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内緒のドリンクファイト 3

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 日差しって、こんなに眩しかったっけ?
 休日は家でのんびりしているし、買い物に行くのも夜が多い。めいくんのおかげで、この週末は食後誘われるように昼寝をしてしまっていた。
 買い出しを頼まれて、駅前まで来ていた。飲み屋街はいつもより落ち着いているものの、ランチタイムも営業しているところが多く、人もそれなりにいる。
 どうせ昼休憩も兼ねて出てきたのだし、と言い訳して、あの雑居ビルの方へ寄り道をした。もうすぐというところで、見慣れた赤茶色が視界に映る。もしかしてと思った瞬間に目が合い、彼は昨日のように顔を紅潮させながら固まってしまった。
 メイドではない、大学生の阿左美めいを、初めて見た。
 白いシャツに黒のスキニーデニムと、彼らしいピンク色はどこにもない。接客中はコンタクトを入れているのだろうか、黒縁の眼鏡を掛けているが野暮ったいとは思えなかった。角度によっては涙ほくろが隠れそうなのが残念だが、知的な印象を与えている。
 きっと、今の彼は格好良いと呼ぶに相応しいはずなのに、やはり可愛いがしっくりくる。垂れ目の中で忙しなく動く瞳も、何も言えずに開いた唇も、持ち手に力が籠もる指先も、動かなくなった足まで、全部が可愛い。

「なんで、やだ」

 やけに拒絶の言葉ははっきりと聞こえた。でも、それが本当に嫌がっているわけではないと分かる。妹弟がぐずるときに反射的に飛び出してしまうものに、彼の音は似ていた。

「めいくん」

 側へ歩み寄ろうとすれば、動き方を思い出したようなぎこちなさでビルの中に消えていった。無意識に伸ばした腕が、寂しそうにしている。苦しくなって、業務を放棄しそうになっていた自分を律するように、その腕で頬を叩いた。
 珍しく、めいくんからメッセージは来なかった。


 行くべきじゃないのかもしれないとも考えたが、身体は勝手にこのメイドカフェへ訪れてしまっていた。
 何度か扉前の『おむ♡ふぁた~る』を読み上げたところで、恐る恐る店内に入る。昨日と同じナース衣装の彼がこちらを見て、目をきょろきょろと動かした。赤茶は昨日とは違うアレンジのツインテールとなっており、リボンだけでなくハート型のピンなどの装飾も多い。

「ご、ご主人クン、待ってた、よ~」

 話し方も、歩き方も、違和感があった。ある程度近付いたところで停止し、早く来て~、と棒読みで案内される。俺達の距離は詰まることがなく、進む度に一定の距離を保つように後ずさりされてしまった。
 めいくんはそのままキッチンへと消え、それでもちらちらとこちらを見ている。視線がかち合うと肩が上がり、パーテーションのようにお~くんさんを自分の横に立たせて、俺を切り離した。

「あっくんに何かしました?」

 空いた食器を持ってカウンターに入ったりっちゃんさんが、呆れた表情でキッチンを見ている。ちょうど良い、とキッチン担当の彼に手元のものを預け、こちらに戻ってきた。

「何もしてないつもりなんだけど……」
「昨日今日のあっくん、すごく変なんです。しおらしいし、俺の言うことはきちんと聞くし。俺が来るや否や、とびきり可愛く、って恥ずかしそうにオーダーしてきて」
「あのツインテールのアレンジ、やっぱりりっちゃんさんなんですね。すごく似合ってる」
「そうでしょう、俺にかかればあっくんでもハーフツインが似合うんです」

 自信満々に彼が頷いた。先輩後輩だというのが納得できる。二人はこういうところがよく似ていた。

「りっちゃんさんは、衣装を選ぶのも上手ですよね。きっと体型に合わせて手直しもしてるんじゃないですか? それに、色も皆さんに合っているなと思っていて。りっちゃんさんはどの色も似合いそうですけど、特に今日みたいな赤が似合いますね」

 彼はめいくんのようにこちらへ衣装の全貌を見せてくれた。赤を基調とする以外作りは同じだが、小物やリボンの大きさはちょっとずつ違う。肩ほどの髪を白いカバーのようなものの中に仕舞っており、ナースらしい清潔感があった。大きめの赤リボンがその頂点にあり、回転に合わせてそよいでいる。
 再び向き合うときには、赤く艶のある唇に堂々とした笑みがある。

「やっぱり俺は赤ですよね。こういう服が自分に一番似合うという自負もあります。それでも、人に改めて言われると、……嬉しいです。そういう言葉が自信になって、俺はもっと可愛くて綺麗になれるんです。手直しも俺がやってますし、み~くんが青なのは俺が選んだからです。悔しいですけど、彼は青がよく似合うので」

 キッチンの方を一瞥し、ただ、と呆れたような寂しそうな表情を浮かべた。

「あっくんは、ピンクはあげない、って言ってきたんですよ。いつも通り失礼な態度で。その上で、おれがこの店で一番可愛いから、とか抜かして、本当にムカつきますよね。別に可愛いのカテゴライズでもないくせに」

 思ったよりも散々な物言いだった。
 昼間のめいくんを脳裏に浮かべた。色のないコーディネートはきっと彼の本来の好みなのだろう。それなのに、他の人から奪うようにピンクを選んでくれた。俺のことが、好きだから? どういう好きかは分からないけれど、ピンクがなによりも愛おしくなった。
 彼の大切にしてくれるものを、もっと俺も知っていきたい。

「教えてくれて、ありがとうございます」
「いえ。でも、あいつは本当にろくでもない人間なので、関わり方は考えるべきですよ」
「……りっちゃん、なにしてるの」

 プレートを持っためいくんが、りっちゃんさんを押しのけた。レースの模様に囲われた皿の中心で、ケチャップライスのクマがオムレツの布団に入り眠っている。

「あっち行って。女か癸の相手でもしてなよ」
「あっくん、終わったらその口の聞き方に関してお話があります」

 周りから見えないのを良いことに、二人は足下で小競り合いをしている。埒が明かないと判断したのか、覚えててね、と怒りを滲ませて去っていった。

「あの人と何話してたの」
「めいくんが可愛いって話だよ」

 そう返せば、不機嫌の中に恥じらいが見えた。

「……おれ、可愛い?」

 いつもの自信はどこにもなく、店内の賑わいにかき消されそうなほど小さな声で聞いていた。きっと、俺以外の鼓膜を震わすことがない、愛おしい質問だった。

「今の君の姿も、調理してる横顔も、可愛いよ。今日の髪型も、めいくんに似合ってる」
「ふ~ん」

 もっと褒めろ、と言っているのも、この数週間の付き合いで分かっていた。

「俺の健康管理のために、食事も調整してくれているよね。無頓着だった分そういうのに詳しくないけど、めいくんが俺のために作ってくれているのはいつも伝わっているよ。美味しいご飯をいつもありがとう。それに私服のめいくんはいつもと雰囲気が違って素敵だったよ」

 言い切ってから、彼の地雷を踏んだのだと気付いた。まばたきが激しくなり、瞳は忙しなく揺れ、可愛く顔を染めていた。

「ご、ごは、ん、あったかいうち、に、たべてね!」

 それだけ言い残して、仮眠室の方へ走り去ってしまった。私服の話は嫌だったのだろうか。
 近くにいたりっちゃんさんだけはすべてを理解したようで、なるほどな、と一人納得していた。結局今日も、彼がホールに戻ってくることはなかった。
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