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第六章 寒芍薬

夫婦の企て

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 志瑞也と蒼万は玄弥に案内され、宗主観玄と朱音しゅおんに会い銀武殿ぎんぶでんに来ていた。刺繍入りの白の抹額に半衿が赤、白の衣を纏った天女の様な女子が、赤い扇子を口元にあてはんなりとした口調で言う。
「久し振りね蒼万、朱子ときこは変わりない?」
「はい、お変わりありません」
 玄弥と同じ装束を着けた、顎髭の長い優しそうなお爺さんが言う。
蒼明そうめいは変わりないか?」
「はい、お変わりありません」
「今日はどうしたのじゃ? わしに話があると玄弥が申しておったが」
「はい、今この者と旅をしております。近日中女宿にて他の者達と落ち合いますが、先程妖魔出没の話を玄弥からお聞きました。女宿で玄武家の結界のある場所を、お借りしたいと思い参りました」
 蒼万の考えが、自分のためだったと分かり嬉しくなる。
 観玄が顎髭を摩りながら言う。
「妖魔は人は襲わないにしても邪気が強いからのう。よかろう、明日までに探しておこう」
「ありがとうございます」
 朱音が尋ねる。
「あなたの名は?」
「はい志瑞也です。以後、おっお見知り置き下さい」
 志瑞也は玄弥を真似て、ぎこちなく会釈してみた。また名の事を聞かれるかと思ったが、朱音は何も聞いてこなかった。
 朱音は蒼万がわずかに目を細めたのを見ていた。
「…あなた、女宿の場所を早めに探して下さる? 場所によって蒼万達は、明日早めに出ないと、日が落ちる前に着きませんわ」
「そうじゃな、なら今から探させてこよう。今日はここの客室を使うとよい、折角だから夕餉はここで皆で取ろう」
「それは良いですわね」
 朱音は微笑みながら蒼万を見る。
 観玄が席を外し見えなくなると、朱音は扇子を「パチン」と折りたたみ言う。
「それで蒼万、誰に会うのです?」
 鋭い眼差しに少し低めの声、脅すような口調、志瑞也はたちまち背筋を凍らせた。
玄華げんか様です」
「そう玄枝しずえは一緒では?」
「厳しいかと」
「他は?」
「白虎家の柊虎ひなとです」
「そう、皆で集まって何をするの?」
「話をするだけです」
「話をするだけで結界が必要ですか?」
「念の為です」
 朱音が志瑞也に視線を向けて言う。
「そうですか…その者は、呑める口ですか?」
「……」
 蒼万は眉間に皺を寄せる。
 あまりにも感情のない淡々とした会話に、志瑞也はお尻と椅子の間がむずむずと喚き、思わず走り廻りたくなるのを抑えた。まるで蒼万が二人いるようだ、二人相手はさすがに対応はできない。聞きたい事があっても、その対象の相手が席を外している。そんな時、観玄が早々と戻り、この空気を壊してくれる人が来たことに、志瑞也は心で「助けてっ爺ちゃん!」と叫んだ。
「ん? 蒼万、良い場所があったぞ」
 観玄は志瑞也の視線に気付くも、気にせず椅子に腰掛け蒼万に地図を渡す。
「女宿の領主に申せば、近くに宿屋も用意してくれるじゃろう」
「ありがとうございます」
 朱音はまた扇子を広げ口元にあて、元のはんなりとした口調で話す。
「あなた、ありがとう」
 志瑞也は少し緊張しながら尋ねる。
「あっあの…観玄様、玄武家の神獣に、会わせていただけませんか?」
「……」
「……」
「……」
 三人は黙る。
「俺変なこと、言いました…?」
 朱音が微笑みながら話しだす。
「志瑞也さん、玄武家の神獣は本家の女子にしか付きませんのよ、私は蒼万の祖母朱子と同じ朱雀家の者です。嫁は玄武家ですが分家なので付いていないわ」
「そうだったんですか? それならっ、今玄武家に神獣が付いている人は、誰もいないんですか?」
「もちろん傍系にはいますよ。ここ北宮に神獣付きは孫娘だけですが、既に婚約しているので、玄弥が婚姻して女子が生まれない限り、暫くここには、神獣付きはいなくなってしまいますね」
「なんか…寂しいですね」
「あなたは神獣がお好きなの?」
「初めは怖かったんですが、皆可愛いです」
「そう」
 蒼万の志瑞也を見る眼差しを確認しながら、朱音は微笑んで尋ねる。
「志瑞也さんは、お好きな食べ物はおあり?」
「そうですね…甘い物とか魚が好きです」
 観玄も微笑んで尋ねる。
「お主酒は呑めるか?」
「お酒はあまり呑んだことはないですが…」
「美味いのがあるんじゃ、一緒に呑まぬか?」
 今までのお堅い感じの神家の者達と違い、溶け込みやすい雰囲気に志瑞也は安堵した。
「はい、是非!」
「ではつまみに合う魚料理を用意しますわ」
「それはよいっフハハハハ」
「蒼万は吞まし甲斐がなくってね、んふふふふ」
「そうなんですか? ありがとうございますアハハハハハ」
 楽しそうに笑う二人と一緒に志瑞也も笑う。
 蒼万は嫌な予感がしていた。観玄は普段は温厚で優しく話もできる相手だが、酒が入ると人格が変わり押しが強くなる。朱音も大の酒好きで、会うと酒が呑めるか呑めないかしか聞いてこない。この二人は何かと口実を見つけては、事ある毎に宴会を開く。朱音は玄武家にある酒に惹かれて、観玄はその呑みっぷりに惹かれた。二人の婚姻は、酒で結ばれたようなものだったのだ。

 話も終わり客室に案内され中に入ると、室内は緑黄色を中心に彩られ、六角形の造りに中央に大きな円柱が建ち、少し広めの寝床が二つあった。まるで亀の甲羅の中のように、天井も高く志瑞也は見上げた。
「凄く広い部屋だなあ」
 戸の外から侍女が声をかける。
「蒼万様、志瑞也様、亀水室きっすいしつにてお風呂の用意ができました。宜しければ夕餉の前にと、お声をかけさせていただきました」
「はい、わかりました」
 志瑞也は荷物入れから着替えを取り風呂の用意をする。
「蒼万は風呂行かないのか?」
「後から入る」
「そっか、わかった…」
 志瑞也は流れで聞いてしまったが、蒼万とは一度も風呂に入ったことはない。蒼万が断ったことに内心ほっとして、部屋から出て行く。
 蒼万は懐から地図を取り出し場所の確認をした。地図に記された場所は、女宿の山奥にある玄武洞げんぶどう。明日朝一で出立しても十分間に合う程近い、観玄が〝良い場所〟と言ったのは〝近いからゆっくりして行け〟そういう意味だったのだ。それなら明日は柊虎と女宿で合流し、明後日に共に向かう流れを蒼万は考えた。地図を折りたたみ机の上に置き、寝床に横になり瞼を閉じ鼻息をつく。

「…っ、…万っ、蒼万っ、起きろよっ」
 いつの間に眠っていたのか、瞼を開けると目の前に顔を覗き込む志瑞也がいた。まだ濡れている髪が首筋に絡み、肌が少し火照り唇と頬までもが、ほんのり薄紅色をしていた。
 蒼万は思わずその髪に触れる。
「そっ蒼万?」
「……風呂に行く」
 蒼万はさっと手を離して寝床から起き上がり、志瑞也の横を通って部屋を出て行った。
「…どうしたんだ?」
 志瑞也は触れられた髪を見ながら、蒼万が細く越のある柔らかい髪が好きだったこと思い出す。蒼万の髪もだが、出会った神族は皆艶やかな黒の長髪だった。ここに来てから自分の髪もだいぶ伸び、手櫛で解いてみると結べる長さだ。部屋を探し回り鏡を見つけ、久々に自分の顔を見た。神族の男子程ではないが、悪くない顔立ちをしているのではないかとにんまり頷く。早速真似して結んでみようと、今度は紐を探すが見つからない。侍女を呼び「すみません。紐を貰えますか? あっ、あと櫛もお願いします」と受け取り、わしゃわしゃと髪を束ねてみる。「あの…私がいたしましょうか?」結局見兼ねた侍女にやってもらい、鳥の尻尾のような髪形に侍女は「クスクス」と笑う。

 暫くして蒼万が戻り「束ねてもらったんだ、どうだ?」微笑んで披露したが、蒼万は黙って眉をひそめた。そうこうしている内に、夕餉の宴会へと呼ばれた。
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