【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
737 / 1,321
第七章 冠婚葬祭

26 楽しみがまた一つ  成人

しおりを挟む
「待て、なる。見可みか灯可とうかには、まだ言うてはならんぞ」

 座ったままの緋見呼ひみこさまに優しく右腕を引かれて、柔らかい腕に囲われる。
 良い匂い。
 大人の女の人はだいたい皆、柔らかくて良い匂いがして、くっつくと気持ちいい。もうちょっとこうしててもいいかな、と体を預けた。

「良いか、なる。まだ確定で無いことは、子どもには言うてはいかん。きちんと確かめてから伝えねばな」
「?」

 間違えてたら、正しい情報を伝え直せばいいんじゃない?違ったよ、と言えばいい。

「ふむ。お前は妙に大人っぽい所もあるな。こうしてすり寄ってくる姿は可愛いのじゃが。良いか。特に見可みかは、妹が来るはずだ、ととても楽しみにしておったろう?やはり違ったと伝えたら、がっかりするだろう。がっかりでは済まず、悲しむかもしれない」

 情報が、時に正確でないことなど当たり前のことだ。修正されるだけ、ましじゃないか。
 ふふ、と緋見呼ひみこさまは笑った。

「分からぬか?」
「戦場では、正確な情報の方が少ないからな」

 隣に腰を下ろした緋色ひいろが、俺に向かって手を広げている。
 うーん。
 やっぱり緋色ひいろがいい。

「おや、残念。取られてしもうた。なるの常識は、未だ戦場のものか?」
「常識か。まあ多分、間違った情報も、修正されるならそれでいい、とは思っているだろうな」

 そうそう。間に合うように修正されるなら問題ない。

「感情に流されておっては生き残れぬ、か。ふむ。よいか、なる」

 俺は、いつものように緋色ひいろの胡座の上に収まって、緋見呼ひみこさまを真っ直ぐに見た。

「子どもというのはな、感情を抑える練習をしておる生き物じゃ。様々な経験をして、少しずつ負の感情を飲み込めるようになる。どうしようもなく、そういった経験にさらされることもあろう。悲しかったり寂しかったり、ものすごく嫌な思いをしたり、な。どうしようもない時は仕方ない。少しでもその感情に打ち勝てるよう、近くで見守り、抱いて頭を撫でてやろう。だがな、回避できるものなら、大人が手を加えても良いのだ。確かでない情報を与えてぬか喜びさせるくらいなら、しっかり精査して確実じゃと分かってから与えればよい。違うか?」

 そうか。
 一回喜んでから、違ったとがっかりするより、きちんと調べて分かってから伝えたら、嬉しいだけで済む。違ったら伝えなければいいだけ。そうしたら、がっかりしなくて済む。
 うん。
 その方がいい。

「違わない」

 よく考えて答えたら、よし、と頭を撫でられた。嬉しい。

「大人はな、確定していない状況で動かなくてはならない時がある故、早くに情報があってもよい。例えば今回は、帰ったらすぐに医師を呼ぶために、この不確定な情報は役に立ったな?」
「うん!」
「よし。よく分かっておる。流石じゃ。では此度のこれは、私との内緒事であるぞ」
「うん」
「結果が分かれば、すぐになるに知らせる故、二人にも伝えてやっておくれ」

 ん?俺が伝えるの?

「なるが気付いたのじゃから、その重大任務はお主の役目じゃ」
「はい」

 その日が、楽しみ。

 
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

処理中です...