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第六章 寒芍薬
いたわり
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一先ず志瑞也を落ち着かせた後、四人は手拭いで顔や首、手などの汚れを拭き取り石台に腰掛けた。玄一は三人に、妖魔が何故玄武家の結界を通れたのか、勾玉が効かなかった理由、全てが玄枝の血を引く者への怨み、そして、怨霊の正体が玄枝の嫡女、睦黄である事を話した。長年九虎に取り憑き姿を隠しながら力を増幅させ、今や勾玉を着けていても妖魔は存在に引き寄せられ、外すと見つかってしまう事実に三人は言葉を失った。
柊虎が険しい顔で言う。
「ならば今直ぐここを出て、神獣を出せる所に移った方が良いのではないか?」
「先程から四半刻は過ぎております。これだけ経っても現れないのであれば、今回餌で妖魔化された妖魔は、もういないかと思われます。ここに向かう途中、妖魔により山の崩落で順路が断たれました。玄華様達もそろそろお着きになるかと思われるので、行き違いになるよりは、一緒に宿屋に戻られた方が宜しいかと、それにここは霊力が込められております。お二人の消耗された霊力の回復もできるかと」
玄一は微笑んで頷き、蒼万と柊虎は拳を握り、霊力の消耗具合を確認して頷く。
蒼万が尋ねる。
「あの神獣は?」
「彼等は元は玄枝様の神獣甲斐と、玄華様の神獣甲弥です」
「元は?」
「既にお二人から切り離されております」
柊虎が驚いて言う。
「神獣を切り離す? そんなことができるのかっ?」
「玄枝様も試みたことはありませんでしたが、神獣をここ玄武洞の岩で創られた石に封印し、向こうの世界へ運んだ際に切り離されました。彼等には黄怜様の霊魂をお守りするよう、使命を下しておりました」
「もしかしてっ、小物袋れに入れた石っ? でもあれはっ、モモ爺達に貰ったものだっ」
玄一は微笑みながら言う。
「切り離した事で彼等は力が弱まり、向こうの世界の石に暫く閉じ込めましたが、目覚めた時には石の妖怪になっていたのです」
「えっ? じゃあずっとモモ爺達はっ、本当は妖怪じゃなかったってことか? あいつら教えてくれなかったよっ…」
「彼等もここでの記憶はありません。神獣としての力もどうなったのか不明でしたが、霊力が溢れているここに来た事で、目覚めたのだと思われます」
四人が二匹を見ると、腹が一杯になったのか甲羅に入り鼾をかいていた。
「志瑞也様、大城を覚えておりますか?」
「大城さん? まさかっ大城さんまでっ?」
「えぇ大城はもう一人の侍女、玄七の変身術の姿です」
「そんな…」
志瑞也は自分の身に起きているあまり内容に、何処までが本当の自分の世界なのか分からなくなる。全てが黄怜のために用意され、自分のものは何一つ無いように思え存在が霞みだす。そして目の前にいる者は、顔も話す声も懐かしい祖母のままなのに、何かが違う。大好きだった一枝の存在までもが、偽りの世界に感じた。
「すっすみませんっ…俺っ、少し考えてきます…」
言いながら、引き攣る顔を悟られないよう、うつむいて席を立ち洞口へと早歩きで向かった。志瑞也が外に出たのを確認し、蒼万は眉を寄せ玄一に尋ねる。
「お前が守っているのは誰だ?」
「それは…」
玄一は言葉を詰まらせた。
「私は志瑞也を守っている、志瑞也はもう私のものだ」
蒼万は席を立ち志瑞也の後を追う。
「柊虎様、蒼万様は…」
「あの二人は想い合っている」
「…えっ? まっまさかっ、向こうであの子はっ、男子に想いを寄せたことなどありませんっ」
柊虎は玄一の〝あの子〟の言葉に、志瑞也をどう思っているのか理解した。
「玄一、志瑞也を思う気持ちに変わりがないのであれば、今まで通り祖母として接する方が、お互い苦しまずに済むのではないか?」
「……」
玄一はうつむき黙る。
志瑞也は一人洞の外で立ち尽くしていた。
「独りで泣くな」
背後から蒼万が抱きしめる。
「俺…本当… 何なのかな… 俺の生きてきた周りは… 全てが黄怜のものだ…ううっ… 黄怜が羨ましいよ、ううっ…」
蒼万はぎゅっと強く抱きしめる。
「お前の父や母はお前のものだ」
「皆…ばぁちゃんも… ぐすっ… 俺が黄怜だから…」
「私だけはお前のものだ」
志瑞也を振り向かせ、顔を両手で掴んで見つめる。
「私は志瑞也のものだ」
「ううっ、蒼万… ん…」
蒼万が志瑞也に口づけする。志瑞也は存在を確かめるように、蒼万の背中に手を回した。
「蒼万…」
「よいな」
蒼万が志瑞也の涙を優しく拭う。
「ううっ…うん… ありがとう…」
暫くして洞内に戻ろうとすると、玄一が気まずそうに話しかけてきた。
「蒼万様、志瑞也…とお話しても宜しいでしょうか?」
蒼万が志瑞也を見る。
「俺は、大丈夫…」
蒼万は頷き立ち去る。
志瑞也は目を逸らしながら言う。
「ばっ…玄一さん話って何ですか?」
他人の様な接し方に、玄一は胸が苦しくなる。
「しっ、志瑞也…会いたかった… 何も言えなくて、ごめんね…」
いつものように呼ばれ、玄一の顔を見ると涙で溢れていた。
志瑞也は玄一に思いを吐きだす。
「ばっばぁちゃんっ、ばぁちゃんは…おっ俺の中に黄怜の霊魂があるからっ、だから…だからっ側にいるだけなんだろっ? 全部…全部っ嘘だったのかっ? ううっ…」
玄一が志瑞也の頬に手を添える。
「初めはね…でもお前は黄怜様とは違う… 志瑞也との生活が、いつか終わるかもしれないと思うと、どんなに辛かったか… 私が可愛くて大切に育ててきたのは…志瑞也だよ… お前に『ばぁちゃん』て呼ばれると…幸せで… い…いつか、いつか話さなければと…うううっ…」
変わらない眼差しに志瑞也は抱きつく。
「ばぁちゃんっ… うううっ…俺…ずっと会いたかったっ、淋しくて…毎日毎日っ、ばぁちゃん…うううっ…」
「相変わらず… お前は泣き虫だねぇ…」
玄一は声を震わせながら、志瑞也を抱きしめ頭をなでる。
蒼万は隠れて聞いていたが、安堵して洞内に戻った。
二人は外で地べたに座り、志瑞也はここに来てからの出来事を玄一に笑いながら話した。玄一の最後の志瑞也の記憶は、向こうの世界での後姿だ。志瑞也の笑顔を見ながら、またこうして話ができることに幸せを感じていた。「ばぁちゃん、俺が大城さんとくっ付けようとしたの、驚いた?」にやけながら聞くと「そりゃあもちろんだよ、この子は何言っているんだろうって思ったよ」二人は笑い合う。久々にとても和やかな時が流れ、そろそろ戻ろうと立ち上がり、歩きながらも話した。
「志瑞也はいつから男が好きなのかい?」
「えっ、なっ何で?」
「蒼万様と想い合っているんだって?」
志瑞也は目を泳がせる。
「ばっばぁちゃんっ、何で知っているんだよっ」
「付き合っているのかい?」
「そっそんなっ、なっ何言ってっ」
志瑞也の慌てふためく様子に、玄一は悪戯に両眉を上げて言う。
「お前の好みは確か、可愛い女の子じゃなかったかい?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わず、久々の揶揄いにあたふたしながらも、玄一のその話し方が嬉しかった。
「目がぱっちりの二重で、ふんわりとっ」
「ばっばぁちゃんっ、しっ…! 蒼万に聞こえるっ、もぉまた俺で遊んでっ! ほらっ、早く中に入って入ってアハハハ」
二人の笑い声が聞こえ、蒼万と柊虎は洞口に振り向く。
向こうにいた時と何も変わらない、玄一は大好きな祖母一枝のままだった。志瑞也は照れながら洞内に入ろうと、玄一の懐かしい背中に手あてる。それは、とても幸せで温かい触れ合い。玄一もその手に懐かしく、微笑みながら後に振り返る。
「志瑞也ーっ!」
その時、洞内から柊虎と蒼万の声がした。
柊虎が険しい顔で言う。
「ならば今直ぐここを出て、神獣を出せる所に移った方が良いのではないか?」
「先程から四半刻は過ぎております。これだけ経っても現れないのであれば、今回餌で妖魔化された妖魔は、もういないかと思われます。ここに向かう途中、妖魔により山の崩落で順路が断たれました。玄華様達もそろそろお着きになるかと思われるので、行き違いになるよりは、一緒に宿屋に戻られた方が宜しいかと、それにここは霊力が込められております。お二人の消耗された霊力の回復もできるかと」
玄一は微笑んで頷き、蒼万と柊虎は拳を握り、霊力の消耗具合を確認して頷く。
蒼万が尋ねる。
「あの神獣は?」
「彼等は元は玄枝様の神獣甲斐と、玄華様の神獣甲弥です」
「元は?」
「既にお二人から切り離されております」
柊虎が驚いて言う。
「神獣を切り離す? そんなことができるのかっ?」
「玄枝様も試みたことはありませんでしたが、神獣をここ玄武洞の岩で創られた石に封印し、向こうの世界へ運んだ際に切り離されました。彼等には黄怜様の霊魂をお守りするよう、使命を下しておりました」
「もしかしてっ、小物袋れに入れた石っ? でもあれはっ、モモ爺達に貰ったものだっ」
玄一は微笑みながら言う。
「切り離した事で彼等は力が弱まり、向こうの世界の石に暫く閉じ込めましたが、目覚めた時には石の妖怪になっていたのです」
「えっ? じゃあずっとモモ爺達はっ、本当は妖怪じゃなかったってことか? あいつら教えてくれなかったよっ…」
「彼等もここでの記憶はありません。神獣としての力もどうなったのか不明でしたが、霊力が溢れているここに来た事で、目覚めたのだと思われます」
四人が二匹を見ると、腹が一杯になったのか甲羅に入り鼾をかいていた。
「志瑞也様、大城を覚えておりますか?」
「大城さん? まさかっ大城さんまでっ?」
「えぇ大城はもう一人の侍女、玄七の変身術の姿です」
「そんな…」
志瑞也は自分の身に起きているあまり内容に、何処までが本当の自分の世界なのか分からなくなる。全てが黄怜のために用意され、自分のものは何一つ無いように思え存在が霞みだす。そして目の前にいる者は、顔も話す声も懐かしい祖母のままなのに、何かが違う。大好きだった一枝の存在までもが、偽りの世界に感じた。
「すっすみませんっ…俺っ、少し考えてきます…」
言いながら、引き攣る顔を悟られないよう、うつむいて席を立ち洞口へと早歩きで向かった。志瑞也が外に出たのを確認し、蒼万は眉を寄せ玄一に尋ねる。
「お前が守っているのは誰だ?」
「それは…」
玄一は言葉を詰まらせた。
「私は志瑞也を守っている、志瑞也はもう私のものだ」
蒼万は席を立ち志瑞也の後を追う。
「柊虎様、蒼万様は…」
「あの二人は想い合っている」
「…えっ? まっまさかっ、向こうであの子はっ、男子に想いを寄せたことなどありませんっ」
柊虎は玄一の〝あの子〟の言葉に、志瑞也をどう思っているのか理解した。
「玄一、志瑞也を思う気持ちに変わりがないのであれば、今まで通り祖母として接する方が、お互い苦しまずに済むのではないか?」
「……」
玄一はうつむき黙る。
志瑞也は一人洞の外で立ち尽くしていた。
「独りで泣くな」
背後から蒼万が抱きしめる。
「俺…本当… 何なのかな… 俺の生きてきた周りは… 全てが黄怜のものだ…ううっ… 黄怜が羨ましいよ、ううっ…」
蒼万はぎゅっと強く抱きしめる。
「お前の父や母はお前のものだ」
「皆…ばぁちゃんも… ぐすっ… 俺が黄怜だから…」
「私だけはお前のものだ」
志瑞也を振り向かせ、顔を両手で掴んで見つめる。
「私は志瑞也のものだ」
「ううっ、蒼万… ん…」
蒼万が志瑞也に口づけする。志瑞也は存在を確かめるように、蒼万の背中に手を回した。
「蒼万…」
「よいな」
蒼万が志瑞也の涙を優しく拭う。
「ううっ…うん… ありがとう…」
暫くして洞内に戻ろうとすると、玄一が気まずそうに話しかけてきた。
「蒼万様、志瑞也…とお話しても宜しいでしょうか?」
蒼万が志瑞也を見る。
「俺は、大丈夫…」
蒼万は頷き立ち去る。
志瑞也は目を逸らしながら言う。
「ばっ…玄一さん話って何ですか?」
他人の様な接し方に、玄一は胸が苦しくなる。
「しっ、志瑞也…会いたかった… 何も言えなくて、ごめんね…」
いつものように呼ばれ、玄一の顔を見ると涙で溢れていた。
志瑞也は玄一に思いを吐きだす。
「ばっばぁちゃんっ、ばぁちゃんは…おっ俺の中に黄怜の霊魂があるからっ、だから…だからっ側にいるだけなんだろっ? 全部…全部っ嘘だったのかっ? ううっ…」
玄一が志瑞也の頬に手を添える。
「初めはね…でもお前は黄怜様とは違う… 志瑞也との生活が、いつか終わるかもしれないと思うと、どんなに辛かったか… 私が可愛くて大切に育ててきたのは…志瑞也だよ… お前に『ばぁちゃん』て呼ばれると…幸せで… い…いつか、いつか話さなければと…うううっ…」
変わらない眼差しに志瑞也は抱きつく。
「ばぁちゃんっ… うううっ…俺…ずっと会いたかったっ、淋しくて…毎日毎日っ、ばぁちゃん…うううっ…」
「相変わらず… お前は泣き虫だねぇ…」
玄一は声を震わせながら、志瑞也を抱きしめ頭をなでる。
蒼万は隠れて聞いていたが、安堵して洞内に戻った。
二人は外で地べたに座り、志瑞也はここに来てからの出来事を玄一に笑いながら話した。玄一の最後の志瑞也の記憶は、向こうの世界での後姿だ。志瑞也の笑顔を見ながら、またこうして話ができることに幸せを感じていた。「ばぁちゃん、俺が大城さんとくっ付けようとしたの、驚いた?」にやけながら聞くと「そりゃあもちろんだよ、この子は何言っているんだろうって思ったよ」二人は笑い合う。久々にとても和やかな時が流れ、そろそろ戻ろうと立ち上がり、歩きながらも話した。
「志瑞也はいつから男が好きなのかい?」
「えっ、なっ何で?」
「蒼万様と想い合っているんだって?」
志瑞也は目を泳がせる。
「ばっばぁちゃんっ、何で知っているんだよっ」
「付き合っているのかい?」
「そっそんなっ、なっ何言ってっ」
志瑞也の慌てふためく様子に、玄一は悪戯に両眉を上げて言う。
「お前の好みは確か、可愛い女の子じゃなかったかい?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わず、久々の揶揄いにあたふたしながらも、玄一のその話し方が嬉しかった。
「目がぱっちりの二重で、ふんわりとっ」
「ばっばぁちゃんっ、しっ…! 蒼万に聞こえるっ、もぉまた俺で遊んでっ! ほらっ、早く中に入って入ってアハハハ」
二人の笑い声が聞こえ、蒼万と柊虎は洞口に振り向く。
向こうにいた時と何も変わらない、玄一は大好きな祖母一枝のままだった。志瑞也は照れながら洞内に入ろうと、玄一の懐かしい背中に手あてる。それは、とても幸せで温かい触れ合い。玄一もその手に懐かしく、微笑みながら後に振り返る。
「志瑞也ーっ!」
その時、洞内から柊虎と蒼万の声がした。
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