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第四章 七変化
瑞兆
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志瑞也は椅子に腰掛ける。
部屋には、目が細く鼻筋の通ったしなやかな顔つきの女子が、紅い装束を身に纏い腰掛けていた。蒼万は志瑞也に二人を紹介した。
朱似が尋ねる。
「あなたが蒼万の従者?」
「はい、志瑞也です…」
小鳥の囀りのような声に固まってしまう。
「どうしました?」
「素敵な声…ですね」
朱似は少し驚くも照れながら言う。
「あら、ふふふ 久しぶりに言われたわ。昔は良くこの人が言ってくれていたのよ、ねぇ?」
「そっそうじゃな…」
「あなたどうしました?」
「いや…案ずるな」
晟朱が険しい顔で志瑞也を見る。
「先程あなたの話をしていたのよ」
「えっ? 俺の話ですか?」
「張宿で民に寄り添っていただいて、ありがとう」
「そんな、俺が単に丸太を担げなくて、それなら子守りをしてくれって言われただけです。お礼を言われるようなことは何も…」
「そうであったか…」
晟朱が志瑞也に尋ねる。
「お主の名はどう書くのじゃ?」
「〝志〟に〝瑞〟に〝也〟です。ばっ、祖母がつけてくれました」
「〝瑞〟とはまぁ、ねぇあなた」
「そっ…そうじゃな」
蒼万が尋ねる。
「祖母上も同じことを申しておりましたが、何かあるのでしょうか?」
朱似が微笑んで説明し始める。
「良い事が起る前兆を瑞兆というのは、ご存じよね?」
蒼万と柊虎は頷くが、志瑞也は微笑むしかない。
「特異な特徴を持つ動物が姿を現すと、瑞兆と云われます…」
柊虎が目を見開く。
「朱似様まさかっ」
蒼万が眉間に皺を寄せて言う。
「麒麟だ」
朱似が頷きながら言う。
「そう〝瑞〟は麒麟を意味しています」
志瑞也は訳の分からない話について行けず、朱似と目が合い取り敢えずまた微笑んだ。
晟朱が蒼万に険しい顔で尋ねる。
「雀都は他の神獣と違い根は穏やかじゃが、気位が高い上に簡単に手懐けるのはまず無理じゃ、この者は真にお前の従者か?」
「……」
二人の様子を見て志瑞也が口を挟む。
「おっ俺倒れていた所を助けてもらったんですが、以前の記憶がないんですっ…」
晟朱は志瑞也を見た後再び蒼万を見る。
「…本当か蒼万?」
「違います…」
「話せぬのか?」
蒼万が頷きながら言う。
「今は…いずれお話しいたします」
蒼万の様子から、朱似が場を和ましに入る。
「あなた、どの神家にも話せない事はありますわ、私達の事もお話はできませんでしょ?ふふふ」
その昔、晟朱は琴、朱似は笛、二人の奏でる演奏は、互いに恋文を読み合っているかのように美しく、他の誰と演奏してもこの共鳴感は感じられなかった。お互いが惹かれ合っていくのに時間はかからなかったが、あまりにも早過ぎたのだ。十八の成人の儀の前に契りを結んでしまい、晟朱は朱似の父に殴られ二度と会わさないと引き離された。しかし晟朱は会えずとも、何年も独りで琴を奏で続けた。足りない音を求める演奏はあまりにも悲しく、聴く人の心まで切なくさせた。朱似もまた、笛の音だけでも届くように〝会いたい〟と泣きながら奏で続けた。愛娘のその様子を見兼ねて、二人の婚姻は認められたのだ。それだけ騒ぎ立てれば、他神家が二人の事を知らないわけがない。だが、そのことを晟朱だけが未だに知らないのだ。
「コホン…まあ、そうじゃな」
「嘘ついてごめんなさい、…!」
志瑞也は頭を下げるも、雀都の突風が来ると思い腕を上げ構える。しかし、よく考えれば部屋に雀都の大きさは入らない。振り上げた腕に視線が集まり、どう誤魔化そうか考える。
蒼万が尋ねる。
「お前は何をしている?」
志瑞也は恥ずかしくなり、何も言わず腕を下ろして苦笑いするしかない。どうやら、体が先に反応を覚えていたようだ。
「いいや、蒼万は嘘をつかん男じゃ、お主は知っていて蒼万を庇ったのじゃろ?ハハハ、気まずい思いをさせて悪かったのう」
「いいえ」
晟朱の人柄が滲み出る笑顔に志瑞也は安堵する。
「蒼万話は変わるが、朱夏がお前と婚姻したがっておってな、お前さえ良ければ、話を進めてもわしは良いと思うとる。どうじゃ?」
…嫌だ。
志瑞也は息が止まる。
「お気持ちはありがたいですが、お断りいたします」
志瑞也はほっとしてゆっくり呼吸をする。
「理由を聞いてもよいか?」
「はい、朱夏をそのように想うことはできません。想いのない相手と婚姻しても、朱夏を傷つけるだけです」
「…そうか、あれを諦めさせるのは、根気がいるのう」
晟朱は頷くが困った顔をした。
「仕方ありませんわ、想い合ってこそ幸せになれます。蒼万はそれを分かっていますわ、あなたとの婚約を断られた他神家から、蒼万はただ『したくない』としか言わないと聞いていましたが、理由があるなんて、ふふふ 想い人でもいるの?」
「…おります」
え?
志瑞也は頭が真っ白になる。
「ほう、蒼万が惚れる女子とは、会ってみたいのう」
「……」
「ふふふ、いずれですね」
その後皆で雑談をしたが、蒼万の口から出た事実に、志瑞也は何も頭に入って来なかった。今まで、そういう存在がいないと決めつけていた。いや、敢えて聞かないようにしていたのだ。知らなければ、安心して片想いを続けられるからだ。朱夏だけではなく、今後他にも話が出ないわけがない。友なら気軽に話ができたのか、それならどんなに良かったか、気持ちに気付く前の自分を思い出し、一瞬戻りたいと思ってしまった。
三人は紅雀殿を後にし、朱雀殿の宿屋へ向かった。
歩きながら、志瑞也はぎこちなく言う。
「そっ蒼万に好きな人いるってっ、俺初めて知ったよ…」
「私も最近気付いた…」
(最近? 誰だ? 領域に行っている時か?)
聞かなければ知らなくて済むものを、何故か志瑞也は尋ねてしまう。
「どっどんな人なんだ?」
「とても優しく正義感がある…」
「ほっ他には?」
「細い腰に、柔らかい唇…」
「そっ蒼万っやめろっ‼︎」
柊虎が慌てて言葉を遮るように被せ、蒼万は横目で柊虎を見て呟く。
「…変態」
「それはお前の方だっ」
「えっ? 細い越のある柔らかい髪?」
(蒼万は髪フェチか? 意外だな、でも今日俺の髪触ってたな…)
「……」
「……」
志瑞也は自分の髪を触りながら歩いていると、二人が横にいないことに気付き振り返る。
「二人共どうしたんだ?」
蒼万と柊虎は立ち止まって、一人歩き続ける志瑞也を遠い目で見ていた。
部屋には、目が細く鼻筋の通ったしなやかな顔つきの女子が、紅い装束を身に纏い腰掛けていた。蒼万は志瑞也に二人を紹介した。
朱似が尋ねる。
「あなたが蒼万の従者?」
「はい、志瑞也です…」
小鳥の囀りのような声に固まってしまう。
「どうしました?」
「素敵な声…ですね」
朱似は少し驚くも照れながら言う。
「あら、ふふふ 久しぶりに言われたわ。昔は良くこの人が言ってくれていたのよ、ねぇ?」
「そっそうじゃな…」
「あなたどうしました?」
「いや…案ずるな」
晟朱が険しい顔で志瑞也を見る。
「先程あなたの話をしていたのよ」
「えっ? 俺の話ですか?」
「張宿で民に寄り添っていただいて、ありがとう」
「そんな、俺が単に丸太を担げなくて、それなら子守りをしてくれって言われただけです。お礼を言われるようなことは何も…」
「そうであったか…」
晟朱が志瑞也に尋ねる。
「お主の名はどう書くのじゃ?」
「〝志〟に〝瑞〟に〝也〟です。ばっ、祖母がつけてくれました」
「〝瑞〟とはまぁ、ねぇあなた」
「そっ…そうじゃな」
蒼万が尋ねる。
「祖母上も同じことを申しておりましたが、何かあるのでしょうか?」
朱似が微笑んで説明し始める。
「良い事が起る前兆を瑞兆というのは、ご存じよね?」
蒼万と柊虎は頷くが、志瑞也は微笑むしかない。
「特異な特徴を持つ動物が姿を現すと、瑞兆と云われます…」
柊虎が目を見開く。
「朱似様まさかっ」
蒼万が眉間に皺を寄せて言う。
「麒麟だ」
朱似が頷きながら言う。
「そう〝瑞〟は麒麟を意味しています」
志瑞也は訳の分からない話について行けず、朱似と目が合い取り敢えずまた微笑んだ。
晟朱が蒼万に険しい顔で尋ねる。
「雀都は他の神獣と違い根は穏やかじゃが、気位が高い上に簡単に手懐けるのはまず無理じゃ、この者は真にお前の従者か?」
「……」
二人の様子を見て志瑞也が口を挟む。
「おっ俺倒れていた所を助けてもらったんですが、以前の記憶がないんですっ…」
晟朱は志瑞也を見た後再び蒼万を見る。
「…本当か蒼万?」
「違います…」
「話せぬのか?」
蒼万が頷きながら言う。
「今は…いずれお話しいたします」
蒼万の様子から、朱似が場を和ましに入る。
「あなた、どの神家にも話せない事はありますわ、私達の事もお話はできませんでしょ?ふふふ」
その昔、晟朱は琴、朱似は笛、二人の奏でる演奏は、互いに恋文を読み合っているかのように美しく、他の誰と演奏してもこの共鳴感は感じられなかった。お互いが惹かれ合っていくのに時間はかからなかったが、あまりにも早過ぎたのだ。十八の成人の儀の前に契りを結んでしまい、晟朱は朱似の父に殴られ二度と会わさないと引き離された。しかし晟朱は会えずとも、何年も独りで琴を奏で続けた。足りない音を求める演奏はあまりにも悲しく、聴く人の心まで切なくさせた。朱似もまた、笛の音だけでも届くように〝会いたい〟と泣きながら奏で続けた。愛娘のその様子を見兼ねて、二人の婚姻は認められたのだ。それだけ騒ぎ立てれば、他神家が二人の事を知らないわけがない。だが、そのことを晟朱だけが未だに知らないのだ。
「コホン…まあ、そうじゃな」
「嘘ついてごめんなさい、…!」
志瑞也は頭を下げるも、雀都の突風が来ると思い腕を上げ構える。しかし、よく考えれば部屋に雀都の大きさは入らない。振り上げた腕に視線が集まり、どう誤魔化そうか考える。
蒼万が尋ねる。
「お前は何をしている?」
志瑞也は恥ずかしくなり、何も言わず腕を下ろして苦笑いするしかない。どうやら、体が先に反応を覚えていたようだ。
「いいや、蒼万は嘘をつかん男じゃ、お主は知っていて蒼万を庇ったのじゃろ?ハハハ、気まずい思いをさせて悪かったのう」
「いいえ」
晟朱の人柄が滲み出る笑顔に志瑞也は安堵する。
「蒼万話は変わるが、朱夏がお前と婚姻したがっておってな、お前さえ良ければ、話を進めてもわしは良いと思うとる。どうじゃ?」
…嫌だ。
志瑞也は息が止まる。
「お気持ちはありがたいですが、お断りいたします」
志瑞也はほっとしてゆっくり呼吸をする。
「理由を聞いてもよいか?」
「はい、朱夏をそのように想うことはできません。想いのない相手と婚姻しても、朱夏を傷つけるだけです」
「…そうか、あれを諦めさせるのは、根気がいるのう」
晟朱は頷くが困った顔をした。
「仕方ありませんわ、想い合ってこそ幸せになれます。蒼万はそれを分かっていますわ、あなたとの婚約を断られた他神家から、蒼万はただ『したくない』としか言わないと聞いていましたが、理由があるなんて、ふふふ 想い人でもいるの?」
「…おります」
え?
志瑞也は頭が真っ白になる。
「ほう、蒼万が惚れる女子とは、会ってみたいのう」
「……」
「ふふふ、いずれですね」
その後皆で雑談をしたが、蒼万の口から出た事実に、志瑞也は何も頭に入って来なかった。今まで、そういう存在がいないと決めつけていた。いや、敢えて聞かないようにしていたのだ。知らなければ、安心して片想いを続けられるからだ。朱夏だけではなく、今後他にも話が出ないわけがない。友なら気軽に話ができたのか、それならどんなに良かったか、気持ちに気付く前の自分を思い出し、一瞬戻りたいと思ってしまった。
三人は紅雀殿を後にし、朱雀殿の宿屋へ向かった。
歩きながら、志瑞也はぎこちなく言う。
「そっ蒼万に好きな人いるってっ、俺初めて知ったよ…」
「私も最近気付いた…」
(最近? 誰だ? 領域に行っている時か?)
聞かなければ知らなくて済むものを、何故か志瑞也は尋ねてしまう。
「どっどんな人なんだ?」
「とても優しく正義感がある…」
「ほっ他には?」
「細い腰に、柔らかい唇…」
「そっ蒼万っやめろっ‼︎」
柊虎が慌てて言葉を遮るように被せ、蒼万は横目で柊虎を見て呟く。
「…変態」
「それはお前の方だっ」
「えっ? 細い越のある柔らかい髪?」
(蒼万は髪フェチか? 意外だな、でも今日俺の髪触ってたな…)
「……」
「……」
志瑞也は自分の髪を触りながら歩いていると、二人が横にいないことに気付き振り返る。
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