84 / 114
第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉
第82話 一悶着
しおりを挟む天を穿つ極光が収まり、空に漂っていた雲も後には残らなかった。
だが――手応えが感じられなかった。アサシンを極光が呑み込む直前、アサシンの気配が消えた。極光を浴びる前に絶命したのならそれはそれで良いが、そんな感じではなかった。
これは……逃げられたな。
「やったの?」
「いや……逃げられた」
「あの状況で? しぶといわね……」
「それにしても、闇とはこんなにも厄介なんですね。力を制限しているとはいえ、勇者である俺達と戦えるなんて」
アサシンが使っていた闇属性の魔力……アレがただの魔力なんかじゃないのは明白だ。
黒き魔法と呼ばれる闇属性魔法、それを俺はまだよく知らない。これからこの先、この魔法と関わっていくのなら、もっとよく知る必要がある。
アーサーはどうやってこの魔法を知った? どこから情報を手に入れた? 闇とはいったい何だ? どうにかして調べないと……このままじゃいずれ対処できなくなるかもしれない。
「……城へ急ごう」
「ええ……」
「……」
もうシオン達も地下へと向かえただろう。此処からは空を飛んで直接城へ向かっても良いだろう。
俺とユーリは風を操り、エリシアは雷となって空へと飛んだ。
★
教会へと入った私達はそのまま奥へと進み、地下へと繋がる道へと入った。
薄暗い空間に長い長い階段が続き、足を踏み外さないように注意しながら下っていく。
階段が終わると、出た先はとんでもなく広い空間だった。光り輝くクリスタルが照明代わりとなり、幻想的で明るい空間を作り出していた。
私は思わずその光景に魅入ってしまった。まるで綺麗な星空が目の前まで迫ってきたような光景に息を呑み、その場で立ち止まってしまう。
それは私だけじゃなかった。リインも同じように魅入っており、ほぅっと息を漏らしていた。
「凄い、綺麗……」
「これがセンセの言ってたクリスタルか?」
「姉さんこれ……光の魔力を帯びてるよ」
シンクが近くにあるクリスタルを調べる。私もクリスタルに触って見ていると、シオンが咳払いをしだした。
「ンンッ……道草食ってる場合じゃないでしょ」
「あ、ああ……目的の場所はまだなのか?」
「此処はまだ入り口よ。この洞窟を更に下りるのよ」
「分かった」
「一応、辺りを警戒しておきなさい。敵が潜んでいるかも」
シオンは冷静にそう言うと、洞窟の奥へと進んでいく。
私達も後に続き、足を滑らさないように先を急ぐ。
それにしても、このシオンって勇者はエリシア、ユーリとはまた別な感じがする。
ユーリの第一印象は少々キザったらしい優男で、エリシアのように脳筋って訳でもなさそうだ。何と言うか、冷静――周りを冷めた目で見ているというか、特定のこと以外に関心を持っていないかのように感じる。
センセと絡むと関心というか拒絶に近いモノを感じ、逆にそのお兄様――カイという勇者には盲目的な熱を抱いているようだ。以前はセンセとも仲が良かったらしいが、今は本当にそうではないのだろうか? 好き避け、って言葉があるぐらいだ。実は照れ隠しとかそんなだったり――。
「なに?」
ギロリ、とシオンに睨まれた。考えていることでも読まれたかと思い、ビクンッと肩を震わせてしまう。
私としたことが、この程度でビクついてどうする。
私はいたって何もありませんという顔でシオンから目をそらした。
「……別に」
「……貴女、あのクソ兄とどういう関係なの?」
何て答えたものだろうか……。教師と生徒という簡単な関係ではないのは確かだ。
思えば、センセとの関係も最初と比べてだいぶ変わった気がする。
最初は聖女である私を守る人ってだけだった。そこから一緒に暮らし始めてそれなりに仲が良い教師と生徒になり、私を守る勇者になってくれて、それから真実を知って私だけのものになり――な、何か私だけのものって言い方もアレだな。その……強い契約関係を結んだり。
今の私とセンセの関係は何だろうか……。シオンに説明できる言葉を選ぶとすると……。
「あー……私を守ってくれる勇者?」
「……貴女、魔族……よね?」
「……半分は」
まぁ、バレるか。銀髪と黒髪は魔族にしかいないし。
シオンは私の隣を歩きながら私を見下ろしてくる。
「半分……クソ兄と一緒なの?」
「そうだ」
「……驚いた。半人半魔がもう一人いるなんて」
「……」
「でも……それだけの関係じゃないわね?」
――何だろう、もの凄く怖い。睨まれてる訳でもないし、敵意を向けられている訳でもない。なのに何だこの身体の底から凍えて震えるような寒さは。
確かに言ってないことはある。私が魔王の娘であり聖女であることを。
それだけは迂闊には言えない。シオンをそこまで信用できるかと問われれば、私はまだそうじゃない。正直信用度だけで言えば、センセに暴力を振るってる時点でマイナスだ。
私は何も言えず、ただ無言を貫いた。
「……まさか」
「っ……」
「――クソ兄の愛人じゃないでしょうね?」
思わず足を滑らしかけた。
そんな様子の私を見て、シオンは「やっぱり……」と口から漏らした。
いや、やっぱりじゃない。何処をどう見てそんな風に思えたんだ?
「怪しいと思ったのよ。クソ兄が貴女だけ妙に気にしているし、距離も近いし」
「いや、私は……」
「悪いことは言わないわ。今すぐに別れなさい。一緒に居ても不幸になるだけよ」
「……センセはそんな人じゃない」
気付けば私は反論していた。愛人という誤解を解きたかったが、センセを悪く言われるのは嫌だ。一緒に居ても不幸になるどころか幸せだ。この女はセンセのことを間違って認識している。
シオンは立ち止まり「は?」と顔を歪ませて私を睨んできた。
「貴女は知らないのよ。あのクソ兄が過去に何をしたか」
「話は聞いてる。お前を篩から助けなかったのだろう?」
「……私だけじゃないわよ。他の家族も見捨てたのよ」
他の家族……他の勇者達は、死んでいった子供達のことなのだろう。
だがそれについて責めるのなら、それはセンセにではなく私の父にだ。私の父が子供達を集めて篩に掛けたのだから、それを助けてくれなかったという理由でセンセだけを責めるのは間違っている。
それにセンセは本当は助けたかったと言っている。私の父が強引に止めさえしなければ、センセは篩から助け出していたはずだ。
確かに父は既に死んで責められないのだとしても、センセの気持ちも知らずにただ一方的に責めてほしくない。
「それでも、センセは皆を助けたかった」
「どうして貴女がそう言えるのよ?」
「センセがそう言っていた」
「それを素直に信じる馬鹿がいるものですか」
「私は馬鹿じゃない。センセは私に嘘を吐かない」
「はっ、盲目なのね。あの男はそうやって自分を良いように正当化してるのよ」
「……」
私は懐にある杖に手を伸ばした。
シオンも腰に差してある細剣の柄に手を置いた。
この女……いけ好かない。いくら勇者であろうと、これ以上センセを貶めるような発言を、私は絶対に許せない。
「……」
「……」
正に一触即発――その時だった。
パンッ、と乾いた音が私とシオンの間から鳴り響いた。
音を出した正体を見ると、アイリーン先生が私とシオン間に入って手を叩いていた。
「はーい、そこまで。今は喧嘩をしてる場合じゃありません」
「……別に、喧嘩してる訳じゃないわ。子供に現実を教えてあげようとしただけよ」
「それでもです、シオン様。今は優先すべきことがあるのでは?」
「……それも、そうね」
シオンは剣の柄から手を離し、私に背を向けた。
私も杖から手を離し、フンと鼻を鳴らしてシオンから顔を逸らす。
「……ララさん、今は仲間割れをしている場合ではありませんわ。今は先を急ぎませんと」
「……分かってる。ただセンセを悪く言われるのが嫌なだけだ」
「ええ、お気持ちは良く分かりますわ。でも、今は……」
「分かってる。もうしない」
「良い子ですね」
そう言ってアイリーン先生は柔やかに笑う。
ふぅ……私としたことが、少し熱くなってしまったようだ。
心配そうに私を見ていたシンクの頭を撫でてやり、私達はシオンの後を追いかけた。
その後ろを――誰かが見ていたことに気付かずに。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。


三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる