天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

文字の大きさ
72 / 164
第五章 彼岸花

横顔と背中

しおりを挟む
 銀龍殿から自殿に戻った玄華と千玄は、自室で旅の支度をしていた。
 玄華が千玄に衣を畳んで渡す。
「千玄、義母上の様子、何かいつもと違うと思わなかった?」
「はい、とても落ち着いてらっしゃいました」
 千玄は衣を受け取り束ね、風呂敷に包み他の荷物と並べて置いた。
 玄華は腕を組んで左上を見る。
「落ち着き過ぎだわ、黄虎達と何を話したのかしら…」
「邪術のことも聞けませんでしたね…」
 玄華は険しい顔をして言う。
「義母上は『覚悟をしなければならない』と言っていたわね、怨霊の存在が分かったのかしら?」
「明日、玄一様から全てお話が聞けるかと思います」
 玄華は拳を握る。
「私も知る覚悟をしないと… でも黄虎だけではなく、朱翔も一緒に残るなら安心だわ」
「はい、それに志瑞也様のことも、お二人からお話を聞けます!」
「そうね!」
 二人は微笑んで頷き合った。


 丁度玄華達が黄理に会っていた頃、黄虎は九龍殿に来ていた。
「祖母上、黄虎です。出立の前のご挨拶にお伺いしました」
「入りなさい」
 黄虎は九虎の声に緊張せず震えなくなっていた。
「掛けなさい」
 九虎は黄虎に対して横向きに腰掛け、片腕を机に置き苛立っているのか、二本の指で机を継続的に叩いている。
 黄虎は九虎の横顔に言う。
「祖母上、明日出立することになりました。伯母上と、お付きの侍女千玄も共に参ります」
 カツ、カツ…
 九虎は指の動きを止め尋ねる。
「何故玄華達も一緒に?」
「以前から里帰りを検討されていたらしく、同じ方向に行くのであればと、同行することになりました。先程父上にもお伝えしてきました」
「……」
 九虎は口を噤んで指を動かす。
「祖母上?」
 カツ、カツ…
 指の動きを止める。
「黄虎、お前はあの時……」
「はい…」
「…いいえ、何でもありません。気をつけて行きなさい」
 指はまた机を叩きだす。
「祖母上」
「何です?」
 自分を見ようとしない九虎に、黄虎は伏し目がちに言う。
「祖母上にとって… 私は何でしょうか?」
 カツ…
 九虎は指の動きを完全に止め横目で黄虎を見る。
「何を言ってるの?」
 黄虎は眉をひそめながら微笑む。
「申し訳ありません。忘れて下さい… ただ祖母上の笑った顔を、私は久しく見てないなと…」
 九虎は眉間に皺を寄せ黄虎に顔を向ける。
「こっ黄…虎っ」
「もっ戻りましたらっ、虎春と婚約し、早めに婚姻して子を成して、祖母上の喜ぶ顔が見たいと存じますっ それまではっ、お身体を大切になさって下さい…」
 昨夜、一つだけ言えなかった事がある。それは、九虎の原因不明の発作。身体を何処か患っていると思っていたが、恐らく契約により怨霊に取り憑かれているのだろう。本当は「祖母上が黄怜を殺したのですかっ」「その発作は怨霊に取り憑かれているのですかっ」面と向かって聞けばよい。だが、口に出すことさえできない。何故なら「違う」と否定してほしいと、望んでしまっていた。それ以外の言葉を聞くのが怖かったのだ。だが黄怜の死が願いでなくても、関わっているのは事実。それだけでも、受け入れるのが精一杯だった。理解をしてから受け入れるとはどの口が言ったのか、何一つ受け入れられていない。黄虎は自分に問う「私はまだ何に縋っているのか」と。
 九虎がやっと黄虎に体を向けた。
「黄…虎…」
「きっ急に決まりっ、支度をせねばなりませんのでっ、これで下がらせていただきますっ」
 黄虎は立ち上がり、顔を隠すように頭を下げて戸に向かう。
「黄虎っ」
「…はい」
 九虎は黄虎の背中に答える。

「あなたは私に取って… 掛け替えのない存在です。それは今後も決して、変わることはありません…」

 心から憎んでいる相手ならどんなに良かったか、玄枝の言葉が頭をよぎる。〝善い面と悪い面〟黄虎は九虎の温かくて優しい面を知っている。だからこそ、望みが捨てきれないのだ。この九虎もまた事実なのだ。黄虎の目から、善悪の涙が頬をつたう。
「あ…ありがとう…ございます… 祖母…上… 私もです…」
 そのまま振り返らずに、部屋を出た。

「黄虎…うううっ… 黄…虎あぁぁぁぁぁ…ううう…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

白銀の城の俺と僕

片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...