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第九章 礼儀を知る人知らない人
43 十月は 源之進
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「源さん。うちが作ったたこ焼きやで。どうぞ」
「ん?ああ……」
臣から渡された食べ物は、ほかほかと湯気を上げている。広い食堂には、ずっと良い匂いが漂っていた。皆が、たこ焼きの乗った皿を手に楽しそうに笑っている。
たこ焼き。たこ焼きか。祭りの屋台で昔、見たことがあるものだ。西中国の方の庶民の間で、よう食べられとる食べ物やなかったやろか。屋台なんぞで物を買って食べるなどはしたない、と言われて育ったから、下賎な食べ物なんやと思っとった。屋台以外で見かけることもないし、料理人になってからも、わざわざ作ってみようと思ったこともない。こうして目の前に出されるまで、その食べ物のことを考えたこともなかった。
ただ、臣はたこ焼きを作って食べるんか、と思った。
祭りに連れて行ってやったこともない臣が、これを作ったんか、と。誕生日をろくに祝ってもろた事もない臣が、こうして他の者の誕生日会に参加するんか、と。
今日は誕生日会やから一時退院やとかなんとか言われて、こちらへ来てから二日ほどだけ滞在した離宮へと運ばれた。食堂の隅に置かれた低めの椅子に腰を掛けているだけで、誰や彼やと挨拶をしに来てくれる。一度に覚えられるものではないが、位の高いお人ばかりなことは理解した。
まあ、皇子様夫夫の家や。察してはおった。周りにおるのは皆、それなりの身分なのやろうと。臣だって、育ちはあれやが西宗国の若君である。たまに、料理長や医師たちのように、元は名字無しなんやという気安い人間が混じっとるから、つい気を抜いとったんかもしれん。
それにしても、や。改めて、自分のおる場所に恐れおののく。九条様御一家が同居しとる上に、今は一条様や七条様やと主要九家が随分と集まっていて、その上皇太子御一家と西賀国の次期様御一家がご来場されとると聞いて卒倒しそうやった。近衛を勤めとる者、御用聞きの一族と国の重要な仕事を勤める者たちの片隅で、一体自分は何をしとるんやろと首を傾げる。
プレゼントを渡してくる、と側から離れた臣を目で追うと、前に立った主役のうちの一人に何か特別大きな包みを渡して、笑いかけていた。
「あれは、ええんか?」
振り返って半助に声を掛ける。俺の視界に入らないように、けれど俺が何か困った時にはすぐ手助けできるような場所にずっとおることには気付いとった。
「ええも何も。臣がしたいことを俺は止めません」
「ふーん」
半助は、言葉とはうらはらに、随分と冷たい表情でプレゼントを渡す臣を見ていた。嫉妬、とはまた違うような……。
十月。十月か。
ふと思う。
九鬼の跡継ぎやと持ち上げられていた一二三さまの誕生日を祝う宴が連日開かれ、様々な贈り物が城に溢れ返っていた月やな、と。
俺の、大嫌いな月やった。
「ん?ああ……」
臣から渡された食べ物は、ほかほかと湯気を上げている。広い食堂には、ずっと良い匂いが漂っていた。皆が、たこ焼きの乗った皿を手に楽しそうに笑っている。
たこ焼き。たこ焼きか。祭りの屋台で昔、見たことがあるものだ。西中国の方の庶民の間で、よう食べられとる食べ物やなかったやろか。屋台なんぞで物を買って食べるなどはしたない、と言われて育ったから、下賎な食べ物なんやと思っとった。屋台以外で見かけることもないし、料理人になってからも、わざわざ作ってみようと思ったこともない。こうして目の前に出されるまで、その食べ物のことを考えたこともなかった。
ただ、臣はたこ焼きを作って食べるんか、と思った。
祭りに連れて行ってやったこともない臣が、これを作ったんか、と。誕生日をろくに祝ってもろた事もない臣が、こうして他の者の誕生日会に参加するんか、と。
今日は誕生日会やから一時退院やとかなんとか言われて、こちらへ来てから二日ほどだけ滞在した離宮へと運ばれた。食堂の隅に置かれた低めの椅子に腰を掛けているだけで、誰や彼やと挨拶をしに来てくれる。一度に覚えられるものではないが、位の高いお人ばかりなことは理解した。
まあ、皇子様夫夫の家や。察してはおった。周りにおるのは皆、それなりの身分なのやろうと。臣だって、育ちはあれやが西宗国の若君である。たまに、料理長や医師たちのように、元は名字無しなんやという気安い人間が混じっとるから、つい気を抜いとったんかもしれん。
それにしても、や。改めて、自分のおる場所に恐れおののく。九条様御一家が同居しとる上に、今は一条様や七条様やと主要九家が随分と集まっていて、その上皇太子御一家と西賀国の次期様御一家がご来場されとると聞いて卒倒しそうやった。近衛を勤めとる者、御用聞きの一族と国の重要な仕事を勤める者たちの片隅で、一体自分は何をしとるんやろと首を傾げる。
プレゼントを渡してくる、と側から離れた臣を目で追うと、前に立った主役のうちの一人に何か特別大きな包みを渡して、笑いかけていた。
「あれは、ええんか?」
振り返って半助に声を掛ける。俺の視界に入らないように、けれど俺が何か困った時にはすぐ手助けできるような場所にずっとおることには気付いとった。
「ええも何も。臣がしたいことを俺は止めません」
「ふーん」
半助は、言葉とはうらはらに、随分と冷たい表情でプレゼントを渡す臣を見ていた。嫉妬、とはまた違うような……。
十月。十月か。
ふと思う。
九鬼の跡継ぎやと持ち上げられていた一二三さまの誕生日を祝う宴が連日開かれ、様々な贈り物が城に溢れ返っていた月やな、と。
俺の、大嫌いな月やった。
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