623 / 1,325
第六章 家族と暮らす
58 ひとでなし 朱実
しおりを挟む
「なんで?」
真っ直ぐに紡がれた言葉には、何の裏の意味も感じることは無かった。ただ純粋に、何故かを聞いているだけ。
何故か?
何故?そんなの決まっている。
「緋色の婚姻相手がお前だったからだ」
「俺?」
「女性でもなく、人間でもない」
一呼吸あったかないかのうちに、物凄い衝撃が頬を襲った。ぐわん、と頭が鳴ってソファに倒れ込む。じんじんと左頬に痛みがわき上がり、左耳からキーンとおかしな音がした。
殴られた?
くらくらと起き上がれずに見上げると、成人を左腕に抱いたまま立ち上がっている緋色が目に入る。ソファとソファの間に机があったことと、緋色の腕の中に成人がいたことで、この程度で済んだらしい。
高校では、皇族でありながら武術科に席を置き、常陸丸に次いで次席で卒業した男。それが、私の弟だ。戦場でも、隠れることなく前線に出ていたことは知っている。だから、吹っ飛んできた戦闘人形を拾うなどということができたのだ。
私がどれだけ戦場に出ることを止めても、ただ後ろの方で報告を聞くだけでいいのだと言っても、全く言うことを聞かなかった。
あの時、緋色は何と言っていた?
俺なら、現場も知らない奴の言うことを聞くのは御免だ。
その言葉通りに、緋色の指揮した軍は良く動き、瞬く間に戦争は終わりを迎えた。もともと優勢だったとはいえ、驚くほどの早さで。
「俺が女なら良かったの?」
拳を握りしめたままの緋色に気を取られていると、いつも通りの成人の声が響く。少し掠れた高めの声は、耳鳴りに紛れても聞き取りやすかった。
「どうかな……」
痺れて、動かしにくい口を動かす。自らの声はくぐもって、とても聞き取りにくかった。
「戦闘人形じゃなきゃ良かった?」
「そうだな……」
それは間違いない。戦闘人形など、人かどうかも怪しい生き物だ。……人ならば、例えば敵の捕虜でも良かったのかと言われると、それも否ではあるが。
見つめている緋色の拳がまた、ぎちっと握られる。握りすぎて手を傷つけないかと心配になった。
「緋色。手、ぎゅってしたら痛いよ」
ふうぅ、と荒い呼吸を何度かした緋色の拳が開く。目を上げると、ちゅ、ちゅ、と成人の唇が緋色の頬に軽く何度も押し当てられていた。
緋色の開いた右手が持ち上がって成人の頬に当てられる。二人の唇が躊躇いなく重なって何度か触れ合った後、そっと離れた。
「俺もう、戦闘人形じゃない」
真っ直ぐにこちらを向いた成人と目が合う。
目が、合う。笑って、話す。文字を書き、文字を読む。子どもたちと遊ぶ。食事をする。トイレへ行く。
人の心配をする。心配を……していた。私と同じ心配を。握りすぎたら緋色の手が傷つくと、私も思ったのだ。
思っただけの私。手を開かせた成人。
戦闘人形じゃない?……戦闘人形じゃない。
ああ、そうだな。まだ、泣いて寝て乳を飲むだけの朱音より余程、人間らしい。
緋色に拳を握らせる私より余程、緋色に必要な……。
「痛い?」
痛いな。
「かなしい?」
かなしいのかもしれない。
小さく細い右手が、ソファに倒れたままの私の頭を撫でる。よく緋色が許可したな、と視線を動かしたけれど、ぼやけた視界には誰の表情も映らなかった。
「痛くても、かなしくても、寂しくても、嬉しくても、人は泣くんだって」
皇帝は、感情を表に出さないものだ、怒ったり泣いたりするなどもっての他だと習ったんだ。
人でないのは、私の方かもしれないな。
「よしよし」
どうして、頭を撫でるんだ、成人?
私は、泣いたりしないよ。
真っ直ぐに紡がれた言葉には、何の裏の意味も感じることは無かった。ただ純粋に、何故かを聞いているだけ。
何故か?
何故?そんなの決まっている。
「緋色の婚姻相手がお前だったからだ」
「俺?」
「女性でもなく、人間でもない」
一呼吸あったかないかのうちに、物凄い衝撃が頬を襲った。ぐわん、と頭が鳴ってソファに倒れ込む。じんじんと左頬に痛みがわき上がり、左耳からキーンとおかしな音がした。
殴られた?
くらくらと起き上がれずに見上げると、成人を左腕に抱いたまま立ち上がっている緋色が目に入る。ソファとソファの間に机があったことと、緋色の腕の中に成人がいたことで、この程度で済んだらしい。
高校では、皇族でありながら武術科に席を置き、常陸丸に次いで次席で卒業した男。それが、私の弟だ。戦場でも、隠れることなく前線に出ていたことは知っている。だから、吹っ飛んできた戦闘人形を拾うなどということができたのだ。
私がどれだけ戦場に出ることを止めても、ただ後ろの方で報告を聞くだけでいいのだと言っても、全く言うことを聞かなかった。
あの時、緋色は何と言っていた?
俺なら、現場も知らない奴の言うことを聞くのは御免だ。
その言葉通りに、緋色の指揮した軍は良く動き、瞬く間に戦争は終わりを迎えた。もともと優勢だったとはいえ、驚くほどの早さで。
「俺が女なら良かったの?」
拳を握りしめたままの緋色に気を取られていると、いつも通りの成人の声が響く。少し掠れた高めの声は、耳鳴りに紛れても聞き取りやすかった。
「どうかな……」
痺れて、動かしにくい口を動かす。自らの声はくぐもって、とても聞き取りにくかった。
「戦闘人形じゃなきゃ良かった?」
「そうだな……」
それは間違いない。戦闘人形など、人かどうかも怪しい生き物だ。……人ならば、例えば敵の捕虜でも良かったのかと言われると、それも否ではあるが。
見つめている緋色の拳がまた、ぎちっと握られる。握りすぎて手を傷つけないかと心配になった。
「緋色。手、ぎゅってしたら痛いよ」
ふうぅ、と荒い呼吸を何度かした緋色の拳が開く。目を上げると、ちゅ、ちゅ、と成人の唇が緋色の頬に軽く何度も押し当てられていた。
緋色の開いた右手が持ち上がって成人の頬に当てられる。二人の唇が躊躇いなく重なって何度か触れ合った後、そっと離れた。
「俺もう、戦闘人形じゃない」
真っ直ぐにこちらを向いた成人と目が合う。
目が、合う。笑って、話す。文字を書き、文字を読む。子どもたちと遊ぶ。食事をする。トイレへ行く。
人の心配をする。心配を……していた。私と同じ心配を。握りすぎたら緋色の手が傷つくと、私も思ったのだ。
思っただけの私。手を開かせた成人。
戦闘人形じゃない?……戦闘人形じゃない。
ああ、そうだな。まだ、泣いて寝て乳を飲むだけの朱音より余程、人間らしい。
緋色に拳を握らせる私より余程、緋色に必要な……。
「痛い?」
痛いな。
「かなしい?」
かなしいのかもしれない。
小さく細い右手が、ソファに倒れたままの私の頭を撫でる。よく緋色が許可したな、と視線を動かしたけれど、ぼやけた視界には誰の表情も映らなかった。
「痛くても、かなしくても、寂しくても、嬉しくても、人は泣くんだって」
皇帝は、感情を表に出さないものだ、怒ったり泣いたりするなどもっての他だと習ったんだ。
人でないのは、私の方かもしれないな。
「よしよし」
どうして、頭を撫でるんだ、成人?
私は、泣いたりしないよ。
1,333
あなたにおすすめの小説
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる