貴方だけにご奉仕♡きゅるるんおちんぽメイド

近井とお

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内緒のドリンクファイト 2

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『今日のおれは、来てからのお楽しみ~!』

 休憩中には、そのメッセージのみ来ていた。一応、あの店の客として、今日から一週間はコンセプトデーといってメイド服ではないことと限定メニューを提供することは知っている。
 りっちゃんさんが、俺の話を聞かない罰として衣装を買わせたんです、と俺に愚痴を言っていた。経費にさせないことで次から話を聞くと思ったそうだが、たったこれだけでいいの? とむしろめいくんの方が何着も追加させたらしく、名目上の副店長である彼の方が疲れてしまったようだった。
 その内の一着が、ナース服だった。
 想定よりも遅くなってしまったため、早足でメイドカフェに向かった。ビルの入り口から女性の話し声が聞こえて、ブラックボードの横に身を寄せた。
 手持ち無沙汰なまま、可愛く描かれたブラックボードを観察する。書いたのは、りっちゃんさんだろうか? 白にピンクの囲みがされた丸文字で『ナースデー』と書いてあり、その詳細の隙間を注射器などの絵がボード上を埋めている。
 彼女らと入れ違いでビルに入ろうとして、後ろの雑談がぴたっと止まった。

「あの!」

 振り返れば、女性二人があの人だよ、絶対そう、と俺を置き去りに会話している。アイコンタクトをして、二対の視線がこちらに向いた。

「お兄さんって、あっくんの『ご主人サン』ですよね!?」
「どんなご関係なんですか!?」

 身体が乗り出され、押し出されるように俺も身を引いた。前々から注目を浴びているとは思っていたが、常連客の間でははっきりと認知されていたらしかった。

「え、えっと」

 毎日考えていることだ。俺とめいくんは、どんな関係なのだろう。

「あっくんって、普段はりっちゃんのことからかってばっかりなんですよ! たまに私達のこと見えてない時もありますし!」
「そこもいいんですけど、お兄さんが来ると別人みたいににこにこしていて! 本当に楽しそうですし、接客態度もすごく良くなります!」

 その言葉に、むず痒くなる。スタッフとしてどうなのかなとは思うが、周りから見てもめいくんが特別扱いしてくれているのは明白らしい。

「だから、最近のあっくんはすごく可愛くて!」
「さっきもお兄さんが遅いって、りっちゃんに八つ当たりしてました!」

 どうしてか、今度は胸が重たくなった。早口な、すごく可愛くて、が何度も何度も止まることなく再生され続ける。
 りっちゃんさんが宥めるために可愛いと言ってる時もあったし、それは気にならなかった。なのに、今は頭に引っかかって、再生停止方法が分からずにいる。
 何も答えなかったからか、女性達はハッとして、俺に頭を下げた。

「すみません、急に声を掛けて……」
「あの、不快だったらもう来店もしないので……」
「あ、いや、気にしないで下さい! まさか話しかけられるとは思ってなかっただけなので! 驚いていたというか!」

 顔を上げた女性達は胸をなで下ろし、呼び止めてすみませんと再び謝られた。

「あの、お二人のこと応援してるので!」
「あっくんのガチ恋に対抗していきましょうね、お兄さん! 今度はお邪魔せずに見守ります!」

 よく分からない激励に背中を押され、そのままビルに入っていく。素早く階段を降りて、馴染みがあるピンクと白の扉のドアノブに手を掛ける。いつもよりも変に力が籠もり、飛び込むような形で入店した。

「ご主人クン、遅い~!」

 むっとした表情のめいくんが、申し訳程度のツインテールを揺らしながらこちらに来た。周囲の視線などお構いなしに、一回転する。
 初めてメイド服ではない彼を見た。
 とは言っても、服の系統はどことなくメイド服に似ている。白の大きな丸襟とベビーピンクを基調とする彼らしいダブルボタンのワンピースに、肩紐にフリルのないシンプルなエプロンが合わせられている。ワンポイントとして、要所要所に赤のラインが入っていて新鮮だった。ナースコンセプトだからか、艶めかしい白の薄いニーハイにピンクのエナメル靴を履いていた。そして、珍しく『あっくん』と書かれたハート型の名札を付けている。それすらアクセサリーのように似合っていたし、あそこに書かれていない本名を知っている事実が醜い優越感を生んでいた。

「メイドじゃないおれも、可愛い?」
「可愛いよ」

 多分、このお店の客の中で、俺が一番君を可愛いと思っている。どうしようもない張り合いが、五文字の発音を強めた。

「当然でしょ~!」

 そう返すのが当たり前と言った風に、もう一度その場で回った。赤茶のツインテールはシンプルにリボンだけが飾り付けられており、彼の地の愛らしさがより伝わってくるようだった。

「今日はおれとお~くんのスペシャルメニューだよ!」

 珍しい。彼がいつもキッチンを独占して、お~くんさんは居心地悪そうにしているのに。
 いつものカウンター席に腰を掛けて、二人を見守った。キッチン担当の彼が萎縮しながらも、めいくんのフォローに入るときだけは背筋を正して調理をしている。
 不意に、自宅での風景と重なった。今も、あの場所にいた俺もめいくんの調理を眺めているだけだった。どうして、一緒に作ろうと思わなかったのだろう。二人はなんだか楽しそうだ。

「俺のために作ってくれたら、めいくんを褒める理由が出来ると思ったから……」
「褒める? 阿左美っすか、それともオレっすか?」

 自分の出した答えを、無意識に口に出ていたらしい。灰髪がぬっと現れて、緩く微笑みかけた。めいくんとは違い、下の方でお団子を二つ作っており、ナースキャップとヘアピンで全体的に彩られている。

「あ、いや、えっと」
「個人的にはオレの方だと助かるんすけどー。昇給を狙っておりましてー」
「え、えっと」
「冗談すよ、あっくんの方でしょ。今日もご主人クンサンが来るまで、不機嫌だったっすもん。まあ、オレとしてはそろそろ物入りな時期なので、上手い具合に転がしてもらえると助かるんすけどね」

 確か、彼は留年が原因で家族からの支援が打ち切られているんだっけ。夏休みの終わりまで一ヶ月を切っているし、恐らくその辺りの事情なのだろう。
 でも、彼の給料に口出しを出来る権利はこちらにない。曖昧に笑えば、駄目かーとあっさり諦めていた。

「しょうがない、りっちゃんサンに頼んできます」

 ちょうどフリーになったメイド長に突進していく。いつものように苛立ちで拳が震え、どうにか手を出さないように堪えているようだった。
 コトン、と音がして前を向いた。入れ替わるように、お~くんさんがドリンクを用意してくれている。重そうなピンクの中に紫色の皮が混ざっており、恐らくベリー系のスムージーなのだろうと察することが出来た。

「これは俺からです。あの、本当にすごいすね……」
「ちょっと! お~くんのこと辞めさせたくないけど、ご主人クンに色目遣うなら」
「ち、違う! ご主人さんはすごいなと思っていて! 毎日残業してるし、お前らにも臆さず話してるし、毎日残業してるし!」

 食い気味で否定されて、めいくんも驚いているようだった。それから口角が少しだけ上向き、ふふん、と自慢げな音を鳴らした。

「な~んだ、分かってるじゃん。ご主人クンはすごいの。毎日頑張ってて、おれのことが好きで、おれもご主人クンのことが大好きなの。今回は不問にしてあげる、よかったねお~くん」
「あ、ありがとう、阿左美」

 彼はサッと頭を下げて、言い逃げるようにキッチンへと消えた。

「……お~くんさんはりっちゃんさんと扱いが違うんだね」

 積み重なった醜い感情が、ろくでもない言葉に変わった。めいくんは不思議そうにこちらを見ている。

「変なこと言うね~」
「変なこと?」
「うん、おれはずっとご主人クンのことしか考えてなかったから」

 本人は当然といった顔付きで言い切る。それだけで、靄がほとんど消えてしまっていた。

「強いて言えば、お~くんは替えがきかないからかな~? メイドカフェに対する知識もあって、調理も十分出来るし、りっちゃんと親しい分段取りが楽な部分も多いし。ご主人クンのための場所だから、絶対に妥協したくないもん。その点はりっちゃんも同じだけど、あの人は面倒ごと押し付けた方が生き生きしてるしね~」

 それに、と付け足す。

「お~くんは、おれからご主人クンを奪えるほどの強い人間じゃないから」
「それは本人に言わないようにね……」

 考えとく~、と聞き流し、プレートが置かれた。小さく厚みのあるパンケーキが三枚と、サラダと共にベーコンやスクランブルエッグが添えられている。カフェの紹介ページから切り取ったような出来だった。

「お仕事でお疲れだろうから早く食べて欲しくて、お~くんに手伝ってもらったの。ご主人クン、いつもお昼抜いてるでしょ」
「あー、えっと」
「おれはご主人クンのすべてを知ってるからね~」

 目の前でパンケーキが切り分けられ、そのまま口に入れられた。甘さの中にほんのりと塩味があり、優しい触感が弾けながら消えていく。初めて食べたけれど、すごく美味しい。

「ご主人クン、こういうのもお好きなのね」

 甘く垂れ目を溶かして、俺の食事を見守っている。毒気のない瞳に身体を包まれているような、変な感じがした。

「もっと食べて。ぐっすり寝てるせいでずっとお預けなのも、食べたら許してあげる」

 俺の食事ペースなんて全く気にしておらず、咀嚼途中の唇にパンケーキが柔く押し当てられた。勿体なく思いながらも飲み込んで、それを口に含む。フォークが暇にならないようにまたパンケーキを刺して、食べ始めたばかりの口元に運ばれた。流石にそんなスピードは苦しいので閉じたままでいると、くっつけたり離したりして遊び始めた。
 食べ物で遊んじゃ駄目だと言いたいのに、あまりにも楽しそうだから、そんな行為も許してしまっている。
 俺が食べる速度が遅いからか唇から離し、めいくんは自分の方に運んでいく。演技する素振りもなく半分だけ口に含み、おいしい、と微笑んだ。
 考えてみれば、俺に世話を焼いてくれるけれど、スムージー以外を口にしているところはほとんど見たことはなかった。
 俺は自分が思っている以上に、めいくんのことを知らない。

「食事に興味なかったけど、ご主人クンと同じもの食べるのは楽しいかも」

 身体がじんわりと暖かくなる。咀嚼することも出来ないまま、ただ彼の笑顔を瞳に焼き付けようとしていた。
 嬉しい。こんな彼を、ずっと見ていたい。
 めいくんが残りを食べるのに釣られて、ほとんど崩れたパンケーキを飲み込んだ。ちまちまと動く口元が愛おしい。

「めい、美味しい?」

 途端に向かいの彼が固まり、フォークが指先から抜け出すように落ちていった。カタンと音が鳴ると同時に綺麗に真っ赤に染まる顔を可愛いと思って、時差で自分の過ちに気付く。
 自分の妹弟を呼ぶような気持ちで、彼を呼び捨てにしてしまっていた。
 彼の熱が飛び火して、俺の顔面も燃え始めた。余計なことをしてしまった、気持ち悪がられたらどうしよう。恥ずかしくて、顔を上げることが出来ない。

「お、おお、おいしい、よ、あ、ある、ク、ン」

 いつにもなくたどたどしい言葉も、可愛かった。

「どうしたの、二人とも」
「り、りっちゃん、あとはまかせるね!」
「あっくん!?」

 向かいで風が吹いて、めいくんが走り去ったと気付いた。一瞬だけ頬が涼しくなって、またすぐに熱を取り戻す。
 それから、めいくんは戻ってくることはなかった。俺の退店に合わせて見透かしたように『あしたもまってるからね』と送られてきて、嫌われていないことに喜んでしまう自分がいた。
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