【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

137 まる  緋色

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 目の端に、ばつ印を作る常陸丸ひたちまるが映る。
 違う?えーと、何だ?
 あああ、もう。

「呼んでくれたからね」

 朱実あけみが、いつものように穏やかに話しかけてくる。まあ、この人が声を荒げることはない。少なくとも、俺は見たことがない。
 仕方なく、隣に腰を下ろす。
 目の前に熱い茶が置かれて、本日の座席が確定してしまった。

「来たかったんだろう?」
「ああ。お前が楽しそうだから」
「気持ち悪いな。見たこともないくせに、楽しそうって何だよ。覗き見すんの、いい加減にやめろ」
「言葉遣いがどんどん乱れてくるようだね。気を付けなさい」
「知らないのか?俺は元からだ」
「……知らなかったよ。以前は、私の前では猫を被っていたということかな?」

 少しだけ目を伏せるから、そうだ、と言う機会を逃した。熱いうちに、と茶を啜る。ひとくち飲んで、隣にもうひとつ置かれている茶の蓋を外した。

成人なるひとのお茶かい?」
「ああ」
「そう」

 何か言いたいことがあっても、とりあえず言わないこと。短い言葉の先を、相手が察してくれたように続ければ、会話は穏やかに成立するからね。その上で、自分の望む方向に舵を切るんだ。
 そう教えてくれたのは、家庭教師でもなく、親でもなく学校の先生でもない。
 あんただろ、朱実あけみ
 だから俺は、それに引っ掛からない。たぶん朱実あけみも、他の奴らにやるように、引っ掛けようと思って俺に話したことはほとんどないと思う。
 知らんけど。
 
「俺の隣か、俺の膝の上があいつの席だ。だから俺が座ったら、あいつがまだ居なくても、あいつの分の食べ物や飲み物が一緒に置かれるのは当たり前だろ?」

 何をそんなに驚いている?お前と赤璃あかりはそうじゃないのか?離れて座るのか?

「……先ほど、見可みかの頭を撫でようとしていたな」
「ちゃんと挨拶できたからな。偉いだろ?」
「何故、手を止めた?」
「頑張ったんだから、こちらも応えてやらなければな」
「………………」

 何だよ、人の顔をまじまじと見て。気持ち悪いな。
 とりあえず、茶を啜る。
 この調子で飲んでいると、あっという間に無くなりそうだ。

「お前は、私が知っていたよりずっと将の器だった」
「はあ?」
「いや……。そうだな。戦争になど行かさなければよかった、と今でも考えるよ」
「あんたが、そんな風に過ぎたことを言うのは初めて聞いた」

 だっていつも、言っていたじゃないか。母の繰り言を聞かされる度に、母から離れた後で。過ぎたことを言ったってどうにもならない、と。
 俺はいつも賛同していただろ。
 その通りだ、と。

「過ぎたことを言うのは、馬鹿馬鹿しい。もう、何を言った所でどうしようもないのだから」
「賛成だ」
「私には、お前が必要なんだ、緋色ひいろ

 そんな言葉も、初めて聞いた。

成人なるひとのことは、正直、受け入れられていない。だが、お前に距離を置かれるのは堪える」

 そこは、成人なるひとも受け入れろ。俺の最愛は変わらない。
 けれど、誤魔化さなかったってことは、間違いなく本心だってことだ。

「俺の一番は成人なるひとだということを忘れないでいてくれるのなら、考える」
「…………善処する」

 目の端に、常陸丸ひたちまるの手が、小さなまる印を作るのが見えた。
 ばつ印に比べて小さいな、おい。
 
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