天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第一章 稲禾

突然のお告げ

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 時を同じくして中央宮・黄龍殿こうりゅうでんでは、朝から侍女や従者達が現宗主黄理こうりの甥、黄怜きれんの二十三回忌を執り行う準備で追われていた。
「黄怜様が亡くなって、もう二十三年がお経ちになるのか」 
「そうですねぇ、元々お身体が黄一きいち様に似て、病弱でしたから……」
「今玄華げんか様はどちらに?」
「殿内で他の侍女達と一緒に、準備してらっしゃいます」
「…玄華様は何かされていないと、気が休まらないのだろう…」
 そう言いながら、玄華付き侍女千玄ちはるは、黄怜の墓所の方向を見た。千玄達が立ち話をしていると、急に風向きが変わり、空に雨雲が漂う。
「あら? 雲行きが怪しくなってきましたわ」
「この風は、よくないな…」
「嵐でも起きるのですか?」
 二人は、生き物のように変化する空を見上げる。
「私はこの事を他の者達に知らせるからっ、お前は急ぎ玄華様にお伝えに行きなさいっ」
「承知いたしました!」
 侍女は殿内へ駆けて行く。
 既に雨雲は空を覆い尽くし、雷と共に大粒の雨を降らした。
「玄華様っ!」
「あら、そんなに慌ててどうしたの?」
「あっ嵐です」
「嵐…?」
「はい、千玄様は他の者達に呼びかけておっ」
 侍女が全てを言い終えるのも聞かず、玄華は殿外に飛び出す。
「げっ玄華様っ? 中へお戻りくださいっ!」
 風の勢いは更に激しさを増し、外に飛び出した玄華は吹き飛ばされそうになる。
 その時、空が神々しく光る。

 ビリビリドカーンッ!

 稲妻が天地を縦に切り裂きながら落ちた。地響きと共に、全身の毛が逆立つ振動が伝わる。
「何処かに稲妻が落ちたぞっ!」
「あんなのまともに当たったらっ、霊魂ごと吹っ飛んじまうぞっ!」
「皆の者殿内に入れーっ!」
 従者達が大声で騒ぎだす。
 玄華は両腕で雨風を遮ぎ、稲妻が落ちた方向を確認する。何を思ったのか、行き交う従者達を掻き分け、嵐の中駆け出した。
「玄華様お待ちをっ! どっどちらに行かれるのですかっ? 誰かっ玄華様をお止めしてっ!」
 虚しくもか細い侍女の声は、激しい雨音に掻き消され従者達の耳に届かず、大粒の雨の中視界は遮られ、玄華が走り去っても誰一人気付けなかった。
 侍女は殿内に慌てて駆け戻り声を張り上げる。
「ちっ千玄様っ、千玄様ーっ!」
「こんなに濡れてどうしたのだ? 玄華様は?」
「うううっ…玄華様は恐らく稲妻が落ちた所へ向かわれたかとっ、おっお止めしたのですが…うううっ…」
「わかった、玄華様は私がお連れするからあなたも着替えなさい、このままでは風邪を引いてしまうよ。玄華様が戻られた時のために、風呂の用意を」
「千玄様…」
 千玄は身のこなしや顔立ちが、男子のように勇ましい。侍女達の中でも人気があり、千玄にその気がなくても、自然と女子が集まってくる。そんな千玄に宥められ、侍女はうっとりと見つめた。千玄はそんな侍女の気持ちなどいざ知らず、嵐の中急ぎ玄華の後を追う。

 稲妻が落ちた方向へ向かうと、そこは黄龍家の墓所に近付いていた。
「玄華様ーっ、そこにおられますかーっ!」
 薄らと金の装束が見え、玄華は黄怜の墓所の前で立ち尽くしていた。髪は雨風で乱れ、金の羽織はくすみ、金の靴は泥で汚れていた。
「玄華様やはりこちらでしたかっ、殿へ戻りましょう!」
 雨音で声が聞こえないのか、千玄は気づかそうと近付く。
「なっ、こっ…これは?」
 玄華が見つめる黄怜の墓石は、稲妻によって粉々に打ち砕かれていた。
 玄華が千玄に振り向く。


「黄怜が、目覚めます…」


 千玄は稲妻よりも強い衝撃に打たれた。
「いっ、今なっ…」
 千玄は天眼通てんげんつう〔玄武家の女子だけが持つ神通力じんつうりきの一つ、輪廻転生を観る力、生死を観る力〕を持つ玄華が言うのなら、確認する必要はないと思い聞き返すのをやめる。
「あの子の霊魂が二十三年の時を得て、ようやく目覚めるのです、ようやく…」
 たった一人の我が子の目覚めを、玄華はひたすら待ち続けていた。その表情は、微笑みながらも何処か悲しげにも見え、言葉には力強さを感じさせる。わずかに目の縁が赤く染まり、玄華の美しい顔を濡らすものが、雨なのか涙なのか分からない。玄華と千玄は立ち尽くし、黄怜の砕かれた墓石を見つめた。嵐は何かを知らせるように雷を鳴り響かせ、横殴りの雨が二人を打ち突ける。
「千玄っ今直ぐ神足通じんそくつう〔神通力の一つで玄武分家女子が持つ力、自由自在に姿を変え行き来できる力、鍛錬を重ねると実体で異世界を行き来できる力〕で東宮とうぐうに行き、蒼万そうまに黄怜の霊魂が目覚め始めたと伝えてきて〝その時が来た〟と、蒼万なら肉体を傷つけず黄怜の霊魂を連れて来れるわ、気付かれないよう姿も変えて行って!」
「承知しましたっ」
玄一のりかの所にあなたは行ける?」
「私の神足通ではまだ…東宮? そうだ! 禁術ではありますが、青龍湖の水の神力を使えば、幻影を玄一様の元へ送ることができます。使用の許可を!」
「禁術となれば、あなたの身が危ないわ… 万が一…」
「玄華様、心得ております」
 二人は見合わせ互いの胸中を汲み取った。幼い頃から時に友であり、時に姉妹のように育った二人だからこそ、互いの思いは同じである。
「わかったわ、ではこれを蒼万に渡して、これが黄怜の元へ導いてくれるわ」
「これは…黄怜様の形見の御守り?」
 それは、金の糸で細かく編んだ紐に吊るし、鼈甲べっこうで創られた勾玉。
「頼んだわよ千玄、くれぐれも、気をつけて…」
 千玄は、形見の勾玉を両手で受け取り懐にしまう。玄華に軽く頭を下げ、左手の人差し指と中指二本を眉間にあて、瞳を閉じ術を唱えた。千玄の身体から風が吹き、一瞬で大きな烏になり嵐の中を飛び立つ。
 玄華は千玄を見送った後、黄怜の墓に術をかけ元に戻し、急ぎ黄龍殿へ戻った。
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