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第1章

5話

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 そわそわします。
 別におトイレに行きたい訳では無いですよ?
 何故そわそわしているかというと…。
 私はテーブルの上に置かれた”クッキー”なるお菓子を前にしているからです。
 クッキー、名前は知っていましたがこんな形だったのですね。
 何せ戦いと勉強に明け暮れた私の人生に甘未などに係わる暇など無かったもので。
 正直スラムの子供たちと比べても私の食事は悲惨なものでありました。
 昼間に起きて食事を取る時間があったら少しでも眠りたかったですし。
 なので私が物心ついた時から食べていたのは筋張った干し肉とカロリー重視の味軽視の謎の丸薬です。

 本当に、えぇ本当に味は二の次なのです。
 美味しくないソレを戦いの合間に咀嚼して栄養を補っておりました。
 飲み水は自分で出した水魔法の水です。
 正直味気ないどころではない食生活でした。

 そんな私の目の前にはクッキーがあります。
 星形・ハート型・猫型・三日月型と様々な形があります。
 お菓子と言うのは見た目も楽しむものなのですね。
 焼きたてのソレの甘い匂いは私の鼻腔を刺激します。
 あぁぁ本当にコレ私が食べて良いんですか!?
 夢じゃありませんよね!!

「どうした食べぬのか?」

 魔王が私の横に座りジッ、と私を見てきます。
 うぅ美形すぎてあまり直視出来ないですわ。

「食べぬのなら我が持って帰るぞ?」

「た、食べます!食べますから持って帰らないで下さい!!」

「そ、そうか」

 魔王が少し引いています。
 そんなに必死の形相だったのでしょうか私?
 いやでもこんな美味しそうなもの前にして平常心を保てと言う方が無理じゃないですか?
 でも何時までも眺めてばかりはいられません。
 私はハート型のクッキーを掴み恐る恐る口に運びます。

 サクッ

 小さな1口でしたがそのサクサクした食感とバターの香り、甘さの洪水が私の口の中を襲いました。

「~~~~~~~美味しい!!!」

 思わず大声を上げてしましました。
 でも【消音】の魔法を部屋に張ってあるので外の兵士には聞こえて無い筈です。
 あぁこんな甘いもの初めて食べました。
 サクサクな食感も堪らないです。
 あぁでも大切に食べないとすぐに無くなってしまう量です。

 どうせなら気を利かせてもっと持って来てくれても良かったのですよ魔王さん!
 それにしても口の中が楽園です。
 でも口の中の水分を持って行かれるのでお水が飲みたいです。
 でもこの味を口の中から洗い流すのは勿体ない!
 でも水を飲まないと口の中がパサパサして折角のクッキーの味が半減してしまいます。

「砂糖とミルクはどれくらい入れる?」

「はい?」

 隣を見れば魔王が紅茶を用意してくれてました。
 そんなティーセットこの部屋には無かったはずですが何処から取り出したのでしょう?
 でも折角なので頂きたいと思います。
 毒が入っていようが【解毒】の魔法を使えば良いだけですしね。
 たとえ解毒できなくてもクッキーを食べながら死ねるなら本望です!

「え、え~と。普通はどれくらい入れるモノなのですか?」

「お前、紅茶を飲んだことないのか!?」

「生まれてから母乳と水以外の水分を取った事はありません」

 魔王が驚愕に目を見開きます。
 それそんなに驚くところでしょうか?

「随分不憫な人生を送ってきたようだな…。クッキーが甘いから砂糖は少なくても構わないだろう。ミルクを入れるとまろやかになる」

 魔王に同情されてしましました。
 私の人生って人としてアウトと言う事ですね。
 まぁ今はそれどころではありません。
 魔王がカップに注いでくれた紅茶はとても澄んだ綺麗な色をしています。
 ほかほかと湯気が立っていて、何とも言えない香しい香りを放っております。
 魔王の言うように砂糖すこしとミルクを入れて1口。

 ビシャァァァアン!!

 体に電流が走りました。
 あ、比喩です。
 本当に電気出した訳ではありません。
 と言うかこんなに素敵な飲み物がこの世にあったなんて!

 お腹がポカポカして気持ちが良いです。
 まろやかで、それでいてほんのり甘さを宿す紅茶。
 温かい飲み物を飲むのが初めてなのも相まって感動も一押しです。
 思わず体をプルプルさせてしまいます。

「美味しいか?」

「はい!今まで口にしてきたものの中で今回が1番美味しいです!昨日の今日でこんな素敵なモノ用意して下さって有難うございます!!」

 思わず魔王に笑顔でお礼を言ってしまいました。
 
「そうか1番美味しいか。では明日はもっと美味しいものを作って来よう」

「え、コレ魔王の手作りですか?」

「うむ、朝から丹精こめて作ったぞ」

 知らなかった…魔族ってお菓子作るんですね……。
 だけど、手作り。
 手作りかぁ……。
 ふふふ、私のためだけの食べ物なんて始めてで今日がとても良い日となりました。

「明日も来て下さるのですか?」

「嫌がられても来るつもりだったが、いやに懐に入れて貰うまでが速いな」

「美味しい食べ物くれる人は良い人です!」

「お前…チョロすぎて逆に心配になるぞ……。まぁ我にとっては好都合だがな」
 
 フッ、と口の端を少し上げて蕩ける様な優しい目で見られちゃいました。
 これだけの美貌の方の微笑みと言うのは眼福ですね。

 それに明日も来てくれるという事はお話し相手ゲットと言う事ですし。
 魔王結構喋りやすいんですよね。
 私は毎日が戦闘と勉強の繰り返しで碌に人と喋ったことがありません。
 そう、コミュ障です。
 でも魔王はそんな私の拙い会話でも優しい微笑み浮かべてお話を聞いてくれるのです。
 
 幽閉されてから良い事尽くめです。
 でも少し体重が心配になりますね。
 この美貌の魔王の前で醜い姿晒したくありませんし。
 お茶が終わればまた1人です。

 摂取した分のカロリーを落とすため鍛錬でもしましょう。
 甘いお菓子はカロリー高いですからね。
 明日午後から手合わせお願いしたらこの美貌の魔王はどんな反応するのでしょうか?
 明日のスケジュール迄考えられるこの暮らしは本当に至福です。
 
 初めての友達が魔王だなんて人間は私が人類初めてかもしれませんね。
 そんなこと考えながら私は熱心にクッキーを頬張ります。
 私のその姿を魔王が優しい目で見ているのは少し先の未来で知る事になりました。
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