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第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉

第83話 地の勇者

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 洞窟内をある程度進むと、かなり拓けた場所に辿り着いた。相変わらずクリスタルの光が暗い洞窟内を照らしており、暗闇に飲まれることはない。

「まだかかるのか?」

 ここまで相当歩いてきた。そろそろ湖の底にあるという街に辿り着いても良いのではないだろうかと思ってシオンに尋ねてみる。
 だがシオンは急に立ち止まり、剣の柄に手を置いた。

「……おかしいわ」
「おかしい?」
「――こんな場所、前は無かった」

 シオンの発言に、私達は武器を抜いて背中を合わせて固まった。

 すると、何処からともなくパン、パンと拍手をするような乾いた音が鳴り響いた。それと同時に人影が二つ、私達の前に現れた。

 一つは赤い髪をした男性、もう一つはスキンヘットの大男だ。
 その二人を目にしたシオンは氷の魔力が滾り、二人を強く睨み付ける。

「ライア、ガイウス……!」
「……それって――」

 その名前はセンセから教えて貰った。確か火の勇者と地の勇者の名前だ。
 ならば、目の前にいるのがそうなのか。

 赤い髪の男がケラケラと笑いながら口を開く。

「よぉよぉ! シオンじゃねぇか! 何処に行ってたんだ?」
「お兄様は何処!?」

 シオンは細剣の切っ先を赤髪に向ける。

「いの一番にカイのことか。愛されてるねぇ」
「答えなさい!」
「どうしようかなぁ? なぁ、ガイウス」

 赤髪は隣に立っている大男の胸元を叩き、大男は「フムゥ」と顎をさする。

「教えても良いが、タダでとは言えぬなぁ……」
「だよなー! 代価が必要だよなぁ?」

 赤髪が私を見据えた。

 その瞬間、私の背後を冷たいナニかが走る。

 どうして私を見る? あの男と私の間には何も無いはずだ――!
 いや……ある。アレが勇者なら、私と何かしらの関係があるとすれば、それは『魔王』だ。
 あの男は……私が魔王の娘だということを知っている。
 アーサーから聞いたのか、先の流れで私を見るなら、アイツの狙いは私か?
 有り得る……アーサーは私をセンセのスペアだと言っていた。魔王復活に関しては、私もセンセのように狙われる可能性がある。

 赤髪と睨み合っていると、赤髪は「クカカカ」と笑い、私達に背中を向けた。

「まぁ、此処は弟に任せるとしよう。見たいもんは見れたし、俺は先に城へ戻るぜ」
「ウム、任された」

 赤髪は大男の背中を叩き、全身を赤い炎に変えて私達が通ってきた道を戻っていった。
 赤髪がいなくなったことで、私は漸く忘れていた呼吸を取り戻す。

 あの男は異常だ……とても勇者には思えない。

 アレは……アレは……狂人だ。何かが狂っているような気がする。アレと二度と対峙したくない。アレは危険だ……アーサーとは違う別の危険な気配がする。

 残った大男は拳をボキボキと固め、ストレッチを始める。

「さて、兄者に頼まれて此処をリングに変えたが。シオンよ、お主は我が妹だ。これ以上傷付けたくない。大人しく投降してもらえぬか?」

 まるで兄が妹を優しく諫めるかのように、大男はシオンに向かってそう言う。

 だが此処でシオンがはい分かりましたなんて言うはずもなく、口から白い息を吐き出しながら極めて冷静に、されど怒りの激情を感じさせるような声で拒絶の意を吐く。

「巫山戯るな……お兄様を襲う貴様らなど、兄ではない!」
「……ならば、致し方あるまい」

 大男はストレッチを止めると、目付きを変えて私達を見据えた。
 その途端、大男から地属性の魔力が溢れ出し、洞窟内を揺らし始める。

「殺しはせん……。だが、他の者はその限りではない」
「……ララ様、お下がりを。前は私とシオン様で引き受けます。宜しいですね、シオン様?」

 リインは私の前に出て、シオンの隣に立つ。
 シオンはその提案を断ることなく、静かに頷く。

 今から始まるのはただの戦いじゃない。

 勇者同士が敵になって戦う、前代未聞の戦いだ。私達が勇者同士の戦いに付いていけるかどうか、それが生き残れる可能性を左右するだろう。

 私の力がどこまで通用するのか……センセと一緒に行くと決めてるんだ。勇者の一人ぐらい、力を合わせて倒せるぐらいにはなっておかなければ。

「回復は私にお任せを。ララさん、貴女は魔法で支援に専念してください」
「姉さん、僕は大丈夫だから」

 アイリーン先生は弓矢を手に握り、シンクは風の魔力を全身に纏い出す。シンクの魔力が一定値を超えた時、シンクは黒い毛皮のワーウルフへと変身した。

『オォーン!』
「……ふむ、妹にエルフにワーウルフ。そして親父殿の……これは面白くなりそうだ」

 大男は拳を構え、地の魔力を一気に高めた。

「我が名はガイウス・ライガット――いざ参る」

 大男――ガイウスは両手を広げ、地属性の魔力を撒き散らしながら突進してきた。
 私達は散開し、ガイウスの一撃をかわす。
 私とアイリーン先生は後ろへと下がり、魔法を発動する準備に入る。
 シオン、リイン、そしてシンクはガイウスに向かって近接戦闘を仕掛ける。
 私は杖を振り、リインの剣に属性の付与を施す。
 相手が地属性なら水属性か氷属性の魔力が適している。私はリインの剣に水属性を付与する。

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・コンフィルマズ!」

 リインの剣に水属性が帯び、リインはガイウスに向けって剣を一閃する。
 その剣をガイウスは腕一本で受け止め、しかも刃は腕に食い込むことすらしなかった。

「嘘!?」
「我が肉体は大地の如し」
「下がりなさいエルフ!」

 リインは剣を引っ込めて後ろへとバク転しながら下がる。
 ガイウスが拳を振り上げると同時に、シオンがガイウスに手を翳して氷の魔力を放つ。
 するとガイウスの足下が瞬時に凍り付き、そのままガイウスを氷の結晶に閉じ込めてしまう。 しかしそれもほんの束の間、氷の結晶全体に罅が走り、瞬きする内に氷の結晶は砕け散りガイウスが健全な状態で出てきた。

「効かぬわァ!」
『オォーン!』

 シンクがガイウスに接近し、鋭い爪を振り払う。爪はガイウスの腹に直撃するが、傷一つ付けることはできなかった。

「軽い!」

 ガイウスはシンク目掛けて拳を振り下ろす。シンクは首を逸らして拳をかわしたが、拳から放たれた衝撃波によって吹き飛ばされる。

「シンク!?」
『グルルゥ!』

 シンクは体勢を整え、次の攻撃の隙を探しながら周りを走り回る。
 シンクが無事であることに安堵し、私は杖をガイウスに向ける。

 奴の攻撃力は兎も角、防御力は群を抜いているようだ。そう言う相手には力が拡散してしまう攻撃よりも、力を一点に集中させるような鋭くも強烈な一撃を狙ったほうがいいだろう。

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・クストスズ!」

 水のゴーレムを召喚し、ガイウスに突撃させる。

「氷の精霊よ来たれ――グラ・ド・コンフィルマズ」

 アイリーン先生が私の出した水のゴーレムに氷属性を付与し、ゴーレムは氷のゴーレムへと変わる。
 私が属性付与するよりもその精度は高く、威力が格段に上がった。

 アイリーン先生は弓を引き絞り、矢をガイウスに向ける。

「氷の精霊よ来たれ――グラ・ド・サジッタズ」

 矢が放たれた瞬間、矢は氷の矢に成り代わり、複数に分裂してガイウスに迫る。
 ガイウスは氷のゴーレムが振るった両拳を己の両拳で受け止め、アイリーン先生の氷の矢を肉体で受け止める。矢は肉体を突き破ることはせず、そのまま砕け散ってしまう。

 ガイウスは氷のゴーレムをそのまま振り回し、私のほうへと投げ尽きてきた。そのゴーレムをシンクが斬り裂き、私は直撃を免れた。

「ガイウス!」

 シオンが腕を振り払うと氷の槍が精製され、そのままガイウスに向かって伸びていく。
 氷の槍をガイウスは拳で受け止め、力を込めて一気に振り払う。氷の槍は砕かれ、衝撃波がシオンを襲う。
 シオンは剣を振り払い、氷の斬撃を飛ばして衝撃波を相殺する。

「凍て付け、アイスバーン!」

 シオンが手を地面に付けると、広範囲にかけて一気に氷が駆け抜ける。氷はガイウスを呑み込み、再びガイウスを氷漬けにしてしまう。

「今よ!」

 リインが剣を後ろに引いてガイウスの懐に潜り込む。リインの剣に魔力が渦巻き、リインはガイウスの腹に向かって剣を突き出した。

「サンクトゥス・イクト!」

 剣はシオンの氷を突き破り、中にいるガイウスの腹に直撃する。魔力による衝撃がガイウスを貫き、洞窟内を激しく揺らす。

 だがリインの剣はガイウスを貫くどころか、切っ先がほんの僅かに食い込む程度で終わってしまう。

「よい一撃だ。されど、我には届かぬ」
「ッ!?」

 ガイウスがリインに向かって拳を振り下ろす。リインの顔面に拳が叩き込まれる寸前、シンクがリインを押し倒してガイウスの拳をかわさせた。
 ガイウスの拳はそのまま地面に直撃し、地面に大穴を空ける。
 シンクはララを引っ張りガイウスから離れる。

 氷漬けにしても、剣を突き刺しても、矢が命中しても、何をしてもガイウスは無傷で反撃してくる。攻撃力もかなりある。おそらく一撃でもまともに喰らえばそれだけで再起不能になりそうだ。

 これが勇者……まだ本気を出していないだろうに、まるで子供の相手をするようだというのに、私達とここまで差があるというのか。

 どうやればあの怪物に一矢報いることができるのか――。

 シオンだけなら……同じ勇者なら渡り合えるのだろうけど、私達が一緒にいるせいで本気を出せないでいるようだ。

「くそっ……!」

 地属性の魔力を滾らせるガイウスを睨み、私は悪態を吐く。

「さぁ……まだまだ楽しもうぞ」

 ガイウスは更に魔力を高めるのだった。
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