの前で着るもの全てをヒラヒラさせる。
 ハラハラする俺は『純白』と想像し、創造されたアニメやフィギュアの情報で、騒々しい妄想を繰り広げた。


 こんな俺が許嫁なんて、申し訳ない。
 

 ……ふと正気に戻り、自分の下唇を噛みながら、威嚇ポーズのスカートから目を逸らす。
 すると、外した視線の先には、何故かミィが威嚇ポーズを取っていた。


 ……あれ、ミィ様?


「あっミィちゃん、今日もカワイイーッ!」
「フシャーッ!!」

 ミィは飼い主に似たのか、カノ子ちゃに向かって噛んだのだった――
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