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1.七つ下りの雨
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今朝、どんよりした曇り空を見た時から嫌な予感はしていた。
案の定、ニュースキャスターの言った通り午後からは雨だった。
地上に降り注ぐ雨粒は廃れた住宅街の地面を黒く染めていく。そのスピードたるや凄まじく、アスファルトには薄く水が張っていた。
「…………最悪」
平たい学生鞄を頭に乗せ、雨の中を走る少年がいた。
すでに全身びしょ濡れで意味をなくしていたが。
透けて細い身体に張り付いたカッターシャツや、水分を含み重たくなったズボンのぺたぺたした感触に嫌悪感を覚える。
眼鏡は水滴に視界を奪われ景色を歪ませる。だからといって外せば1メートル先のものさえ見えなくなってしまうのだった。
少年は眼鏡を掛けたままごしごし目を擦った。都会の汚染された雨水は目にしみる。
すると、何かにぶつかってしまった。
電柱のような固い感触ではない。
眼鏡を上げると、少年はぎょっとした。
目の前には一人の人間が佇んでいたのだ。
それも傘を差さずに。
しかし、雨に濡れて顔に張り付く黒髪とシャツ、それからうかがえる細身の体、何より吸い込まれるような切れ長の目の奥の黒い瞳。
一瞬男性か女性か分からなかった。
とても美しい造形をしている。
「名前」
「は?」
不意に口を利いたため、少年はきょとんとした。品があり不思議な響きの声だった。
どちらかといえば男性に近い。
「お前の名前は?」
無表情のまま続けた。
「立花、豊高」
少年ー豊高は答える。
「ユタカ・・・・・・」
その名前を呟いたきり、黙ってしまった。沈黙が雨とともに降り注ぐ。
今や豊高の耳には雨音だけが響いていた。
「来い」
また不意に言葉を発した。豊高に背を向け、すたすたと歩き始める。
豊高は何故か、自分でも分からなかったのだが、後を追っていた。
2人はどんどん街の郊外へ向かっていく。
都会、といってもこの地域の中心部が賑わいを見せるだけで、そこから離れるにつれて閑散とした商店街や廃れた住宅街が広がり、もう少し離れるとだだっ広い田園地帯にぽつりぽつりと住宅や映画館、大型のショッピングセンターが点在している。
豪邸の建ち並ぶ住宅街はバブルが弾けると同時にほとんどが廃墟と化した。その豪華さも人がいなくなれば虚しいだけだ。
豊高達の行き着いた先は、そんな町外れの大きく豪奢な屋敷だった。洋館と言った方が正しいかもしれない。レンガでできた壁には蔦が絡み付き年代を感じさせた。
豊高はあんぐりと口を開け、んな馬鹿でかい屋敷あったっけ、と考える。
庭もかなりの広さで豊高の身長を遥かに越える冊で囲ってあった。
屋敷の主は柵の扉になっている部分を開け、豊高を招く。
「入れ」
豊高はハッとして追い掛けた。
洋館の中に入ると、そこからは現実離れした空間が広がっていた。
まず入った先は、ゴシック様式を用いた、天井の高く広い玄関だった。シャンデリアが太陽のように大階段や繊細な作りの置物やラファエル前派の絵画を照らしている。
若い屋敷の主は中央に堂々と構える大階段を上っていた。
そして豊高を一瞥する。豊高は恐る恐る、高級感のあふれる緋色の絨毯をスニーカーで踏み締めた。じわりと雨水が染みる。
もったいない
豊高は顔を歪めそう思った。しかし、ついに声を掛けられ、なるべく縁の方を歩き始めた。
ところどころ肖像画のかかっている回廊を進み、談話室に通された。歴史を感じさせる調度品が置かれ暖炉には火が燃えている。
豊高は見慣れないものを見すぎたせいか、目をぱちぱちさせながら進められるがままにふかふかの椅子に腰掛けた。
そして、ぽすんと何か柔らかいものが頭に落ちてきた。
「うわ!」
豊高はやたらと慌てふためき、その物体を取り払う。すると、床に白いタオルが落ちた。豊高がちらりと後ろを見ると、タオルを抱える人物が立っていた。口角がほんの少し吊り上がっている。薄く微笑んでいた。
豊高は口を尖らせ、タオルを拾う。それを見せつつ
「どうも」
と礼を言った。豊高は照れ隠しで、ごしごしと乱暴に髪をこすった。
すると、彼は豊高の手に自分の手を重ねてきた。
「何してんスか!?」
豊高は思わず後ろを振り返る。眼鏡がずれてしまい上半分の視界がぼやけた。眼鏡を戻すと彼は無表情に戻っており
「髪が傷む」
とだけ答えた。
「はあ?」
「じっとしていろ」
そう言って、豊高の茶色がかかった髪をタオルではさみ叩くように乾かし始めた。
豊高はなおも反発し
「いやいいですいいです!天パだから髪がどうとか関係ないし!つかあんたもびしょ濡れじゃないっスか!!」
一息にそれを言い終えると、息が上がって頬が紅潮した。しかし豊高の言葉を無視して動作は続けられた。
豊高はため息を一つつき、あきらめて身を委ねる。悪い気もしなかったのも事実だ。暖炉の暖かさと髪に触れられる感触は心地好い。
やがて睡魔が徐々に忍び寄り、ぴんと張り詰めた警戒心が徐々に緩んでいく。豊高は不本意ながらも目を閉じた。しかし睡魔は豊高を悪夢へと引きずり込むのであった。
案の定、ニュースキャスターの言った通り午後からは雨だった。
地上に降り注ぐ雨粒は廃れた住宅街の地面を黒く染めていく。そのスピードたるや凄まじく、アスファルトには薄く水が張っていた。
「…………最悪」
平たい学生鞄を頭に乗せ、雨の中を走る少年がいた。
すでに全身びしょ濡れで意味をなくしていたが。
透けて細い身体に張り付いたカッターシャツや、水分を含み重たくなったズボンのぺたぺたした感触に嫌悪感を覚える。
眼鏡は水滴に視界を奪われ景色を歪ませる。だからといって外せば1メートル先のものさえ見えなくなってしまうのだった。
少年は眼鏡を掛けたままごしごし目を擦った。都会の汚染された雨水は目にしみる。
すると、何かにぶつかってしまった。
電柱のような固い感触ではない。
眼鏡を上げると、少年はぎょっとした。
目の前には一人の人間が佇んでいたのだ。
それも傘を差さずに。
しかし、雨に濡れて顔に張り付く黒髪とシャツ、それからうかがえる細身の体、何より吸い込まれるような切れ長の目の奥の黒い瞳。
一瞬男性か女性か分からなかった。
とても美しい造形をしている。
「名前」
「は?」
不意に口を利いたため、少年はきょとんとした。品があり不思議な響きの声だった。
どちらかといえば男性に近い。
「お前の名前は?」
無表情のまま続けた。
「立花、豊高」
少年ー豊高は答える。
「ユタカ・・・・・・」
その名前を呟いたきり、黙ってしまった。沈黙が雨とともに降り注ぐ。
今や豊高の耳には雨音だけが響いていた。
「来い」
また不意に言葉を発した。豊高に背を向け、すたすたと歩き始める。
豊高は何故か、自分でも分からなかったのだが、後を追っていた。
2人はどんどん街の郊外へ向かっていく。
都会、といってもこの地域の中心部が賑わいを見せるだけで、そこから離れるにつれて閑散とした商店街や廃れた住宅街が広がり、もう少し離れるとだだっ広い田園地帯にぽつりぽつりと住宅や映画館、大型のショッピングセンターが点在している。
豪邸の建ち並ぶ住宅街はバブルが弾けると同時にほとんどが廃墟と化した。その豪華さも人がいなくなれば虚しいだけだ。
豊高達の行き着いた先は、そんな町外れの大きく豪奢な屋敷だった。洋館と言った方が正しいかもしれない。レンガでできた壁には蔦が絡み付き年代を感じさせた。
豊高はあんぐりと口を開け、んな馬鹿でかい屋敷あったっけ、と考える。
庭もかなりの広さで豊高の身長を遥かに越える冊で囲ってあった。
屋敷の主は柵の扉になっている部分を開け、豊高を招く。
「入れ」
豊高はハッとして追い掛けた。
洋館の中に入ると、そこからは現実離れした空間が広がっていた。
まず入った先は、ゴシック様式を用いた、天井の高く広い玄関だった。シャンデリアが太陽のように大階段や繊細な作りの置物やラファエル前派の絵画を照らしている。
若い屋敷の主は中央に堂々と構える大階段を上っていた。
そして豊高を一瞥する。豊高は恐る恐る、高級感のあふれる緋色の絨毯をスニーカーで踏み締めた。じわりと雨水が染みる。
もったいない
豊高は顔を歪めそう思った。しかし、ついに声を掛けられ、なるべく縁の方を歩き始めた。
ところどころ肖像画のかかっている回廊を進み、談話室に通された。歴史を感じさせる調度品が置かれ暖炉には火が燃えている。
豊高は見慣れないものを見すぎたせいか、目をぱちぱちさせながら進められるがままにふかふかの椅子に腰掛けた。
そして、ぽすんと何か柔らかいものが頭に落ちてきた。
「うわ!」
豊高はやたらと慌てふためき、その物体を取り払う。すると、床に白いタオルが落ちた。豊高がちらりと後ろを見ると、タオルを抱える人物が立っていた。口角がほんの少し吊り上がっている。薄く微笑んでいた。
豊高は口を尖らせ、タオルを拾う。それを見せつつ
「どうも」
と礼を言った。豊高は照れ隠しで、ごしごしと乱暴に髪をこすった。
すると、彼は豊高の手に自分の手を重ねてきた。
「何してんスか!?」
豊高は思わず後ろを振り返る。眼鏡がずれてしまい上半分の視界がぼやけた。眼鏡を戻すと彼は無表情に戻っており
「髪が傷む」
とだけ答えた。
「はあ?」
「じっとしていろ」
そう言って、豊高の茶色がかかった髪をタオルではさみ叩くように乾かし始めた。
豊高はなおも反発し
「いやいいですいいです!天パだから髪がどうとか関係ないし!つかあんたもびしょ濡れじゃないっスか!!」
一息にそれを言い終えると、息が上がって頬が紅潮した。しかし豊高の言葉を無視して動作は続けられた。
豊高はため息を一つつき、あきらめて身を委ねる。悪い気もしなかったのも事実だ。暖炉の暖かさと髪に触れられる感触は心地好い。
やがて睡魔が徐々に忍び寄り、ぴんと張り詰めた警戒心が徐々に緩んでいく。豊高は不本意ながらも目を閉じた。しかし睡魔は豊高を悪夢へと引きずり込むのであった。
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