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第1章

18話

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 ドォンッ!

 大きな音がたちました。
 見れば教主の体から煙が噴いています。

「汚らわしい手で気安く我のリコリスに触れないでもらおうか」

 美しくも重厚なテノールの声が聞こえます。
 あぁ、私が1番聞きたかった声です。

 何時の間にか【ゲート】が繋がっていました。
 そこに立っているのは夜の帳の髪と月の色の瞳の美丈夫な男。
 私が誰よりも愛してやまない魔王の姿がありました。
 魔王が私に近づいてきます。
 その1歩1歩がスローモーションのように感じられます。
 そして、私の大好きな笑顔を浮かべるのです。

「リコリス、遅くなってすまない。よく頑張ったな。これからはもうお前を辛い目にあわせたりしない。我の手を取ってくれるかリコリス?」

 魔王の手がさし伸ばされます。
 私は《武神》失格です。
 クレーンカ一族の恥です。

「魔王!会いたかったです!!」

 だって民の事など思いやることが出来ません。
 魔王の手を取る事に躊躇いなどありませんでした。
 その綺麗な手を取らずにいられる者などいるはずがありません。

「魔王!魔王!!」

 その腕に引き寄せられ私の体が宙に浮きます。
 気付けば魔王に抱き上げられてしまってました。
 でも恥ずかしいとか思う前に私は心の思うままに魔王の首に腕を回しその首筋に頭を埋めました。

「会いたかったです!怖かったです!もう、魔王には会えないのだと思いました…最後に一目でも魔王に会いたいと願いました!やっぱり神様はいるのですね、最後に魔王に会わせて下さいました」

 年甲斐もなくポロポロと涙が溢れます。
 そんな私を魔王はギュッ、と抱きしめてくれるのです。
 私は魔王が好きです。
 ”番が見つかるまでの間傍に置いて欲しい”なんて嘘です。
 誰かが魔王の腕に抱かれているのなんて見たくもありません。
 誰かが甘い声で魔王に呼ばれるのなんて聞きたくもありません。
 誰かが魔王の優しい瞳で見つめられるのなんて想像したくもありません。

「魔王、貴方が好きです。愛しています。貴方にって私が珍しいだけの多少興味を引かれただけの存在であったとしても、私は貴方を諦めきれません」

 クスクスクス

 ここは笑う処じゃないと思います魔王。

「やっと手に入れた。誰がお前以外の者に甘い言葉を囁くものか!お前以外を抱きしめるものか!我のこの腕も声も、肉体魂の全てはお前のものだリコリス…我の番になってくれ」

 私は夢を見ているのでしょうか?
 こんな都合の良いことがあって良いのでしょうか?
 確かに魔王が言いました。

 ”我の番になってくれ”と。

 私が魔王の番になる。
 そんな幸せなことがあって良いのですか!?

「返事はしてくれぬのかリコリス?」

 あぁ何て甘い声。
 魔王の顔を見つめるととても優しい笑顔を浮かべています。
 ですが蜂蜜の様に蕩けそうな瞳の奥に熱を浮かべています。
 私はこの瞳を知っています。
 ミヤハルさんを見るエントビースドさんの瞳にそっくりです。
 番を見る瞳です。

「私で良いのですか…?」

「お前以外は考えられぬよ。もし断られてもお前の命尽きるまで我は愛を囁くつもりではいるが?あぁでもお前が誰か別の者の手を取るならその者を殺しお前を幽閉せねばならぬな。こんな何時でも出て行けるようなお粗末な塔ではなくな」

「魔王は意外と独占欲が強いのですね」

「嫌になったか?」

「いいえ、ますます貴方の事が愛おしくなりました」

「では我への返事は?」

「はい、私を貴方の番にして下さい」

 魔王の顔がこれ以上ないくらいに綻びました。
 私の言葉でこんなに喜んでくれるのですね。
 私の存在をそんなに欲してくれるのですね。

 魔王の顔が近づきます。
 ソレを避ける必要性なんてありません。

 魔王の唇が私の唇に重なりました。

 あぁ魔王は唇は温かいのですね。
 冷たい体をしているから、てっきり唇も冷たいのだと思っていました。
 薄い形の良い唇はふに、と柔らかくてとても気持ち良いです。
 魔王が角度を変えて何度も何度も私に口づけします。

「まおー息ができない、です…」

「キスの時は鼻で息をしろ。この甘い唇を貪るのは止められそうに無い」

 ふわぁぁぁっ!
 魔王の声が、声が腰にクルくらいに甘いです!
 キスで思考も止められて、体も力が入らなくてふにゃふにゃです。
 こんな状態の私をしっかりと抱えてキスを継続できるなんて魔王は力がありますね。
 力の抜けた人を持ち上げるのはかなり力がないと辛いはずですが。
 魔王は軽々私を抱きかかえています。
 
 お昼寝のハグで知ってはいましたが魔王はかなり体が逞しいです。
 その逞しい体は見掛け倒しじゃなかったんですね。
 少なくとも私では本気を出されたら勝てないでしょう。
 そんな魔王が私に夢中になっている何て信じられません。

 でも温かい唇が私を愛してくれているのだと信じさせてくれます。
 熱の籠った瞳が私に情欲を感じてくれているんだと分かります。

 ソレを意識すると私の体は熱を持ちます。
 顔も体も上気しているでしょう。
 きっと周りから見たら間抜けなユデダコさん状態でしょうね。
 綺麗な魔王とユデダコさんでは釣り合わない気もしますが、魔王がこんな私で良いと言ってくれているのだからソレで良いのです。
 他の誰が私が魔王に相応しくないと言っても、魔王は全身で私を愛してくれるのだと信じさせてくれます。
 魔王が私で良いと言ってくれるなら、他の誰の言葉の棘も私には傷つけられません。

「魔王?魔王だと!?この血ねれの売女が!その体で魔族の王まで誑かしたかっ!!!」

 あ、教主生きていました。

「あんなに簡単に殺したらお前を手にかけようとしての罪に釣り合わないだろう?ソレにはお似合いの末路を味合わせなければリコリスが傷ついた痛みに釣り合わぬ」

 冷たい声と表情です。
 これがミヤハルさんの言っていた”絶対零度の君主”と言うヤツなのでしょうか?
 でもそんな魔王もうっとりする位恰好良いです。

「さぁそれでは断罪の時間と入ろうか。ソコの贅肉を筆頭にクズたちを一掃せんとな」

「魔王、民衆は…」

「心配するな。其方についての対応策はもう出来ている。我らは高みの見物をしているだけで良い」

 と、言う事は魔王は何もしないと言う事でしょうか?

「我の断罪方法ではリコリスが悲しむと言い張られてな。全ての処理は発言者に一存した」

 魔王は顔を手で覆ってハァ、と大きな溜息を吐きました。
 その癖が出る時は困っているのではなく”どうしようもないから、なる様になれ”の時の溜息だと今の私は知っています。

「贅肉もビッチもその他諸々クズ王家も断罪の時間やで~♪」

 塔の外で楽しそうな聞きなれた声が響きました。
 成程、溜息の理由が分かりました。

「ミヤハルさんが断罪係なのですか?」

 なら私も安心して任せられます。
 ミヤハルさんはむやみやたらに人を傷つける人ではありませんから。
 でも何か魔王はミヤハルさんに苦手意識を持ってる様子なんですよね。
 あんな素敵なお姉さんを苦手だなんて本当に魔王は変わりものです。

「姉上だけでも問題だったのが兄上まで加わると言って聞かなくてな…」

「ミヤハルさんだけでなくエントビースドさんもですか!?」

 流石に驚きました。
 まさかエントビースドさんまで係わってくるとは想像もしていなかったので。

「まぁ任せておいても大丈夫な人選ではある。兄上が変に嫉妬しなければ良いのだがソコは姉上がどうにかするであろう」

 魔王が言うなら大丈夫なのでしょう。
 それにしても、どう断罪をするつもりなのでしょうか?
 でも1つでけ言える事があるとすれば。
 私の”番”が信頼しているなら私は何も心配しなくて良いという事です。

 ひゃぁ、”番”とか言ってしましました。
 何だか物凄く甘酸っぱいです。
 先ほどまでの温度差には我ながら驚いていましたが、私は自分で思っていたよりも”乙女”だったようです。
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