【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
596 / 1,321
第六章 家族と暮らす

31 幸せな昼に  壱臣

しおりを挟む
 宿の方から、お昼にと持たせてもらったお弁当を広げて食べている途中で、成人なるひとくんがぼんやりと止まっている。

成人なるひと

 殿下の声にはっとして、うむうむと口に入れたおにぎりを噛む動作を見せるけど、またすぐに止まって、右目がぱち、ぱちと瞬いた。
 溜め息を吐いた殿下が膝の上に乗せると、また慌てたように少しだけ口が動く。

「もう少し早く昼にしたら良かったな」

 珍しく後悔を滲ませた声を上げた緋色ひいろ殿下が、水筒から冷えたお茶を注いだコップにストローを差して、成人なるひとくんの口にあてがった。
 ん、ん、ん、と三口ほど飲んだ頃にはもう右目は開いていなかった。殿下が口からストローを外すと、かくん、と首が落ちる。
 コップを置いた殿下が腹の上にうつ伏せに抱え直すと、ふ、と成人なるひとくんの表情が緩むのが見えた。

「失敗した……」

 眉をしかめる殿下には申し訳ないけれど、あまりに可愛い姿に思わずうちの頬が緩む。目一杯遊んで、ご飯のために座った途端に電池切れなんて、なんて可愛いんやろ。確かに、おにぎり半分と甘い卵焼き一切れでは少なかったけど、一応腹に食事は入ったし、起きたらまた食べるやろ。きっと、お腹空いた、なんて言うはずや。
 殿下は、成人なるひとくんをお腹の上に置いたまま、自分の食事を開始した。ついでに、荘重むらしげさまから何か書類も預かっている。

「何かありましたか?」

 半助はんすけの言葉に、いや、と軽い返事が返ってきた。

「いつもの仕事。朱実あけみが俺に付けてる一ノ瀬いちのせが行き来してるようだから、さい三郎さぶろうが最終処理できないものを運ばせた。だいたいは任せておけばやってくれるから、大したことじゃない」
「ぶ、……っふふ。げほっ」

 ん?
 うちが首を傾げている横で、半助はんすけが吹き出してむせている。

「ん?何?」

 半助はんすけの背中を擦ってやりながら聞くと、おにぎりを置いてお茶を飲み、深呼吸してからやっと教えてくれた。

「監視を、ぶっ、ふふふ」
「うん?」

 まだ笑いは収まらないらしい。

「監視を郵便配達扱い……。くくく」
「監視?監視されとるんですか?」
「んー、まあ、そうなんだろ?」

 お弁当を並べて昼食の準備を終え、殿下に書類を手渡してから共に食事の席に着いた荘重むらしげさまに、殿下の目線が向けられる。

「陰ながらの護衛です、と申し上げておきます。殿下は、常陸丸ひたちまるしかお側に連れて頂けないので」
「だそうだ」
「その、陰ながらの護衛さんが、お仕事を配達してくれるんですか?」
「ああ。毎日朱実あけみに報告書を上げているようだからな。行き来してるやつがいるなら使わない手はないだろ?」
「ほんまや。ええですね」

 確かに。行き来してるんやったら、ついでにちょっと書類を運んでもらえると助かるな。ついでやもんな。
 うちが、ほんまやほんまや、と真面目な顔で頷いたら、半助はんすけがまた、ひーひーと笑いだした。
 なんや?どうした?

「いや。何でもない。おみはやっぱり最強や」
「???」

 荘重むらしげさまも、甘い卵焼きを口に運びながらにこにこと笑っている。

壱臣いちおみは何も気にせず、楽しんだらよろしい」
「そ、そうですか」

 荘重むらしげさまの言葉に、とりあえず頷いた。

「食べ終えたら二人で好きに回ってこい。きりんの餌やりは午後にやっていたはずだ」
「ありがとうございます」

 殿下の言葉に、半助はんすけが素直に答える。今日は、今まで見たことない色んな笑いかたをする半助はんすけを惚れ惚れと見て、楽しんでるんやな、とふと思った。
 うちも楽しい。頬が緩む。緩みっぱなしや。
 なんて幸せなんやろ。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

処理中です...