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第八章 莢迷

瞳に映る者

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 玄華と千玄が北宮へ行っている間に、先に西宮へ行っていた柊虎が女宿に戻り、その日に交代で東宮へ向かった蒼万は、翌日の夕方には戻ってきた。同日に玄華達も戻り、四人は志瑞也が意識を失って四日目の夜を迎えた。
 蒼万と柊虎は既に宗主に指示を伝え終え、解決する迄は同行すると玄華に伝える。玄華も今の志瑞也の状態を考えると、二人がいた方が良いと安堵した。玄武洞の惨事に観玄は直ぐに手配するも、洞内の浄化や山を整えるのに三日もかかった。甲斐は志瑞也の手荷物を咥え甲羅にり閉じ籠り、甲哉も玄華のいうことを聞かず、仕方なく二匹は玄武洞に置いてきたと玄華は説明した。
 蒼万と柊虎は外で見張りをしていた。
「お前顔色は戻っているようだが、体調は大丈夫なのか?」
「馬があって助かった、恩に着る」
 柊虎は頷くか、良くて「大丈夫だ」と返事が返って来ると思っていた。弱った姿を見せるなど、以前の蒼万からは考えられない。なりふり構っていられない程、追い詰められていたのだろう。そう言った蒼万の言葉は、柊虎への信頼が込められていた。
「構わないさ、だがお前が、私と志瑞也を二人にするとは思わなかった…」
「お前はもう手は出せない」
「そうか…」
 蒼万が頷き、柊虎は軽く笑う。
「蒼万様っ、柊虎様っ、いらして下さいっ!」
 宿屋の中から千玄が二人を呼んだ。
 二人は直ぐさま中に駆け込む。寝床では志瑞也が眉間に皺を寄せ、頭を横に振り、体をもぞもぞと動かしていた。側へ寄ろうとする蒼万の腕を、柊虎は掴んで「待て」目で訴える。側には玄華が座り、手を握り頬を優しくなでていた。蒼万はそれ見ながら拳を握りしめる。志瑞也の瞼が少しずつ開き、眩しそうに目を窄めた。
「ここは…」
 ゆっくり瞬きをしながら瞳を動かす。
「…母上?」
「黄怜っ… は…母ですよっ」
「母上?… 母上っ、ううっ…母上っ!」
 黄怜が両腕を玄華に伸ばして抱きつく。
「黄怜っ…ううっ… 黄怜っ会いたかったわ…」
「母上っ、私もです…ううっ…」
 蒼万が柊虎の手を振り払って部屋を出て行く。
「蒼万っ!」
 柊虎は蒼万を追いかけた。

「蒼万っ、待てっ」
「うるさいっ わかっているっ……」
 蒼万は誰よりも願ったはずだ。最初に自分の名を呼び、あの手が差し伸べられるのを。蒼万はうつむきながら拳を震わせている。一人残された男の背中は、とても悲しく泣いているように見えて、柊虎は何も言うことができなかった。
 その夜、蒼万と柊虎は宿屋の中には入らず、外で見張りをするも、会話をすることはなかった。

 玄華と黄怜は寝床に座り、玄華は血の謎を全て黄怜に話した。「こ…黄虎は今は…」泣きながら言葉を詰まらせる黄怜に、玄華は肩を抱き寄せ「大丈夫よ黄怜、黄虎もしっかり向き合っているわ」微笑む。
 黄怜は残された者の苦しみを知り、あの日、一瞬でも解放されたと思った自分を叩きたくなった。何か起こると分かっていて、誰にも言わなかったのは自分も同じだ。今更、妖魔が九虎と繋がっていたとは思わなかったと言っても、意味はない。確証の無いまま九虎を疑えば、身内で揉め事が起き、黄虎と引き離されると思った。多くを諦め、黄虎までなんて耐えられない。全ては自分の我儘が、結果的に黄虎を追い詰めてしまっていたのだ。
「祖父上や、曾祖父上は?」
「あなたが亡くなった二年後に義父上が亡くなり、その三年後に義祖父上も亡くなったわ」
「そう…だったのですね」
「志瑞也のことは何処まで?」
 黄怜は胸に手をあてる。
「志瑞也が強く感じた記憶を、共有しています」
「志瑞也が意識を失う前に、私を見て錯乱状態になったのは、分かる?」
 黄怜はうつむきながら言う。
「はい…玄一の死に、志瑞也はとても混乱していました。志瑞也の悲痛は、私にも伝わるほどでした…」
 黄怜は顔を上げ玄華を見て言う。
「はっ…母上はもう、お気付きかもしれませんが…」
「黄怜…(言わないで)」
 玄華が顔を横に振り、黄怜は頷き尋ねる。
「先程はあまり見えなかったのですが、ここには母上と千玄以外にも誰かいるのですか?」
「蒼万と柊虎よ」
「そっ蒼万…と柊虎が? 何故です?」
「あなたを守るためよ…」
 玄華から二人の話を聞いている内に、黄怜の中の志瑞也の記憶が繋がっていく。
「今回の事で、義母上は内密に集会を開くと五神家に通達を出したわ」
「祖母上が? いつですか?」
「三日後よ」
 黄怜は少し間を置いて言う。
「…では明日ここを発って、私達も集会に参加しましょう」
「…よいの?」
「はい、私は大丈夫です」
「……わかったわ、では明日に備えて今日はもう休みなさい」
「はい…」
 黄怜は寝床から立ち上った玄華の手を掴む。
「母上、一緒に…寝たいです」
 玄華は微笑んで頷き、二人は寝床に向かい合って横になる。

 玄華は黄怜の頭をなでながら言う。
「黄怜、霊魂の転生なら本来性別は同じはずよ(何故男子に?)」
「私が望んだのです」
「そうだったの…(何故?)」
「男子であれば… 父上と…母上に… 心配かけなかったと…」
 黄怜は声を震わせる。
「黄怜…他には?(本当にそれだけ?)」
「だ…男子であれば… 友と一緒に戦い…競い合えたと…」
「そう… 想い人は?(いたのでしょ?)」
「いっ…いました… 男子であれば友として彼に会いに行けて… 側にいれると…」
「きっと素敵な人なのね…(友でよいの?)」
 玄華の声も震えていた。
「で…でも…やっぱり… 女子として彼に想われたくて… 側にいたくて…ううっ…想いを伝えたくて…」
 涙を横に流す黄怜を、玄華がそっと抱き寄せる。
「辛かったわね…(幸せを奪ってしまって…ごめんなさい…)」
「いいえ…母上… それでも私は…ううっ…幸せでした… 父上と母上に愛されて… とても幸せでした…」
「あ…ありがとう…黄怜… いい子…本当にあなたは… あの人によく似ているわ…(黄一と同じ目をしているわ…)」
 黄怜は玄華にしがみつく。
「は…母上… ううっ…独りにしてしまって… ううっ…ご…ごめんなさい……」
「黄怜…」
 玄華は再び腕に抱く我が子の温もりに、二度と失わないよう強く抱きしめる。胸に顔を埋める黄怜の姿は、幼い頃と変わらず愛しい。二人の涙を止められる者は、もうこの世にはいない。玄華は黄怜の頬に、慈しみの口づけをする。母からの〝おまじない〟はとても優しく、黄怜は止まらない涙を流した。

 翌日、五人は中央宮に向かう支度をした。
 黄怜は蒼万と柊虎に話しかける。
「久し振りね、二人共色々とありがとう」
「黄怜…無理しなくてよいのだぞ(本当に、黄怜なのだな…)」
「大丈夫よ」
 そう言って、黄怜は気遣う柊虎に微笑むが、蒼万は黙ったままだ。
「蒼万、あの日、黄虎と私を助けてくれてありがとう」
「…(志瑞也)」
 蒼万が眉間に皺を寄せる。
「おいっ蒼万っ(…ったく)」
 黄怜は微笑みながら言う。
「柊虎いいのよ。蒼万、一つ聞いていいかしら?」
「何だ…(何だ)」
「あの日、何故直ぐ来れたの?」
「私が見つけた妖魔が急に走り出した(追いかけたまでだ)」
「そうだったのね」
 黄怜は微笑む。
「…(しゃ、喋り方が…)」
「…(志瑞也はそんな話し方はしない)」
「どうしたの? 二人共変な顔してるわよアハハ」
「いっいや、なんかその喋り方が慣れなくて…なっ? 蒼万(お前もだろ?)」
「私は向こう行ってる(勝手にしろ)」
 蒼万は立ち去る。
「黄怜、蒼万のことは気にするな(あいつ…)」
「柊虎は今も変わらないのね」
「そっ…そうか?ハハハ(喋り方に慣れなければ…)」
 柊虎は顔を引き攣らせた。
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