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第六章 寒芍薬

為す術がない想い

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 蒼万は客室の戸を蹴り開け中に入り、酔い潰れた志瑞也を寝床に寝かせた。戸を閉めてから机に置かれた湯呑みを取り、水差しから水を入れ一気に飲み干す。〝優しくて、温かくて、力強くて、いい匂い〟その言葉が頭から離れない。

「俺も水… 飲みたい…」

 背後から生温かい感触が伝わる。いつの間に起きたのか、蒼万は体ごと振り返り、酔いを確かめようと顔を覗く。志瑞也はにこにこと微笑み、ぐらっと顔を近付けてきた。蒼万はさっと躱し、湯呑みに水を入れ、ふらふらと揺れる体を支えて渡す。
「両手で持て、落とすぞ」
「うん… アハハ、うおっと…」
 湯呑みをするっと落としかけ蒼万がぱしっと掴む。
「二度言わせるなっ」
「うん… ありがと…」
 志瑞也は無邪気に笑って手元をふらつかせ、水でぼたぼたと衿元を濡らし「ん?」空の湯呑みを不思議そうに覗く。
 その様子に蒼万は眉を寄せる。
「足りない… もっとぉ…」
 たどたどしく言う唇に目が行き、ごくりと生唾を飲み込む。頭で「水を飲ませるだけだ、何を動揺しているのだ」蒼万は一度瞼を閉じ、再度湯呑みに水を入れる。また零されては同じ事を繰り返すと思い、今度は湯呑みを持って飲ませることにした。
「あッ… 痛いじゃないかぁ…」
 間隔が分からないのか、湯呑みの縁に歯をぶつけ唇を押さえた。自から突っ込んでおいて、理不尽にも蒼万は睨まれてしまう。
「…ゆっくり飲っ」
「わぁかってるよっ… 二度は言わないんだろ…アハハ」
 蒼万は一度目を言う前に唇を摘まれ、顔を横に振って指を払い、早く終わらせようと飲ませる。
「ぷはぁ… ありがと…」
 志瑞也はもういらないと、湯呑みを手で押し返す。飲めて満足した様子に「向こうで寝ろ」促すと「わかった…」寝床へよたよたと向かった。蒼万は鼻息をつき、湯呑みに残った水を飲もうと口に含んだ。しかし、ぐいっと衿元を引っ張られ、無邪気な酔っぱらいが顔を掴み、口内の水を吸いだしたのだ。蒼万は湯呑みを落としそうになりながらも、ゆっくり「コトン」と机に置く。
 志瑞也が蒼万の唇をぺろっと舐めて言う。
「アハハ、甘い… もっとぉ頂戴!」
 蒼万は志瑞也の濡れた唇を指で拭う。
「…もっと、欲しいか?」
「うん!」
 志瑞也は楽しそうに微笑む。
 蒼万は直接水差しから口に含み、志瑞也の顔を掴み口移しで水を飲ませた。「んっ…ちゅちゅ…」志瑞也の手は甘い水を求め、蒼万の胸や脇腹に指を立てて掴む。蒼万の心臓は激しく波打ち、抑えていた欲情が一気に溢れだし、目を血走らせ志瑞也を寝床に押し倒した。「うわっ」すかさず帯びを剥し衿元を引き裂く。酒で酔った身体は熱を放ち、呼吸に合わせ胸の突起も上下していた。まるで食べてくれと誘っているようだ。
「…何するんだぁこらっ、乱暴だぞっ」 
 蒼万は思わず唇を舐める。
「ん? お腹空いているのか? アハハ、キャラメルあげるよ、おいで…」
 神獣と勘違いしてるのか、志瑞也は笑顔で両手を広げる。酔っ払いの言葉を間に受ける必要はない。だが、蒼万にその手を拒む理由もない。吸い寄せられるように、志瑞也に抱きつき首筋に顔を沈めた。
「アハハ、あっ…舐めるなよ、ふっ…甘えてるのか? いい子だな…」
 志瑞也は笑いながら蒼万の長い髪をなでる。蒼万は志瑞也の髪紐を解き、首筋に口づけや甘噛みを繰り返した。初めはくすぐったがっていた志瑞也だが、唇が鎖骨や胸元へ辿ると首を反らす。
「んっ…はっ、そこは舐めるなよっ…はっ、あっ…」
 蒼万は胸の突起を含み舌で転がす。
「あっ、ちがっ…あっ、それっ…キャラメルじゃなっ、あっ…」
 突起を吸って甘噛みすると、志瑞也は蒼万の肩を掴みながら身体を捩らせた。
「あっ、はっ、たっ食べるなっ…」
 志瑞也が上半身を起こし、蒼万の顔を両手で掴み口づけしてきた。酔って誰にしているのか、向こうの世界に置いてきた者か、またはここで出会った者か。「私はその者の代わりなのか」蒼万は悲痛に顔を歪める。蒼万の心に無数の針が突き刺し、理性との調和が崩れた。
「…これが…好きか…?」
「好きぃ…ちゅっ、甘いだろ…ちゅっ…」
「…では、これは…?」
 志瑞也のうなじを掴み引き寄せ、舌を深く絡ませた。
「んんんっ…んっ、ちゅくちゅく… んっちゅっ…はぁ」
 唇を離し言う。
「…甘いか?」
「はぁ…はぁ… うっうん…甘い… もっもっとキスして…」
「…志瑞也っ」
 とろけた唇から漏れる要求に蒼万は抗えず、荒々しく唇に吸いつき再び押し倒した。志瑞也は蒼万の首にしがみつき、腰をくねらせ足をもぞもぞさせる。
 蒼万は志瑞也の股の間に片手を伸ばした。
「あっ、なっ何するんだ、そこは、はっ…んっ、あっ…」
 身体を震わせながら蒼万の手を掴むが、瞳は潤み唇は赤く腫れ、はだけた胸は荒い呼吸を刻んでいた。既に硬くなった志瑞也の性器を、蒼万は焦らすようになでる。
「はあっ、あっ、やめろっ…あっ、んっ…」
 蒼万は手の動きを止めて言う。
「…どうしてほしい?」
 志瑞也が蒼万の手に性器を押し付け腰を動かした。
「んっ、あっ、きっ気持ちいぃ、あっ…んっ あ…っ…」
 手に擦り付けられる感覚は何とも艶めかしく、蒼万は耐え切れず力を使ってしまう。

「…言えっ!」

「あっ…さっ触ってっ、もっと…いっぱい触って…」
 蒼万は志瑞也の衣を全て剥ぎ取り、反り勃った物を長い指で包んだ。
「はあ…っ」
 志瑞也は仰け反り嬌声を上げ、上下に擦る蒼万の手の刺激に合わせ腰を動かす。
「あ…っ、んっ、気持ちいい…あっ、いいっ…んっ… もっとして…」
 甘く求める艶やかな裸体に、自分だけのものにしたい、他の者になど触れさせない、誰かのものになるなど許さない、蒼万は欲に塗れ狂い酔う。
「…いたっ」
 思わず力が入り、蒼万は我に返り手を緩める。自制の効かない感情に対し、戸惑い眉をひそめた。その時、蒼万の頬にそっと志瑞也の両手が触れる。
「ふっ、そんな顔するなよ…可愛いなぁそっあうっ、まっ待って、あっ…」
 蒼万は荒々しく手を動かす。
「はっ、だっ駄目っ、あっ…気持ちいいっ、んっ…まっ待ってっ、あっ…いっいきそうっ」
 つま先を伸ばし足を強張らせ、志瑞也は甘い顔で熱く見つめてくる。
「お前は誰を想っているっ」
「あ…っ、キっキスして…あっ、いいっ、もっもう、いくっ、いく…あっ、出るっ………」
 びくん、びくん…腰をうねらせ、蒼万の手の中に温かな白濁を吐き出した。それでも離れたくない、終わらせたくないかのように、蒼万の唇に吸いつく。脱力していく志瑞也を、蒼万は離れないよう強く抱きしめる。唇の動きが止まり、蒼万の首から志瑞也の手が抜け落ちた。
 蒼万は志瑞也の頭を支え、そっと寝床に置き前髪を上げ額に口づけする。寝床から起き上がり手拭いを取り、手に付いたまだ温かい白濁を拭き取る。別の手拭いに水差しから水を染み込ませ、志瑞也の顔や首周りを拭き取り、体を丁寧に拭いて寝衣に着替えさせた。
 静かに眠る志瑞也の横に座り、赤く腫れた唇にそっと口づけする。
「志瑞也…」
 その声は、微かに震えていた。
 柊虎に言われた言葉が頭をよぎる。だが蒼万には、もうこの想いを止める術が分からなかった。
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