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Ⅹ 双月の奏
24 第二十三楽章
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セイラは呆然と見詰めていた。昨日は満月だったのは知っている。
黒の長とアリスから、詳しい説明も受けた。それでも、やはり、何処か信用していなかったのだ。
現れたのはアレンと、そして、女性の姿のままのシオン。可愛らしいデザインの淡い色合いのドレスに身を包み、俯いたままセイラの目の前にいた。
「約束は守って貰う」
アレンは腕を組み、憮然と言い放った。確かに約束はしたし、破るつもりもなかったが、シオンの姿はジュディがセイラに啖呵を切った姿を思い起こさせた。
シオンを正面から見たのは初めてなのではないだろうか。苦痛を与えることしかしなかった。
感情を表すことの無かった顔が、今は不安を表している。時折、セイラに上目遣いでちらりと視線を向け、直ぐに反らせる。
「俯くな」
「でも、どうしていいか、判んないんだもん」
アレンに窘められ、シオンは直ぐに反論した。今まで正面から向き合うことは無かった。目の前に居ても、感じないように、見ないようにしていたのだ。
痛みという苦痛を感じなくなると、代償のように姿すら視界におさめることはなかった。
「まあ、いい。どうせ、一緒に生活して貰うんだ。嫌でも会話するようになるだろう」
シオンとセイラは驚き、アレンを凝視する。
「何だ」
「生活って」
シオンは確認するように訊いてきた。セイラも小さく頷いている。
「何のために、急いで離れを整理したと思ってるんだ。直ぐに必要じゃなければ、ゴタゴタが収まってからでも問題ないだろうが」
アレンは尤もなことを口にした。その言葉にシオンは口を噤む。確かに、今すぐ片付ける必要はなかっただろう。
「それに、親子喧嘩も始まるだろうし、お前ものほほんとはしてられないだろう」
アレンはさも当たり前、と言わんばかりに肩を竦めた。
「親子喧嘩って」
シオンはアレンを見上げ、更に問い掛けた。
「近い内にジュディが殴り込んでくるだろうよ。黙っていても、耳に入るもんだ」
アレンは面っと言ったのだが、親子は顔から血の気が引いた。セイラは何を言われようと覚悟はしているが、シオンにとばっちりがいくことだけは、何があっても避けなくてはいけない。
「黙っててくれるんでしょ」
「家に来たら、否定は無理だろうな。何せ、今の人口密度でお前が居ないとなれば、察するだろう」
シオンはきゅっと唇を噛み締めた。
「あのな。何時までもこのままは拙いだろう。お前達の母親はまともだったと判ったんだ。ジュディがいまだに子供が授からないのは、無意識に恐れているからだよ」
シオンは弾かれたようにアレンを見据えた。
「お前より、ある意味、ジュディの方が女性として病んでる部分があるって事だ」
アレンは目を細めた。
セイラは苦痛に表情を歪めた。シオンだけではなく、ジュディも病んでいるとアレンが言ったからだ。
「父親は無理だろう。どうするかは長が決める。そして、長はお前の母親が眠りに就く許可をもらいに来たときに俺を呼び出した」
アレンは息を吐き出す。
「つまり、母親をお前達姉弟に託す選択をしたわけだ」
セイラは両手で口を覆った。そして、あの日、黒の長とアリスに告げられた言葉を思い出した。
シオンが薔薇として、真に役目を果たせるようにしなくてはならないと。
「ところで、長は何処に行ったんだ。許可をもらわないといけないことがある」
この場所に案内してきたのは執事のシンだ。確か、黒の長を呼びに行った筈なのだが、いまだに現れない。
「長様なら、出掛けている筈です」
セイラはぽつりと呟くように言った。何故なら、黒の長はわざわざ、セイラに出掛けることを告げて言ったからだ。
「はぁ」
アレンは意外な言葉に、脱力した。では、シンは誰を呼びに行ったのだろうか。
「お待たせしました」
扉の開く音と共に、変声期前の少し高い声が耳に入ってきた。
流れるような長い銀髪、そして、部族長一族が持つ、独特の金緑の瞳。
「カルじゃないか」
アレンは首を傾げた。
「お久しぶりです。アレンさん、シオンさん」
顔に微笑みを浮かべはしたが、どこか黒さが滲み出ていた。
「どうしたんだ」
だが、アレンにしてみれば、既に馴染んだ感覚なので怯みはしないが、セイラが若干、引いていた。
「現部族長から言付けを頼まれています」
アレンはすっ、と目を細めた。前ならばアリスが現れたが、どうやら、カルヴァスに代わりを勤める責任を課し始めたようだ。
「聞こう」
「特例を許可する、だそうです。シオンさんの代わりに、アレンさんが血を摂取することを認めると、伝えるよう言付かりました」
アレンは思案した。黒の長はどうやら、シオンの体内に二つの命が宿ったことを、知っているようだ。おそらく、アリスが事前に視たのだろう。
「判った」
「はい」
カルヴァスは素直に頷いた後、何かを言いた気に、アレンとシオンを見上げた。
「あの……」
「どうかしたのか」
カルヴァスは言いにくいのか、俯く。
「訊きたいことがあるなら、はっきりと言え。遠慮する必要はない」
アレンはきっぱりと言い切った。カルヴァスははっきりとした口調で言われたことに、弾かれたように顔を上げた。
「それに、お前は長の後継者だ。オドオドするんじゃない。どんなに不都合なことが起ころうが、間違ったことをしようが、何でもないという態度を身に付けないと大変だぞ」
カルヴァスは目を瞬かせる。それは、黒の長が再三言っていることだ。内心を表情に表してはならないと。まさか、アレンの口から出てくるとは思っていたかったのだろう。
「で、訊きたいことは」
「弟か妹が産まれましたよね」
アレンはこのゴタゴタのせいで、双子が産まれた子に会っていないことに気が付いた。訊きたいのは当たり前だ。
特にカルヴァスは親元を離れ、曾祖父母に育てられている。部族長となるべく育てられているのだ。仕方がないのだろうが、やはり、両親や兄弟に会いたいのだろう。
「弟だ。お前の両親に会わせるよう伝えておいてやる」
カルヴァスの表情が年相応に輝いた笑みを見せた。まだ、成人前の少年でしかないのだ。
†††
渋るセイラを促し、アレンが向かった先は本館ではなかった。先にアレンが離れの玄関先に降り立ち、セイラが降り立ったのを確認してから、抱き抱えていたシオンを下ろし、扉を開け放った。
シオンは驚いたように見上げた。本館ほど大きくはないが、他の吸血族の館と比べれば、立派な造りだ。
「此処で仕事は一切しないからな。全部、部屋として改装してある。寝室は二階だ。客間は一階の南側に用意してある」
アレンは言うなり、さっさと館内に足を踏み入れた。
「待ってよ」
シオンは慌てたように後を追ったが、前のように走ったりはしなかった。トテトテと歩いて館に入って行く。
セイラは呆然と館を見詰めた。黒薔薇の主治医の敷地が、部族長の敷地より広いことは知っていた。まさか、本館とは別に離れがあり、その離れが立派な館であることか信じられなかった。
館の中から声が掛かる。小さく首を横に振り、セイラは二人に続いて館に入った。
中は使われていなかったとは思えないくらい、綺麗に整えられていた。
客室とは逆の北側の廊下を三人で歩く。
「とりあえず、此処が居間だ」
アレンは室内に入り、大きな硝子張りの観音扉を開け放った。鼻孔を擽るのは甘い薔薇の香り。シオンには慣れ親しんだ香りだ。
「此処から直ぐに薔薇園に行ける」
この場所に来るときに、眼下に広がっていた色とりどりの色が、この薔薇だったのだと、セイラはこのとき気が付いた。
吸血族は館の敷地内で植物を育てることは、食料の確保のために当たり前のことだが、ここまで薔薇ばかりの庭は初めてだった。
いきなりアレンが両手を打ったので、セイラは我に返る。
「この館の周りには原種の薔薇があるから、それは食べるなよ」
「判ってるよ。でもさ、判りやすくしといてよ。僕達は原種も新種も在来種も判んないんだから」
「一応、一ヶ所に植わってるぞ」
シオンは呆れたようにアレンを見上げた。
「アレンは薔薇を見ただけで、どういった品種とか判るかもしれないけど、僕の目には全部色が違うだけで薔薇なの」
シオンはいつもの調子でビシッと言い切る。確かに知らなければ判るわけがないのだ。アレンは薔薇園に視線を向けた。
「特徴としては、地味だな。後、地味だが香りがいいものが多いか」
シオンはそんな説明を始めたアレンを睨み付けた。簡単な説明を受けただけでは、絶対に理解出来ない。
しかも、間違えて食べようものなら、何を言われるか判ったものではない。薔薇が関わると、アレンは目の色が変わる。
「説明は要らないのっ。要は、誰が見ても判るようにしてって言ってるのっ。誰かが気が付かないで食べちゃっても、責任とれないからねっ」
シオンは完全に不貞腐れていた。
セイラは二人の言葉の応酬に、目を白黒させた。黒の長とアリスの話しで、シオンは頭の回転が速く、事前に察知する能力に優れているのだと聞いた。確かに、響くように言葉が飛び出してくることに驚く。
しかも、旦那に対して、遠慮どころか容赦のない言いっぷりだ。
「仕方ない。区切るのは趣味じゃないが、食べ尽くされたら困る。あれだけ集めるのに、苦労したんだ」
アレンはあからさまに溜め息を吐いた。下手をすれば、腹いせに食べ尽くされてしまうかもしれない。
シオンは腕を組むと、更に睨みをきかせる。
「さっさと折れればいいの。大切なんでしょ」
「当たり前だ。成人前から集めてるんだ。原種の薔薇がないと、品種改良が進まないじゃないか」
「疑問なんだけど」
シオンは組んでいた腕を離すと、右手の人差し指を顎に持って行く。
「新種と原種を交配したら、退化するんじゃないの」
アレンはシオンの疑問に肩を落とした。どうやらシオンは、品種改良そのものに、全く興味がないらしい。確かに、薔薇の関係者の中で、興味を示してくれるのはエンヴィくらいだ。
セイラはただ、二人の姿がうらやましかった。自分では決して有り得なかった光景。対等な立場でなければならない夫婦が、どちらかに合わせる。それが如何に虚しかったのか。二人の姿を見れば判った。
それとも、本来の性が可能にすることなのだろうか。だが、直ぐに考えを否定した。何故なら、アレンの両親は噂になるほど仲睦まじい。その中で育ったアレンが、自分の夫のようになることはないだろう。
「とりあえず、俺はあっちに戻る」
「一緒に居てくれるんじゃないの」
シオンの慌てたような声が耳に入ってきた。
「仕事、しなくってもよくなったんでしょ」
「よくはなったが、やりたいことがあるんだよ」
アレンはやれやれとシオンを見下ろす。不安なのは判るが、近くに逃げ道があると進まなくなる。おそらく、シオンが普通にしていられるのは短い期間だけだ。
安定期に入る前から、体調不良を訴えるだろう。我慢強いとはいえ、体内の二つの命は、容赦なく母体から血を吸収し成長するのだ。
「やりたいことって」
シオンの表情が歪む。あからさまな不安の表情。アレンは小さく息を吐き出し、セイラに視線を向けた。
そして直ぐに視線をシオンに戻した。
「ゼロスが俺に押し付けたものの話しはしただろう」
「薬草を栽培するってやつ」
シオンは眉間に皺を寄せたまま、小さく呟いた。
「そうだ」
「薔薇の原種が手にはいるから」
「それもあるが、あの、莫迦にした感じがな。絶対に成功させて、ギャフンと言わせてやるんだよ」
アレンはあのときのゼロスの態度が気に食わないらしい。
「幸い、金だけはある。暇ももらったんだ」
だが、ファジールが許すだろうか。
「お父さんは大人しくしてろって」
「まあ、あまり頭や体を使うのは禁止されるだろうが、日がな一日、ボーッとはしてられないだろうが」
ヴェルディラとファジュラの件があるため、完全に自由ではないのだが、こんな機会は滅多にないのだ。
「でも……」
アレンはシオンが戸惑っていることが判った。セイラと二人きりにされても、間が持たないのだろう。会話すら成り立たない可能性もある。
それに、シオンは無意識に、過去の苦痛を思い出し、萎縮してしまう可能性もあった。
「やりたいことはないのか」
アレンの問いに、シオンは驚いた表情を見せた。考えたこともなかったのだ。何時もなら、ジゼルと共に過ごし、時々、カイファスやルビィが来てくれる。逆の場合もあるが、誰かが側にいてくれた。
実母のことは考えないようにしていた。何よりジュディが考えられないようにしているのか、一人になりそうになると、必ずと言っていいほど現れた。
「やりたいこと……」
「そうだ」
シオンは考えた。そして脳裏に浮かんだのは一つのこと。
ジゼルは編み物が趣味なのか、よく、何かしら編んでいた。シオンは見ているだけで楽しかったので、覚えようとは思わなかったのだ。
何より、ジゼルが孫達の物を作りたがった。だから、細い毛糸が編み棒や編み針で形になるのが不思議だった。
「編み物……」
これだったら、多少、頭を使っても、体の負担にならない。アレンやファジールの心配が少なく、尚且つ、シオン自身が楽しめるだろう選択だった。
アレンは微笑むと、再び、セイラに視線を向けた。
「編み物は出来るのか」
アレンはセイラに問い掛けた。いきなり話しを振られ、セイラは慌てる。
「えっ……」
「編み物」
アレンは更に問い掛ける。
「あっ……、得意よ」
セイラはそう答えた。吸血族の女性は外にあまり出さずに育てられるため、編み物、裁縫は当たり前のように叩き込まれる。それは、何もせず、一日中過ごすことを避けるためでもあった。
アレンはシオンを見詰めた。
「道具を一式揃えてやる。母親から習ったらいい」
シオンは驚いたように目を見開いた。
「……でも」
シオンは俯いた。どうしていいのか、判らないのだ。
「何時ものお前は何処に行ったんだよ」
「あれは……」
アレンは小さく息を吐き出した。聞かなくても判っている。過剰な触れ合いをするのは、満たされなかった何かをえようとしているからだ。
「いいか。このままだと、お前もお腹の赤子も無事じゃすまない」
アレンは諭すように言った。驚いたのはシオンだけではない。セイラも息をのんだ。
「お前の体で双子を育むのは無理なんだ」
アレンはすっと目を細めた。
「器が小さすぎるんだよ。一人でも危険だったんだ。最近まで知らなかったからな。俺も親父もお前が妊娠することが危険だと気付いていなかった。体の成長を止めたなら、体は成長しきっていない。未熟なままの状態で受胎を繰り返すのは、永遠に近い命を持つ吸血族でも危険なんだよ」
シオンは両手をギュッと握り締めたまま、呆然となった。自分の命に固執はしていない。だからといって、新しく宿った命を道連れになどしたくはない。
「だから、お前はお腹の子と共に、体を成長させないといけないんだよ」
アレンにしてみれば、予定外の状況だ。
「……この子達が危険なの……」
両手をお腹にあて、シオンは問い掛けた。
「そうだ」
アレンは頷く。今まで、考えたこともなかった。自分で成長を止めたことにも気が付いていなかったのだ。判るわけがない。
「近い内に貧血と体のだるさが顕著に表れるだろう。胎児が成長すると、その分の負担をお前の体に強いる結果になる」
「満月の魔力があっても危険なの」
シオンは尚も訊いてきた。どうしても、納得出来ないのだ。アレンが医者であるのは理解している。
ファジールも言っていたようだから、間違えてはいないだろう。だからといって、納得は出来なかったのだ。
「判らなくはないけどな。満月の魔力があっても、補いきれないだろうな」
シオンは両目をキツく瞑り、アレンに抱き付いた。どんなに訊いても、答えが同じだと判ったからだ。
「お前が双子を宿すなんて、予定外だったんだよ。薔薇が双子を宿すことは危険だ。お前は俺の血しか受け付けない」
シオンは抱きついたまま頷いた。そんなことは、言われなくても判っている。
「今は自分のことだけ考えろ。その他のことは気にする必要はない」
「でも、気になるんだもん」
シオンはヴェルディラのことを忘れて、自分のことだけを考えることは無理だった。アレンは小さく息を吐き出す。呆れが混じったものだった。
「判ったよ。何かあったら教えてやる。そのかわり、首は絶対に突っ込ませない。この場所から向こうに連れて行くことはしない。判ったか」
シオンは抱きついたまま眉を顰め、渋々頷いた。
「話しはすんだのかしら」
伺うような声音が薔薇園の方から聞こえてきた。
顔を向ければ、アンジュを腕に抱いたジゼルの姿があった。
「どうしたんだ」
アレンは首を傾げた。
「ファジールとベンジャミンがアレン達が此方に着いたって教えてくれたから、アンジュをお披露目しようと思って」
本当ならシアンも連れてきたかったのだが、シアンはレイにべったりで、無理だったのだと笑った。
「やっぱり、孫の顔を見たいんじゃないかと思って」
セイラは驚いたようにジゼルを凝視した。腕に抱かれた赤子は右手の親指をしゃぶっている。きょとんと大人達を菫の瞳で見詰めていた。
瞳の色こそ違うが、その姿は生まれたばかりのシオンを思い起こさせた。セイラの父親譲りの、独特の金の巻き髪。セイラは胸を締め付けられた。
シオンをまだ、庇っていた頃の、幼気な瞳を思い出したのだ。無垢だったシオンが夫に虐げられる。慈しみ育んだ命が踏みにじられた現実。
「いいわよね」
ジゼルはアレンの側まで歩み寄り、上目遣いで確認してきた。アレンは小さく頷く。だが、アレンはセイラが素直にアンジュを抱き上げないだろうと思った。何故なら、セイラの表情は苦痛に歪んでいる。
おそらく、過去を思い出しているのだろう。
「まぁ」
アンジュがシオンに紅葉のような手を差し出す。シオンはその手に右手の人差し指を差し出した。アンジュはギュッと、その指を握り締める。
「アンジュ、ごめんね。まだ、側に居てあげられないんだ」
シオンは申し訳無さそうに呟いた。
「さあ。お祖母ちゃんにご挨拶よ」
ジゼルはそう言うと、アンジュを伴いセイラの前まで歩いていく。ただ、アンジュがシオンの指を握り締めたままのために、シオンも強制的に移動を強いられた。
「ばぁよ」
アンジュはジゼルにそう言われ、ジゼルとセイラをキョロキョロと見比べている。
「ばぁ」
アンジュはジゼルに顔を向け、そう声を発した。
「そうよ。でも、こっちもアンジュのばぁよ」
アンジュはシオンの指を離し、きょとんとセイラを見詰めた。
「ばぁ」
アンジュはセイラに手を差し伸べた。だが、セイラは動かなかった。正確には動けなかったのだ。とてもじゃないが、何もなかった振りをして、シオンが育んだ命に触れることは出来なかった。
うっすらと緑の瞳に涙が張り、セイラは小さく首を振った。触れることは許されない。何より、セイラは自分自身を許せなかった。
会わせてくれただけでも、セイラには十分だったのだ。
「アンジュ、おいで」
アレンはジゼルからアンジュを抱き上げる。アンジュは嬉しかったのか、笑い声を上げた。
セイラはその姿に、何より、自然に感じられたことに、これが当然で、当たり前の感覚なのだと思った。
「守ったんだろう」
アレンは穏やかにそう言った。
セイラはぎゅっと両手を握り締めた。
「シオンを守るために、自分を殺したんだろう」
セイラはきつく両目を瞑った。
「だったら、もう、許してやっても、誰も責めはしない」
温かい何かが頬に触れる。しっとりとした感触に、セイラはおそるおそる瞼を開いた。そこにあるのは菫の紫の瞳。アンジュがセイラの頬にペタペタと触れていた。
「ないない」
「まあ、ジュディに何かされるのは覚悟しておいた方がいいけどな」
ジゼルはアレンの言葉に溜め息を吐いた。
「ジュディも気が付いてくれるといいんだけど」
ジゼルは右手を頬に添えた。
「俺も完全に許した訳じゃない。だからといって、必要だと思うことに目を瞑るつもりはない。今のシオンに必要なのはあんただ。俺でもお袋でも、ましてや、ジュディでもない」
セイラはアンジュの好きにさせながら、アレンを見上げた。
「現実がどうであれ、シアンは内面をわざわざ教えてくれた。見えていなかった、見ようとしていなかったことを指摘してきた」
セイラはアレンが何を言おうとしているのか判らなかった。
「だから、あんたにはそれを証明してもらう。それに、娘達にとって、あんたは間違いなく祖母だ。それを奪うつもりはない」
アレンはそう言うと、アンジュをセイラに抱かせようとした。だが、セイラは拒絶したのだ。
「……僕の娘だから、抱っこしてくれないの……」
シオンは悲し気に呟いた。アンジュはセイラにペタペタと触れている。セイラは嫌がっているような素振りをしていない。なのに、アンジュに自分から触れようとしてくれない。その姿に、シオンの気持ちは沈んだ。
セイラはシオンのその様子に、否定したのだが、説得力がなかった。
「でも、アンジュは僕じゃないよ。アンジュはアンジュで、一己の意志があるんだ。だから、お願い、抱き上げてあげて」
シオンは俯きキュッと唇を引き結んだ。両手を握り締め、小さく体を振るわせた。セイラはシオンを見詰めていたが、改めてアンジュに視線を向けた。
幼いシオンを思い出す、よく似た姿。好奇心一杯で、何にでも手を伸ばし確認していた。その仕草までよく似た孫娘。人見知りしないのか、疑うことを知らない瞳で、セイラを見ていた。
触れることは罪だという思いはある。だが、拒絶すればするほど、シオンの表情は曇っていく。
セイラは小さく息を吐き出し、アレンを見上げた。アレンは小さく頷く。躊躇いがちに手を差し伸べ、アンジュを抱き上げた。
懐かしい重さと柔らかさ。赤子特有の甘い香り。セイラは知らず涙が溢れ出た。しっかりと抱っこすると、アンジュは更にセイラに触れてきた。
絶対に触れることは叶わないと思っていた。温かさも何もかもが柔らかい存在に、セイラはアンジュを抱き締めた。
「……シオン」
ジゼルは優しくシオンの肩を抱いた。
「見てご覧なさい」
シオンは囁かれた言葉に顔を上げた。視界に飛び込んできたのは、アンジュを抱き締めているセイラの姿。
「我慢していたのよ。判るでしょう」
シオンはただ、その姿を見詰めた。
「私達の時代はね、自分達の気持ちなんて関係なかったのよ。ただ、決められた現実を受け入れるしかなかったの。だから、理解してあげてほしいのよ」
ジゼルはぽつりと呟いた。相手と同じ価値観を持つ者のは少ない。
だから、ジゼルは本当の意味で幸運だったのだ。だが、それは紙一重の幸運だ 。奇跡があったから今があるのだ。
「貴方は確かに彼女の子供よ。抱っこする姿がそっくりだわ」
シオンはジゼルに視線を向けた。
「大丈夫よ。だから、安心して甘えていらっしゃい」
ジゼルは微笑んだ。確かに過去は変えられない。でも、未来はいくらでも書き換えていける。現在の在りようで、自分の思い通りに変えていけることもあるのだ。
「まあ、ジュディのことが残っているのが現実だけど」
ジゼルは苦笑いを浮かべた。
「……姉さん」
「そう。ジュディは両親を憎んでいるわ。貴方以上にね。何故だか判るかしら」
シオンは判らず、素直に首を横に振った。
「ジュディは自分が許せないのよ。同じ屋根の下で、片や愛され、片や虐げられ育った。何故、もっと早く助けてあげられなかったのか。存在を知っていながら、もっと早く行動出来なかったのか」
ジュディは両親以上に自分自身が許せなかったのだ。だから、必死になった。シオンがジゼルとファジールの元で正常に戻っていく姿を見る度に、心の中で思ってはいけない何かが渦巻いた。
「家に居るとき、ジュディはシオンにあまり会いに来なかったでしょう」
シオンは頷く。あの館から出してくれただけで感謝していたので、深く理由を考えたこともなかったのだ。
「あの子は毎日来ていたのよ。影から何時も見ていたわ。ただ、会えないと寂しそうに言っていたのよ」
感受性が強く、頭も良かったジュディは、考えなくていいようなことまで考えてしまったのだ。幼い子供でしかない、出来ることなどたかが知れている。それでも、自分自身を責めたのだ。
「貴方がアレンと遊ぶようになってからは、私の元に居たのよ。窓から薔薇園で遊ぶ貴方達を見詰めていたわ。一緒に遊びたかったでしょうに」
ジュディの様子に、ジゼルとファジールは居たたまれなかった。一緒に遊んだらいいと言ったのだが、ジュディはやんわりと拒絶したのだ。
もしかしたら、シオンに拒絶されるとでも思ったのかも知れない。
「だから、シオンは母親に甘えなさい。そうすれば、ジュディは必ず現れるわ」
ジゼルはセイラに視線を向けた。
「アレンにしてみれば、シオンが癒されればよいと考えているでしょう。でも、ジュディも同じなのよ。貴方達姉弟は、二人共、癒されなくてはいけないの」
二人は結局、心の中の何かを成長させぬまま大人になった。欠けたままでは、歪みが生まれる。それは、シオンが体の成長を止めたと同様に、ジュディの場合は恐れから、いまだに子供が授からないのだ。
シオンは薔薇だという理由を差し引いても血筋的に妊娠しやすい。それは、ジュディにも言えることなのだ。それなのに、授からないのは、心の中で何かに怯えているからだ。
シオンは躊躇いがちに頷いた。
「でも、どうしていいか判んないんだもん」
ジゼルはうなだれるように俯いたシオンに背中から抱き付いた。
「こうやって、抱きついちゃえばいいのよ」
「無理だよ」
わたわたとジゼルの腕の中で暴れているシオンの姿を、アレンは呆れたように見ていた。セイラもアンジュを抱きながら、目を見開いていた。
「お袋も加減してやれよ。シオンは普通の妊婦とは違うんだぞ」
ジゼルは呆れ声のアレンに視線を向け、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「特別視はいけないわよ。シオンは可愛い息子のお嫁さんだもの。こうやって、可愛がってやらなきゃ」
ジゼルは言うなり、更に、腕に力を込めた。シオンは、と言えば、逃げようと必死になっている。
「お袋の場合は加減がないんだよ」
アレンは呆れたように言葉を吐き出し、ジゼルからシオンを奪った。
「文句でもあるのかしら。少しの間、離れるんだもの。良いじゃない」
「だから、加減しろって言ってるんだ」
アレンは背中にシオンを庇いつつ、ジゼルの顔を覗き込んだ。
「どうして、そう、似なくていいところばかり似るのかしら」
ジゼルは腕を組み、右手を頬に添える。口にしたのは、ジゼルを基準とした嘆きだった。
「おい。確かに親父に似てきたとは言われるが、その最大の原因はお袋にあるんだぞ。自覚を持てよ」
息子の物言いに、ジゼルはあからさまに溜め息を吐いた。
「判ったわよ。別の場所で発散するから」
ジゼルは何かを思い付いたように、笑い出した。シオンはジゼルの様子に危険を感じた。それは、はっきりとした警告だった。
シオンはくいっと、アレンの上着の裾を引っ張った。アレンはそれに気が付き、振り返るとシオンを見下ろす。
「僕はいいんだけど、あの……」
シオンはちらりとセイラに視線を向けた。
「もしかしたら……」
シオンは再びアレンに視線を戻し、言い澱む。
「そこは、諦めてもらってくれ」
アレンも気が付いたのか、ぽそっと、シオンに聞こえる声音で言ってきた。セイラはジゼルの楽し気な様子に首を捻り、シオンとアレンの様子に困惑したような表情を浮かべていた。
黒の長とアリスから、詳しい説明も受けた。それでも、やはり、何処か信用していなかったのだ。
現れたのはアレンと、そして、女性の姿のままのシオン。可愛らしいデザインの淡い色合いのドレスに身を包み、俯いたままセイラの目の前にいた。
「約束は守って貰う」
アレンは腕を組み、憮然と言い放った。確かに約束はしたし、破るつもりもなかったが、シオンの姿はジュディがセイラに啖呵を切った姿を思い起こさせた。
シオンを正面から見たのは初めてなのではないだろうか。苦痛を与えることしかしなかった。
感情を表すことの無かった顔が、今は不安を表している。時折、セイラに上目遣いでちらりと視線を向け、直ぐに反らせる。
「俯くな」
「でも、どうしていいか、判んないんだもん」
アレンに窘められ、シオンは直ぐに反論した。今まで正面から向き合うことは無かった。目の前に居ても、感じないように、見ないようにしていたのだ。
痛みという苦痛を感じなくなると、代償のように姿すら視界におさめることはなかった。
「まあ、いい。どうせ、一緒に生活して貰うんだ。嫌でも会話するようになるだろう」
シオンとセイラは驚き、アレンを凝視する。
「何だ」
「生活って」
シオンは確認するように訊いてきた。セイラも小さく頷いている。
「何のために、急いで離れを整理したと思ってるんだ。直ぐに必要じゃなければ、ゴタゴタが収まってからでも問題ないだろうが」
アレンは尤もなことを口にした。その言葉にシオンは口を噤む。確かに、今すぐ片付ける必要はなかっただろう。
「それに、親子喧嘩も始まるだろうし、お前ものほほんとはしてられないだろう」
アレンはさも当たり前、と言わんばかりに肩を竦めた。
「親子喧嘩って」
シオンはアレンを見上げ、更に問い掛けた。
「近い内にジュディが殴り込んでくるだろうよ。黙っていても、耳に入るもんだ」
アレンは面っと言ったのだが、親子は顔から血の気が引いた。セイラは何を言われようと覚悟はしているが、シオンにとばっちりがいくことだけは、何があっても避けなくてはいけない。
「黙っててくれるんでしょ」
「家に来たら、否定は無理だろうな。何せ、今の人口密度でお前が居ないとなれば、察するだろう」
シオンはきゅっと唇を噛み締めた。
「あのな。何時までもこのままは拙いだろう。お前達の母親はまともだったと判ったんだ。ジュディがいまだに子供が授からないのは、無意識に恐れているからだよ」
シオンは弾かれたようにアレンを見据えた。
「お前より、ある意味、ジュディの方が女性として病んでる部分があるって事だ」
アレンは目を細めた。
セイラは苦痛に表情を歪めた。シオンだけではなく、ジュディも病んでいるとアレンが言ったからだ。
「父親は無理だろう。どうするかは長が決める。そして、長はお前の母親が眠りに就く許可をもらいに来たときに俺を呼び出した」
アレンは息を吐き出す。
「つまり、母親をお前達姉弟に託す選択をしたわけだ」
セイラは両手で口を覆った。そして、あの日、黒の長とアリスに告げられた言葉を思い出した。
シオンが薔薇として、真に役目を果たせるようにしなくてはならないと。
「ところで、長は何処に行ったんだ。許可をもらわないといけないことがある」
この場所に案内してきたのは執事のシンだ。確か、黒の長を呼びに行った筈なのだが、いまだに現れない。
「長様なら、出掛けている筈です」
セイラはぽつりと呟くように言った。何故なら、黒の長はわざわざ、セイラに出掛けることを告げて言ったからだ。
「はぁ」
アレンは意外な言葉に、脱力した。では、シンは誰を呼びに行ったのだろうか。
「お待たせしました」
扉の開く音と共に、変声期前の少し高い声が耳に入ってきた。
流れるような長い銀髪、そして、部族長一族が持つ、独特の金緑の瞳。
「カルじゃないか」
アレンは首を傾げた。
「お久しぶりです。アレンさん、シオンさん」
顔に微笑みを浮かべはしたが、どこか黒さが滲み出ていた。
「どうしたんだ」
だが、アレンにしてみれば、既に馴染んだ感覚なので怯みはしないが、セイラが若干、引いていた。
「現部族長から言付けを頼まれています」
アレンはすっ、と目を細めた。前ならばアリスが現れたが、どうやら、カルヴァスに代わりを勤める責任を課し始めたようだ。
「聞こう」
「特例を許可する、だそうです。シオンさんの代わりに、アレンさんが血を摂取することを認めると、伝えるよう言付かりました」
アレンは思案した。黒の長はどうやら、シオンの体内に二つの命が宿ったことを、知っているようだ。おそらく、アリスが事前に視たのだろう。
「判った」
「はい」
カルヴァスは素直に頷いた後、何かを言いた気に、アレンとシオンを見上げた。
「あの……」
「どうかしたのか」
カルヴァスは言いにくいのか、俯く。
「訊きたいことがあるなら、はっきりと言え。遠慮する必要はない」
アレンはきっぱりと言い切った。カルヴァスははっきりとした口調で言われたことに、弾かれたように顔を上げた。
「それに、お前は長の後継者だ。オドオドするんじゃない。どんなに不都合なことが起ころうが、間違ったことをしようが、何でもないという態度を身に付けないと大変だぞ」
カルヴァスは目を瞬かせる。それは、黒の長が再三言っていることだ。内心を表情に表してはならないと。まさか、アレンの口から出てくるとは思っていたかったのだろう。
「で、訊きたいことは」
「弟か妹が産まれましたよね」
アレンはこのゴタゴタのせいで、双子が産まれた子に会っていないことに気が付いた。訊きたいのは当たり前だ。
特にカルヴァスは親元を離れ、曾祖父母に育てられている。部族長となるべく育てられているのだ。仕方がないのだろうが、やはり、両親や兄弟に会いたいのだろう。
「弟だ。お前の両親に会わせるよう伝えておいてやる」
カルヴァスの表情が年相応に輝いた笑みを見せた。まだ、成人前の少年でしかないのだ。
†††
渋るセイラを促し、アレンが向かった先は本館ではなかった。先にアレンが離れの玄関先に降り立ち、セイラが降り立ったのを確認してから、抱き抱えていたシオンを下ろし、扉を開け放った。
シオンは驚いたように見上げた。本館ほど大きくはないが、他の吸血族の館と比べれば、立派な造りだ。
「此処で仕事は一切しないからな。全部、部屋として改装してある。寝室は二階だ。客間は一階の南側に用意してある」
アレンは言うなり、さっさと館内に足を踏み入れた。
「待ってよ」
シオンは慌てたように後を追ったが、前のように走ったりはしなかった。トテトテと歩いて館に入って行く。
セイラは呆然と館を見詰めた。黒薔薇の主治医の敷地が、部族長の敷地より広いことは知っていた。まさか、本館とは別に離れがあり、その離れが立派な館であることか信じられなかった。
館の中から声が掛かる。小さく首を横に振り、セイラは二人に続いて館に入った。
中は使われていなかったとは思えないくらい、綺麗に整えられていた。
客室とは逆の北側の廊下を三人で歩く。
「とりあえず、此処が居間だ」
アレンは室内に入り、大きな硝子張りの観音扉を開け放った。鼻孔を擽るのは甘い薔薇の香り。シオンには慣れ親しんだ香りだ。
「此処から直ぐに薔薇園に行ける」
この場所に来るときに、眼下に広がっていた色とりどりの色が、この薔薇だったのだと、セイラはこのとき気が付いた。
吸血族は館の敷地内で植物を育てることは、食料の確保のために当たり前のことだが、ここまで薔薇ばかりの庭は初めてだった。
いきなりアレンが両手を打ったので、セイラは我に返る。
「この館の周りには原種の薔薇があるから、それは食べるなよ」
「判ってるよ。でもさ、判りやすくしといてよ。僕達は原種も新種も在来種も判んないんだから」
「一応、一ヶ所に植わってるぞ」
シオンは呆れたようにアレンを見上げた。
「アレンは薔薇を見ただけで、どういった品種とか判るかもしれないけど、僕の目には全部色が違うだけで薔薇なの」
シオンはいつもの調子でビシッと言い切る。確かに知らなければ判るわけがないのだ。アレンは薔薇園に視線を向けた。
「特徴としては、地味だな。後、地味だが香りがいいものが多いか」
シオンはそんな説明を始めたアレンを睨み付けた。簡単な説明を受けただけでは、絶対に理解出来ない。
しかも、間違えて食べようものなら、何を言われるか判ったものではない。薔薇が関わると、アレンは目の色が変わる。
「説明は要らないのっ。要は、誰が見ても判るようにしてって言ってるのっ。誰かが気が付かないで食べちゃっても、責任とれないからねっ」
シオンは完全に不貞腐れていた。
セイラは二人の言葉の応酬に、目を白黒させた。黒の長とアリスの話しで、シオンは頭の回転が速く、事前に察知する能力に優れているのだと聞いた。確かに、響くように言葉が飛び出してくることに驚く。
しかも、旦那に対して、遠慮どころか容赦のない言いっぷりだ。
「仕方ない。区切るのは趣味じゃないが、食べ尽くされたら困る。あれだけ集めるのに、苦労したんだ」
アレンはあからさまに溜め息を吐いた。下手をすれば、腹いせに食べ尽くされてしまうかもしれない。
シオンは腕を組むと、更に睨みをきかせる。
「さっさと折れればいいの。大切なんでしょ」
「当たり前だ。成人前から集めてるんだ。原種の薔薇がないと、品種改良が進まないじゃないか」
「疑問なんだけど」
シオンは組んでいた腕を離すと、右手の人差し指を顎に持って行く。
「新種と原種を交配したら、退化するんじゃないの」
アレンはシオンの疑問に肩を落とした。どうやらシオンは、品種改良そのものに、全く興味がないらしい。確かに、薔薇の関係者の中で、興味を示してくれるのはエンヴィくらいだ。
セイラはただ、二人の姿がうらやましかった。自分では決して有り得なかった光景。対等な立場でなければならない夫婦が、どちらかに合わせる。それが如何に虚しかったのか。二人の姿を見れば判った。
それとも、本来の性が可能にすることなのだろうか。だが、直ぐに考えを否定した。何故なら、アレンの両親は噂になるほど仲睦まじい。その中で育ったアレンが、自分の夫のようになることはないだろう。
「とりあえず、俺はあっちに戻る」
「一緒に居てくれるんじゃないの」
シオンの慌てたような声が耳に入ってきた。
「仕事、しなくってもよくなったんでしょ」
「よくはなったが、やりたいことがあるんだよ」
アレンはやれやれとシオンを見下ろす。不安なのは判るが、近くに逃げ道があると進まなくなる。おそらく、シオンが普通にしていられるのは短い期間だけだ。
安定期に入る前から、体調不良を訴えるだろう。我慢強いとはいえ、体内の二つの命は、容赦なく母体から血を吸収し成長するのだ。
「やりたいことって」
シオンの表情が歪む。あからさまな不安の表情。アレンは小さく息を吐き出し、セイラに視線を向けた。
そして直ぐに視線をシオンに戻した。
「ゼロスが俺に押し付けたものの話しはしただろう」
「薬草を栽培するってやつ」
シオンは眉間に皺を寄せたまま、小さく呟いた。
「そうだ」
「薔薇の原種が手にはいるから」
「それもあるが、あの、莫迦にした感じがな。絶対に成功させて、ギャフンと言わせてやるんだよ」
アレンはあのときのゼロスの態度が気に食わないらしい。
「幸い、金だけはある。暇ももらったんだ」
だが、ファジールが許すだろうか。
「お父さんは大人しくしてろって」
「まあ、あまり頭や体を使うのは禁止されるだろうが、日がな一日、ボーッとはしてられないだろうが」
ヴェルディラとファジュラの件があるため、完全に自由ではないのだが、こんな機会は滅多にないのだ。
「でも……」
アレンはシオンが戸惑っていることが判った。セイラと二人きりにされても、間が持たないのだろう。会話すら成り立たない可能性もある。
それに、シオンは無意識に、過去の苦痛を思い出し、萎縮してしまう可能性もあった。
「やりたいことはないのか」
アレンの問いに、シオンは驚いた表情を見せた。考えたこともなかったのだ。何時もなら、ジゼルと共に過ごし、時々、カイファスやルビィが来てくれる。逆の場合もあるが、誰かが側にいてくれた。
実母のことは考えないようにしていた。何よりジュディが考えられないようにしているのか、一人になりそうになると、必ずと言っていいほど現れた。
「やりたいこと……」
「そうだ」
シオンは考えた。そして脳裏に浮かんだのは一つのこと。
ジゼルは編み物が趣味なのか、よく、何かしら編んでいた。シオンは見ているだけで楽しかったので、覚えようとは思わなかったのだ。
何より、ジゼルが孫達の物を作りたがった。だから、細い毛糸が編み棒や編み針で形になるのが不思議だった。
「編み物……」
これだったら、多少、頭を使っても、体の負担にならない。アレンやファジールの心配が少なく、尚且つ、シオン自身が楽しめるだろう選択だった。
アレンは微笑むと、再び、セイラに視線を向けた。
「編み物は出来るのか」
アレンはセイラに問い掛けた。いきなり話しを振られ、セイラは慌てる。
「えっ……」
「編み物」
アレンは更に問い掛ける。
「あっ……、得意よ」
セイラはそう答えた。吸血族の女性は外にあまり出さずに育てられるため、編み物、裁縫は当たり前のように叩き込まれる。それは、何もせず、一日中過ごすことを避けるためでもあった。
アレンはシオンを見詰めた。
「道具を一式揃えてやる。母親から習ったらいい」
シオンは驚いたように目を見開いた。
「……でも」
シオンは俯いた。どうしていいのか、判らないのだ。
「何時ものお前は何処に行ったんだよ」
「あれは……」
アレンは小さく息を吐き出した。聞かなくても判っている。過剰な触れ合いをするのは、満たされなかった何かをえようとしているからだ。
「いいか。このままだと、お前もお腹の赤子も無事じゃすまない」
アレンは諭すように言った。驚いたのはシオンだけではない。セイラも息をのんだ。
「お前の体で双子を育むのは無理なんだ」
アレンはすっと目を細めた。
「器が小さすぎるんだよ。一人でも危険だったんだ。最近まで知らなかったからな。俺も親父もお前が妊娠することが危険だと気付いていなかった。体の成長を止めたなら、体は成長しきっていない。未熟なままの状態で受胎を繰り返すのは、永遠に近い命を持つ吸血族でも危険なんだよ」
シオンは両手をギュッと握り締めたまま、呆然となった。自分の命に固執はしていない。だからといって、新しく宿った命を道連れになどしたくはない。
「だから、お前はお腹の子と共に、体を成長させないといけないんだよ」
アレンにしてみれば、予定外の状況だ。
「……この子達が危険なの……」
両手をお腹にあて、シオンは問い掛けた。
「そうだ」
アレンは頷く。今まで、考えたこともなかった。自分で成長を止めたことにも気が付いていなかったのだ。判るわけがない。
「近い内に貧血と体のだるさが顕著に表れるだろう。胎児が成長すると、その分の負担をお前の体に強いる結果になる」
「満月の魔力があっても危険なの」
シオンは尚も訊いてきた。どうしても、納得出来ないのだ。アレンが医者であるのは理解している。
ファジールも言っていたようだから、間違えてはいないだろう。だからといって、納得は出来なかったのだ。
「判らなくはないけどな。満月の魔力があっても、補いきれないだろうな」
シオンは両目をキツく瞑り、アレンに抱き付いた。どんなに訊いても、答えが同じだと判ったからだ。
「お前が双子を宿すなんて、予定外だったんだよ。薔薇が双子を宿すことは危険だ。お前は俺の血しか受け付けない」
シオンは抱きついたまま頷いた。そんなことは、言われなくても判っている。
「今は自分のことだけ考えろ。その他のことは気にする必要はない」
「でも、気になるんだもん」
シオンはヴェルディラのことを忘れて、自分のことだけを考えることは無理だった。アレンは小さく息を吐き出す。呆れが混じったものだった。
「判ったよ。何かあったら教えてやる。そのかわり、首は絶対に突っ込ませない。この場所から向こうに連れて行くことはしない。判ったか」
シオンは抱きついたまま眉を顰め、渋々頷いた。
「話しはすんだのかしら」
伺うような声音が薔薇園の方から聞こえてきた。
顔を向ければ、アンジュを腕に抱いたジゼルの姿があった。
「どうしたんだ」
アレンは首を傾げた。
「ファジールとベンジャミンがアレン達が此方に着いたって教えてくれたから、アンジュをお披露目しようと思って」
本当ならシアンも連れてきたかったのだが、シアンはレイにべったりで、無理だったのだと笑った。
「やっぱり、孫の顔を見たいんじゃないかと思って」
セイラは驚いたようにジゼルを凝視した。腕に抱かれた赤子は右手の親指をしゃぶっている。きょとんと大人達を菫の瞳で見詰めていた。
瞳の色こそ違うが、その姿は生まれたばかりのシオンを思い起こさせた。セイラの父親譲りの、独特の金の巻き髪。セイラは胸を締め付けられた。
シオンをまだ、庇っていた頃の、幼気な瞳を思い出したのだ。無垢だったシオンが夫に虐げられる。慈しみ育んだ命が踏みにじられた現実。
「いいわよね」
ジゼルはアレンの側まで歩み寄り、上目遣いで確認してきた。アレンは小さく頷く。だが、アレンはセイラが素直にアンジュを抱き上げないだろうと思った。何故なら、セイラの表情は苦痛に歪んでいる。
おそらく、過去を思い出しているのだろう。
「まぁ」
アンジュがシオンに紅葉のような手を差し出す。シオンはその手に右手の人差し指を差し出した。アンジュはギュッと、その指を握り締める。
「アンジュ、ごめんね。まだ、側に居てあげられないんだ」
シオンは申し訳無さそうに呟いた。
「さあ。お祖母ちゃんにご挨拶よ」
ジゼルはそう言うと、アンジュを伴いセイラの前まで歩いていく。ただ、アンジュがシオンの指を握り締めたままのために、シオンも強制的に移動を強いられた。
「ばぁよ」
アンジュはジゼルにそう言われ、ジゼルとセイラをキョロキョロと見比べている。
「ばぁ」
アンジュはジゼルに顔を向け、そう声を発した。
「そうよ。でも、こっちもアンジュのばぁよ」
アンジュはシオンの指を離し、きょとんとセイラを見詰めた。
「ばぁ」
アンジュはセイラに手を差し伸べた。だが、セイラは動かなかった。正確には動けなかったのだ。とてもじゃないが、何もなかった振りをして、シオンが育んだ命に触れることは出来なかった。
うっすらと緑の瞳に涙が張り、セイラは小さく首を振った。触れることは許されない。何より、セイラは自分自身を許せなかった。
会わせてくれただけでも、セイラには十分だったのだ。
「アンジュ、おいで」
アレンはジゼルからアンジュを抱き上げる。アンジュは嬉しかったのか、笑い声を上げた。
セイラはその姿に、何より、自然に感じられたことに、これが当然で、当たり前の感覚なのだと思った。
「守ったんだろう」
アレンは穏やかにそう言った。
セイラはぎゅっと両手を握り締めた。
「シオンを守るために、自分を殺したんだろう」
セイラはきつく両目を瞑った。
「だったら、もう、許してやっても、誰も責めはしない」
温かい何かが頬に触れる。しっとりとした感触に、セイラはおそるおそる瞼を開いた。そこにあるのは菫の紫の瞳。アンジュがセイラの頬にペタペタと触れていた。
「ないない」
「まあ、ジュディに何かされるのは覚悟しておいた方がいいけどな」
ジゼルはアレンの言葉に溜め息を吐いた。
「ジュディも気が付いてくれるといいんだけど」
ジゼルは右手を頬に添えた。
「俺も完全に許した訳じゃない。だからといって、必要だと思うことに目を瞑るつもりはない。今のシオンに必要なのはあんただ。俺でもお袋でも、ましてや、ジュディでもない」
セイラはアンジュの好きにさせながら、アレンを見上げた。
「現実がどうであれ、シアンは内面をわざわざ教えてくれた。見えていなかった、見ようとしていなかったことを指摘してきた」
セイラはアレンが何を言おうとしているのか判らなかった。
「だから、あんたにはそれを証明してもらう。それに、娘達にとって、あんたは間違いなく祖母だ。それを奪うつもりはない」
アレンはそう言うと、アンジュをセイラに抱かせようとした。だが、セイラは拒絶したのだ。
「……僕の娘だから、抱っこしてくれないの……」
シオンは悲し気に呟いた。アンジュはセイラにペタペタと触れている。セイラは嫌がっているような素振りをしていない。なのに、アンジュに自分から触れようとしてくれない。その姿に、シオンの気持ちは沈んだ。
セイラはシオンのその様子に、否定したのだが、説得力がなかった。
「でも、アンジュは僕じゃないよ。アンジュはアンジュで、一己の意志があるんだ。だから、お願い、抱き上げてあげて」
シオンは俯きキュッと唇を引き結んだ。両手を握り締め、小さく体を振るわせた。セイラはシオンを見詰めていたが、改めてアンジュに視線を向けた。
幼いシオンを思い出す、よく似た姿。好奇心一杯で、何にでも手を伸ばし確認していた。その仕草までよく似た孫娘。人見知りしないのか、疑うことを知らない瞳で、セイラを見ていた。
触れることは罪だという思いはある。だが、拒絶すればするほど、シオンの表情は曇っていく。
セイラは小さく息を吐き出し、アレンを見上げた。アレンは小さく頷く。躊躇いがちに手を差し伸べ、アンジュを抱き上げた。
懐かしい重さと柔らかさ。赤子特有の甘い香り。セイラは知らず涙が溢れ出た。しっかりと抱っこすると、アンジュは更にセイラに触れてきた。
絶対に触れることは叶わないと思っていた。温かさも何もかもが柔らかい存在に、セイラはアンジュを抱き締めた。
「……シオン」
ジゼルは優しくシオンの肩を抱いた。
「見てご覧なさい」
シオンは囁かれた言葉に顔を上げた。視界に飛び込んできたのは、アンジュを抱き締めているセイラの姿。
「我慢していたのよ。判るでしょう」
シオンはただ、その姿を見詰めた。
「私達の時代はね、自分達の気持ちなんて関係なかったのよ。ただ、決められた現実を受け入れるしかなかったの。だから、理解してあげてほしいのよ」
ジゼルはぽつりと呟いた。相手と同じ価値観を持つ者のは少ない。
だから、ジゼルは本当の意味で幸運だったのだ。だが、それは紙一重の幸運だ 。奇跡があったから今があるのだ。
「貴方は確かに彼女の子供よ。抱っこする姿がそっくりだわ」
シオンはジゼルに視線を向けた。
「大丈夫よ。だから、安心して甘えていらっしゃい」
ジゼルは微笑んだ。確かに過去は変えられない。でも、未来はいくらでも書き換えていける。現在の在りようで、自分の思い通りに変えていけることもあるのだ。
「まあ、ジュディのことが残っているのが現実だけど」
ジゼルは苦笑いを浮かべた。
「……姉さん」
「そう。ジュディは両親を憎んでいるわ。貴方以上にね。何故だか判るかしら」
シオンは判らず、素直に首を横に振った。
「ジュディは自分が許せないのよ。同じ屋根の下で、片や愛され、片や虐げられ育った。何故、もっと早く助けてあげられなかったのか。存在を知っていながら、もっと早く行動出来なかったのか」
ジュディは両親以上に自分自身が許せなかったのだ。だから、必死になった。シオンがジゼルとファジールの元で正常に戻っていく姿を見る度に、心の中で思ってはいけない何かが渦巻いた。
「家に居るとき、ジュディはシオンにあまり会いに来なかったでしょう」
シオンは頷く。あの館から出してくれただけで感謝していたので、深く理由を考えたこともなかったのだ。
「あの子は毎日来ていたのよ。影から何時も見ていたわ。ただ、会えないと寂しそうに言っていたのよ」
感受性が強く、頭も良かったジュディは、考えなくていいようなことまで考えてしまったのだ。幼い子供でしかない、出来ることなどたかが知れている。それでも、自分自身を責めたのだ。
「貴方がアレンと遊ぶようになってからは、私の元に居たのよ。窓から薔薇園で遊ぶ貴方達を見詰めていたわ。一緒に遊びたかったでしょうに」
ジュディの様子に、ジゼルとファジールは居たたまれなかった。一緒に遊んだらいいと言ったのだが、ジュディはやんわりと拒絶したのだ。
もしかしたら、シオンに拒絶されるとでも思ったのかも知れない。
「だから、シオンは母親に甘えなさい。そうすれば、ジュディは必ず現れるわ」
ジゼルはセイラに視線を向けた。
「アレンにしてみれば、シオンが癒されればよいと考えているでしょう。でも、ジュディも同じなのよ。貴方達姉弟は、二人共、癒されなくてはいけないの」
二人は結局、心の中の何かを成長させぬまま大人になった。欠けたままでは、歪みが生まれる。それは、シオンが体の成長を止めたと同様に、ジュディの場合は恐れから、いまだに子供が授からないのだ。
シオンは薔薇だという理由を差し引いても血筋的に妊娠しやすい。それは、ジュディにも言えることなのだ。それなのに、授からないのは、心の中で何かに怯えているからだ。
シオンは躊躇いがちに頷いた。
「でも、どうしていいか判んないんだもん」
ジゼルはうなだれるように俯いたシオンに背中から抱き付いた。
「こうやって、抱きついちゃえばいいのよ」
「無理だよ」
わたわたとジゼルの腕の中で暴れているシオンの姿を、アレンは呆れたように見ていた。セイラもアンジュを抱きながら、目を見開いていた。
「お袋も加減してやれよ。シオンは普通の妊婦とは違うんだぞ」
ジゼルは呆れ声のアレンに視線を向け、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「特別視はいけないわよ。シオンは可愛い息子のお嫁さんだもの。こうやって、可愛がってやらなきゃ」
ジゼルは言うなり、更に、腕に力を込めた。シオンは、と言えば、逃げようと必死になっている。
「お袋の場合は加減がないんだよ」
アレンは呆れたように言葉を吐き出し、ジゼルからシオンを奪った。
「文句でもあるのかしら。少しの間、離れるんだもの。良いじゃない」
「だから、加減しろって言ってるんだ」
アレンは背中にシオンを庇いつつ、ジゼルの顔を覗き込んだ。
「どうして、そう、似なくていいところばかり似るのかしら」
ジゼルは腕を組み、右手を頬に添える。口にしたのは、ジゼルを基準とした嘆きだった。
「おい。確かに親父に似てきたとは言われるが、その最大の原因はお袋にあるんだぞ。自覚を持てよ」
息子の物言いに、ジゼルはあからさまに溜め息を吐いた。
「判ったわよ。別の場所で発散するから」
ジゼルは何かを思い付いたように、笑い出した。シオンはジゼルの様子に危険を感じた。それは、はっきりとした警告だった。
シオンはくいっと、アレンの上着の裾を引っ張った。アレンはそれに気が付き、振り返るとシオンを見下ろす。
「僕はいいんだけど、あの……」
シオンはちらりとセイラに視線を向けた。
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シオンは再びアレンに視線を戻し、言い澱む。
「そこは、諦めてもらってくれ」
アレンも気が付いたのか、ぽそっと、シオンに聞こえる声音で言ってきた。セイラはジゼルの楽し気な様子に首を捻り、シオンとアレンの様子に困惑したような表情を浮かべていた。
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