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旦那様Side④
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一昨日、久しぶりにヴィーの元気のいい声を聞いた。
冒険者協会での会合の時だ。
得体のしれない服装で、しかもおそらく男から借りたのだろうと思われるオーバーサイズ。
正直ムッとしたしモヤモヤした。
その後ヴィーがパーティーの代表者として大きな声で挨拶をしたり、いけ好かないジークに向かって「お引き取りください」と冷たく言い放っている様子はカッコよかった。
侯爵夫人として猫をかぶっておとなしくしているよりも、こうやって溌溂としている姿のほうがヴィーにはよく似合う。
ロイはもう登録を抹消している――その事実を告げなければならなかったのは、こちらとしても辛かった。
登録名は早い者勝ちで、同じ名前は使えない規約がある。取り違えを避けるためだ。
ジークは「ロイ」の名前が抹消されているか否かを確認するために、新人に「ロイ」という名前で登録を試みてくれと頼んだのだ。
それが問題なく受理された結果、ロイはもう冒険者を引退したのだと確証を得たわけだが、なんとも気分が悪い。
ヴィーは明らかにショックを受けている様子だった。
励ますためにイカ焼きを食べて帰ろうと誘ってみたが、塩対応でいなされてしまった。
どうしてこうなった。
「守秘義務のせいだ。こっちからヘタに機密を漏らすと重大な規約違反でダンジョンの樹が枯れる恐れがある」
自分からロイだと白状してしまえば、そこから芋づる式にあれこれ勘づかれてしまうかもしれない。
しかし、こちらからは何も言っていないのに相手が勝手に気付いてしまったのならば仕方ない。
そのように持って行くつもりだったのに。
エリックのことがわかったんなら、俺にも早く気付けよ。
「うん、わかってるつもりだよ」
エリックは薄々知りながら、あえて核心には触れてこない。
マーシェスダンジョンは噂通り地下50階が最後のフロアで、ラスボスが俺であること。それこそがロイが突然何も言わずに引退した理由だということも、気付いているはずだ。
冒険者協会の会長を引き継ぐまで、何も知らなかった自分が情けない。
ダンジョンマスターはダンジョンの生みの親であるダニエル・ローグだが、協会長がその代行でダンジョン内外の円滑な運営を担うという基礎知識ならあった。
それに実際に冒険者として攻略していれば、運営管理者となった時にその経験が生かせるとさえ思っていた。
それがまさか、ラスボスまで代行するシステムだったなんて。
こういったプログラムは最初から「ダンジョンの種」に組み込まれていた魔法回路のようなもので、ダンジョンによって設定がまちまちだ。そして、それをおいそれとは変更できない。
父からその話を聞かされていなかったのは、俺があのダンジョンを攻略中だったからだ。
だから言えなかったのだろう。
攻略が進むにつれて、遠回しに早く冒険者を辞めろと言われていた理由がこれだったなんて、なんという皮肉だろうか。
フロアボスが何度もリポップするのと同様で、ラスボスが倒されたからといって本当に死ぬわけではない。
姿かたちは好きなようにカスタマイズできるため、最後まで気付かれずに終えることも不可能ではない。
もしも父が病に倒れなければ、そのままラスボスとして息子の俺と対戦したのだろうと思うと、なんとも複雑な気持ちになる。
俺だって、どんな心持ちでこれまで一緒に戦ってきた仲間たちと対峙すればいいのか、まだ考えあぐねている。
ロイの正体は自分だと白状しただけで、イコール俺がラスボスという結論に直結するわけではないとわかっている。
しかし、万が一を考えると躊躇してしまった。
過去に別のダンジョンで、協会長が酔った勢いでダンジョンの裏側をあれこれ暴露してしまい、それが元で大樹が枯れてしまった事例が実際にあるのだ。
踏破を目前にして会長のやらかしが原因でダンジョンがサービス終了しましたなど、あってはならない。
最初からヴィーがここまで鈍いとわかっていれば、正直に「実は私がロイなんだよ」と話しても何ら差支えなかった気がするが、もう後の祭りだ。
ラスボス戦目前まできているのだから、このまま突き進む方がいいだろう。
この判断は間違っていたんだろうか。
「僕からバラしたりはしないからさ、まあ好きにしなよ。ふたりが離婚してくれても僕はかまわないし? とりあえず早く追いかけろよ。バラ園でまた別のエロオヤジに声掛けられてるかもしれないよ」
エリックの余裕の微笑みに舌打ちすると、バルコニーの奥へと向かいながら手袋を外して指をパチンと鳴らす。
「マーシェス侯爵ご夫婦は奥で仲直りしてるんで、はいはい、野次馬は解散してね」
そんな声を聞きながら、空間移動してバラ園に向かったのだった。
冒険者協会での会合の時だ。
得体のしれない服装で、しかもおそらく男から借りたのだろうと思われるオーバーサイズ。
正直ムッとしたしモヤモヤした。
その後ヴィーがパーティーの代表者として大きな声で挨拶をしたり、いけ好かないジークに向かって「お引き取りください」と冷たく言い放っている様子はカッコよかった。
侯爵夫人として猫をかぶっておとなしくしているよりも、こうやって溌溂としている姿のほうがヴィーにはよく似合う。
ロイはもう登録を抹消している――その事実を告げなければならなかったのは、こちらとしても辛かった。
登録名は早い者勝ちで、同じ名前は使えない規約がある。取り違えを避けるためだ。
ジークは「ロイ」の名前が抹消されているか否かを確認するために、新人に「ロイ」という名前で登録を試みてくれと頼んだのだ。
それが問題なく受理された結果、ロイはもう冒険者を引退したのだと確証を得たわけだが、なんとも気分が悪い。
ヴィーは明らかにショックを受けている様子だった。
励ますためにイカ焼きを食べて帰ろうと誘ってみたが、塩対応でいなされてしまった。
どうしてこうなった。
「守秘義務のせいだ。こっちからヘタに機密を漏らすと重大な規約違反でダンジョンの樹が枯れる恐れがある」
自分からロイだと白状してしまえば、そこから芋づる式にあれこれ勘づかれてしまうかもしれない。
しかし、こちらからは何も言っていないのに相手が勝手に気付いてしまったのならば仕方ない。
そのように持って行くつもりだったのに。
エリックのことがわかったんなら、俺にも早く気付けよ。
「うん、わかってるつもりだよ」
エリックは薄々知りながら、あえて核心には触れてこない。
マーシェスダンジョンは噂通り地下50階が最後のフロアで、ラスボスが俺であること。それこそがロイが突然何も言わずに引退した理由だということも、気付いているはずだ。
冒険者協会の会長を引き継ぐまで、何も知らなかった自分が情けない。
ダンジョンマスターはダンジョンの生みの親であるダニエル・ローグだが、協会長がその代行でダンジョン内外の円滑な運営を担うという基礎知識ならあった。
それに実際に冒険者として攻略していれば、運営管理者となった時にその経験が生かせるとさえ思っていた。
それがまさか、ラスボスまで代行するシステムだったなんて。
こういったプログラムは最初から「ダンジョンの種」に組み込まれていた魔法回路のようなもので、ダンジョンによって設定がまちまちだ。そして、それをおいそれとは変更できない。
父からその話を聞かされていなかったのは、俺があのダンジョンを攻略中だったからだ。
だから言えなかったのだろう。
攻略が進むにつれて、遠回しに早く冒険者を辞めろと言われていた理由がこれだったなんて、なんという皮肉だろうか。
フロアボスが何度もリポップするのと同様で、ラスボスが倒されたからといって本当に死ぬわけではない。
姿かたちは好きなようにカスタマイズできるため、最後まで気付かれずに終えることも不可能ではない。
もしも父が病に倒れなければ、そのままラスボスとして息子の俺と対戦したのだろうと思うと、なんとも複雑な気持ちになる。
俺だって、どんな心持ちでこれまで一緒に戦ってきた仲間たちと対峙すればいいのか、まだ考えあぐねている。
ロイの正体は自分だと白状しただけで、イコール俺がラスボスという結論に直結するわけではないとわかっている。
しかし、万が一を考えると躊躇してしまった。
過去に別のダンジョンで、協会長が酔った勢いでダンジョンの裏側をあれこれ暴露してしまい、それが元で大樹が枯れてしまった事例が実際にあるのだ。
踏破を目前にして会長のやらかしが原因でダンジョンがサービス終了しましたなど、あってはならない。
最初からヴィーがここまで鈍いとわかっていれば、正直に「実は私がロイなんだよ」と話しても何ら差支えなかった気がするが、もう後の祭りだ。
ラスボス戦目前まできているのだから、このまま突き進む方がいいだろう。
この判断は間違っていたんだろうか。
「僕からバラしたりはしないからさ、まあ好きにしなよ。ふたりが離婚してくれても僕はかまわないし? とりあえず早く追いかけろよ。バラ園でまた別のエロオヤジに声掛けられてるかもしれないよ」
エリックの余裕の微笑みに舌打ちすると、バルコニーの奥へと向かいながら手袋を外して指をパチンと鳴らす。
「マーシェス侯爵ご夫婦は奥で仲直りしてるんで、はいはい、野次馬は解散してね」
そんな声を聞きながら、空間移動してバラ園に向かったのだった。
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