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第1章

17話

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 果ての塔へ来てから朝寝坊が当たり前な私でしたが、今日は塔の周りがガヤガヤと騒がしく目を覚ました。
 ベッドから降りて寝着から動きやすい服装に着替えます。
 軽く跳躍し、高い天井の柵がしてある窓から下を伺います。
 其処に居たのは人、人、人。
 
 何処からこんなに人が集まったのでしょう?

 指揮を取っているのは神殿の教主です。
 正直私はこの教主が好きではありません。
 清らかなる生活をおくる者ならそのような体型になり得ないと言う程に、教主の体はどっぷりと肥えています。
 肉に埋もれた顔のパーツはどうやら笑顔を浮かべているようです。
 良いように見れば朗らかでしょうか?
 声だけは良いようで民衆はその笑顔と声に騙されて教主を崇め立てます。

 その教主が珍しく荒々しく叫んでいました。
 喋る度に唾が飛ぶのが見えて気持ち悪いです。
 視力が良すぎるのも良い事ばかりじゃないのですね。

「この塔に幽閉されているリコリス・ロコニオ・クレーンカこそ魔女である!聖女に皇太子が奪われたと聖女を呪ったおぞましい魔女だ!魔女を殺せば聖女の呪いは解け、再び神聖なる結界を張る事が出来、国の安全は守られるであろう!皆、聖女のために呪われた魔女を打ち滅ぼすのだ!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

 民衆の声が上がります。
 その声と表情は教主を一切疑っていません。
 皆、鎌や包丁などを持って塔をグルリと囲んでいるようです。

「聖女の呪いを消すんだ!」

「聖女様の力を取り戻せ!」

「血まみれの令嬢の首を切り落とせ!!」

 私に対する呪いの言葉が大勢の民衆から発せられます。
 コレは少しキツイです。
 1人ずつなら大した魔力を持たないので呪いの言葉はすぐに浄化されます。
 しかしこれ程の人数が吐く呪いの言葉は浄化されず”呪い”となって私に纏わりつきます。
 
 コレを還すことは難しい事ではありません。
 ですが還せば民衆が呪いをその身に受けます。
 《武神》として護ってきた者たちを私が傷つける事なんて出来るはずがありえません。

 ドォン!

 塔の扉が丸太で突き上げられます。
 このままでは塔の扉が壊されるのは時間のもんだいでしょう。

「皆さん頑張って下さい!どうか魔女を殺して私の聖女としての力を取りもどして下さい!」

 はらはらと涙を流しながらディルバさんが訴えかけます。
 愛らしい顔と庇護欲を擽る華奢な身体のディルバさんに民衆も虜になっているようです。

「聖女様の力を取り戻すんだ!」

「魔女は死より苦しい刑に処せ!」

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!!」

 民衆は完全に暴徒となっています。
 呪いの言葉が私の身に纏わる呪いを更に強いものとします。
 体が重いです。
 呪いを解いてしまいたい…。
 でもソレは護るべきものを傷つけることになるのです。
 それだけは、一族の誇りにかけて出来るものではありませんでした。

 バァン!

 扉が開きます。
 暴徒たちが階段を上がって来ます。
 呪いの言葉を吐きながら。
 重厚な呪いの気配が私の部屋の扉の前まで着てしまいました。
 結界を張ってあるので向こう側からは扉は開けれないはずです。

『聖なる石よ、魔なる結界を取り除け』

 力ある言葉と共に私の張った結界はパリン、とガラスが割れたような音がして打ち消されました。

 ギィ

 扉が開きます。
 1番に目に入って来たのは教主です。
 その手には国宝級を越えた伝説級の聖清石が存在しました。
 国宝級の聖清石なら私の結界を破る事は出来なかったはずです。
 しかしソレが伝説級の物となると話は別です。
 おそらく神殿で保管していた物でしょう。
 王家にこれ程の聖清石があるとは思えません。
 伝説級の聖清石を結界を1回解除させただけでひび割れた自分の力に気を良くする間もありません。

「リコリス、血まみれの魔女よ。お前の首を貰いにきたぞ」

 グフグフと笑う教主の口の端から泡が出ています。
 コヒュコヒュと醜い呼吸音が耳に届きます。
 吐く息は生臭く、とても聖なる教えを説く者とは思えません。

「【防音】の結界を張った。今なら私の声はお前にしか聞こえない。さぁリコリス、儂の手を取れ。そうすればその呪いを浄化し、民衆には被害を出さない様にしてやろう。お前がどれだけ強い魔力を持っていても法力を持たないお前は浄化の術は使えない。呪いの解呪は儂にしか出来ん。民を傷つけたくは無いだろう?儂の手を取れ。そうすればお前は命を落とさないし民も傷つかない」

 ニタリと笑って教主はひび割れた聖清石を落とし、その手を私に向かって差し出します。

「貴女の手を取る位なら死ぬ方がよっぽど良いですね。私は呪いで死を選びます。それでも聖女の結界は直せないでしょうから次は誰を犠牲にしますか?どんな言葉を使っても1回失敗すれば民の心は神殿から離れますよ」

 ゲラゲラゲラゲラ!

 教主が腹を抱えて笑います。
 笑う度に脂肪が揺れて全くもって見ているだけで不快です。
 何がそんなにおかしいと言うのでしょうか?

「お前が呪いで死んでも聖女の結界は蘇らない。それはその通りだ。では呪いを解くための生贄が必要だと伝えよう!何人にする?100人か、それとも1000人か?生贄は両手足を切り取り塩を詰めた壺に入れよう。体中の水分が干からびて3日もあればミイラが出来る。おぉ怖い怖い!流石は魔女の呪いだ!いったい何万人の命を奪えば気が済むのだ!?」

「この…外道が……」

 教主が手を私に差し出す。
 私はその手を取るため力無く右手を上げた。

 あぁ魔王、せめてお別れになる前にキス位したかったです。
 さようなら私の大好きな魔王。 
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