663 / 1,321
第六章 家族と暮らす
98 報告書では分からない話 朱実
しおりを挟む
「緋色殿下」
一条朱可が緋色に話しかけ、隣に腰を下ろした。五月の御前会議の昼休憩。会議室近くの畳部屋に、城の料理人の手による昼食が運ばれてきた。会議に参加していた各家の代表たちが昼食を食べようと各自腰を下ろして、食事が並ぶのを待っている。
席順に特別な決まりが無いのを良いことに、その話が聞こえる場所に何気なく腰を下ろす。多分、最近離宮に入り浸っている灯可の話だろう。
珍しく緋色は、昼食を食べに離宮へ帰らなかったようだ。
「お付き合い頂き、ありがとうございます」
「ああ」
どうやら、ゆっくりと話したかった朱可が緋色を昼食に誘ったらしい。
「このところ、うちの子がすっかり成人さまのお世話になってしまって、すみません。ありがとうございます」
「ああ。あいつも喜んでいるから気にするな」
「そう言って頂けると助かります。たまには灯可もお友達と遊んでおいで、と言ったことがまさかこんなことになるとは思いもよらず、妻も一度、成人さまと緋色殿下にお礼を言いに伺いたいと言っておりまして」
「本当に気にしなくていい。先週は叔母上が来ていたから、まあ、挨拶は済んだことにしとけ」
「聞きました……。母上まで押し掛けるとは全く。やはり一度、正式に成人さまに謝罪と礼をせねば」
「いや、謝罪はおかしいだろ。いいから放っておけ。うちに来たからといって、何をしてるわけでもない。二人だけだと静かに勉強しているか本を読んでいるか、らしいぞ。何やら二人で話した内容は夜に語ってくれたが、まあ、大したことじゃなかった。灯可は字が綺麗だとか、灯可は頑張ってて偉いだとか褒めてたな。同じ本を読んでいたことが分かったら、どこの場面が好きか、どの登場人物が好きかで話が盛り上がったんだと。まあ、大人しいもんだ。けど先日は、叔母上が様々な遊び道具を持参して、らしくない大騒ぎだったと聞いた。その日は成人が、疲れて風呂に入らず寝てしまったからな」
「あ、うちもです。見可ならともかく、灯可が夕食後にソファで寝こけていましてね。いくら声を掛けても起きないので、諦めてそのままベッドに寝かせました。初めてかもしれません。朝、目覚ましが鳴るより早く目覚めた本人が、一番驚いていましたよ」
「ははは。その驚いた顔を見てみたかったな」
緋色の楽しげな笑い声に部屋の中の視線が集まるが、緋色も朱可も気にした様子なく、食事をしながら話している。皆の視線が集まったのも少しのことで、すぐにそれぞれの会話相手との話に戻ったようだった。
見渡せば、七条緋椀と八条宝の隣に九条三郎が行儀よく座って食事をしている。居心地は悪くないようで落ち着いていた。
「それにしても、我が子を褒めて頂けて嬉しいことです」
朱可の機嫌の良い声は続いていく。
一条朱可が緋色に話しかけ、隣に腰を下ろした。五月の御前会議の昼休憩。会議室近くの畳部屋に、城の料理人の手による昼食が運ばれてきた。会議に参加していた各家の代表たちが昼食を食べようと各自腰を下ろして、食事が並ぶのを待っている。
席順に特別な決まりが無いのを良いことに、その話が聞こえる場所に何気なく腰を下ろす。多分、最近離宮に入り浸っている灯可の話だろう。
珍しく緋色は、昼食を食べに離宮へ帰らなかったようだ。
「お付き合い頂き、ありがとうございます」
「ああ」
どうやら、ゆっくりと話したかった朱可が緋色を昼食に誘ったらしい。
「このところ、うちの子がすっかり成人さまのお世話になってしまって、すみません。ありがとうございます」
「ああ。あいつも喜んでいるから気にするな」
「そう言って頂けると助かります。たまには灯可もお友達と遊んでおいで、と言ったことがまさかこんなことになるとは思いもよらず、妻も一度、成人さまと緋色殿下にお礼を言いに伺いたいと言っておりまして」
「本当に気にしなくていい。先週は叔母上が来ていたから、まあ、挨拶は済んだことにしとけ」
「聞きました……。母上まで押し掛けるとは全く。やはり一度、正式に成人さまに謝罪と礼をせねば」
「いや、謝罪はおかしいだろ。いいから放っておけ。うちに来たからといって、何をしてるわけでもない。二人だけだと静かに勉強しているか本を読んでいるか、らしいぞ。何やら二人で話した内容は夜に語ってくれたが、まあ、大したことじゃなかった。灯可は字が綺麗だとか、灯可は頑張ってて偉いだとか褒めてたな。同じ本を読んでいたことが分かったら、どこの場面が好きか、どの登場人物が好きかで話が盛り上がったんだと。まあ、大人しいもんだ。けど先日は、叔母上が様々な遊び道具を持参して、らしくない大騒ぎだったと聞いた。その日は成人が、疲れて風呂に入らず寝てしまったからな」
「あ、うちもです。見可ならともかく、灯可が夕食後にソファで寝こけていましてね。いくら声を掛けても起きないので、諦めてそのままベッドに寝かせました。初めてかもしれません。朝、目覚ましが鳴るより早く目覚めた本人が、一番驚いていましたよ」
「ははは。その驚いた顔を見てみたかったな」
緋色の楽しげな笑い声に部屋の中の視線が集まるが、緋色も朱可も気にした様子なく、食事をしながら話している。皆の視線が集まったのも少しのことで、すぐにそれぞれの会話相手との話に戻ったようだった。
見渡せば、七条緋椀と八条宝の隣に九条三郎が行儀よく座って食事をしている。居心地は悪くないようで落ち着いていた。
「それにしても、我が子を褒めて頂けて嬉しいことです」
朱可の機嫌の良い声は続いていく。
446
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる