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第五章 それは日々の話
32 髪が伸びたら 半助
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「壱臣、さっきまでいたんだけど、お昼ご飯の準備に行っちゃった」
お昼ご飯……。
確か朝ご飯を食べに行こうとして止められて……。
そんなに寝とったんか。
「しんどい?生松呼ぶ?」
確かに熱が上がって苦しいけど、こうして休んでいたらええだけの話や。首を横に振ると成人さまは、そう、と言って、濡れた手ぬぐいを額に乗せてくれた。
「なんで寝てなかったの?」
寝てなかった……。俺は寝てなかったんか?
「壱臣、泣く?」
「なん、で……」
何でそれを?
「そっか」
申し訳なさそうな顔。
「ごめんね」
何で成人さまが謝るん?
「どうやったら止まるか分かんなくて……」
「なる、ひと、さまも……」
「俺が泣くと緋色が悲しいから、泣きたくないんだけど」
「臣、起きたら何も覚えとらんのです」
「俺も。でも、俺は布団から出てるから、泣いたのは分かる」
「そう、ですか……」
「緋色が、触っていいか?って聞く」
え……?
緋色殿下は、しょっちゅう成人さまを膝に乗せとるし、抱き上げて歩いている。成人さまがそれを拒むことなんて無い。色んな人に抱きつかれても嫌がる様子はないし、人に触れることを好む質だと思っていた。
泣いている時に、触れられない?
そんな……。
臣は、泣いたら抱きしめて、背中をぽん、ぽん、と叩いているうちに落ち着く。ひくっ、ひくっと喉を震わせながらオレにしがみついて寝とる。覚えとらんのやから、泣いてるときも寝てる状態なんやろう。
触れられなければ、どうしたらいい?
殿下は、どんな夜を……?
熱でゆだった心は、簡単に揺さぶられて目から水をこぼす。
「壱臣は何か言った?」
「え?」
「泣いてるとき」
「ああ、はい。切らんといてって」
乾いた手ぬぐいで俺の顔を拭きながら、成人さまが首を傾げた。
「髪の毛……やと思います」
うんうんと頷いて俺の髪をそっと触る。
「臣、泣いたことなんて無かったのに……」
「うん」
「西国になんて行かんかったらよかった……」
「そう?」
「行ったから、嫌なこと思い出したんや……」
「でも、髪の毛、綺麗にしてもらったねえ」
「そんなん、こっちでもできる……」
「んーん。壱臣、髪の毛に触らせてくれなかったよ?」
「え?」
「うちに来たとき、髪の毛があまりにざんばらだから整えましょうって、髪の毛切る係の使用人が言ったら、伸ばしてるからええんです、って」
「そう……やったんですか」
「商店街でも、みんな言ってて。髪の毛切るお店の人が、お金いらんから整えてあげるって言っても、絶対うんって言わなかったって」
ずたずたに切られたまま伸びた、浮浪者のような髪型で。臣には見た目のみすぼらしさより、長さの方が重要やった。
切らんといて。
「綺麗になって良かった」
あんなに泣いてるのに?それでも里帰りして良かったん?
髪が長く伸びたら、臣の悪夢は消えるんやろか。
お昼ご飯……。
確か朝ご飯を食べに行こうとして止められて……。
そんなに寝とったんか。
「しんどい?生松呼ぶ?」
確かに熱が上がって苦しいけど、こうして休んでいたらええだけの話や。首を横に振ると成人さまは、そう、と言って、濡れた手ぬぐいを額に乗せてくれた。
「なんで寝てなかったの?」
寝てなかった……。俺は寝てなかったんか?
「壱臣、泣く?」
「なん、で……」
何でそれを?
「そっか」
申し訳なさそうな顔。
「ごめんね」
何で成人さまが謝るん?
「どうやったら止まるか分かんなくて……」
「なる、ひと、さまも……」
「俺が泣くと緋色が悲しいから、泣きたくないんだけど」
「臣、起きたら何も覚えとらんのです」
「俺も。でも、俺は布団から出てるから、泣いたのは分かる」
「そう、ですか……」
「緋色が、触っていいか?って聞く」
え……?
緋色殿下は、しょっちゅう成人さまを膝に乗せとるし、抱き上げて歩いている。成人さまがそれを拒むことなんて無い。色んな人に抱きつかれても嫌がる様子はないし、人に触れることを好む質だと思っていた。
泣いている時に、触れられない?
そんな……。
臣は、泣いたら抱きしめて、背中をぽん、ぽん、と叩いているうちに落ち着く。ひくっ、ひくっと喉を震わせながらオレにしがみついて寝とる。覚えとらんのやから、泣いてるときも寝てる状態なんやろう。
触れられなければ、どうしたらいい?
殿下は、どんな夜を……?
熱でゆだった心は、簡単に揺さぶられて目から水をこぼす。
「壱臣は何か言った?」
「え?」
「泣いてるとき」
「ああ、はい。切らんといてって」
乾いた手ぬぐいで俺の顔を拭きながら、成人さまが首を傾げた。
「髪の毛……やと思います」
うんうんと頷いて俺の髪をそっと触る。
「臣、泣いたことなんて無かったのに……」
「うん」
「西国になんて行かんかったらよかった……」
「そう?」
「行ったから、嫌なこと思い出したんや……」
「でも、髪の毛、綺麗にしてもらったねえ」
「そんなん、こっちでもできる……」
「んーん。壱臣、髪の毛に触らせてくれなかったよ?」
「え?」
「うちに来たとき、髪の毛があまりにざんばらだから整えましょうって、髪の毛切る係の使用人が言ったら、伸ばしてるからええんです、って」
「そう……やったんですか」
「商店街でも、みんな言ってて。髪の毛切るお店の人が、お金いらんから整えてあげるって言っても、絶対うんって言わなかったって」
ずたずたに切られたまま伸びた、浮浪者のような髪型で。臣には見た目のみすぼらしさより、長さの方が重要やった。
切らんといて。
「綺麗になって良かった」
あんなに泣いてるのに?それでも里帰りして良かったん?
髪が長く伸びたら、臣の悪夢は消えるんやろか。
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