天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第七章 百日草

注意を怠るな

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 身体の成長と共に黄怜が十三になると、お化粧や髪の結い方、女子の衣の着付けの仕方の代わりに、玄華がさらしの巻き方を涙ぐみながら教えた。とてもゆっくり丁寧に。玄華は「黄虎と一緒に寝るのはそろそろやめたら? さらしは夜はきつくなるわ」と眉をひそめて言う。黄怜にとって黄虎は唯一の安らぎだ。黄怜は淡く微笑んで「そうですね…」とだけ言った。

 十四になり玄枝から「お前を狙っているのは怨霊かもしれません」初めて黄怜は聞かされた。玄枝は玄武家の者しか知らない事を黄怜に教え、自身での危機管理を高めさせたのだ。「怨霊の可能性に気付いてから存在を探しましたが、未だ見つかりません… お前が成長する前に解決したかったのですが…」玄枝は涙ぐんでいた。

 蒼万、柊虎、磨虎の成人の儀式では、多くの神家の女子達が、婚約をその日に申込んだと聞いた。昨年成人した朱翔もそうだった。祝いたい気持ちと、自分と差がつく友の姿を見るのが辛く、黄怜は今年も参列には行かなかった。黄虎は虎春に久々に会えると喜んで参列に行き、午後に戻り「皆凄くかっこ良かったよ! 柊虎が『黄怜は来ないのか?』て言っていたよ」と聞かされる。黄怜は走って黄龍殿に行ったが、既に妖魔退治に向かい誰もいなかった。地面には、見送りに撒かれたと思われる、色とりどりの花弁だけが落ちていた。黄怜はその花弁を一枚だけ拾い「ごめんなさい…」一粒の涙を流した。

 黄怜は黄虎が十五になるのを待ち、一緒に酒を呑もうと黄怜殿の庭園で晩酌をした。金露酒じんるしゅは亀酒ほど強くなく、さっぱりとして後味に少し辛みがあり、それを美味いと感じることに二人共嬉しくなる。黄虎が酒を一口呑んで「黄怜はどんな女が好みなのだ?」尋ねる。黄怜は思わず「低い声の人かなアハハハ」言ってしまうも気にせず笑う。「ブーッ!」黄虎は酒を吹き出し「黄怜っそれってっ、どんな女だよっ?ハハハハ」大笑いする。「黄虎は十九になったら、虎春と婚約するんだろ?」黄怜は悪戯ににんまり微笑む。「まっまだ早いよ!」黄虎は慌てふためく。「アハハ黄虎顔が赤いぞ! 想い合っているならいいじゃないかっ」言いながら、黄虎の頬を小突くと「酒で赤くなっているだけだっ」耳まで赤くしていた。
 夜通し揶揄い合い楽しかったのはその日だけで、翌日には地獄の二日酔いに二人は見舞われた。青褪めた顔で寝込む二人を見て、玄華と美虎は白目を剥いて呆れ果てた。しかし黄理は「お前達は、私と兄上と同じことをするのだなハハハハ」と笑う。その様子に二人も笑おうとすると、頭痛でそれどころではなかった。

 黄怜十七の時、成人の儀の妖魔退治に参加しない代わりに、黄理に連れられ黄虎と三人で村へ下りた。「民との触れ合いを大切にしなさい」黄理は言った。その眼差しは黄一に似ていて、同じ二重に黄怜は目頭が熱くなる。「はい、叔父上」黄理は微笑んで黄怜の頭をなでた。帰り道で妖魔に遭遇し、直ぐに黄理が辰哉を出し退治した。その時の妖魔は毒々しさはあっても、邪気を放つだけだけで凶暴性は見られなかった。操られていない妖魔なのか、それとも自分の血を嗅げば豹変するのか、常に油断はできないのだと黄怜は感じた。


 黄怜は成人の儀を明日に控え、朝から玄龍殿、白龍殿、金龍殿に行き、母と祖父母と曾祖父に挨拶を済ませ、夜は一人庭園を散策していた。儀式を終えた成人男子は、妖魔退治へ行くしきたりとなっている。他にも神族本家の男子であれば、十七になる者と未婚の者が自由に参加できる。昨年黄怜は参加せずに済んだが、明日はそうはいかない。他神家が納得する理由でない限り、一人だけしきたりを破るわけにはいかないのだ。どうにもならない現状に、玄華と玄枝と黄星は不安を抱えていた。特に黄星は、息子黄一が亡くなって以来体調を崩し始め、明日の事が心労に繋がってしまっていた。
 明日は葵と共に、蒼万もきっと参列に来るだろう。どんな男子に成長しているのか、もう婚約してしまったのか、蒼万への想いに気付いてから六年、恋とは会えずとも、想いは膨らむものだと黄怜は知った。男子であれば気軽に友として会いに行き、家族に不安な思いもさせず、愛し合う両親が離れて暮らす事もなかった。進展のない問題とは裏腹に、心と身体の問題は大きく成長している。
 明日への気持ちが複雑過ぎて、黄怜は天を見上げた。いつの間にか夜も更け、上弦の月が首を傾げて笑っていた。「はぁ…」黄怜は溜息を吐き、自室に戻り明日に備えて早めに寝床に入る。しかし考え過ぎたせいか、頭痛がしてなかなか寝付けないでいた。

 カタカタッ…

 外から物音がした。
(今の音は何…?)

「黄怜…きっ黄怜…」

(黄虎?)
 寝床から起き上がり戸を開ける。
「黄虎? こんな遅くにどうしたんだ?」
「黄怜っ居て良かったっ、良かった…」
 黄怜は黄虎の顔を両手で掴む。
「黄虎っこんなに震えて、どうしたんだ?」
「黄怜、黄怜っ…」
「わっ、黄虎?」
 黄虎が抱きつく。
「黄怜っ、わっ私は怖いのだっ… 明日がっ…こっ怖いっ…」
 昨年、妖魔に遭遇した際、黄虎は驚き固まっていた。その時の出来事を思い出してしまったのだろう。黄怜はそっと抱き返して黄虎の頭をなでる。
「大丈夫だよ黄虎」
「……」
「黄虎は十七だから、無理して参加しなくてもいいんだぞ」
「駄目だっ!」
「黄…虎…?」
「いい行くっ、一緒にっ… 絶対一緒に…」
「…わかった、明日は私と一緒に行こう」
「うん…黄怜…」
 それでも、背中に回された手は強くしがみついたままだ。
 黄怜は微笑みながら言う。
「怖いなら私と一緒に寝よう」
「うん…」
「おいで黄虎」
 黄虎はやっと手を緩め、黄怜と寝床に入り、向かい合わせで横になる。黄怜は黄虎の頭をなでながら、怯える理由が気になった。少しでも安心できる言葉をかけれるならと、黄虎の心を通じてみた。


「…(黄怜を殺すって何だ…)」


(え?…)
 黄怜は耳を疑った。


「…(祖母上や母上は何を話してたのだ、祖母上は明日黄怜に何をするつもりなのだ… 嫌だっ…嫌だっ… 黄怜は私が守るっ…でもどうやって… 何が起こるか分からないのに… どうやって…どうやって…)」

 黄虎からは同じ内容が繰り返され、黄怜の心臓は大きく鳴り響く。もし、明日この身が尽きるのが定めなら、母玄華が既に気付いている。今頃定めに逆らおうと、もがいているだろう。何か起こるのであれば、それは企てしかない。以前から、自分に対する九虎の眼差しが異様なことは気付いていた。父黄一が亡くなった翌年にニ度通じてみたが、とても恐ろしく憎しみが込められていた。それでも黄虎や黄理に対しては心優しく愛があり、やはり他人の心は複雑で、理解し難いこともあると感じて終わっていた。
 だが今、九虎にここまで嫌われていたのか、殺したいほど憎まれていたのか、考えずにはいられない。黄虎は何を聞いてしまったのか、余程怖い思いをしたのだろう。間に挟まれている黄虎のことが気になり、黄怜は背中に手を回した。
 黄虎がびくっと体を震わせる。
「おいで黄虎、私は大丈夫だ」
 黄怜は黄虎を引き寄せ、頬におまじないする。黄虎は黄怜の胸に抱きついて、二人はようやく眠りについた。

 朝になっても黄虎の様子は落ち着きがなく、黄怜は妖魔退治が終わるまで、黄虎に他心通を使うことにしたのだった。
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