【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

44 たこ焼きの味  源之進

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「あれ? 源さん、熱いの苦手やったっけ?」

 おみの行動を目で追いながら考え事をしていたので、渡されたたこ焼きにまだ口を付けないうちにおみが戻ってきた。その両手に、湯気を上げるたこ焼きの入った皿を持っている。

「そんな訳あるか、あ……」

 阿呆、と口を開きかけてとどまった。この高貴な方々のひしめく空間で、この言葉遣いはよろしくない。いつの間にやらすっかり身に付いていた下っ端根性を叩き直さなければ。幼いおみの前では、なるべく勘当される前の言葉遣いをしていたら、下っ端の子どもが通う小学校でおみが馴染めず、慌てて周囲に合わせた経緯がある。のんびり屋なおみの言葉が荒れることは無かったのに、俺の言葉はすっかり荒れた。

「温かいのと変えたげよか?」

 湯気が上がる皿を一つこちらへ差し出すが、その手の品はおみが作ったもんやないと知っとるから、いや、ええ、と断った。どうせなら、お前の作ったもんが食べたい。

「そう? 変えたかったら言うてよ。たこ焼きは、熱いくらいが美味しいから」
「ほなお前、美味しいの食べられへんやないか」
「はあ? うち、そんなに猫舌やないし」
「いや、猫舌やろ」

 半助はんすけが、お前が両手に持つ皿の、片方の皿のたこ焼きだけ、器用に二つに割ってるぞ。それ、お前の分やろ? 俺も、お前に食べ物渡す前に、中に熱がこもる食べ物をそうしとった覚えがある。
 料理人としてなかなかに致命的な、猫舌と少食のおみ。基本的な事だけでも出来たら、とりあえず俺がおらんくなっても何とか生きていけるやろ、くらいに思って仕込んだ料理の道で生きていくようになるとは、夢にも思っとらんかった。
 とりあえず、自分の皿から一つ、たこ焼きを口に入れる。少々熱は逃げてしまったが、まだ充分に温かい。

「へえ……」

 旨いもんやな。
 食べやすい形と大きさ。心惹かれる匂い。湯気で踊る鰹節。視覚も嗅覚もくすぐって、見事なもんやないか。屋台の品やから、歩きながらでも食べられるように、道行く者が食べたなるように考えられとるんやろな。ほんま、見事なもんや。
 下賎。下賎か。下賎な食べ物て何なんやろう。
 随分と高貴な方の城の中で、じゅうじゅうと焼かれとるんを見たら、あの人らは何て言うんやろなあ。

「美味しいやろ?」
「ああ。旨い」
「うちが作ったし、余計に美味しいやろ?」
「そやな」

 素直に言えば、笑顔やったおみがひどく驚いた表情になった。

「え? え? ほんまに?」

 なんや。こんな事で、嘘ついてどうする。旨いもんを旨い言うて、何で確かめられなあかんのや。

半助はんすけ。源さん、具合悪いんかな。うちの作ったもん、うまいって言うとる」
「……良かったやん」

 旨いもんを旨い言うて、具合悪いことになるってどういうことや。

「え? ほんまに熱とかない?」
「……」

 俺は、お前の中でどういう人間やったんや?
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