人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

135 ご機嫌な皇子様  常陸丸

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 久しぶりに鍛練所で良い汗をかいた。ああ、やっぱり俺は、書類と向き合うのは好きじゃない。殿下の側にいて護る仕事は好きでやっているが、立ってるだけじゃ暇だろとばかりに渡される書類には、未だに納得いってないんだよなあ。
 とはいえ、この離宮いえは確かに安心で、城に居たときほどやることがないのは確かだ。緊張感に満ちた子ども時代と殺伐とした戦場が懐かしくなるほど、穏やかな日々。懐かしくはなっても、もう二度と体験したくはない。
 外の気温が低いので、流石にひんやりしている風呂場のシャワーで汗を流していると、がちゃりと入り口の扉が開く。
 こんな時間に、他にも人が?とそちらを見ると、鼻唄でも歌いそうな様子の緋色ひいろ殿下が、色気を振り撒きながら入ってくる。

「…………」

 これは、あれだ。成人なるひとと仲良くしたな。
 昼間っから、お前……。
 羨ましいぞ。

「鍛練か?」

 けろりとして声を掛けてくる。ちょっとは照れるとかしろよな。

「おう」
「楽しかったみたいだな」

 殿下の方こそ、という言葉は飲み込む。一応、仕えているあるじだし?

「似顔絵、描いてもらったんですね?」

 体を洗い終わった泡を流しながら聞くと、

「とっくに描いてあった」

 と、ご機嫌な声が答えた。
 まあ、そうだよな。成人なるひとの一番は殿下で、いやきっと人の区分に二番も三番も四番も無くて、殿下とそれ以外の人、なんじゃないだろうか。離宮いえにだけ居ると、皆好きな人って扱いだから。外に出れば、嫌いなやつとかも居るのかな、あいつでも。
 外って言っても、学校みたいに大勢の人間が集まる場所に、四六時中いるわけじゃないしなあ。殿下と、その他の好きな人って区分けかもな。
 いや、成人なるひとの中で、力丸りきまるは結構特別か……。
 
「もらったんですか?」
「あー、うーん。そういえば、聞いてなかったな」

 部屋に戻って、割りとすぐに食いましたね……。

「良かったっすね」
「まあ?あるとは思ってたけどな」

 いや。結構本気で、自分が一番に貰えてないって苛立ってましたよね?

成人なるひとは、昼寝ですか?」
「ああ、疲れたみたいだ。おやつが食えないのだけが失敗だった」
「ミックスジュース、作っておいてもらったらどうです?」
「そうだな。なあ、常陸丸ひたちまる。上がったら少し飲まないか」

 昼の三時ですけど?流石に少しは仕事するかもと思って、鍛練所から帰って来たんですけど?
 ああ、でも酒か。いいな。
 酒を飲むと乙羽おとわが、臭いと言って離れてしまうからあまり飲んでいないんだが、嫌いじゃない。
 殿下も、成人なるひとを拾ってから、成人なるひとが嫌がるからとあまり飲まなくなった。あいつのは、臭いからとかいう理由だけでは無さそうだしな。どうせ本人も、嫌な理由をそんなに分かっちゃいないんだろうが。

「いいっすね。九条のじい様も呼びますか?」
「あれを呼ぶとうるさいぞ」
 
 熱めの湯を、ざあざあとかぶりながら答えると、ご機嫌な皇子様がご機嫌な声を上げる。
 平和だ。
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