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第十章 されど幸せな日々
93 人は少しずつ人になる 成人
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「俺は、誓約書を書いてくれるなら考える、と言ったんだ」
朱実殿下が、うん、と頷いて紙を取り出す。
「とりあえず、内容を確認してくれ」
あれ? 誓約書を書いてくれるなら考える、とかって話を緋色と母さまがしていた時に、朱実殿下はいなかったよね? でも、朱実殿下が誓約書を作ったの?
「うちのは今、知っていると思うが手薄でね。肝心な時に、私たちを呼びに来ていてその場に居なかった」
んん?
「だがまあ、二ノ瀬の報告がお前の言葉をねじ曲げることは無いだろう。ただあったことを伝えるのが、あれらの仕事だから」
ああ。一ノ瀬が、朱実殿下や父さまを呼びに行っていたのか。二ノ瀬が残っていた。その二ノ瀬の報告を聞いて誓約書を作った?
「母さまの侍女は二ノ瀬じゃない?」
気配が薄くて強いから、二ノ瀬が侍女と護衛を兼ねているのかと思っていた。
「二ノ瀬だよ。よく分かったな、成人」
朱実殿下のお返事に首を傾げる。
やっぱり二ノ瀬。なら、二ノ瀬の報告はねじ曲がっているかもしれない。
「母さまの侍女は、お強い口調でお話にならないでくださいって言う」
朱実殿下は、開きかけた口を一度閉じた。それから、また開いた。
「な……るほど? 緋色の口調は、母上には、そう感じられてしまうのかな……」
「んー? んーん。俺と壱臣も」
たぶん、母さまが泣いたら、それは全部お強い口調。それなら、俺や壱臣の話も全部、お強い口調だった。
「ええ? なると壱臣が強い口調だっていうなら、この世に強い口調じゃない人なんていなくなるわ」
赤璃さまが言って、朱実殿下は額に指を当てた。朱音殿下は、朱実殿下と赤璃さまをきょろきょろと見てから、あぶーって言った。二人が話してるから自分も話したのかな? 可愛い。
「なるほど……。まあ、あれだけずっと側にいれば情も移るか」
「二ノ瀬も、もちろん一ノ瀬も人だからな」
緋色は、さらりと言った。
「そうだな。そうだった」
朱実殿下が頷く。
二ノ瀬のことはよく知らないけれど、一ノ瀬が人でなかったことなんて無い。俺が知っている一ノ瀬は、皆、人だ。
しん、とした中で、緋色は、朱実殿下に渡された紙をひょいと自分の後ろに置いた。読んだの? 早いね。もう終わり?
緋色は、いただきますと手を合わせる。俺も緋色に向かって右手を出した。ん、と緋色の左手が伸びてきて、俺の右手と合わさった。
「いただきます」
「いただきます」
赤璃さまと朱実殿下が、俺たちに倣って手を合わせて言った。
その場にいたのは、今日は、俺たちだけ。それぞれの護衛は静かに立っているけれど、ご飯を食べる人は四人だ。朱音殿下はまだ、ご飯は食べられないからね。皇家の大事な話をするからと、他の人はご飯の時間をずらしてくれたらしい。常陸丸は、後で乙羽と一緒に食べられる、って喜んでいた。半助は、壱臣と源さんと食べるのかな。皆、大事な人と一緒だから、それでいっか。力丸は、後で急いで食べて朱実殿下たちと皇城に戻るのかな。
あ、村正は一人だ。伴侶の佐鳥と子どもの村次は、西中国に行ったまんまだから。早く戻してあげないと寂しいかもな。生松も、九条の家族が皆、西中国に行っちゃってる。生松の見張りがいないな。ご飯、ちゃんと食べに帰ってくるかな。後で仕事場の病院に行ってみよう。
「やっぱり素敵ね、その手の合わせ方」
赤璃さまがにこにこしながら言った。膝の上の朱音殿下が、赤璃さまの手と自分の手を合わせて、俺たちの真似をしていた。上手。人の真似ができるようになってきたんだねえ。
こうして少しずつ、人は人になっていく。
二ノ瀬と一ノ瀬も、人で当たり前だ。
朱実殿下は、もくもくとご飯を食べた。
緋色が置いた誓約書は、退屈して赤璃さまの膝から下りた朱音殿下がはいはいしてつかまえて、ぐしゃぐしゃにしちゃった。
誰も、駄目よって言わなかった。
朱実殿下が、うん、と頷いて紙を取り出す。
「とりあえず、内容を確認してくれ」
あれ? 誓約書を書いてくれるなら考える、とかって話を緋色と母さまがしていた時に、朱実殿下はいなかったよね? でも、朱実殿下が誓約書を作ったの?
「うちのは今、知っていると思うが手薄でね。肝心な時に、私たちを呼びに来ていてその場に居なかった」
んん?
「だがまあ、二ノ瀬の報告がお前の言葉をねじ曲げることは無いだろう。ただあったことを伝えるのが、あれらの仕事だから」
ああ。一ノ瀬が、朱実殿下や父さまを呼びに行っていたのか。二ノ瀬が残っていた。その二ノ瀬の報告を聞いて誓約書を作った?
「母さまの侍女は二ノ瀬じゃない?」
気配が薄くて強いから、二ノ瀬が侍女と護衛を兼ねているのかと思っていた。
「二ノ瀬だよ。よく分かったな、成人」
朱実殿下のお返事に首を傾げる。
やっぱり二ノ瀬。なら、二ノ瀬の報告はねじ曲がっているかもしれない。
「母さまの侍女は、お強い口調でお話にならないでくださいって言う」
朱実殿下は、開きかけた口を一度閉じた。それから、また開いた。
「な……るほど? 緋色の口調は、母上には、そう感じられてしまうのかな……」
「んー? んーん。俺と壱臣も」
たぶん、母さまが泣いたら、それは全部お強い口調。それなら、俺や壱臣の話も全部、お強い口調だった。
「ええ? なると壱臣が強い口調だっていうなら、この世に強い口調じゃない人なんていなくなるわ」
赤璃さまが言って、朱実殿下は額に指を当てた。朱音殿下は、朱実殿下と赤璃さまをきょろきょろと見てから、あぶーって言った。二人が話してるから自分も話したのかな? 可愛い。
「なるほど……。まあ、あれだけずっと側にいれば情も移るか」
「二ノ瀬も、もちろん一ノ瀬も人だからな」
緋色は、さらりと言った。
「そうだな。そうだった」
朱実殿下が頷く。
二ノ瀬のことはよく知らないけれど、一ノ瀬が人でなかったことなんて無い。俺が知っている一ノ瀬は、皆、人だ。
しん、とした中で、緋色は、朱実殿下に渡された紙をひょいと自分の後ろに置いた。読んだの? 早いね。もう終わり?
緋色は、いただきますと手を合わせる。俺も緋色に向かって右手を出した。ん、と緋色の左手が伸びてきて、俺の右手と合わさった。
「いただきます」
「いただきます」
赤璃さまと朱実殿下が、俺たちに倣って手を合わせて言った。
その場にいたのは、今日は、俺たちだけ。それぞれの護衛は静かに立っているけれど、ご飯を食べる人は四人だ。朱音殿下はまだ、ご飯は食べられないからね。皇家の大事な話をするからと、他の人はご飯の時間をずらしてくれたらしい。常陸丸は、後で乙羽と一緒に食べられる、って喜んでいた。半助は、壱臣と源さんと食べるのかな。皆、大事な人と一緒だから、それでいっか。力丸は、後で急いで食べて朱実殿下たちと皇城に戻るのかな。
あ、村正は一人だ。伴侶の佐鳥と子どもの村次は、西中国に行ったまんまだから。早く戻してあげないと寂しいかもな。生松も、九条の家族が皆、西中国に行っちゃってる。生松の見張りがいないな。ご飯、ちゃんと食べに帰ってくるかな。後で仕事場の病院に行ってみよう。
「やっぱり素敵ね、その手の合わせ方」
赤璃さまがにこにこしながら言った。膝の上の朱音殿下が、赤璃さまの手と自分の手を合わせて、俺たちの真似をしていた。上手。人の真似ができるようになってきたんだねえ。
こうして少しずつ、人は人になっていく。
二ノ瀬と一ノ瀬も、人で当たり前だ。
朱実殿下は、もくもくとご飯を食べた。
緋色が置いた誓約書は、退屈して赤璃さまの膝から下りた朱音殿下がはいはいしてつかまえて、ぐしゃぐしゃにしちゃった。
誰も、駄目よって言わなかった。
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