【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

38 店番体験  成人

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 誰も居なくなった服を脱ぐ場所で、じいじと二人、箱の鍵を何度も付けたり外したりした。じいじも、こんな鍵は初めて見たって言った。お風呂屋さんも初めて入ったって。俺たち、一緒だね。鍛錬所にあるシャワー室の脱衣所は、棚が並んでいるだけで鍵なんて無いらしい。
 二人で、すごいな、面白いなって笑っていたらやすさんがひょっこりと顔を出して、

「何かおもろいもん、ありましたか?」

 って言った。

「ううん。別に」

 言いながら、鍵を慌てて元に戻した。じいじと二人で顔を見合わせて、また笑ってしまった。
 って言うか、あの入り口の台からすぐにこちらを覗けるのか。便利。やすさんの台を覗きに行ったら、お、ここ来ますか? って笑いながら、台の所に入れてくれた。嬢ちゃんも坊ちゃんも店番やりたい、やりたい言うてな。おんなじように入りましたわ、何がいいんだか、だって。
 ふふ。そりゃ入りたいよ。何か、すごく特別な場所って感じなんだもん。おお。女の人の方も覗けるんだね。え? あ、こっちは呼ばれない限り覗いちゃ駄目? ん、分かった。
 あ、わ、お客さんだ。お客さん来ちゃったよ、やすさん。交代する暇がない。

「え、えと。いらっしゃい、ませ?」

 ここはお店屋さんだから、この挨拶で合ってるはずだ。

「……」

 入ってきた人は、俺をじっと見て止まった。開かない左目と肘から先がない左腕を何回か見て、それからにっと笑った。
 ん?
 あ、この人は左目のところに三本の傷がある。目は開いてるから、見えてるのかな?

「こんちは。こりゃ可愛い店番やな。やすはサボりか」
「誰がサボりや。おるわ」

 台には一人しか入れないので、後ろから顔だけ出してきたやすさんが言う。

「はは。ほら、可愛いお手々出して。お代やで」

 入ってきた人は、笑いながらお金を俺の右手に乗せた。
 可愛い? 俺? 初めて会った人は俺の開かない左目や肘から先がない左腕を気にしてて、あんまり可愛いとかそんな感じのことは言わないから、びっくり。仲良くなったら言う人はたくさんいるけど。あ、俺は格好良いって言われる方がいいんだけどね。

「釣りはいらんで」
「ええ?」

 それは駄目じゃない? そんなこと言って余分に払っていたら、すぐにお金が足りなくなっちゃう。

「そりゃいらんやろ」

 どうしよう、と振り返ったら、顔だけ出したままだったやすさんが言った。

「お代ぴったし渡しといて、釣りもくそもあるかい」
「はっはっはー。バレたか」
「当たり前や。たまには、ぴったし違てほんまにようけ渡してみぃ」
「はっはっはー」

 ん? ぴったりなの?
 なんだよ、もー。
 でも、ちょっと面白い。

「坊主」

 お客さんが、ふと真面目な顔で言った。

「どこの熊にやられた?」
「ん?」
「その腕と目」
「んー?」

 熊?

「おっちゃんに言うといてみ? 仇取ったる」
「こら、よりさん。物騒なこと言うとらんと、はよ入れ」
「そやけど、やすさん。こんな可愛い子の大事なもん、二つも持ってった獣は許されへんで」
「はいはい、分かった分かった。またお聞きしとくから」
「ちゃんと聞いときや」
「はいはい」

 お風呂屋さんには、色んな人が来る。
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