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第四章 七変化

会釈

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 柊虎は「兄上も一緒に紅雀殿へ挨拶に行きましょう」と誘った。昨夜の宴で晟朱につかまり、朱里のことで散々説教されていたのを知っていたのだ。晟朱は孫朱里を溺愛している。磨虎の神力は認めてはいるが、素行は気に入っていない。磨虎は会う度に長々と説教を聞かされていた。残ると言えば理由を聞かれるのは当然、追及されないようわざと誘ったのだ。「私は急ぎの責務があるとお伝えしておけ!」と言い残し、磨虎はさっさと西宮へ帰って行った。
「二人共今回はご苦労であった、掛けなさい」
 晟朱が頷きながら言い、二人は会釈して椅子に座る。
「二人共久し振りね。蒼万、朱子は変わりない?」
「はい、祖母上が朱似様に宜しくと申しておりました」
 晟朱が柊虎に尋ねる。
「磨虎はおらぬのか?」
「兄上は先程従者達と、急ぎ責務があると西宮へ帰りました」
 そう言って、柊虎は苦笑いする。
「あやつ逃げおったな、まぁよい、二人が担当した張宿の状況を教えてくれ」
「はい」
 柊虎が全体を報告し、蒼万は時折聞かれたことだけ答え、今後の救済について話し合った。

 一方、志瑞也は二人が報告をしている間、紅雀殿の表の庭園を散策していた。南宮は山の上にあり、更に紅雀殿は南宮の中でも二番目に高い殿だ。見晴らしが良く空気が少し薄く、鼻から通ると重く感じる。赤や紅色の建物には朱雀鳥の絵や彫刻が施され、天門城を思い出させる。
 チョンチョン
「ん?」
 首筋に何かが当たり振り向く。
「何だ?…うあっ」
 朱雀鳥!
 浄化の儀式の時に飛んでいた内の一羽だった。近くで見るとかなり大きい、こんな鳥は見たことがない。青龍もそうだが、神話の中の生き物に遭遇すると、本当に別世界なのだと実感する。
 朱雀鳥はクリッとした眼で志瑞也を見ている。
「クピッ」
「お前どうしたんだ?」
 近くに主がいると思い辺りを見渡すが誰もいない。
 朱雀鳥が豪快に翼を広げて片足を曲げ深く会釈する。
「お前めちゃめちゃ礼儀正しい奴だなあ、すげぇ」
 志瑞也も真似して手を広げ会釈を返す。
「クピックピッ!」
 広げると約一じょう〔約三メートル〕もある翼をバサバサと羽ばたかせた。「うわっ」突風が下からぶわっと舞い上がり、上半身が持ち上がる。
 ピタッと羽ばたくのをやめた。
「クピッ」
「ん、お前何が言いたいんだ? お前これ食べるか?」
 鳥語が分からず、荷物入れからキャラメルを一つ出して見せる。コクコクと頷きくちばしを開け、その中にキャラメルを投げ込む。お礼の会釈をされ、志瑞也もどうもと会釈を返す。
「クピックピッ!」
「うわっ」
 再び翼を羽ばたかせ突風を引き起こし、上半身が持ち上がると羽ばたくのをやめる…全く意味が分からない。
「クピッ」
「おっ、お前何なんだ? 訳わかんねぇアハハハ」
 良く観るとその姿は実に優雅で気品があり、羽一枚一枚が光沢を放ち、すらりと伸びた首に長い足、炎のような尾羽は豪華に地面に垂れ下がっていた。長い首筋をなでると鱗や獣毛とも違い、ゾクゾクするほどさらさらで滑らかな肌触りだ。
「お前とても綺麗だよ」
「クピッ」
「お前の主人は、お前がとても自慢だろうな」
 志瑞也は朱雀鳥の首に抱きつき、こんな枕があったらと頬擦りする。
「どんな人なんだ?」
「クピッ!」
 朱雀鳥がいきなり羽ばたきだす。
 志瑞也は咄嗟に首にしがみついてしまう。
「まっ待てっ! おおっお前まっまさか飛ぶ気か? うっうああぁぁぁ──!」
 言っている間に朱雀鳥は一気に上空へと舞い上がり、志瑞也を何処かへ連れて行ってしまった。

 その頃、柊虎と蒼万から報告を聞き、晟朱は腕を組み眉間に皺を寄せて言う。
「そうか、張宿ではそれだけの家屋が埋もれてしもうたか…」
「はい、しかし村人達はとても明るく前向きで、既に新たな普請に取り組んでおりました」
「お前達が来てくれたから、安心したのじゃろう」
「それもあると思われますが、蒼万の従者が村人達と話したり、子供達と遊んだりしてくれていたのも大きいかと、自ら民に寄り添って接する神族はあまりおりません。私も学ばせてもらいました」
 そう話す柊虎を、蒼万はじろっと横目で見る。
「ほう、そうなのか蒼万?」
「…はい」
「して、その者は?」
「こちらの表の庭園で待たせ…」
 話の途中、蒼万はわずかに眉間に皺を寄せた。
 その時だ。

「ぅぁぁぁぁぁぁあああああっ! おっお前の凄さは分かったからっ、おっ下ろしてくれーっ!」
 ドサッ!
「痛ッ!」

 蒼万は鼻息をつく。
「ん、今のは何じゃ⁉︎」
「あなた何事でしょう?」
「蒼万っあの声は志っ」
「…しばし席を失礼いたします」
 蒼万が席を立ち戸を開けると、庭園の真ん中で朱雀鳥の下に転がってる志瑞也がいた。何故こうも大人しく待っていられないのかと、蒼万は眉をひそめる。

 志瑞也は芝生に転がりながら喚く。
「お前っ飛ぶ時は前もって言えよっ! 危なかったじゃないかっ!」
「クピックピッ!」
 立ち上がり朱雀鳥の首筋をなでる。
「よしいい子だな、でもお前本当にかっこいいなアハハ」
 首筋から紅色の羽根が、一枚するっと抜けた。志瑞也が羽根を強く握った際に抜けてしまったのだ。
「ごめんよっ、痛かったよな?」
 羽根が抜けた部分をなでる。
「クピックピッ」嘴をパコパコ横に振る。
「これもらっていいか?」
「クピッ」コクコク頷く。
「ありがとう」
 志瑞也はその羽根を荷物入れにしまう。
雀都さくとっ! お前何故出てきたのじゃ?」
 柊虎は片眉をぴくっと上げる。
「クピッ」
 雀都はツタツタと、軽やかに晟朱の所に歩いて行く。
(雀都って名前なんだな、あの人は浄化の儀式の時の…宗主の爺ちゃん?ってことは、蒼万っ)
 まずい。
 見ると晟朱の隣には、腕を組み眉間に皺を寄せた蒼万が立ち、部屋の中からは柊虎が笑顔で志瑞也を見ていた。
「志瑞也、来い!」
 話合いの邪魔をしたかもしれないが、故意ではない、怒られると思いとぼとぼと蒼万に近付く。
「お前は表を散策していたのでは?」
「していたよ…」
「それが何故空から来る?」
 志瑞也は口を尖らせて言う。
「俺にも分かんないよ、急に後ろから雀都が現れて、首に抱きついたらいきなり飛んじゃってさ…俺だって飛ぶとは思わなかったし、まさかここに来るなんて知らなかったよ…」
「怪我はないか?」
 志瑞也ははっと血のことを思い出す。蒼万殿から外に出たことで危険が増えたが、新しい出会いや出来事続きで感覚が鈍ってしまっていた。
「大丈夫、ごめん気をつけるよ」
 蒼万は鼻息をついて頷く。
 晟朱が尋ねる。
「その者の名は?」
「俺は蒼万の従者の志瑞也です。先程は失礼いたしました」
 志瑞也は姿勢を正して頭を下げた。
「うわっ…」
 雀都がまた突風を引き起こし、志瑞也の上半身が持ち上がると羽ばたくのをやめた。
「クピックピッ!」
「もうさっきから何なんだよ、危ないじゃないか」
「……」
 険しい顔で黙り込む晟朱に蒼万が尋ねる。
「晟朱様いかがなさいましたか?」
「いっ…いや、そなた達も中に入るがよい」
 蒼万は晟朱の様子が気になりながら、志瑞也を連れて中に入った。
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