【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

50 ささやかで大きな一歩  朱実

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 自ら辞める者はいなかった、と報告書は記していた。
 その職業としての最高位である地位を、努力の末に手にした者たちだ。先祖代々、城の料理人を務める家柄の者たちで構成されている厨房。その家に生まれた男児は、長じて後、そこで働くように教育されて育っている。とはいえ、全員がその職に就ける訳ではない。特別な技術がいる分、その家に生まれたから後を継ぐという者たちの中でも、特に優れていなければ雇われることはできない。例え、料理長の言葉に納得はしていなくとも、売り言葉に買い言葉でその地位を手放すほど知恵のない者はいなかったらしい。
 残念だな、との思いが脳裏を掠める。
 できれば、この報告書にあるような言葉を述べてくれた料理長が仕事を円滑に行えるよう、邪魔な手は避けておきたかった所だ。
 少し異端に感じるあの料理長は、分家からの成り上がりらしい。城の料理とはこういうものだ、という画一的な教育を幼い時分からされていた訳ではない為、広末ひろすえの料理が身に染みたのやもしれぬ。あれを、料理長として任命した前料理長にもまた、思うところがあったのだろう。
 城に用事があって訪ねてきても、ご飯はうちで食べる、と必ず帰る叔母上か。ちっとも城に帰って来なかった緋色ひいろか。どちらかが、何かを告げたのやもしれぬ。食事になど、これまで注意を払ってこなかった私には、想像することしかできないが。
 あの料理長が少しずつ雇っている若者たちは、指南書から外れた料理も作りたい、との好奇心を抑え切れずに、各家で落ちこぼれと言われていた者たちのようだ。休憩時間にも何やら動いていたのは、城の献立にない料理の、試作や試食であったらしい。これからの厨房に必要と思われる者たちだ。料理長のよい助けとなるよう、真っ直ぐに伸びる環境を整えねばならぬ。もともと、落ちこぼれと言われ続けても料理の道を捨てなかった強き者たちである。大いに期待しよう。
 何事も、性急すぎては事を仕損じる。特に今回のことは、これから先長く付き合わねばならぬ問題で、非常に重要な問題だ。
 食事とはこういうものなのだと、諦めていた。小さな頃からそれしかなければ、人というのは慣れていくものだ。ほんの少しの不満を、仕方ないと、些細なことだと、放っておいた我ら。何も言われないのは完成されているからだと、歩みを止めてしまった料理人たち。
 双方が、すっかりと時間を止めてしまっていた。
 出先での食事も、画一化されたご馳走ばかりで、城とは少しばかり違うのだな、と思う程度だった。緋色ひいろの屋敷で食事をするまで、これは美味しい、と料理に感じ入ることはなかった。
 それはつまり、私の食事を準備する際には、どこかで城の料理人たちの手が入っていたのだろう。皇太子殿下のために、至高の献立を準備するように、とでも、出先へ通達が出ていたのかもしれない。身の安全の観点から、それは正しかった。ほんの少し味が違うと感じたのは、再現する料理人の腕が足りなかったり、慣れていなかったから?ついてきた料理人の数が少なかったり、調味料が揃っていなかったから?
 そうして、私にとって大して重要ではなかった食事は、淡々と毎日並んでいた。父上や母上にとっても、それは同じだったのだろう。ただ、並ぶ食事を黙々と食べた。たまに好みの品もあったが、緋色ひいろのようにそればかりをおかわりする、などという欲望に忠実な姿を見せることもできず、心の内で、またこれが食卓に並べばよいな、と思うばかりであった。
 言ってよいのだ、と気付かせてくれた此度の出来事に感謝を。
 私は今、かなり幸せだよ。
 
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