【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
382 / 1,321
第五章 それは日々の話

32 髪が伸びたら  半助

しおりを挟む
壱臣いちおみ、さっきまでいたんだけど、お昼ご飯の準備に行っちゃった」

 お昼ご飯……。
 確か朝ご飯を食べに行こうとして止められて……。
 そんなに寝とったんか。

「しんどい?生松いくまつ呼ぶ?」

 確かに熱が上がって苦しいけど、こうして休んでいたらええだけの話や。首を横に振ると成人なるひとさまは、そう、と言って、濡れた手ぬぐいを額に乗せてくれた。

「なんで寝てなかったの?」

 寝てなかった……。俺は寝てなかったんか?

壱臣いちおみ、泣く?」
「なん、で……」

 何でそれを?

「そっか」

 申し訳なさそうな顔。

「ごめんね」

 何で成人なるひとさまが謝るん?

「どうやったら止まるか分かんなくて……」
「なる、ひと、さまも……」
「俺が泣くと緋色ひいろが悲しいから、泣きたくないんだけど」
おみ、起きたら何も覚えとらんのです」
「俺も。でも、俺は布団から出てるから、泣いたのは分かる」
「そう、ですか……」
緋色ひいろが、触っていいか?って聞く」 

 え……?
 緋色ひいろ殿下は、しょっちゅう成人なるひとさまを膝に乗せとるし、抱き上げて歩いている。成人なるひとさまがそれを拒むことなんて無い。色んな人に抱きつかれても嫌がる様子はないし、人に触れることを好むたちだと思っていた。
 泣いている時に、触れられない?
 そんな……。
 おみは、泣いたら抱きしめて、背中をぽん、ぽん、と叩いているうちに落ち着く。ひくっ、ひくっと喉を震わせながらオレにしがみついて寝とる。覚えとらんのやから、泣いてるときも寝てる状態なんやろう。
 触れられなければ、どうしたらいい?
 殿下は、どんな夜を……?
 熱でゆだった心は、簡単に揺さぶられて目から水をこぼす。
 
壱臣いちおみは何か言った?」
「え?」
「泣いてるとき」
「ああ、はい。切らんといてって」

 乾いた手ぬぐいで俺の顔を拭きながら、成人なるひとさまが首を傾げた。

「髪の毛……やと思います」

 うんうんと頷いて俺の髪をそっと触る。

おみ、泣いたことなんて無かったのに……」
「うん」
「西国になんて行かんかったらよかった……」
「そう?」
「行ったから、嫌なこと思い出したんや……」
「でも、髪の毛、綺麗にしてもらったねえ」
「そんなん、こっちでもできる……」
「んーん。壱臣いちおみ、髪の毛に触らせてくれなかったよ?」
「え?」
「うちに来たとき、髪の毛があまりにざんばらだから整えましょうって、髪の毛切る係の使用人が言ったら、伸ばしてるからええんです、って」
「そう……やったんですか」
「商店街でも、みんな言ってて。髪の毛切るお店の人が、お金いらんから整えてあげるって言っても、絶対うんって言わなかったって」

 ずたずたに切られたまま伸びた、浮浪者のような髪型で。おみには見た目のみすぼらしさより、長さの方が重要やった。
 切らんといて。
 
「綺麗になって良かった」

 あんなに泣いてるのに?それでも里帰りして良かったん?
 髪が長く伸びたら、おみの悪夢は消えるんやろか。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...