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第六章 寒芍薬
勇ましく誇る
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柊虎は少しでも早く西宮へ戻るため、途中、西宮領域内の宿屋で領主に馬を借り先を急いだ。女宿を出た翌日の午の刻に西宮に着き急ぎ自殿に戻ると、侍女達が黒い衣を着た柊虎の姿に驚く。白虎模様の衣は柊虎の凛々しい顔立ちをより清爽にさせるが、全身黒の衣は引き締まって見え、何処か謎めいた雰囲気を漂わせていた。それが返って侍女達の乙女心を擽り「白の微笑みも素敵ですが、黒の微笑みも素敵ですわ」と騒ぎだす。柊虎はそんな侍女達を無視して急ぎ風呂に入り、元の白虎家の装束に着替え銀虎殿に向かった。
「祖父上柊虎です、只今戻りました」
「入るがよい」
柊虎は中に入り会釈する。
盛虎は背筋を伸ばし腕を組み、どんっと足を広げ座っていた。
「掛けるがよい、磨虎は先に戻ったが、お前は随分遅かったでわないか」
「祖父上申し訳ありませんが、あまりお話している時間がありません。玄枝様から内密に、五神家の集会を開くと託けを預かっております」
「玄枝が?」
柊虎の話を聞き、盛虎は眉毛を震わせ驚愕する。
「九虎がっ、そのようなっ…」
柊虎は安堵して言う。
「祖父上、私はもしや、直系が後ろで絡んでいる可能性を見ておりましたが、その様子だとご存じではなかったのっ」
「何を申すかっ!」
ドンッ!
「いくら気性が荒く野心が強い白虎家でもっ、神族であるぞっ、邪に手を染めてはならぬっ!」
盛虎は柊虎の疑心に怒り、机を拳で叩いて睨む。
「申し訳ありません、浅はかなことを考えてしまいましたっ」
柊虎は手に汗を握り頭を下げる。
「お前がそう思うのも理解はできるが、我々は傍系と違って己の強さに誇りをもっておるのだっ、二度と疑うでないぞっ お前のその強さは当たり前ではない、選ばれた誇りなのだっ、疑えば己の強さを否定することになるぞっ」
「承知しました」
「うむっ、わかれば良い、顔を上げぬか」
柊虎はゆっくり顔を上げた。
盛虎は確かに気性は荒く負けず嫌いな上、己の強さを見せつけるため、戦いを好む傾向がある。しかし、柊虎は大事なことを忘れていた。盛虎は真の曲がったことを嫌い、筋の通っていないことはしない。柊虎と磨虎が鍛錬に励まなければ、父正虎よりも怒鳴り、磨虎は盛虎に怒られるのを何よりも恐れていた。若い頃から決闘の申込みは断らず、昔から「白虎家の強さも気性の荒さも、全てが誇りなのだっ」が口癖だ。何かを企むぐらいなら、面と向かって自身で動くだろう。幼い頃は、この厳しさに嫌気が差したこともあるが、身内でも罪を明らかにすると決意した柊虎の意志は、間違いなく盛虎譲りだ。いつの間にか自分にも、白虎家としての誇りがあるのだと柊虎は気付かされた。
「黄羊様も九虎も、馬鹿なことを…」
盛虎が険しい顔で溜息を吐く。
「祖父上、集会には私も参加します」
盛虎は己の意志で足を踏み入れたのであれば、最後まで見届けるのが筋だと言う。
「うむっ、良い面構えをしておるっ! わしから正虎と磨虎には話しておくぞっ」
「はい、お願いします」
盛虎が片眉を上げ尋ねる。
「お前は蒼万の神力をどう見た?」
「青龍を出して戦ってはおりませんが、兄上と同等かそれ以上かと」
柊虎の眼差しはその凄さを物語っていた。
「蒼明の奴っ、わしに蒼万を預ければよいものを、腕輪なんぞに頼りおってっ」
当時、もしそうなっていたとしたら、兄磨虎と蒼万の間に自分が挟まれるのは目に見えている。賛同しかねる内容に、柊虎は軽く苦笑いした。
「蒼明は昔からそうじゃ、わしが吹っかけても戦おうとしないっ あやつの息子蒼凰もかなりの神力を持っておるが、蒼明に似ていつも微笑んでは正虎との決闘をはぐらかしよってっ ふっ、まあよい」
柊虎は盛虎のこの部分に関して、譲り受けてはいないと再認識した。盛虎の性分を知っているからこそ、蒼明は蒼万のことを隠したのではないかと一瞬思い、片方の口角を上げて怪しく笑う盛虎の思惑に、再び苦笑いするしかなかった。
「お前は急ぎ女宿へ戻るが良いっ、早馬を用意しておくぞっハハハハ」
「祖父上、ありがとうございます! 祖母上や母上も、集会には参加されるのですか?」
「いや皆が宮から居なくなっては、何か起きた時に困るであろう、虎白がいれば安心だ、それと九虎には虎白や貴虎と会わさぬ方が良い、九虎も取り憑かれた姿など、身内の女子に見られたくないであろう…」
柊虎は宗主としての配慮だと思い頷き、盛虎が用意してくれた早馬に乗り、急ぎ女宿へと戻った。
盛虎は意外にも女子への配慮は欠かさない。そこに神力も高く逞しい身体が伴えば、当然婚約を申込む女子は多かった。だからこそ、盛虎は女子の人気があることに自惚れてもいた。だがその中で、唯一申込みを取り下げたのが虎白だったのだ。
盛虎は何か失礼な振舞いをしたのかと思い、虎白に詫びの文を出すも、数ヶ月経っても返事が返ってこず、わざわざ虎白の殿へ自ら足を運んだ。虎白の両親は、急な盛虎の訪問に目を泳がせた。盛虎は何かあると勘づき問い詰めるが「盛虎様、婚約の申込みは既に取り下げております。盛虎様には他にも多くの申込みがあるとのこと、虎白のことなど気にせずお帰り下さい」中にさえ入れてもらえなかった。
「私ををここまで侮辱するのかっ!」憤りを露わにした盛虎は、虎白の両親を振り切り殿内へ入る。廊下を「ドンドンドンドン」足音を立て、各部屋の戸を激しく開けながら虎白を探す。「盛虎様っおやめ下さいっ!」「うるさいっ、虎白は何処だっ!」止める虎白の両親にも怒鳴り、奥の部屋の戸を勢いよく「パーン!」と開けた。だが「なっ…」そこには床に臥す者がいた。「も…盛虎…様… み…見ないで… 下さい…」足音と声で、盛虎が来ていると虎白は知っていた。だが、動けず徐々に近付いてくる盛虎に、虎白は涙を横に流すことしかできなかったのだ。弱々しく吐息のように話す虎白の姿に、盛虎は愕然とする。
別室で虎白の両親に訳を聞く。虎白は落馬して運悪く崖から落ち、大事には至らなかったが足の骨を折った。だが怪我が治っても、体に大きな傷痕が残ってしまった。この傷痕では何処にも嫁に行けないと、虎白自ら申込みを取り下げた。その内傷痕を見る度に精神を病み、食欲も落ち痩せこけ、とうとう倒れてしまったのだ。毎晩聞こえる泣き声に、虎白の両親も胸を痛めるがどうにもならなかった。
女子は本来馬には乗らない、盛虎は「何故虎白は馬に乗ったのだ?」虎白の両親に尋ねる。躊躇いながら「……自分が馬に乗ることができれば、盛虎様と共に、妖魔退治に付いて行けると…」虎白の両親は目に涙を浮かべた。盛虎は驚く、女子は着飾って楽しくお茶会をし、男子に愛されるだけが幸せではないのか。男子の様な勇ましさ、乙女の心を持つ虎白に、盛虎は完敗した。
盛虎は虎白の自室に行き、側に座り細い手を取る。「お前が床に臥していては共に馬に乗れぬぞっ、それに婚儀も初夜もできぬではないかっハハハハ」笑って虎白の手に口づけする。虎白は静かに大粒の涙を流し、虎白の両親は声を上げて泣いた。
虎白は盛虎の手厚い看病の下回復し、二人の婚儀は涙ながらに執り行われた。虎白は盛虎の予想を上回る勇ましさで、剣術、武術共に筋が良かった。ただし、馬に関してだけ「私はもう大丈夫ですよ、一人で乗れますわ」と虎白がどんなに言っても「駄目だ、私がお前と共に乗るのが好きなのだ」盛虎は決して一人では乗せなかった。二人は今でも、共に馬に乗って遠出をしているのだった。
「祖父上柊虎です、只今戻りました」
「入るがよい」
柊虎は中に入り会釈する。
盛虎は背筋を伸ばし腕を組み、どんっと足を広げ座っていた。
「掛けるがよい、磨虎は先に戻ったが、お前は随分遅かったでわないか」
「祖父上申し訳ありませんが、あまりお話している時間がありません。玄枝様から内密に、五神家の集会を開くと託けを預かっております」
「玄枝が?」
柊虎の話を聞き、盛虎は眉毛を震わせ驚愕する。
「九虎がっ、そのようなっ…」
柊虎は安堵して言う。
「祖父上、私はもしや、直系が後ろで絡んでいる可能性を見ておりましたが、その様子だとご存じではなかったのっ」
「何を申すかっ!」
ドンッ!
「いくら気性が荒く野心が強い白虎家でもっ、神族であるぞっ、邪に手を染めてはならぬっ!」
盛虎は柊虎の疑心に怒り、机を拳で叩いて睨む。
「申し訳ありません、浅はかなことを考えてしまいましたっ」
柊虎は手に汗を握り頭を下げる。
「お前がそう思うのも理解はできるが、我々は傍系と違って己の強さに誇りをもっておるのだっ、二度と疑うでないぞっ お前のその強さは当たり前ではない、選ばれた誇りなのだっ、疑えば己の強さを否定することになるぞっ」
「承知しました」
「うむっ、わかれば良い、顔を上げぬか」
柊虎はゆっくり顔を上げた。
盛虎は確かに気性は荒く負けず嫌いな上、己の強さを見せつけるため、戦いを好む傾向がある。しかし、柊虎は大事なことを忘れていた。盛虎は真の曲がったことを嫌い、筋の通っていないことはしない。柊虎と磨虎が鍛錬に励まなければ、父正虎よりも怒鳴り、磨虎は盛虎に怒られるのを何よりも恐れていた。若い頃から決闘の申込みは断らず、昔から「白虎家の強さも気性の荒さも、全てが誇りなのだっ」が口癖だ。何かを企むぐらいなら、面と向かって自身で動くだろう。幼い頃は、この厳しさに嫌気が差したこともあるが、身内でも罪を明らかにすると決意した柊虎の意志は、間違いなく盛虎譲りだ。いつの間にか自分にも、白虎家としての誇りがあるのだと柊虎は気付かされた。
「黄羊様も九虎も、馬鹿なことを…」
盛虎が険しい顔で溜息を吐く。
「祖父上、集会には私も参加します」
盛虎は己の意志で足を踏み入れたのであれば、最後まで見届けるのが筋だと言う。
「うむっ、良い面構えをしておるっ! わしから正虎と磨虎には話しておくぞっ」
「はい、お願いします」
盛虎が片眉を上げ尋ねる。
「お前は蒼万の神力をどう見た?」
「青龍を出して戦ってはおりませんが、兄上と同等かそれ以上かと」
柊虎の眼差しはその凄さを物語っていた。
「蒼明の奴っ、わしに蒼万を預ければよいものを、腕輪なんぞに頼りおってっ」
当時、もしそうなっていたとしたら、兄磨虎と蒼万の間に自分が挟まれるのは目に見えている。賛同しかねる内容に、柊虎は軽く苦笑いした。
「蒼明は昔からそうじゃ、わしが吹っかけても戦おうとしないっ あやつの息子蒼凰もかなりの神力を持っておるが、蒼明に似ていつも微笑んでは正虎との決闘をはぐらかしよってっ ふっ、まあよい」
柊虎は盛虎のこの部分に関して、譲り受けてはいないと再認識した。盛虎の性分を知っているからこそ、蒼明は蒼万のことを隠したのではないかと一瞬思い、片方の口角を上げて怪しく笑う盛虎の思惑に、再び苦笑いするしかなかった。
「お前は急ぎ女宿へ戻るが良いっ、早馬を用意しておくぞっハハハハ」
「祖父上、ありがとうございます! 祖母上や母上も、集会には参加されるのですか?」
「いや皆が宮から居なくなっては、何か起きた時に困るであろう、虎白がいれば安心だ、それと九虎には虎白や貴虎と会わさぬ方が良い、九虎も取り憑かれた姿など、身内の女子に見られたくないであろう…」
柊虎は宗主としての配慮だと思い頷き、盛虎が用意してくれた早馬に乗り、急ぎ女宿へと戻った。
盛虎は意外にも女子への配慮は欠かさない。そこに神力も高く逞しい身体が伴えば、当然婚約を申込む女子は多かった。だからこそ、盛虎は女子の人気があることに自惚れてもいた。だがその中で、唯一申込みを取り下げたのが虎白だったのだ。
盛虎は何か失礼な振舞いをしたのかと思い、虎白に詫びの文を出すも、数ヶ月経っても返事が返ってこず、わざわざ虎白の殿へ自ら足を運んだ。虎白の両親は、急な盛虎の訪問に目を泳がせた。盛虎は何かあると勘づき問い詰めるが「盛虎様、婚約の申込みは既に取り下げております。盛虎様には他にも多くの申込みがあるとのこと、虎白のことなど気にせずお帰り下さい」中にさえ入れてもらえなかった。
「私ををここまで侮辱するのかっ!」憤りを露わにした盛虎は、虎白の両親を振り切り殿内へ入る。廊下を「ドンドンドンドン」足音を立て、各部屋の戸を激しく開けながら虎白を探す。「盛虎様っおやめ下さいっ!」「うるさいっ、虎白は何処だっ!」止める虎白の両親にも怒鳴り、奥の部屋の戸を勢いよく「パーン!」と開けた。だが「なっ…」そこには床に臥す者がいた。「も…盛虎…様… み…見ないで… 下さい…」足音と声で、盛虎が来ていると虎白は知っていた。だが、動けず徐々に近付いてくる盛虎に、虎白は涙を横に流すことしかできなかったのだ。弱々しく吐息のように話す虎白の姿に、盛虎は愕然とする。
別室で虎白の両親に訳を聞く。虎白は落馬して運悪く崖から落ち、大事には至らなかったが足の骨を折った。だが怪我が治っても、体に大きな傷痕が残ってしまった。この傷痕では何処にも嫁に行けないと、虎白自ら申込みを取り下げた。その内傷痕を見る度に精神を病み、食欲も落ち痩せこけ、とうとう倒れてしまったのだ。毎晩聞こえる泣き声に、虎白の両親も胸を痛めるがどうにもならなかった。
女子は本来馬には乗らない、盛虎は「何故虎白は馬に乗ったのだ?」虎白の両親に尋ねる。躊躇いながら「……自分が馬に乗ることができれば、盛虎様と共に、妖魔退治に付いて行けると…」虎白の両親は目に涙を浮かべた。盛虎は驚く、女子は着飾って楽しくお茶会をし、男子に愛されるだけが幸せではないのか。男子の様な勇ましさ、乙女の心を持つ虎白に、盛虎は完敗した。
盛虎は虎白の自室に行き、側に座り細い手を取る。「お前が床に臥していては共に馬に乗れぬぞっ、それに婚儀も初夜もできぬではないかっハハハハ」笑って虎白の手に口づけする。虎白は静かに大粒の涙を流し、虎白の両親は声を上げて泣いた。
虎白は盛虎の手厚い看病の下回復し、二人の婚儀は涙ながらに執り行われた。虎白は盛虎の予想を上回る勇ましさで、剣術、武術共に筋が良かった。ただし、馬に関してだけ「私はもう大丈夫ですよ、一人で乗れますわ」と虎白がどんなに言っても「駄目だ、私がお前と共に乗るのが好きなのだ」盛虎は決して一人では乗せなかった。二人は今でも、共に馬に乗って遠出をしているのだった。
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