【完結】人形と皇子

第五章 それは日々の話

134 まだ成功してないだけ 成人

「さて。時間はたっぷりあるぞ」

　緋色ひいろは、俺がのんびり昼御飯を食べていたら、久しぶりに横から手を出して手伝ってきた。食べ終わったらすぐに、俺を抱えて階段を上がる。食後のお茶をお盆に乗せて持っていくくらい大急ぎ。
　そんなに急がなくても、昼の休憩の間に描けなかったらまた、夜に描いたらいいんじゃないかな、と思ったけど、黙って抱っこされてた。
　くっつくの嬉しいし。
　いつもなら、お茶を飲むときとか休憩の時間は胡座の上に乗せてくれるのに、座卓の前に俺を座らせて、お茶を端っこに置く。自分は対面に座って、じーっとこっちを見ている。
　え、格好いい。
　ご機嫌な訳じゃなくて、どちらかと言うと機嫌悪い……？
　でも、すごく格好いいなあ。
　緋色ひいろを正面から見ることって、最近はあんまり無かったかもしれない。体調悪くて寝てることが多かった時は、心配そうにこちらを覗く顔をよく見てたんだけど。元気な俺は、よりくっつけるように横に座るから、見えるのは格好いい横顔だ。膝の上に座ったときも見えるのは横顔だし、一緒に寝てるときはくっつきすぎて、口のとことかしか見えてない。見えたらもちろん、ちゅーする！
　ああ、やっぱり俺、緋色ひいろのこと。

「好き」
「…………っ」

　すっかり見惚れていたら、急にちょっと赤くなった緋色ひいろがふいっと横を向いてから、俺の後ろに這ってきて座った。胡座の上に乗せてくれて、ぎゅっと抱っこして溜め息を吐く。

「何で、俺の顔描いてないんだよ」

　俺の首のとこに顔を埋めてぼそっと言うから思わず、描いたって言ってしまう。

「え？あるの？」

　がばっと顔を上げた緋色ひいろが、嬉しそうに言った。
　うう、どうしよう。まだ、上手に描けてないんだけど。

「あの。でも、緋色ひいろはもっと格好いいから、もっと格好よく描けてからあげようと思って……」
「どんなんでもいいから、出せ」

　ええー。だからさ……。
　緋色ひいろは、こちらをじっと見てる。その顔、末良すえよしなら泣いちゃうよ？
　これ、出さないと怒るやつだ。
　俺は、しぶしぶ描いたものを入れている箱を机に乗せて開ける。一応、置いておく方の箱。失敗したものを入れる箱も、緋色ひいろの顔でいっぱいなんだけどね。
　緋色ひいろは、俺を胡座の片膝に寄せて箱の中の紙を一枚、手に取った。ちょっと横から見た緋色ひいろの顔。
　そっか。
　最近は、横からばかり見てたから、思い出して描いたらこうなってたのか。
　一番上のは、今朝描いた。昨日より一昨日より上手に描けた、ような気がするやつ。
　うーん。でも、こうやって本物の緋色ひいろを見てると、やっぱりもっと格好よく描きたいなあ。緋色ひいろは真面目な顔で、何枚も入っている箱から一枚ずつ取り出しては、黙って見ている。
　やっぱり、あんまりだったかなあ。
　青葉あおばや佐鳥さとり、乙羽おとわは喜んでくれたんだけど。
　もう少し待ってくれたら、もっと上手に描けたかもしれないんだけど。

「緋色ひいろ？」

　最後まで見終わって、丁寧に箱に絵を戻した緋色ひいろは、失敗の箱にも気付いて、手を伸ばして近くに引き寄せた。

「それは失敗。捨てる紙の箱」

　緋色ひいろは、俺を片手でぎゅっと押さえたまま、がざがさと蓋もしてないその箱を漁る。
　失敗だって言ってるのに！
　もうっ、と思いながら顔を見たら、耳まで赤くなった緋色ひいろが、ぎゅうっと両手で抱きついてきた。

「お前、俺のこと好きすぎだろー」

　そんなの当たり前、と言おうとした口を、緋色ひいろの口があむ、と食べる。
　こ、これ……。
　気持ちいいことするときの、ちゅーだ……。