【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
416 / 1,321
第五章 それは日々の話

66 知らんふりの昼  緋色

しおりを挟む
 成人なるひとは、仕事を始めてすぐに、機嫌良く茶を運んできた。
 いつもより歩みは遅い。そのくらいの方が、転ばなくていいだろう。

「お茶をどうぞ」
「ありがとう」 

 この形式的なやり取りも楽しいらしい。すました顔を取り繕っているのが可笑しくて、笑いを堪える。
 部屋の中には、まだ少し顔色の良くないさいと、俺、護衛なのに、と聞き飽きた文句を言いつつ書類を読んでいる常陸丸ひたちまる。ここ数日、能面のように無表情な三郎さぶろう。何故かこの部屋で、研究成果の報告書を書いている睦峯むつみね
 どこで書いても一緒だと言うなら、自分の部屋で書け。お前の資料で、机が一つ埋まっているだろうが。
 
「失礼しました」

 全員にお茶を配り終えた成人なるひとが出ていって、また、書類を捲る音とペンを走らせる音、文字入力の機械に文字を打つ音だけが響く。
 一気にやる気を無くしてペンを置き、まだ熱い茶を啜る。
 
「殿下。休憩が早すぎ」
「茶は熱いうちが上手い」
「ペンを置かなくても飲めるでしょう」
「あー、つまらん。成人なるひとをこの部屋に置いとけないかな」
「いたら、目で追いかけて、仕事が進まないでしょうが」
「いや。戦場ではベッドの横で仕事してただろ?あんな感じで」

 いい考えじゃないか?

「あれは成人なるひとが動かなかったから、たまに寝てる様子を見るだけで済んだけど、今はせっせと動き回るんですよ。見ないでいられます?」
「見る自信しかないな」
「でしょうね」

 常陸丸ひたちまるもお茶を美味しそうに飲んで、また書類を読んでは仕分けていく。
 戦後にもらった屋敷の方が今でも好きだが、安全面では離宮ここは最高だな。常陸丸ひたちまるが、気を張っていないのが分かる。使用人として動いている一ノ瀬いちのせ達の強さを認め、信頼しているのだろう。
 それぞれが仕事をしている様子を眺めて、置いていたペンを持ち上げる。とっとと終わらせて、昼休みをたくさん取ろう。

 そうして昼に、疲れて寝ているかもしれないと思いつつ部屋へ向かえば、力丸りきまると二人、成人なるひとの寛ぎ場所で、それぞれ本を捲っていた。成人なるひとは辞書で調べものをしていて、力丸りきまるは、成人なるひとが最近買って気に入った本を借りて、読んでいたようだ。絵本ではなく、分かりやすい文で書かれた児童書。子どもの冒険の物語。
 二人で遊んでいたらいたで腹が立つが、こうして、ただ一緒にいるだけでもいい、という雰囲気を出されるとそれも物凄くムカつくな。
 気配を探ることもなく寛いでいた二人が、扉の音で俺に気付いて顔を上げる。

緋色ひいろ

 成人なるひとが、ぱっと嬉しそうに声を上げるから、真っ直ぐにそちらへ向かう。
 命拾いしたな、力丸りきまる
 迷わず手を上げた成人なるひとを抱き上げながら力丸りきまるを見ると、ふ、と優しく笑っていた。
 ふーん、そうか。
 
「疲れただろ?ご飯、食べられそうか?」
「うん」

 俺に、ぎゅうとしがみつく成人なるひと。それを見る力丸りきまるの視線が、やけに優しい。

力丸りきまるも、飯に行くぞ」
「はい。あ、成人なるひと。本、借りてっていい?」
「いーよー」
「ありがとう。これ、読んだこと無かったわ。面白いな」
「うん」

 笑い合う顔を見て、確信する。
 そうか。力丸りきまる、お前、気付いたのか。
 そういえばここ数日、成人なるひとから距離を置いていたかもしれない。成人なるひとが調子を崩して部屋にいても、見舞いに来なかった。半助はんすけの仕事の穴埋めで忙しいからだと思っていたが……。
 そうか。気付いたのか。
 やるなあ、お前。
 気付いたその上で、そこにいることを選んだのなら。
 そうだな、俺は。
 お前の気持ちに一生、気付かないふりをしていてやるよ。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

処理中です...